軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弄された策

ヘイワード侯爵家を一人後にしたジャイルズは、ファウラー子爵家、ブルック伯爵家を急ぎ訪れる。

当主立ち会いのもと、先日フィオナが鑑定した絵を額から外すと、予想通りどちらからも同じ文書が同じように見つかった。

――フィオナには伏せていたが、絵を売り込んできたのはすべてゴードンだ。

彼の仕業であるのは、もう疑いようがない。

父のバンクロフト伯爵とも繋ぎを取りつつ、王城に馬車を走らせ議会を終えたばかりのリチャードを連れ出す。

道中、例の文書を見せながらヘイワード侯爵家でのことを説明すると、リチャードは不謹慎な笑みを浮かべた。

「へえ……ウチの派閥にばかり贋作を売りつけて、詐欺にしちゃお粗末だと思ったけど。絵の代金じゃなくてそっちが本命か」

「ああ。随分手の込んだ真似をしてくれたが、やはりゴードンの背後にいるのはサックウィル卿だ」

この国は王政を取っている。議会も機能しているが、審議を通っても最終的に王の承認がなければどんな政策も実現はしない。

逆に、王が発案の議題であっても、議会の承認を得なければ強権は発動されず、お互いがお互いの抑止になっている。

しかし国民感情としては王を敬う者が多く、王族の影響力は大きい。

王座は世襲だ。継承権は直系優先で順位が決まる。

これにより、現王の長子である王子殿下が立太子されているのだが――どこにでも反発があるのが世の常であり、国も政治も例外ではない。

王太子ではなく王弟殿下を次代の王に、と推している派閥の先鋒が、サックウィル伯爵だ。

ジャイルズたちの側とはなにかと反目しあっているが、ここ最近の向こう陣営は大人しかった。

いつもなら難癖をつけてくるような政策素案にもさほど突っかかって来ず、妙だと感じてはいたのだ。

「やたら余裕ぶっていたのはそのせいか。週明けの総議会にでも緊急議案として提出するつもりかな」

「それを逃すと次はしばらく先だからな、その可能性が高い」

ふむ、と同意しながら、リチャードは肩をすくめる。

「あいつらが担ぎ上げている王弟殿下は、相変わらず温室にこもってばっかりで政治には興味ないんだろ?」

「臣下を抑えられないことを嘆いていらっしゃるそうだが」

「は、嘆いて済むなら世話ないって。いっそ継承権を放棄して隠居でもすりゃあいいのに。好きなだけ庭いじりができるだろ」

「旗頭が他に移るだけだ。殿下の元に留めてもらっているほうが御し易い」

「まあなあ」

サックウィル卿はもともと、自分の派閥に属する家の娘を王家に嫁がせようと画策していた。

だが、王が見初めたのは別の娘。

最後まで反対をしていたサックウィル卿一派を、世論を味方につけた王が押し切る形で婚姻を結んだ過去がある。

王弟殿下を推しているのも、その時の遺恨と、自分の手駒になるような王が欲しいだけだ。

「絵を買うとは限らないしさ、一見杜撰な計画に見えるけど、二、三家でも引っかかれば十分な打撃を与えられるものなあ」

王太子を擁立しているはずのバンクロフト家やその派閥が、裏で「王太子廃嫡」を計画しているとでっち上げる。

もちろん、そんな事実はないと反論するが、あの見つかった文書が反乱の証拠品となるわけだ。

反逆罪に陥れるまでは難しいかもしれないが、仲間割れを誘引し、王太子派の勢力を削ぐことは可能だろう。

しかし――サックウィル卿は、どちらかというと豪放磊落、有り体に言うと単純な性格で、込み入った策を弄する人間ではない。

準備に細かい手間をかけたに違いない今回のやり方は、どうも違和感がある。

ミランダにはかねてより探しているレイモンドを勧めてきたし、ヘイワード侯爵夫人は小ぶりな風景画が好みだ。

手紙を仕込んだ絵を買わせるためにとはいえ、そんなふうに相手の好みを探ったり、わざわざ贋作を用意するようなことはしそうにない。

「言い出したのは卿かもしれないが、実際に計画したのは多分、ゴードンだ」

「俺もそう思う。ただの詐欺師ではなさそうだな」

店の従業員は本当に何も知らないようだし、と顔をしかめるリチャードに、ジャイルズは思い出したように人差し指を上げた。

「そういえば、ゴードンの関係者を一人確保した」

「はぁ? いつそんなことに」

「怒るなよ、今日だ。侯爵家に行く直前だな」

「お前、昼からの数時間でなにやってんの? 密度濃すぎない?」

「知るか。話を聞くのはこれからだ」

捕まえたルドルフが贋作の制作者だと自称していること、ロッシュが留め置いてくれていることを伝えると、リチャードはにんまりと笑って指を鳴らした。

「それでギャラリーに向かっているのか。デニスを付けといてよかったな。俺の采配、大成功じゃないか」

「偶然だろう」

「先見の明を褒めてくれていいんだぜ」

フィオナに知らせないまま、店に護衛を置くことはロッシュと話し合って決めたが、デニスを護衛役にと推したのはリチャードだ。

あの時はそこまで逼迫していなかったのだが、早めに手を打てたことは良かったに違いない。

護衛の人選には頭を悩ませた。

見張るだけならともかく、近くでそれとなく守るには対象者や関係者の情報開示が必要になる。

円滑な護衛任務遂行のためには、贋作詐欺の件だけでなく、フィオナとジャイルズが偽の恋人同士であることも話さなくてはならない。

身元が確かで、腕が立ち、秘匿を守れる人物――となると、なかなか適任者がいない。

そんなところに、リチャードの縁戚でジャイルズの部下だったデニスが、退役の挨拶に来たのだった。

デニスは「三男坊の自分は、どうせ戻ってもやることがないから」と、人よりも長く軍で過ごしていた。除隊を決めたのも、これ以上いると出世してしまうから、という彼らしい理由だ。

軍属で普段は事務をしていたが、斥候もこなす。

フィオナと歳が近いことを除けば、護衛役には適任であった。

ルドルフの聴取には、そのデニスも立ち会っている。今頃は新しい情報が得られているだろう。

「じゃあ、まずはその坊主の話した内容次第ってとこか。……しかし、ミス・クレイバーンが姉君を止めてくれて、コレット侯爵家は命拾いしたな」

「本当に」

「 文書(コレ) だって、彼女が言い出して額を外したから見つかったんだろ? このまま何も知らずにヘイワード侯が嵌められていたら、かなりまずい事態になっていた。つくづく救世主だよな、特にお前にとって」

「……ああ」

思わせぶりなリチャードの視線を避けるように、ジャイルズは馬車の外に目をやる。

「そういえば彼女はどうした? 一緒だったんだろう」

「今はヘイワード侯爵家で預かってもらっている」

「ああ、それが安心だな」

あの文書の存在を知ってしまった以上、フィオナをなんの防犯対策もしていないクレイバーンの家に帰すわけにいかない。

(サックウィル卿なら動きの予想はつくし、父たちの手もあるが……ゴードンは未知数だ)

卿がどこまで把握しているかは分からないが、ゴードンは逆恨みどころではなく、フィオナの存在を邪魔に思っているはず。

貴族の庇護下にあるのなら、買い付けで不在というのも眉唾ものだ。水面下でなにを企んでいてもおかしくない。

「彼女、驚いてただろ」

「そうだな。かなり」

地方に根ざした貴族であるクレイバーン男爵は中立派でもあり、中央政界のゴタゴタなどとはこれまで無縁できた。

出世は見込めないが、騒動に巻き込まれることもない。

長年、細々と領地を守ることだけに専心している家の娘が、いきなり王家を巻き込んだ派閥闘争を目の当たりにして動揺しないわけがない。

瞠目して息を呑んだフィオナを思い出して、ジャイルズは膝の上で拳を握り込んだ。

(……まったく)

贋作と、この文書と、自分の恋人役と――彼女にはいくつもの借りがある。

なのにジャイルズがフィオナの利になったことといえば、ノーマンとの婚約発表の延期くらいだ。

契約は対等であるはずなのに、メリットがあるのはこちらばかり。

むしろ彼女の身を危険にさらしている現状で、不甲斐ない自分自身に腹が立つ。

数枚のドレスや指輪を与え、護衛を置いたところでなんの足しにもならない。

ジャイルズ自身が常に側にいて守ることも、仮の関係では不可能だ。

――それでもきっとフィオナは裏のない瞳で、十分だと言うのだろう。

そして、ただ守られるだけを良しとせず、どこまでも自分の足で歩くのだ。

(ままならないものだな)

かつて婚約者だった女性とも、これまで自分に言い寄ってきた令嬢たちとも全く違う。

フィオナ・クレイバーンという人間に、もっと早く出会いたかったと思う。

「俺、ロッシュ氏と会うのは初めてだな。どんな感じの男だ?」

「まあ……敵に回したくないタイプではある」

「うわー、マジか」

冗談めかして本音を言えば、リチャードは怖い怖い、と大げさに腕をこする。

数年前「仕事を教えてほしい」とフィオナが店に飛び込んできたのが始まりだと言っていたが、これがどうして引きが強い。

「掬われるなよ」

「ジルが言うほどかよ……なあ、彼女の持ち札、強すぎないか? 何枚ジョーカーを隠してるのさ」

「本人は ハイカード((役なし)) としか思っていないからな」

「ははっ、だろうねえ。本当にお似合いだよ、君ら。フリなんかやめて、そのまま付き合っちゃえばいいのに」

ごく軽く返されて言葉を呑む。

「……バカなことを言っていないで、そろそろ着くぞ」

「ふうん? まあ、いいけど」

上着の内ポケットから時計を取り出して時刻を確かめる。

しゃらりと鳴る鎖は、本来の持ち主の髪色と同じ薄い金。

『――絶対に、ローウェル卿を好きになったりしないって誓います』

結婚はしたくない、働いて自分で生きていきたいと言った彼女に、その意思を変えることがないよう念を押したのは、ほかでもないジャイルズだ。

二人が恋人を演じるのはシーズンが終わるまで。彼女の手に光る指輪とこの時計がその証。

(芝居ではなく、か……)

――本当に、ままならない。

もうすぐ停まる馬車の窓から外を窺えば、今日の陽も沈もうとしていた。