軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.シャバの「友情」は悩ましい(5)

「エルマ!」

イレーネとルーカスのふたりは、前に身を乗り出そうとするが、とにかくきつく蔓が巻きついていて叶わない。

エルマはその姿に、心配になって眉を寄せた。

「……なんだか、邪神の生贄に捧げるために攫われてきた人のような風体ですが、皆さまご無事ですか?」

「おまえもな!」

「あなたもね!」

両名のツッコミが美しく唱和する。

それと同時に、彼らを拘束していた植物群が一斉に解け、しゅるしゅると去っていったので――エルマの「願い」を達成したために退出したわけだが――、一同は戸惑いの声を上げた。

「な、なんなの、この植物たち! 急にわさわさ発生して、人を拉致したと思ったら、攻撃もせずに去っていくなんて……。いえ、攻撃されても困るわけだけれど!」

「奇妙に洗練された聖堂……ここが黒幕――チェルソ卿の本拠地ということか。俺たちをここに集めて、儀式にでも利用する気か……?」

どうやら彼らは、エルマ「に」呼び寄せられたのではなく、エルマ「と同じ場所に」呼び寄せられたという認識であるらしい。

黒幕・チェルソの出現を警戒する一行に向かって、エルマは「あの」と静かに手を挙げた。

「紛らわしい行為を働き申し訳ございません。皆さまをこの場にお呼び立てしたのは、私です」

「は?」

「危機に遭遇したもので、普通かつ当然の行いとして、助けを求めさせていただきました」

素面かつ素顔状態のエルマは、夜明け色の瞳をきらりと輝かせて言い切る。

ドヤ顔、と称して差し支えないその表情に、周囲は一瞬リアクションを忘れた。

「はい?」

「ですので、チェルソ卿に連れ去られ、難儀したため、叫んで周囲に助力を求めました。なので、大地や動植物が協働して、イレーネたちがここまでたどり着けるための道を作ってくれたものと思われます」

「…………はい?」

あまりに自然なことのように説明されてしまい、イレーネたちはぽかんとせざるを得なかった。

悲鳴を?

上げたら、大地や植物が?

協働して、道を作って、人を運ぶ――?

「……………………はい?」

三度くらい反芻してみたが、なにもかもさっぱりわからなかった。

あまりに想定外の返答に、誰もが絶句する。

そんな中、

「待て……エルマ……」

唯一、鋼のツッコミ魂を磨き上げるに至ったルーカスが、額を押さえながら片手を挙げた。

「おまえは、なぜ、そんな、ことが、できるというのかな……?」

言葉が不自然にブツ切れになるのも、致し方あるまい。

だって、ルーカスたちは今この瞬間まで、エルマが魔族だと信じ、この地では十分な力を発揮できないはずと気を揉んでいたのだから。

なのになぜ、全然問題ないというか、むしろ、「これまで以上に」人間離れした力を揮っているというのか。

歌声で植物を異常成長させていた時点で突っ込むべきだったが、今こそ、ようやくルーカスはその問いを口にした。

「おまえは……、聖力を操れるというのか……?」

「え?」

だが、エルマは怪訝そうな顔である。

「聖力など、操れるはずないではございませんか。私は特にそういった家系でもないですし、特別な修行を積んだわけでもございませんし」

「そ…………っ」

その答えに顔を引き攣らせたのは、巻き込まれてこの場に到着したラウルとグイドである。

意のままに動き、従う植物たち。

彼女に至る道を作るためだけに地殻変動を起こした大地。

魔力が発動されたならば、それなりに禍々しい気配が残っているはずだが、漂うのはどこまでも澄んだ光の余韻だけだ。

とすれば、彼女が行使したのは聖力のはずだが、しかし、ラウルたちが知るそれと比べて、その威力はあまりに桁違いすぎた。

たった一人で、詠唱も要せず、ただ悲鳴を上げただけで大地が動く――そんなの、もはや聖力ではない。

「それなら、いったいなんの力を使ったというんだ……!」

当代一の聖術使いの自負を持つラウルは、血を吐くような叫びを上げた。

答えとしては、現代の水準では理解・把握できないほどの聖力、というのが正しいが、幸か不幸か、その正解を当のエルマ自身も知らなかった。

よって、彼女はあくまでも不思議そうに首を傾げて答えた。

「力を使ったというか……普通に、助けを求めただけですよね」

「なぜ助けを求めたら、大地が鳴動し山が火を噴くというんだ!」

「なぜってそれはもちろん、女性が助けを求めれば、世界がたちどころに救いの手を差し伸べるのが『普通』のことだからです」

ラウル、沈黙。

これ以上エルマ初心者に 質問(ツッコミ) 役を任せるのは酷だと判断したルーカスは、さりげなくラウルたちを追いやって、前に進み出た。

「エルマ。その『普通』は、いったい誰に吹き込まれたんだ……!?」

「父と母です」

そう。

思い返せば、元勇者であったギルベルトは、幼いエルマに、「誰かが救いを求めていたら、必ず救いの手を伸ばさねばならないし、世界はそうあるべきだ」と言い聞かせていたし、ハイデマリーもまた、寝物語をせがむエルマに、こう語ってくれていた。

――なぜお山は高いのか?

ああ、それはね、お母様が隆起させたからよ。

ふもとの町が暑かったから、年中日陰にしてほしかったの。

それで「お願い」したら、背が伸びたのよ。

そんなことができるのかと、幼いエルマは目を丸くしたものだったが、美貌の女王は穏やかに微笑むだけだった。

――もちろんよ。

女が願えば、大地だって動くし、海だってうねるのよ。

ふふ、女がひとたび歌えば、どうか自国は滅ぼさないでくれと国宝が捧げられ、舞台に立てば、どうか自国は滅ぼさないでくれと複数の王から王冠が捧げられるものなの。

けれど、だからこそ気を付けて。

安易に救いを求めては、身を滅ぼしてしまうから――。

美しい母は、いつもそう言って話を締めくくった。

だからエルマは、それを疑いもせずに信じたのだ。

安易に周囲を頼ってはいけないという、戒めとともに。

そう――別人格と言っていいほどの 高揚感(ハイ・エルマ) はすでに去り、いつもの冷静な思考力が戻ってきていたエルマであったが、だからといって彼女が、この事態に驚いたり青褪めたりすることなど、あるわけもなかった。

なぜなら、戻ってきた冷静な思考能力それ自体も、たいがい狂っていたからである。

「実際に『救いを求める』のは初めてのことで、緊張いたしましたが、成果としては普通の範疇なのではないでしょうか。特に国が滅びたりもしていませんし」

エルマは、小首を傾げて言い放つ。

それから、白磁の頬をなぜかほんのり染め、照れた顔つきでイレーネを見やった。

「対話と、信頼。そういうことですよね。イレーネがたびたび示してきてくれた、もっと周囲に頼れ、というメッセージ。私……なんだか、やっと理解できた気がします」

誰かを頼るって、素敵なことですね。

嬉しそうに告げられ、膝から崩れ落ちたイレーネを、誰が責めることができようか。

「違う……! そうじゃない……っ」

床に蹲って小さく震えるイレーネの肩に、ルーカスはそっと手を置き、静かに頷いた。

その気持ち、わかる。

「――エルマとやら、いいか」

とそこに、今度はグイドが神妙な表情で切り出す。

この異常事態に思うことはもちろん多々あったが、彼にはそれ以上に、気に掛かる事項があったのである。

「確認なのだが、おまえがチェルソ卿によって、この場に拉致されたのは事実、ということでいいのか」

チェルソの真意や動向を明らかにすべく、彼が慎重に問うと、エルマはあっさりと頷いた。

「あ、はい。そうですね。祭壇に鎖で縛りつけられ、致死量だという、聖酒以上に強い酒を呷らされたのですが――」

「なんということを……!」

「そうしたら逆に大層力が湧いてまいりまして、この結果となりました」

「……………」

グイドたちは息を呑んだのも一転、ちょっと微妙な顔になった。

こちらの心配をよそに、この、「すでに解決済みですがなにか」感はどうだろう。

特に、ルーカスとイレーネは困惑しきりという様子だった。

エルマは魔族のはずだ。

聖域の祭壇に縛り付けられ、聖酒など飲まされようものなら、間違いなく弱るはずだろうに、なぜそこで逆に元気になるのか。

やはり、彼女が魔族だという前提自体が、間違っているのか――?

疑問が溢れて身動きが取れないでいる二人をよそに、グイドは咳ばらいをして思考を切り替えると、再び踏み込んだ。

「ここで問うのも申し訳ないが、その際、チェルソ卿はなにか言っていなかったか? ことの真相に迫る、手掛かりとなりえるようななにか――」

「申し訳ございません。私の具合が優れなかったせいで、彼の言い分をじっくり聞きだすことはかなわなかったのですが――」

「そうか。その状況では仕方ないな――」

「代わりに、手っ取り早く私の方から真相を示しておきました。チェルソ卿は、権力基盤となる聖力欲しさに、トリニテート候補生を害霊に貶め聖力を搾取していたようです。なお、親ルーデンを装ったうえで私を害し、ルーデン側の怒りを引き出すことによって、反ルーデン派の一掃と権力掌握を図ったというのが今回の『依頼』の真相のわけですが、どちらについても卿は事実を認めています」

「なにそれ!?」

斜め上の展開に、思わずグイドの口調が乱れる。

一同は再度思った。

なんだろう、この「すでに解決済みですがなにか」感は。

連れ去られた少女を救うためにやってきたはずなのに、間に合わなかったばかりか、当の少女から事件の真相を解説されるという謎展開である。

グイドは呆然としたが、親友が害された事実を思い、顔を悲愴に歪めた。

「そういう、ことだったのか……。くそ、チェルソめ……必ず捕まえて、その罪を白日の下に晒してやる……!」

「あ、それでしたら」

エルマはふと目を瞬かせて、ぱちんと指を鳴らした。

「チェルソ卿。カモン!」

――しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる……っ!

「うわあああああああああ!」

途端に、退場を決めたと思われていた植物群が再び現れ、全身をぐるぐる巻きにされた人間を連れてくる。

海水でびしょ濡れになった法衣を棘に裂かれ、動物たちの糞にまみれた、見るも堪えぬ姿をしたその人物は――誰あろう、チェルソ・ロベルティであった。