軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

297 リゼート、追憶する(魔族side)

『流水円環法』とその生みの親、過去の四天王『順水』レキメラル総帥。

それらのことをスラスラ解説できるダリエルに内心舌を巻くリゼートだった。

「やはりお前は天才だなダリエル……」

ダリエルが天才だと、そう気づいたのはいつ頃だったからか。

多くの者たちがダリエルを落ちこぼれだと見下した。

魔法が使えないから。

たったそれだけだが魔族にとってその一点は致命的な欠陥だった。

魔法の使えない魔族が魔王軍で何の役に立とう。

普通ならさっさと除隊させるべきところを、それでも魔王軍に残り続けられたのは養父グランバーザの後ろ盾があっただけでなく、当人の努力も筆舌に尽くしがたいものだった。

魔法が使えず、最前線で戦えないなら、せめて後方支援に。

そう舵を切ってダリエルは、古今の戦略書を読み解き、軍事学を勉強して大軍の動かし方を修得した。

そんなダリエルを『脳なしの無駄な努力』と嘲笑う輩は数多くいた。

たしかに魔王軍が軍隊である以上、集団を動かすための指揮能力は必要ないわけではない。

それでもまず先に立つのは、誰よりも大きな魔法の力だった。

誰が弱者に従うだろうか。

どれだけ勉強しても魔法が使えない限りダリエルが出世することはない。

それゆえに無駄な努力と嘲笑うのだった。

リゼートもかつては、その嘲笑うグループの中にた一人だった。

というより、ダリエルと同時期に魔王軍に入り、暗黒兵士として勤めた者たちでダリエルを笑わなかった者は一人もいない。

リゼートとて同調して笑わなければどんな陰湿な孤立を受けるかわかったものではなかった。

しかし心の中では笑い声など上げられなかった。

どんなに見下され、苛められようと、目の輝きを失わずに書物へ向かい続けるダリエルの精神力。

侮ることなどできず圧倒される心地だった。

嘲笑う者たちと、嘲笑われる者との明暗は次第に分かれ始めた。

しかも想像以上に急速に。

ダリエルを無能だ役立たずだとなじってきた同期で、今なお魔王軍に残っている者は一人もいない。

皆、比較的早い段階で適性試験に落ちたり、厳しい訓練に耐えられなくなって脱落していった。

ダリエルを嘲笑った者は皆、ダリエルに見送られて魔王軍を去っていったのだ。

そんな中でリゼートは恐怖した。

自分もまた形ばかりでもダリエルのことをバカにしていたのだから、因果応報のように魔王軍から脱落していくのではないか、と。

実際少年期のリゼートは、伸び悩んでいて新しい魔法を一つも覚えられなかった一年もあるほどだった。

このままでは役立たずの烙印を押され雑兵に落とされる。

そうすれば出世の道は一切断たれ、生活の向上する望みもない。

その屈辱に耐えきれず同輩たちは魔王軍を去っていった。

自分はどうする。

そんな葛藤に苛まれていた時手を差し伸べてくれたのがダリエルだった。

その時既に後方支援のエキスパートとして立場を確立させていた少年ダリエルは、伸び悩んでいたリゼートの問題点を指摘し、改善案まで提示してくれた。

それに従っただけですぐさま二つの魔法を修得し、幹部候補の座に残り続けることができたのだった。

魔法が使えないはずのダリエルが、何故ここまで詳しく魔法を指南できるのかと訳がわからず聞いたことがある。

その時ダリエルは恥ずかしげに『魔法を使いたくて勉強したから……』と答えた。

ダリエルは、リゼート自身や、既にドロップアウトした同期たちの何十倍という努力を積み重ねてきた。

その努力も最終的には無駄であることを突き付けられ、挫折し、それをも乗り越えて新しい自分を確立させたのがダリエルの歩んできた道のりだった。

それを理解もせず嘲笑う者が、ダリエル同様に大成できるはずがない。

努力を嘲笑う者は常に、少しの努力もしたことがない者なのだから。

その頃から少しずつリゼートはダリエルとの交友を深めていった。

ダリエルは性格的にも人当たりがいい。

聞けば何でも答えてくれるし、その回答が常に的確で正しいとあれば、上役とて好んで彼を傍に置きたがるようになった。

たとえ魔法が使えなくても、適切に人の集団を動かすにはまた別の才能が必要不可欠となるのだから。

そしてダリエルはその才能を充分すぎるほどに保持していた。

やがて、その補佐能力を代われ、階級・暗黒兵士のまま四天王補佐の役職に大抜擢された。

それは魔王軍始まって以来の強行人事で、周囲からの異論も多かったが当時軍部を牛耳っていたグランバーザの覇気で押し通された。

その報を受けて、リゼートはどんな心境だったかを思い出す。

驚き、入隊以来ずっと無能とののしられ続けてきた同期の大躍進は、ただただ愕然とするばかりだが同時に納得する気持ちもあった。

ダリエルの努力をもっとも間近で見てきたのは自分だという自負もあったから。

嫉妬もあっただろうか。

否定はしきれないリゼートだった。

どんなに友人として親しくなろうとも、魔法をまったく使えないダリエルに対して優越感がないと言えばウソになる。

その程度の自己肯定もなくば人とは呼べないだろう。

しかしダリエルは、リゼートの進む道を遥か飛び越えて四天王補佐へと就任した。

あの時ほどリゼートは、自分自身がただの凡人であると痛感したことはなかった。

あの男は何なんだ。

誰もが持っていて当然のものを持たず、それでいて誰もが求めても一握りしか得られないものを手に入れる。

真の天才とは、百年に一人の異才などというのはそういうものではないかと思い始めた。

こんな異常人と近しく過ごすことは、リゼートにとって幸運だったのかどうか。

足元しか見渡せない凡俗にとって、あまりに輝かしい天才など見るたび惑わせられる毒のようなもの。

ダリエルが、彼の傍で思いもよらない事件を引き起こすたび、彼の小さな心胆は粉々に砕け散らんばかりに激動するのだ。

こんなに迷惑な話があるか。

今とてそうだ。

ダリエルとは知入であるはずなのに、誰よりも長く苦楽を共にし続けてきたはずなのに。

何故友の心を見通すこともできない。

ヤツが天才だからか。

そして自分が凡人だからか。

常識に囚われた不才の者には、雄大なる才能に恵まれた人間の考えなど想像も及ばない。

ネズミに人の言葉が理解できないように、凡人は天才の言葉を聞いても何のことかわからない。

自分と彼は、それほどに違う生き物なのか。

そんな相手を友と思っていたのは、それもまた自身の愚かさから現れた勘違いなのか。

そう思うたび、彼の心から沸き上がったのは激烈な感情だった。

怒り。

彼自身がとるに足らない凡俗であることを思い知らされることへの怒り。

「バカにするなよ……! 見下すなよ……!」

リゼートにも自尊心はある。

とっくにコントロール完了できたと思っていたその心が、友の考えがわからぬようになって再び制御不可能になる。

「ダリエルお前はいつもそうだ……! 私たちの後ろにいるはずがいつだって前にいて。私たちの下にいながらいつも私を見下している……! そんなに、バカがいい気になっているのを眺めて楽しいのか!?」

リゼートだって、凡人なりに努力してきた。

その末に上り詰めた暗黒将軍の座。

彼の努力も認められているはずだった。

ダリエルと同様に。

しかしあの鬼才の前に出れば、そんな小さな成功で満足している自分の卑小さが暴き立てられる。

それが我慢ならない。

「凡人には凡人の意地があることを教えてやるぞ! 我が極致! 『流水円環法』で吹き飛べダリエル!!」

過去の英傑、四天王レキメラルの奥義を現代に復活させたこと。

水魔法は、半人前だった頃からのリゼートの拠り所だった。

水魔法なら誰にも負けない。その心意気でここまでやってきた。

過去最高と謳われるレキメラル総帥の奥義を再現できたことでも、自分のプライドに間違いはないと確信できるリゼート。

この奥義なら……。

努力の最後の到達点なら……。

天才ダリエルだって打ち破ることができる。

……そう思ってしまったのは。

やはりリゼートの凡人ゆえの楽観から来たものであろう。

ダリエルは、リゼート渾身の奥義すらも軽々といなして……。

究極水流共々打ち砕いてきた。