作品タイトル不明
3-17
将軍が社長だとしたら、大老が専務、老中が常務って考えると、勝様は部長クラス?さすがに平取まではいかんだろ。ってことは箕作様は課長?調所の面々が一般社員、一期生が新入社員と考えると、俺は?勝手に敷地内を我が物顔で歩いてる野良犬?人間ですらない。
そんな石ころ同然の子供が会う相手じゃなかろう。そしてやっぱり、俺の知識に幕臣の名前などない。有名な名前言われたとしても「聞いたことある」にすらならない可能性の方が圧倒的に高い。
よくよく考えてみたら当然のことだ。俺の知ってる歴史は、後の勝者が残した歴史。尊王攘夷からの明治維新で作られた歴史。敗者が消された歴史。そりゃ漫画にはならんよ。実際のところ、勝様の名前を覚えてるのも、西郷、坂本と協議の末無血開城をして、江戸を戦場にしなかったからってだけ。それ以降のことを全く知らない。ようやくそこの結論まで辿り着いた。そこまで辿り着けて、なんか安心できた。知らなくても当然って。
そこに至ったとて、やることが変わるわけじゃない。老中との面談がなくなるわけじゃない。でもなんか、心の中のオモリというか、澱というか、ずっと引っ掛かってたものがちょっとだけ軽くなった。俺が歴史をもっと理解出来てれば、もっと上手く立ち回れるんじゃないかって強迫観念みたいなものが。
友さんの言う「役立たず」ですら、史実では江戸を火の海にしなかった。ならば俺は、もう少しだけ上手く出来るかもしれない。大体ペリーの魂胆を潰しちゃってるし。その場のノリだけで、もう大分イジっちゃってるのかもしれない。
うん、無知は強い。無知こそ強い。それで行こう。中途半端に知ってて、中途半端になぞろうとするから訳の分からん自己嫌悪に陥るんだ。今を生きてる人たちだって、将来のことなんて分からない。分かるはずもないんだ。触媒は触媒らしく、天才たちの化学反応を促進しよう。
そんなことに思い至ってたら、もう江戸に着いちゃった。早いよ。勝様のとこ行くのやだなぁ。
友さんと別れて勝様の所へ向かう。足取りは決して軽くないんだけど、町でたまに見かける「数独有〼」の文字や、店先にだるま落としと一緒に並んでる「連理玉」が背中を押してくれてる気がする。江戸切子の店の前通ってふと思い付いた。ガラスペン作れんか?持ち歩きには不便でも、少なくとも座学では便利かも知れない。横浜戻ったらビードロ職人のおっちゃんに相談してみよう。そして気付く。勝様の所へ行くのが本当にイヤなんだ。イヤだからこそ、こんなに現実逃避してんだって。
着いちゃったから仕方ない。待ちますか。
帰って来たっぽい。ドカドカ足音。一応頭を下げとく。まだ来ない。頭下げるタイミング、相変わらず合わない。
「待たせたな。半刻もせぬうちにご老中が来られるからな。粗相のないように頼むぞ」
「それなら呼ばなければ良いじゃないですか」
「そういうわけにはいかん。すでにご老中にはワシから説明してある。読み解き方もお教えした。その上で、ワシが推し進めた洋書調所でこの書式を編み出した者の見解を聞いたらどうか、と提案し今日に至るのだ。お前以外におらんだろ?」
…今すぐ帰ろうかな。こっちはどんだけハードル上げずに話そうか考えてるのに、何なんだこの人。友さん、あなたの見立ては至極正しい。役立たずだ。
「私がまだ元服前の子供であることは、きちんとお伝えしてるのですか?」
「するわけないだろ。それが一番の驚きであるんだから」
やっぱ帰ろうかな。なんだその無駄なサプライズ。絶対意味ない。しかも聞き逃さなかったぞ。サラッと吐いた。洋書調所の実績をさも自分の手柄のようにしてやがるな。許せん。許すまじ。
絶対忘れないと心に刻んだ上で、何をどこまで説明済みなのかを共有。悔しいけど財務状況に関する認識は一致。そりゃそうだよ。作ってるんだから認識だって一致するよね。残念だ。けちょんけちょんにしてやりたかったけど。
そうこうしてたら真打登場。勝様のタイミングに合わせて頭下げれば良いかと考えてたのに、家主自ら迎えに行きやがった。またタイミング迷子。今度はタイミング遅く、戸が開いて慌てて頭下げる。なかなかドラマみたいに「バッ!」ってうまいこといかない。なんかコツあんのかな?
「子供?」
ほらこうなるじゃん。どのタイミングで顔上げて良いの?キチンと説明しろよ、役立たず。