軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

300 ベゼリア、夢を語る

商会長リトゲスは死んだ。

窒息死。

暴れれば暴れるほど粘度を増す魔法の水に囚われ、パニックを起こし逃げようとするほど粘る液体に手足をとられ、のたうち、最後には顔までも粘液に覆われて呼吸もできなくなる。

魔法の水は、逆に動きを止めれば徐々に粘性が失われ、普通のサラサラした水に戻っていくようだが、それゆえに物言わなくなったリトゲスの遺骸が不気味に見えた。

足首が浸かる程度の浅瀬に、うつ伏せで浮かぶ死体。

なんでこんなところで死んでいるのか、滑稽にすら思える。

「皆落ち着け! 動くな!!」

俺は電撃的に、敵味方問わずに向かって叫んだ。

「この水は、ベゼリアが発生させた魔法の水だ!! 動けば動くだけ粘度が上がり、獲物を捕らえて動けなくする! 最悪鼻口を塞がれて窒息死するのは見たとおりだ! 動くなよ! それが最善の対処法だ!!」

そう。

この水は波紋も立てず静謐でいながら、愚かな慌て者から容赦なく殺していくように出来ている。

愚かならば死に、賢明ならば生き残る。

この水は、まるで人一人一人を品定めし嘲笑っているかのようだった。

「……腐った水は、流れない」

丘の上からベゼリアが言う。

「それが我が水魔法の極意かな? たしかに流れ荒ぶる水の力も強力だ。あらゆるものを打ち砕く。しかしそれは水の恐ろしさの半面に過ぎない」

流れ、動き持たずとも、その底なしの深さで相手を沈め、戻れなくする。

リゼートが使った『流水円環法』とは対極ながら充分な恐ろしさを発揮する。

鏡のように水面穏やかながらも、濁って底を見通せない。

水中に何が潜んでいるかわからない。深さを測ることもできない。

それが術者自身の恐ろしさにも見える。

「ゆえに『濁水』か……!?」

「そう、私は『濁水』。『濁水』のベゼリア」

ベゼリアが丘から跳躍、下方へと飛び降りる。

みずからが発生させる魔法粘液へと足を下ろすが、水に浸ることはなかった。

「水の上を歩いている……!?」

まあ、この戦場全体を覆う水はベゼリアが魔法で生み出したもの。いわばここはヤツの空間だ。

自分の領域で好き勝手にできるのは当たり前のことだが。

「おのれ……! これではここに居合わせた全員、ヤツに囚われているようなものではないか……!?」

リゼートが憤るのも正しい。

戦場を覆い尽くす『囚牢粘縛』で、誰一人として自由に動き回ることができない。

下手に手足をばたつかせようならどうなるか、既にリトゲスが前例を示してくれているのだから。

その中でヤツだけが水面の上を闊歩し、こちらへ寄ってくる。

「……この数年、キミの姿を見ることはなかったが気配はそこかしこで感じ取れた」

「そうかな?」

「ミスリル鉱山の陥落、バシュバーザの死、ラスパーダ要塞の崩壊と再建、そして勇者レーディの魔王城到達。……すべてキミが関わっているんだろう? なんらかの形でね?」

うーん。

『違うよ?』と言えないのがつらい。

「やはりキミは大事を成す偉才だったようだ。そんなキミを外に出したことこそ魔王軍の大きな損失だったねえ?」

「何を! いけしゃあしゃあと!!」

リゼートが怒号をもって非難する。

「外へ出しただと!? それを行った張本人がどの口で言う!? お前が、お前たちがダリエルを追い出したせいで魔王軍がどんな混乱に陥ったと……!!」

「すまないねリゼートくん。私も常に正しい判断だけをしてきたわけではないのだよ」

しかし簡単に謝る男だなベゼリア。

案外これまでにないタイプだ。

「それでも当時は、それが最善の判断だと思ったんだ。バシュバーザが、キミを排斥することに躍起となっていてね? 下手に反対すれば四天王は真っ二つに割れ、空中分解する危険まで孕んでいた」

「だからアイツに賛同してやったと?」

「反対派の急先鋒はドロイエだったが、彼女なら意に沿わぬ決定でも服してくれると思ったのでね」

どうせゼビアンテスはどっちでもいいとか言ってたに違いないので、実質の決定権はコイツが握っていたわけか。

「せっかく結成されたばかりの新四天王(当時)が、そんなくだらない理由で瓦解しちゃつまらないだろう? 思慮深いキミならそこを汲んで、みずからを犠牲にしてくれると思ったんだ」

「随分都合のいい解釈だな」

「ああ、結局あの判断は間違いだった。まさかキミの存在があそこまで重要だったとはね。支えを失った四天王はあっという間にボロボロさ。キミをもっとも疎んでいたバシュバーザも真っ先に死んでしまうし……」

ヤツもヤツなりに考えて決断していたということか。

四天王体制の崩壊を避けるため、補佐一人切り捨てることを受容した。

そこで少なくともベゼリアは、感情に従ったわけでも思考を放棄したわけでもない。

四天王ベゼリアは調和を重んじる。

そんな評価は誰から聞いたっけ?

「言い訳はそれぐらいにしておけ。それで結局、お前はどうしたいんだ?」

行方不明だった俺を見つけ出して。

まさか再び魔王軍に戻ってきてくれと言いうんではあるまいな?

「言っておくが俺はもう魔王軍に何の未練もない」

軍を離れてから六年余り。俺も新しい生活を充分に築き上げた。

「今の生活を再び捨ててまで魔王軍に尽くす気など起こらない」

「既に一国一城の主か。その気概けっこうけっこう」

ベゼリアの態度は常に大らかで、こちらを戸惑わせる。

この大らかさは、果たして好ましいものだろうか?

底なし沼のようになんでも飲み込みはしないだろうか?

「別に今の生活をやめなくてもいい。今のありのままで私に協力してくれないか?」

「協力?」

「そのためにキミを探し出したんだ。大兵を動かし、リゼートくんを焚きつけたのもそのため」

「一体何が目的だ?」

ここまで来てもベゼリアは考えを露わにしない。

濁った水の奥底にはどんな大物が潜んでいるのか? 想像以上に濁水の沼は深い?

「私の目指すところは常に一つ。魔王様をお守りすることだ」

「ふん……」

「それが四天王の……魔王軍全体の役目だろう? 私はずっと考えてきたよ四天王に就任してから。どうするのがもっとも魔王様のおためによいか、と」

真面目に四天王の務めを果たそうとしていたわけか?

意外に真面目だな。

「考えていくうちに疑問が湧いた。勇者を倒す。それが本当に正しいことなのか? と」

「何……?」

「勇者を倒したところでまた次の勇者が選定され、魔王様を狙って駆け上がってくる。ここ数百年の魔族と人間族の歴史は、それの繰り返しのみと言っていい。同じことを繰り返すのが賢いことなのか? 本当に賢明なのは、元を断って苦々しい繰り返しを未来永劫止めることではないのか?」

「元を断つ、だと……?」

まさかコイツ……。

人間族を滅ぼすとでもいうつもりか。

たしかに種族自体がなくなれば争いも生まれず、勇者が襲ってくることもないが……。

「落ち着いて落ち着いて。……案外物騒な気を放つね。魔王軍にいた頃はそんな素振りもなかったのに」

「守るものが多く出来たんでな」

「それはいい。ではキミが大事なものを守るためにも是非協力してくれないか? 私の計画は、キミにとっても有益になることだろう」

「だから何を企んでいる?」

「争いの元を断つ。……その『元』とは魔族と人間族とのいがみ合いだ。それさえなくなれば争いはなくなり、勇者が襲ってくることもない」

つまり……。

ベゼリアが求めているのは……。

「人間族と魔族の和解だ」

「なッ!?」

和解?

戦いをやめて仲よくしようということか!?

「そんなバカな……!? 勇者と魔王軍の争いに代表される人魔の衝突は、もう数百年も続いているんだぞ!」

「それをやめさせようというんだ。時代の転換だよ。もう誰もが気付いているはずだろう? この争いの無意味さに?」

魔王様を狙って何百人という勇者が、何百年とかけて進み続けているというのにいまだ成功したことがない。

それはもう『何をしても無駄』ということが証明されているようなものだ。

「それでも人間族は勇者を送り続ける。意固地にでもなっているのかね? それをやめさせ、互いに手を取り合って同じ道を進む方が遥かに有益だと思えるのだ」

たしかにそうなれば、勇者も魔王様を襲う理由がなくなる。

四天王も使命をまっとうできる……?

「その協力を是非ともキミに頼みたい。人間族に生まれながら魔族の中で育ち、人間族と魔族双方の英雄の流れを汲むダリエル。キミが働いてくれれば人魔融和の大望へまた一歩近づくことだろう、必ずね」

「まさか、ミスリル鉱山を攻めたのは……!?」

俺を炙り出すためでなく、俺の肚の底までも見通そうとしたからか?

俺がヤツの計画協力者に相応しいかどうか?

「キミは、魔族であるリゼートくんにも友として思いやりをもって接してくれた。それは人魔融和を果たすために重要な動機になるだろう? それに加えて重要拠点であるミスリル鉱山を抑え、戦っても一騎当千の精強ぶり。……つまり力も充分持っているということだ」

ベゼリアが手を差し出す。

「私の目に狂いはなかった。ダリエルくん、キミが魔王様への忠誠を忘れず、世界を想い、また友や家族をいたわる気持ちに偽りなければ……。この私に協力するがいい。永遠に揺るがぬ平和な世界を創るため」

四天王ベゼリアは調和を重んじる。

しかしヤツの目指す調和は、俺の想像を遥か超えたところまで行くようだ。