軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54 アランツィル、憎しみを抱える

こうして先代勇者による当代勇者への修行が始まった。

何故かこのラクス村で。

「よく鍛えている。よく鍛えているが、まだまだ未熟だ。真の勇者を名乗るには程遠い」

修行は実戦形式。

剣を持ったレーディが先代アランツィルへと立ち向かう。

だが、レーディは開始からずっと子どものようにあしらわれるばかりだった。

地力が違い過ぎる。

「この程度の実力では四天王からも軽く転がされて終わりだな。やはりこの私が直々に鍛え直す必要があるようだ。遠慮せずみっちりかかってきなさい」

そうは言ってもレーディは、超ハイレベルな先代勇者に斬りかかるだけでスタミナを消費し、大きく息を乱している。

「ハァ……、ハァ……!?」

息が整うまで動けそうにない。

「大したのんびり屋さんだ。敵の前でそう泰然とかまえて『殺しに来てくれ』と言っているのか?」

その次の瞬間にはアランツィル、レーディの懐に入り込む。

雷鳴のような速さだった。

あれが本当に、杖をついてここまで来た男の速度か?

「くッ!?」

寸前で攻撃をいなし、飛びのくレーディ。

とにかく凌ぎ切るには間合いを離すしかない、という判断だろう。

「その程度で私の間合いから脱出したと思うのか?」

アランツィルの剣が光り、刀身より輝く塊を放つ。

「あれは『裂空』……!?」

斬撃をオーラの塊として放つ遠距離攻撃技。

でも、アランツィルは『裂空』を放つのに剣を振らなかった。

オーラ斬撃を遠くに飛ばすには、ボールを投げるように大きく振り抜かねばならないのに、ヤツはそれをせず不動で斬撃を飛ばした!?

「うはッ!?」

当然予備動作なしの飛び道具に反応は難しく、レーディはギリギリで受け止める。しかし無理に動いたために体勢を崩してしまう。

そのまま地面に倒れる。

「勇者レーディ、死亡」

その彼女に剣の切っ先が突き付けられた。

チェックメイト。

老い、多くの傷を負ってズタボロになったというのに、それでも旧勇者は新勇者を圧倒している。

「バケモノだなあ……!?」

「いいや、レーディが弱いだけだ」

やべえ、聞こえてた!?

見学と称して二人の修行の場にお邪魔している俺であった。

「彼女はたしかによい資質の持ち主だ。しかし圧倒的に磨き足りん。これでは魔王どころか、四天王にもたやすく踏み殺されてしまうだろう」

「どうかなあ……!?」

当代の四天王だって、レーディとどっこいどっこいな力量ですよ?

先代のアナタたちが双方無茶苦茶だったんですって?

「しかし私は、かなり力が落ちた」

「それで!?」

驚きつつも、納得できた。

俺は彼の全盛期の戦いぶりを直に見てきたのだから。

あの時より別段凄くないと思ったのは、けっして身内相手に手加減しているからだけではなかったか。

「老いのせいもあるし、ケガのせいでもある。グランバーザのヤツから貰った炎で、やけどした皮膚が引き攣り上手く動かん。もう当時と同等の戦いはできんな」

そう言って老勇者は、自分自身の体を恨めしそうに見下ろした。

「だからこそレーディには強くなってもらわねば。歴代最強と呼ばれた先代四天王も、私との死闘の果てに代替わりしたという。新たな四天王が先代を超える可能性だってあるのだから!」

いえ、そんなことないです。

今を時めく現役四天王の一人がアナタを目の当たりにして震えております。

「怖い……!? 怖いのだわ……!?」

ゼビアンテスが知らない人を見かけた猫みたいになっていた。

「私もまた歴代最強と持てはやされ、三十年以上勇者の座に居座り続けた。これは過去を見ても特に長い在任期間だ。その弊害として後進が育ってないのではないか、という危惧はあったのだよ」

そんなこと考えていたのか……!?

「結局魔王を倒せなかった、四天王を突破することもできなかった私は、最強と呼ばれる資格も本来ない。だから寄せられた期待に償いたいのだ」

「そのために後進指導……!?」

鍛えられる当人には地獄的ですが。

なんか話が弾んでいる気がしないでもない気がする。

ちょっと俺に冒険心が沸き上がった。

「あの……、一つお尋ねしてもいいですか?」

「何かな?」

「どうして勇者は、魔王を倒そうとするんでしょう?」

聞いた。

聞いてしまった。

現役勇者のレーディも答えられなかった根本的疑問。

勇者が魔王を倒すのは、太陽が東から昇って西に沈むのと同じぐらい当たり前なことで、人間族はそれほど疑問に思うことがないらしい。

しかし、前半生を魔族の中で過ごした俺には酷く気にかかる疑問だった。

数百年にも及ぶ人と魔の不毛な争いは、これを根源としているのに。

すると旧勇者アランツィルの、穏やかな紳士然とした表情が、すっと消えて無表情になった。

「おかしなことを聞くなキミは」

「え?」

「魔族は邪悪だ。根源的に許されざる生き物だ。ヤツらを一匹たりとも生かしておいてはならない」

その言葉には強い感情が宿っているのがわかる。

その感情の名は、憎悪。

「その魔族たちの根源にあるのが魔王だ。魔王滅殺なくして魔族を根絶やしにすることはあり得ない。私は、私の成しえなかった大望をレーディに成し遂げてほしい。だから彼女を鍛えるのだ」

それが、勇者が魔王を倒さんとする動機?

俺は何故か、「違う」と直感的に思った。

それは、アランツィル個人の動機で、歴代勇者やそれを祭り上げる者たちの動機ではないと。

そう思うのは過去に聞いたある話が思い起こされたからだ。

「それは……」

俺は、踏み込むか否か一瞬迷ったが、結局踏み込むことにした。

「……人間族を代表する勇者としての使命感からですか? 個人的な怨恨からそう思っているようにも見える」

「どういうことかな?」

「アナタは、妻と子どもを魔族に殺されたとか……」

反応は覿面だった。

アランツィルの老いた瞳の奥にカッと火花が散った。

そしてレーディの方を向く。

「お前か。口の軽いヤツだ」

「ええッ!? あの……ッ!?」

「お前がこんなにお喋りな女なら、話すべきではなかったな」

そして再び俺に向き直る。

「人の心は複雑だ。私の持つ恨みと、勇者としての務めを完璧に分けることは難しい。過去が私の戦いに何の影響をもたらさないと言えばウソになる」

「……気持ちはわかります」

「知った風な口をきくね」

「本当です。俺にも妻と息子がいます、二人を失うことになったら、想像するだけで胸が引き裂かれる」

その引き裂かれる思いを、この人は実際に体験したんだ。

「そうか……」

老いた勇者に少しだけ湿っぽさが浮かんだ。

「私も息子だった。初めての子でね。妻も冒険者で、駆け出しの頃から共にクエストに挑んだ相棒でもあった」

過去を話し始める。

「結婚したのは、勇者に抜擢されたのとほぼ同時期でね。彼女も勇者パーティに加えたかったが、妊娠が発覚してどうにもできなかった。身重の彼女を残し、他の仲間と魔王討伐の旅に出た」

それがいけなかったと彼は言う。

「妻子の居場所を、何故か魔族が突き止めおったのだ。襲撃され、妻は殺され、生まれたばかりの息子は連れ去られた。報せを受けた私は必死で追い、ついに実行犯を捕えて殺した」

「……」

「四天王の一人で『泥水』のベゼタンと名乗るヤツだった。息絶える前に息子の居場所を喋らせようとしたが、他の四天王が駆け着けてくる気配があったためやむなく撤退した。それ以来息子の行方もわからない……」

俺の知らない四天王の名だった。

やはり当代先代共に関係のない過去の者なのだろう。

俺の知る四天王でそんな卑劣な手段に出る御方はいない。

「息子も、とっくの昔に殺されていたのだろう。それ以来、私の魔族に対する憎しみは燃え上がるばかりだ。それが勇者の使命とは別問題だと言うこともわかっている」

振り下ろす剣に、憎しみを一滴も混ぜ込まないことなどできなかった。

だがそれこそが、彼を歴代最強足らしめた一番の原因に思えてならなかった。

悲しい理由。

「……何を私はベラベラと。老いたせいで口が軽くなったかな。それとも答え方にしくじったか。『何故魔王を倒すのだ』とバカな質問を口にしたのはキミが初めてだからね」

「すみません……」

「あるいは、キミ自身に原因があるのかもな」

唐突にアランツィルは言う。

「どうかね? 質問料ということでキミも私と手合わせしてみないか? キミがただ者ではないと言うことが私の直感が見抜いているのだよ」