作品タイトル不明
戦国時代のおもちゃ事情
この時代、「おもちゃ」らしい「おもちゃ」ってないのだ。手作りだ。
三歳児から七、八歳くらいの男児が遊べそうなもの。
城内っていうか、室内で遊べるもの。
何がいいかな。『知育もの』がいいよね。
紙を重ねて厚紙にして、手作り『カルタ』を作ることにした。
年長組が『カルタ』を作る。文言はオリジナルだ。
合わせる『絵』もそれに合わせて書いていく。
例えばと『犬も歩けば…』『馬に念仏』とかを例に出して『カルタ』を作る。
年長組はさすがで、午前中の『教養』の時間に教えに来てくれてる老師に『カルタ』に使えそうな文言のアドバイスを受けている。
「あ」から「ん」までの手作り『カルタ』はその後『阿波カルタ』として『知育玩具』の先駆けとなって全国にひろがっていくことになる。
『百人一首』カルテも作った。これは豪華版を後に『献上』して、都人の間でブームになったらしい。
あとは『トランプ』も作った。『七並べ』や『神経衰弱』、『ババ抜き』『じじ抜き』といった初歩的な遊びだ。
大人数で遊ぶ時は『トランプ』を三組以上使って遊んだ。『神経衰弱』とか『じじ抜き』はカオス状態になった。
『神経衰弱』も数回に一度伏せたままのカードをシャッフルする。簡易リセットすることで一人勝ちさせずに遊べるのだ。
オリジナル『すごろく』 も作った。武家の男児だから一国一城の主になるがゴールだけれど。
そこに至るまでに『休み』を入れたり、『失敗』入れて『戻った』り、みんな真剣に内容を考えて、色々盛り込んだかなり紆余曲折なものになった。
子供って結構大人を冷静に見てるなあってこの時思った。
このゲームの内容を見て父である各城主はかなり複雑な気持ちになったらしい。内容見て若干ひきつっていた。
それと異世界定番の『オセロ』もどきも作った。
最初は木の板の片面にだけ墨を塗って、丸くくり抜いて研磨しただけのものだったけれど、流行った。
ルールが将棋や囲碁ほど難しくなかったのも良かったのかもしれない。
手作りの創作『絵本』や『紙芝居』も作った。子供の考える『世界』ってどの時代も不思議だ。
天候が不順な時の暇つぶしにもなったんだろう。
室内での遊びが阿波の産業の一つになった。
もちろん城外には出ないけれど、体力づくりにお庭で縄跳びもした。
誰かにお膳立てされたものではなく、みんなで『遊び道具』を作るということで、遊び場が城内に限定されてはいても飽きることなく過ごせることができた。
そうこうしている内に晴元少年と袂を別れた『阿波公方家』と『阿波細川家』は義維様達と共に阿波へと戻ってきた。
晴元少年や畿内の三好勢が敗走し、捕縛されるまで、千熊丸の『保護』という名の『軟禁』は続いた。