軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

失踪

「ヴィクター様、アマリリス様、そしてラッセル様。何と感謝すればよいのかわかりません」

村長が深く頭を下げる。彼の目の前では、アマリリスが魔法で動きを止めていたバジリスクが、ヴィクターが放った火魔法で、一瞬で灰と化したところだった。

村に甚大な被害をもたらした強力な魔物の最期に、ラッセルと共に額の汗を拭っていた、武装した村人たちも、こぞって歓声を上げていた。

不安と恐れに揺れていた村人たちの顔が綻ぶ様子に、ヴィクター、アマリリスとラッセルも、嬉しそうな笑みを浮かべている。

一息入れたラッセルが、ヴィクターとアマリリスを見つめた。

「もう、両手でも数え切れないほど村々を巡りましたが。無理を押して民を救ってくださって、ありがとうございます」

「いえ。これも、ラッセル様が人々の窮状を救いたいと、そう願って私たちに声を掛けてくださったからです」

ラッセルは、喜ぶ村人たちの姿を眺めると、再び目を細めた。

「彼らに笑顔が戻ってきたのは、ひとえにお二人のお蔭です。バジリスクの毒で苦しんでいた者や、睨まれて石化しかかっていた者も、アマリリス様に助けていただきましたし。……でも、さすがにお二人とも、疲れが出ていらっしゃることでしょう」

アマリリスはヴィクターと目を見交わすと、首を横に振った。

「いえ、ラッセル様ほどではありません。ラッセル様は、私たちが来る前から、苦しむ人々を支えていらしたのですから」

「戦力としては、僕などお二人の足元にも及びませんよ。……アマリリス様は、ヴィクター様の元で随分と腕を磨かれたのですね。お二人の息の合った魔法は、流石と言うほかありませんから」

微笑んだラッセルが、遠慮がちに続ける。

「申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いいただくことはできますか?」

「はい、もちろんです」

「次に向かう町では、魔物の目撃情報は多いものの、これまで訪れた村々に比べたら、目立った被害は出ていません。王都からもさほど距離はなく、それなりに大きな宿もあるので、多少なりとも身体を休めていただけるかと思います」

アマリリスは、彼の言葉に内心ではほっとしていた。いくら聖女の杖があるとはいえ、身体にまったく負担がかからないという訳ではないからだ。ラッセルに心配をかけないようにと思ったアマリリスではあったけれど、次第に疲労が溜まってきていた。そんな彼女を気遣って、ヴィクターが幾度も回復魔法をかけてくれてはいたけれど、いくら優れた魔法でも癒し切れない疲れが、少しずつ彼女を蝕んでいた。

馬車に乗り込んだヴィクターが、隣に座る、顔色の優れないアマリリスを見つめて眉尻を下げる。ラッセルは、二人とは別の馬車に乗り込んで、彼らが乗った馬車を先導していた。

「あまり無理をしないでください。疲労が身体に堪えているのではありませんか?」

「いえ、それならヴィクター様の方が心配です。あれほどの威力の魔法を使い続けているのですから」

「私なら大丈夫ですよ。貴女の方が余程心配です。辛いと感じたなら、遠慮なく言ってくださいね? ラッセル様にも相談しますから」

「お気遣いありがとうございます」

ヴィクターの温かな腕に抱き寄せられて、幸せそうに彼女の頬が色付く。一番癒されるのはヴィクターの腕の中だと、アマリリスは感じていた。

馬車の中、うとうととしていたアマリリスの肩を、ヴィクターがそっと揺すった。

「着きましたよ。……すみません、起こしてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫です」

目を擦ってから身体を起こしたアマリリスを、ヴィクターがじっと見つめる。

「やはり、疲れが出ているのでしょうね。部屋まで貴女を抱き上げて運んでも?」

本気か冗談かわからない彼の言葉に、アマリリスは慌てて口を開いた。

「い、いえ! ちゃんと歩けますから」

優しく笑ったヴィクターに手を借りて、アマリリスが馬車を降りる。

宿の主人に二人が案内されたのは、扉続きになった、隣同士の二つの部屋だった。ラッセルに用意された部屋は、彼らの一つ下の階だ。

「ごゆっくりお寛ぎください」

頭を下げた宿の主人の前で、ヴィクターはアマリリスに向かって微笑んだ。

「しっかり休息を取ってください。でも、何かあれば、いつでも声を掛けてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

どこか名残惜しく思いながら、アマリリスはヴィクターと別れて部屋に入った。杖と荷物を下ろしたアマリリスが、調えられた柔らかなベッドに倒れ込む。

(自分で思っていた以上に、疲れが出ていたみたいだわ)

目を瞑ったら、そのまま眠ってしまいそうだった。意識が薄らぎかけていたアマリリスの耳に、ドアがノックされる音が響く。

(誰かしら?)

どうにか身体を起こしてドアを開けると、宿の使用人が立っていた。

「アマリリス様、ラッセル様がお呼びです」

「ラッセル様が?」

「はい、アマリリス様にお話ししたいことがあると。……ラッセル様のお部屋までご案内します」

(どんなご用件なのかしら)

不思議に思いながら、アマリリスは、使用人に案内されるままに、階下の部屋に入った。

「ラッセル様……?」

アマリリスは部屋を見回したけれど、そこにラッセルの姿はなかった。困惑気味に、使用人を振り向こうとした彼女の口元に、背後から布が押し当てられる。

(これは……!?)

薬のような匂いを感じながら、アマリリスは必死に身体を捻った。何者かと揉み合ううちに、彼女の胸にかかっていたロケットの鎖がぷつりと切れ、ロケットが床に転がる。

堪え切れないような目眩を覚えた直後に、アマリリスは意識を手放した。

***

「ネイト様! 早く私をここから出してください」

カルラは、彼女にあてがわれた部屋を訪れたネイトに、必死に言い縋っていた。そこは部屋とは言っても、牢屋でこそなかったけれど、王宮の半地下にある、窓もない閉鎖的な場所だ。二度目のライズ王国への侵攻以降、偽聖女と呼ばれたカルラは、その部屋に閉じ込められていた。

「私、気が狂いそうです。今が朝か夜かもわからないのですもの」

「まあ落ち着け、カルラ」

ネイトが彼女を見つめる。

「あの聖女の杖がアマリリスに渡ってから、君にどんな汚名が着せられているか、知っているだろう?」

「私、何も悪いことはしていませんわ」

瞳を潤ませて、上目遣いにネイトを見上げたカルラに、彼は淡々と言った。

「君は、君こそが本物の聖女だと言ったな。なら、聖女の杖がアマリリスの元に飛んで行ったことは、どう説明するんだ?」

「そんなこと、私にもわかりません。でも、ネイト様だって、杖が私の前で眩く光った様子を見ていらして、私が聖女だと仰ったではありませんか」

不服そうに頬を膨らませた彼女に、ネイトは尋ねた。

「では、アマリリスに殺されかけたというのは?」

一瞬言葉に詰まってから、彼女は続けた。

「それも本当ですわ。私が嘘を吐くとでも?」

ネイトが小さく溜息を漏らす。

「このシュヴァール王国に現れた歴代の聖女たちがどのような人物だったのか、残っている古い書物をすべて調べさせた。聖女と呼ばれた女性は、誰もが皆、弱い民を助けることに心血を注ぎ、たとえ敵を前にしても、その命を奪うような行いは忌避したそうだ」

「それが何だっていうのです?」

「敵として対峙した俺や君にも、アマリリスは攻撃魔法を直撃させることなく、あえて外した。シュヴァール王国軍の威嚇に使っただけだ。もしもあの魔法が俺たちを正面から襲っていたなら、俺たちは死んでいたか、少なくとも再起不能になるくらいの大怪我は負っていたはずだ」

「……言いたいことを、はっきりと仰ってはいただけませんか?」

苛立った様子のカルラを前に、ネイトは苦笑した。

「つまり、容赦なく敵に攻撃魔法を放った君は、聖女たりえない。そして、本物の聖女であるアマリリスが、君を殺そうとするはずがないということだ」

「そんな……!」

顔を強張らせたカルラの肩に、彼は宥めるように手を置いた。

「君をここに匿っているのも、君を守るためだと思って欲しい。もし今、外を出歩いたら、どんな辛辣な批判を浴びるか、誰に攻撃されるか、わかったものではないぞ」

「……もし、本当に私を守るためだというのなら、どうして私にこんな物を?」

彼女は憤りながら、その腕をネイトに差し示した。細い手首には、変わった文字の彫られた金色の腕輪が嵌められている。

「魔法を封じるこの腕輪を、どうして私に嵌める必要があるのです? これでは、囚人と変わらない……いや、囚人以下ではありませんか」

牢の中の囚人にさえ、その腕輪は滅多に嵌められることのない代物だった。カルラの魔法は強力であったが故に、その魔法を封じて、彼女が逃げ出せないようにするために嵌めていたのだ。

「それはシュヴァール王国に伝わる、貴重な宝物だ。残された数も少ない、稀少価値の高い物だぞ」

「いくら宝物だからって、こんなもの、要りません!」

大声で喚き散らしながら、嵌められた者からは外すことのできない腕輪を引っ張り、涙を流すカルラを、ネイトは冷ややかに見つめた。

(こんなヒステリックな女、俺は御免だ)

かつては誰より魅力的に見えたカルラの顔も、その目は今や血走り、口元は怒りに歪んでいる。仮面が剥がれた後の苛烈な本性を目の当たりにする度に、ネイトの彼女に対する気持ちは幻滅していった。

(隠れてカルラを俺の愛人にすることも、考えないではなかったが。もう、そんなことを検討する必要もないな。それに……)

彼の顔に、自然と笑みが浮かぶ。

(もうすぐ、アマリリスが俺のものになるのだから)

自分には向けられたことのなかった、ヴィクターを見つめる時の彼女の信頼に満ちた視線や、花咲くような笑顔を、ネイトは思い出していた。

アマリリスを強引に組み敷くことを想像するだけでも、彼の気は昂った。

ネイトが、カルラの監視に当たっていた兵士の耳に囁く。

「これ以上喚き散らすようなら、牢に移せ」

兵士が頷いたことを確認すると、ネイトは部屋の扉へと向かった。

「ネイト様! 私を置いて行かないでください!!」

半狂乱になって泣き叫ぶカルラを振り返ることなく、ネイトは部屋を出て行った。