作品タイトル不明
方仁親王
ひとしきり笑いが収まった頃だった。
す、と。
障子の向こうに人の気配が現れる。
「主上」
近習の声。
「方仁親王様がお見えにございます」
空気が少し変わった。『はるちゃん』がぱっと顔を上げる。
「兄上!」
……兄上?
待って。
私(長慶)は一瞬思考を巡らせる。
今の自分の年齢。今の(天皇)の時代。そして“方仁親王”。
脳内で歴史知識が高速回転する。
――後の、正親町天皇?
えっ。ちょっと待って。未来の天皇きた?
織田信長関連で有名な天皇だよね。
しかも今から会う?
心の準備がまったくできていない。
「通せ」
主上の声は穏やかだった。
やがて、静かに障子が開く。
入ってきた青年を見た瞬間、私は少し驚いた。
中、高校生くらい? 令和での息子たちの成長を思い出す。
若いな。それから、思っていたより、ずっと柔らかい顔をしている。
聡明そうな目。だが同時に、どこか人懐こさもある。
公家らしい優美さの中に、まだ少年らしい空気が残っていた。
主上に似てるなあ。
それが私(長慶)の方仁親王に対する第一印象だった。
方仁親王は室内を見回し――
そこで固まった。
「少々な…… 面白い話を聞いておった」
「面白い話?」
主上の言葉に、方仁親王の視線が、すっとこちらへ向く。
「……こちらは?」
微妙な威圧感。私(長慶)は即座に平伏した。
「四州近衛家の稀仁にございます」
一瞬。方仁親王の気配がわずかに変わった。
「四州近衛……」
その名は、もう都で無視できるものではない。
荒れ果てた禁裏へ、銭と米を送り続ける家。
武を持ちながら、公家との繋がりを深めている異質な存在。
そして何より、父帝が、明らかに目を掛けている。方仁親王はゆっくり私(長慶)を見る、値踏みするように。だがそれは敵意ではなく、同時に“理解しよう”とする視線だった。
「……そなたが稀仁か」
「は」
「噂は聞いておる」
噂? 嫌な予感しかしない。
「都で妙な物を流行らせようとしておるとか」
あー、やっぱりあれか… 誰だ言ったの?
絶対『はるちゃん』だ。横を見ると、『はるちゃん』がすごい勢いで視線を逸らした。
犯人お 前(はるちゃん) か。
「“冷やした甘味”だったか?」
親王が興味深そうに言う。
だめだ。また増えた。アイス勢力が拡大してる。主上まで頷いている。
「うむ。余も気になっておる」
「父上、ずるいです」
「何故ずるい」
「私も食べたいので」
「余も食べたい」
なんなんだ、この皇族一家。未来の天皇までアイスに食いついてる。
私(長慶)は頭を抱えたくなった。しかし、方仁親王はふっと笑みを収める。
「……冗談はさておき」
空気が少し締まる。
「稀仁」
「は」
「阿州近衛家は、この先どう動く」
真正面からの問いだった。試されている。
私(長慶)は少し考え、正直に答えた。
「“残す”ために動きます」
「何を?」
「人を。土地を。技を。そして――」
一度、主上を見る。
「国を」
静寂。
方仁親王は黙って聞いている。
「戦で勝つだけなら、もっと簡単な道があります」
焼き払えばいい。奪えばいい。恐怖で縛ればいい。
戦国では、それも正しい。
「けれど、それでは続かない」
私(長慶)は静かに言った。
「飢えれば乱れます。絶望すれば人は壊れます」
未来で、何度も見た。国が崩れる瞬間を。
「だから阿州では、まず“生きられる”を作ります」
「……生きられる」
「飯がある。働ける。冬を越せる。子が育つ」
一呼吸おいて、言葉をつづける。
「皆が明日が来ると思える、そんな国です」
方仁親王の目が、わずかに細められた。
その顔を見て、私(長慶)は気づく。
この人も、理解しているのだと。
今の都がどれほど危うい場所かということを。
焼け跡。飢え。争い。途切れかけた権威。
それでも皇家もまたこの国を繋ごうとしているのだと。
「……父上」
方仁親王が静かに言う。
「確かに、この者は面白い」
主上がその言葉に少し得意げになる。
いやなんで。
「であろう?」
なんで父親みたいな顔してるのこの主上。
まあ、いいだけどね。