軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一段落の向こう

王弟派のリーダーであるサックウィル卿とゴードンが逮捕されたことは、その日の晩には侯爵夫妻からフィオナにも伝えられた。

(じゃあ、もう家に帰っても……?)

派閥争いの陰謀と、フィオナを恨んでいるらしいゴードンの動向に予測がつかないから、というのがヘイワード侯爵家に滞在している理由だった。

首謀者の二人が逮捕されたなら、警戒の必要はなくなったはず。

だが「短期間で済んでよかった、明日にでも自宅に戻れるのでは」というフィオナの予想は、あっけなく覆されてしまう。

「それでねえ、取り調べはこれからなんですって。フィオナさんの証言が必要になるかもしれないし、落ち着いたら陛下から登城のお声がかかるはずですから、このまま我が家にいらしてね」

「あの、陛下って」

「フィオナさんも功労者ですもの。きっとお褒めの言葉がありますよ」

「そんな、まさか」

とんでもない、と目を丸くするフィオナだが、侯爵閣下はうんうんと頷いているし、夫人からは満面の笑みを向けられる。

「心配しなくても大丈夫ですよ、陛下はお優しい方ですから。それにほら、ご挨拶の文言やドレスは、わたくしがちゃあんと見てあげますからね」

「あ……」

夫人の言葉にフィオナははっと息を呑む。

先日の祝賀会のように、登城そのものの経験はある。

だが、拝謁となると話は別だ。

デビュタントの時も、王族から直接祝福の言葉を受けるのは伯爵位以上の令嬢に限られており、フィオナは対象外だった。

一介の男爵令嬢にとって、王族は遠くに尊顔を拝する相手、つまり雲の上の存在なのだ。

王族に拝謁する場合には、衣装や作法などに細かなルールがある。

季節や状況、拝謁する相手や同席者などによって、昔はたとえば身につける色や、装飾品の個数まで事細かに決まっていたと聞く。

さすがに今はそこまで堅苦しくはないはずだが、守らなくてはならない決まりというものはある。

その殆どが暗黙のルールで、フィオナは知るよしもない内容だ。

父であるクレイバーン男爵も、陛下に目通りが叶ったのは爵位を継いだ時の一度だけ。

対面の作法やドレスコードなど、現実的に考えて、実家にいては準備に支障があるのは明らかだった。

「私……そこまでしていただいて、よろしいのでしょうか」

「まあ、なにを言っているの! わたくしがやりたくてやることですから、ただ任せてくれたらいいのですよ」

まるで新しいお楽しみを見つけたかのような侯爵夫人の表情と声は気になったが、素直に申し出に甘えることにして感謝を述べた。

「ミシェーレのドレスが間に合えばよろしいですけれど、念のために別な一着を用意しておきましょうか。どうしましょう、楽しいわ!」

フィオナの戸惑いを置いてけぼりに、侯爵夫人はくるくる回りそうな勢いで本当に楽しそうだ。

「それでね、まあ色々あってジャイルズは忙しいみたい。今夜は来られなさそうで残念ね?」

「そ、そんなことは」

「うふふふ、いいのよ。わかっているわ」

ぱちんとウインクつきで微笑まれて、フィオナは視線を泳がせる。

深夜の訪問があったことも昨日の庭での一時も、フィオナとジャイルズのあれこれは当然ながらすべて当主夫妻に筒抜けである。

それとなく目を配っている侯爵家の使用人達の優秀さは賞賛に値すると同時に、これだけ自由にジャイルズが出入りしているのは、よほど夫妻の信を得ているからなのだろうとフィオナは思う。

二人が恋人同士だとすっかり信じている夫人に「それは違う」とも言えなくて、フィオナにできるのは罪悪感を抱きながら口を噤むだけ。

からかわれるとほかの貴族令嬢のようにポーカーフェイスを気取れず、つい頬を赤らめてしまうのは恋愛慣れしていない自分の弱点だ。

おかげで毎回、微笑ましいものを眺めるようにされてしまっている。

そんなわけで、来るべき登城の準備はお言葉に甘えて侯爵夫人に任せ、自分はいつも通りやるべきこと――画廊の仕事を進めることにした。

本当はすぐにでもギャラリーに行って事情を説明し、心配をかけたことを詫びたかった。

だが、翌日もフィオナの元を訪れたデニスに、それは少し待ってほしいと言われてしまう。

「どうして?」

「ルドルフから話を聞くのに、店にも警官や補佐官が出入りしているんです。だから、それが落ち着くまでは来ないほうがいいですよ」

「話す必要があることなら証言するわよ?」

「だって、フィオナさんの聴取は担当者が 侯爵家(ここ) に来る手筈になっているでしょう」

「明日か明後日って聞いているけれど」

「それならその一度だけで十分です。第一、あんなむさい男たちがいる中にフィオナさんを連れて行ったら、ローウェル卿にもラッセル卿にも僕が怒られますから!」

デニスが言う理由は今ひとつ納得いかないが、ギャラリーが取り込んでいることは分かった。

無理に押しかけてロッシュの手間を増やすのは本意ではない。落ち着くまでは行くのを諦めることにしたが、もうひとつ気がかりがある。

「じゃあ、ルドルフはどう? 聴取は辛くされていない?」

「少し反省したみたいですね。大人しく答えていて、向こうの心証も悪くないようです」

前みたいに誰かれなく噛み付くような真似はしていないと請け負うデニスの返事に、フィオナはほっと頬を緩める。

「そう、よかった……」

「僕かオーナーが必ず立ち会っていますし。大丈夫ですよ」

あんな出会いではあったが、フィオナはルドルフに悪印象は抱いていない。

ぶつかってきたのだって乱暴な言葉遣いだって、領地の子どもたちと大差ないのだ。

(あの子の処遇に関して、私の意見も聞いてくれるってジャイルズ様は言ってくれた。本人と話をしてからでないと決められないこともあるけど、でも)

ルドルフのこれからについて、本来であればフィオナが気を回す必要はない。

だが、彼の描いた絵を最初に贋作だと言ったのは他でもない、フィオナだ。

マリアンの時と同じで、見て見ぬふりも、今さら他人のふりもできなかった。

「……ルドルフは、絵のことはどう思っているのかしら」

「あ、それ、実は特になんとも思っていないらしいですよ」

「え?」

ずっと絵画の修復に携わってきたルドルフが、自分の描いた贋作についてどう思っているのか。

贋作を描いたこと自体をどう考えているのか。

その点をフィオナは知りたかった。

つい口に出た呟きは独り言のはずだったが、聞きとめたデニスがあっけらかんと答える。

「あいつ、絵は別に好きでもなんでもないんですって。あんなに上手に描けるのにそんなわけないだろって、僕も何回も聞き直したんですけど」

「そうなの?」

「はい。その証拠に、『自分の絵』を描きたいと思ったことは一度もないって言ってました」

「本当に? 強がっているとかではなくて?」

「いやあ、僕が見る限り本心っぽいです。ただ、ずっと絵を描いて生きてきていますから、執着っていうか、取り上げられる恐怖みたいなのはあるようですが」

稀に見る才能の持ち主だが、オリジナルには興味がなく、ただ絵画修復に必要な技術を磨いただけ。

(そういうこともあるのかな。でも、だからこそ、贋作を作れてしまったのかも。もし、そうなら……)

「自分のやったことは、まあ、理解しているようです。だからお咎めが言い渡されたら、嫌だとしても従うでしょう。そういえば、地元に戻りたいとも言わないですね」

考え込む様子を見せたフィオナに、デニスは慌てて付け加える。

「あっ、そう重い罰にはならないと思いますよ。そうは言っても後見次第でしょうけれど、うまくいけば施設に入って奉仕活動数年間で済むんじゃないでしょうか」

身内がおらず、師匠を亡くしたルドルフには帰る場所はない。

保護観察なら施設に、実刑なら然るべき所に。どちらにしろ絵は続けられないだろう。

デニスの口調は軽いが、どこまでもルドルフを案じるものだ。

「デニスはすっかりルドルフと仲良くなったのね」

「仲良く……そうですね。生意気ですけど、なんか放っておけなくて。あいつはいい迷惑だって思っているかもですが」

「そんなことないでしょう」

頬を指で掻いて、デニスは照れたような笑みを見せる。

強がってみせても不安でいっぱいだろうルドルフがデニスを頼りにしていて、デニスもそれに応えているだろうことが伝わってきた。

「ルドルフのことは、私も少しは意見を出していいって言ってもらっているの。それで、デニス。できればだけど――」

昨日渡された書類と書き上がった手紙を預けながらフィオナの考えを伝えると、デニスは目を丸くした。

「――それで、ジャイルズ様やオーナーの意見も聞きたいと思って。ダメだって言われるかもしれないけれど」

「いや、あの……なんていうか、その提案は……」

途中で言葉を切ったデニスに、フィオナは首を傾げて続きを促す。

困ったように言葉を選んで、ええと、と話しにくそうにデニスは続けた。

「正直……意外です」

「意外? そう?」

「すみません。言い方は悪いんですけど、フィオナさんはルドルフに対してはもっとぬるい処罰を希望するかと思っていたので」

「ああ、無罪放免とか」

「はい」

「それはできないわ」

それだけは譲れないし、譲ってはいけないとフィオナはきっぱりと答える。

無理やり加担させられた悪事だ。しかも、描いた贋作がなにに使われるかも知らされていなかった。

未成年ということも考慮して「なかったこと」にしてしまいたくなるが、それではダメなのだ。

「絵を学ぶ上で、名画の模倣をしたりはいいの。習作でならいくらでも写してかまわない、修復師なら尚更ね。でも、ルドルフがやったことは結果的に盗作で、贋作詐欺に使われてしまったから」

背景はどうあれ、 画壇(この世界) で、盗作は画家にとって最大のタブーだ。かえって強盗や傷害のほうが、印象は悪くなかっただろうほどに。

罪を見えなくしても、事実は消えはしない。

庇うことは、むしろルドルフにとって逆効果だとフィオナには分かっていた。

「そうですね……僕はまだ絵のことは分からないことばかりですけど、越えちゃいけない一線は確かに軍にもありましたね」

「冷たいことを言っていると自分でも思うわ」

「いや? だって 先(・) を見ているでしょう。かえって僕は、フィオナさんが相手を甘やかすだけでない、そういう人でよかったと思います」

「将来はわからないけど、道は残してあげたくて……でも、そういう人ってなに?」

「潔い、っていうんですかね。さすが先輩です」

持ち上げられたフィオナは首を捻るが、デニスは意に介さず嬉しそうにしている。

「確かに僕はフィオナさんの警護のことがあってギャラリーにきましたけれど、この仕事は気に入っていますし、続けたいんです。だから実務を覚えるだけの職場でなくてよかったと思っています」

「ええと、私はなにも」

「ご謙遜を。うーん、やっぱり例のゴードンをやり込めたのを、僕もこの目で見たかったですね」

話に聞いてはいるんですが、と興味津々に言われてフィオナは後退る。

カッとなってやってしまったが、あの件はできれば話題にしないでほしい。

「そ、それはちょっと……あの、反省はしているの。もうやらないとは誓えないけど」

「あははっ、それでいいと思いますよ! じゃあ、この話はオーナーにも伝えておきます。きっと賛成しますよ」

そう言って、今日の分の手紙の束を置いたデニスは、にこりと上げた手を振ると、侯爵家を後にした。