軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.「普通」の美貌(4)

(化粧は単なるお絵かきじゃない。まとう雰囲気の色を、変えるんだ)

静かな笑みを湛えたアナの脳裏には、この数日でエルマから叩き込まれた教えが、凄まじい勢いで蘇っていた。

顔の印象を決める要素は、大きく分けて二つある。

造形と色彩だ。

造形については、輪郭を際立たせたり、あるいはぼかしたりすることで、パーツの大きさや距離感を錯覚させることができる。

これは多少化粧をしたことがある人間なら誰もが把握していることで、一般的な令嬢たちにとっては、これが化粧の主な作業と言っていい。

だが、エルマが指導を重視したのは、後者。

遠目からでもその人の印象を決めてしまう、色彩の妙だった。

例えば透き通るような肌、濡れたような瞳、淡く色づいた頬。

これらは、それだけを取り出して認識することは難しいが、結果として、造作が整っているかどうかをも上回って、観客に強い印象を与える。

「どこがどうとはわからないが、なんだか綺麗」と感じさせてしまうものなのだ。

かつ、その人物が最も引き立って見える色は、個人により違う。

髪色や素肌の色、骨格や瞳の色まで含めて、自分が最も美しく見える色というのを、アナはたっぷりと学んできた。

そして、エルマを感嘆させたことに、アナは、そのごく微細な色合いの違いを明確に見分けることができたのである。

(あたしの頬が一番きれいに見えるのは、朝の雪に一滴だけ、ガズロの実の汁を垂らしたときの色。あたしの瞳が一番輝いて見えるのは、夏の青草を両手いっぱいぶん茹でて、その汁で木綿を染めたときの色)

令嬢たちが用いる化粧品は、主には鉱物から成り、それらの色は鮮やかで、しかも安定している。

だが、そうしたものに手が届くはずもなかったアナたちは、かつて村でささやかな晴れの日を祝うのに、草や花の汁を用いた。

それらは、季節や植物の状態によってむらがあったが、だからこそアナたちは、そうした色彩に敏感になったのだ。

(だってあたしたちは、土や草ばかりを、毎日毎日見てきたんだから)

雪国の人間が雪の種類に詳しくなるように、アナもまた、草花が織りなす多彩なグラデーションを、常人より細かく把握することができた。

そして、その鋭い審美眼で、自らを最も引き立たせる色合いを、素早く選んでいるのである。

化粧品の類は豊富に揃えられていたが、それをそのまま使うのでは、わずかにアナの思う色と外れてしまう。

そこで彼女は、花びらを潰し、草の汁を絞り、ときに土を混ぜさえしながら、ごく微細な色の調整を加えていった。

色彩を鮮やかに発現させる化学知識も、計量に必要な数式も、濃淡を自在に操る左官技術も、すべてエルマから徹底的に叩き込まれている。

今のアナにとって、それらの技術を駆使することは、呼吸するように容易かった。

そうして、肌を整え、影の濃淡をつけ、目や唇に淡く色を乗せてゆく。

仕上げに頬に、ごくうっすらと自然な紅を差した頃には、観客の誰もが、アナの姿に釘付けになっていた。

「……なんだか、すごくきれい」

誰からともなく、呟きが漏れる。

そこに現れたのは、堂々たる緑の女王だった。

高くまとめ上げた黒髪は、豊かな森の土のよう。

可憐だったはずの緑のドレスは、腰のあたりから徐々に墨を滲ませた結果、裾に向かって黒のグラデーションを描き、まるで大地と一体となった、幻想的な樹木を思わせる。

愛らしさの目立っていたヘーゼルブラウン色の瞳は、そこだけ紅い色に囲まれて、今や凛とした艶を帯びていた。

昨今流行りの、甘い色合いに溢れた、ふわふわとしたお姫様ではない。

かといって、先ほどエルマが見せた、女神のように人間離れした麗しさでもない。

あえて例えるなら、森の民と呼ばれる種族のような、静謐な美しさがそこにはあった。

いつの間にか、舞台はしんと静まり返っている。

その中で、アナの背後に控えるエルマだけが、なにかドヤドヤしい表情を浮かべ、イレーネたちに向かってぱくぱくと口を動かしていた。

――ほら。アナ様のほうが、ずっと素晴らしいでしょう?

「……う」

イレーネは顎を引き、傍らのルーカスやデボラと囁き合った。

「たしかに、今回に限っては、エルマの作戦勝ちかもしれませんね。なんだか、素直に認めるのは癪のような、でも結果オーライだからいいような、複雑な気持ちですが……」

「まあ、誰がこの場で最も『美しくなったか』ということなら、間違いなくアナスタシア嬢に軍配が上がるだろうな」

「でも、誰がこの場で最も『美しいか』ということなら、それはやはりエルマエル様、というのも否定できませんわ」

三人は慌てて記憶を掘り返した。

フェリクスはなんと言って出題したのだったか――。

だがその時、

「は……反則よ!」

引き攣ったような叫び声が舞台上に響き、一同ははっと視線を戻した。

着替え用の個室から勇ましく指を突きつけているのは、誰もが存在を忘れかけていた伯爵令嬢・カロリーネであった。