作品タイトル不明
【06】
お昼やお茶の休憩をはさみつつ、グレースはアメリーの講義を受けた。生活環境が全く違うので考えが及びにくいところもあるが、一通りの説明を受けたと思う。
「全く。ユーグったら何も説明してないのね」
自分の息子にあきれるアメリーの言葉を笑う余裕も出てきた。それなりに打ち解けたところで、男性陣が帰ってきた。
「レイモン、明後日辺り、仕立て屋を入れるわね」
夕食の席でアメリーはおもむろに言った。昨日の晩もそうだったのだが、フォートレル男爵夫妻とユーグ、グレースの夫妻の四人で夕食を取っていた。
仕立て屋を入れるには家長のレイモンの許可がいるのでアメリーは言ったのだろうが、お伺いを立てるというよりはもう決まったことを報告している感じだ。一日過ごしていて思ったのだが、この家はアメリーの発言力が強い気がする。
「かまわんが、お前、ユーグの結婚の前にドレスは注文していなかったか」
「したわね。今回はグレースさんの分よ」
自分の名が出て、グレースはびっくりしてアメリーを見た。
「私ですか?」
「そうよ。昼に言ったでしょう?」
似合うものを探そう、とは言われたが、仕立てるとは聞いていない。戸惑うグレースにユーグが「いいんじゃないか」と言う。
「君に似合うものを買えばいい」
「えー……」
そう言うということは、ユーグもナタリーのために整えた衣装がグレースにはあまり似合っていない、と思っていたようだ。自覚はあるが、地味に傷つく。
「そんなに嫌かしら」
アメリーが困ったように首をかしげる。嫌と言うか。
「私を着飾っても、楽しくありません」
「ああ、それは大丈夫よ。私が楽しいわ」
娘たちが嫁いでから、張り合いがなかったのよね、とアメリーはやる気満々だ。レイモンはかかわらないようにしているのか、黙々と食事を進めている。乗り気でない自分だけが浮いているような気がした。
「母上はグレースのことが気に入ったようだな」
「そうでしょうか」
夕食後に夫婦の部屋で、ユーグがそんなことを言うので、グレースは首を傾げた。嫌われてはいないようで、安心したところではある。
「その、無理やり連れてきてしまったようなものなので、家の中で居心地が悪くないかと心配していた」
自分の方が居心地悪そうにユーグが言うので、グレースは目をしばたたかせた。
「そうですね……正直に言いますと、ユーグ様はあまり強引なことをする方に見えなかったので、驚きました」
「そうだったのか」
ユーグは自分でも珍しいことをしたと思っているようだ。婚約者が駆け落ちしたからと言って、その妹に半ば強引に婚姻を迫る。普通に考えたら悪い男にしか思えない。
だが、グレースは実家に残っていたとしても、フォートレル男爵家にいるよりも扱いがよかったとは思えない。両親にとって、グレースはナタリーほど価値がなかった。姉ほど美人ではないし、朗らかでもない。不美人ではないのでそれなりの需要はあるだろうが、性格は可愛くない方だと思っている。
「でも……そうですね。ご飯がおいしいので」
昨日も今日も、自分にしてはたくさん食べてしまったと思う。ドレスが入らなくなってしまったらと思うとちょっと怖い。
斜め上の言葉に、ユーグは切れ長気味の翡翠の目を見開いた。やや間をおいて声をあげて笑いだす。グレースはむっとする。
「本当のことです」
「い、いや、わかっている。君が真面目なことは」
笑いながら言われても説得力がない。子供っぽくむくれたグレースに、何とか笑いを治めたユーグが「すまない」と謝った。
「たくさん食べてくれ。食べたいものをリクエストすれば、料理人が喜ぶと思うぞ」
「からかわないでください……」
むくれて少し膨れたグレースの頬をつつくユーグに、グレースは訴えた。
「そんなに食いしん坊ではありません。たぶん……」
「たぶん、なのか」
食い意地を張れるほど食べ物があったことがほとんどないので、わからない。
「……至らないところしかありませんし、どうすればいいのかわからないこともたくさんあります。急にやってきた私に、アメリー様もよくしてくださいます」
「ああ、うん。最初はそう言う話だったな」
会話の始めに自分が言ったことを思い出したのか、ユーグがうなずいた。急に息子が連れてきた元婚約者の妹に、アメリーは本当によくしてくれていると思う。気遣っている、という方が正しいかもしれないが、昨日今日と、グレースは感謝している。
「でも、その……努力しますので、できれば、ここにおいてほしいです」
もし、この屋敷を出されるときは仕事先を紹介してくれないかな、と思っている。ユーグが「無理やり連れてきた」と引け目を感じているのなら、それくらいの交渉は可能だと思うのだ。
「初めから君を追い出すつもりなどない。というか、一日二日で追い出したら、ただの鬼畜じゃないか」
「えっ、そうでしょうか」
グレース、首をかしげる。それを見たユーグが「天然が入っている……」とつぶやいた。きょとんとしているグレースの頬をむにっとつまむと、「他に言いたいことは?」と尋ねた。
「……ない、と思います」
少し考えてから言うと、ユーグは「そうか」と言って頬を解放した。そのまま頭を撫でられる。
「また言いたいことがあったら言ってくれ。お休み、グレース」
「……お休みなさいませ」
少し子供っぽい態度を取った自覚はあるが、妻と言うよりも妹扱いだ。別にかまわないのだが。
その二日後、アメリーが呼んだ仕立て屋に、グレースは体のあちこちのサイズを測られていた。比較対象がないのではっきりとはしないが、数値がやせぎすでさすがにちょっとショックだ。ほっそりしている、と言えば聞こえがいいかもしれないが、要は骨と皮である。グレースはこっそりため息をついた。
「こっち? それともこちらの方がいいかしら」
「そうですね。こちらもお似合いになるかと」
体のサイズを測った後は、持ち込まれた既製品のワンピースをあれこれと見せられた。ブラウスとスカートのものもある。何なら、上着もある。
「グレースは気に入ったものはある?」
「え、ええっと」
尋ねられてたくさんあるトルソーにかけられたワンピースを見る。グレースが戸惑ったのがわかったのだろう。アメリーは質問を変えて、「なら、気に入った色は?」と尋ねた。
それくらいは選ぼう、とさすがのグレースも思い、もう一度ワンピースを見渡して、濃い青のワンピースを指さした。
「こ、これとか、でしょうか」
「青系統なら、お嬢様ならこちらの色の方が似合うと思いますよ」
そう言って仕立て屋の女性はもう少し明るい色合いのワンピースを見せてきた。というか、先ほどから仕立て屋と言っているが、正確にはブティックのマダムだ。既製品も売っているし、オーダーメイドも受け付けているので、仕立て屋でも間違ってはいないが。なお、服飾関係の商売をしているフォートレル男爵家は、このブティックと取引があるらしい。布地を卸したりとか、装飾品を卸したりとか。
「そうね。グレースの年齢なら、こちらの色の方がいいわ。似た色合いで、いくつか違うデザインのものも見せて頂戴」
「かしこまりました」
どんどん注文されていく様子に、グレースは戸惑う。実家では自分用にドレスを仕立てたことがない。年齢的に仕方がないが、いつもナタリーのお下がりだった。祖父が生きていたころは、今より多少の余裕はあったため、ナタリーのものをグレースに似合うように少し手を加えたり、などはしたが、完全に自分だけのものを買ったのは片手で足りるほどだと思う。
改めて、全く生活が違うところに来てしまった、と思う。だが、嫁いできた以上、順応する必要がある。生活水準を合わせなければ。それはいいのだが、もし離婚したとき、実家での暮らしには戻れなさそうだな、とも思う。
説明してもらうと、デザインの違いは分かった。そして、グレースの顔立ちに、ふんわりとした可愛らしい系の服が似合わないこともわかった。
ワンピースを五着ほど、さらにオーダーメイドのドレスも注文する。下着や靴なども見繕い、アメリーは満足したようだ。
「やっぱり女の子はいいわね」
一緒にワイワイしながら選ぶのが楽しいらしい。お茶目なところのあるアメリーに、グレースも少し笑った。