作品タイトル不明
290 ゼビアンテス、魔王軍と対決する(魔族side)
「あれはなんだ!?」
「鳥か!?」
「魔導飛翔機か!?」
魔王軍の兵士たちの数多く、そのすべてが例外なく空を見上げた。
そこから飛来する正体不明の物体に注目する。
「いや、あれは……!?」
「女の人!?」
風属性の魔法には、術者を突風に乗せて鳥のように飛翔させる術がある。
その術によって天空に座す、エメラルドの輝きを放つ貴婦人。
彼女のことを魔王軍の兵士たちは知っていた。
「まさか……!?」
「ゼビアンテス様!?」
いまや前期の四天王。
既に称号をはく奪され、過去の人物となったはず。
しかしそれでも煌めく美しさは人々の目を奪わずにはいられない。
どこまでも自由なる風の踊り子。先代四天王『華風』ゼビアンテスであった。
「何故ここに……!?」
と叫びつつ、リゼートは心のどこかで納得していた。
現役四天王であった時からミスリルに執着し、その集積場所であったラクス村に足しげく通っていたゼビアンテス。
リゼートもそのことは承知している。
四天王から失脚したあと、彼女の行方は知れなくなっていたが大方ラクス村に腰を据えたのだろう。
そしてラクス村は、あの男によって取り仕切られている。
「アイツの差し金か……!?」
というリゼートの独り言は、奥歯で噛み潰すような声で周囲にまで聞こえなかった。
「ゼビアンテス! こんなところで何用だ!?」
代わりに新人四天王『弱火』のゲルズが勇ましく言う。
「四天王の使命も果たせず辞任させられたお前が、どの面下げて今さらのこのこと!? ここはお前の来るべき場所じゃない! 敗北者は敗北者らしく隅にでも引っ込んでいろ!!」
「ボーヤ誰なのだわ?」
「坊や!?」
ゲルズに対して歯牙にもかけぬ風のゼビアンテス。
キョロキョロと視線を巡らすのは、きっと今話しかけてきたものじゃ話にならんと思ったからだろう。
そして結局視線が定まったのは、リゼートに向いた時だった。
「お前の顔はどこかで見た気がするのだわ。仕方ないからお前と話してやるのだわ」
「その態度おおおお……!?」
久々に、前期四天王の傍若無人ぶりを肌で実感することになったリゼート。
最近は素直な新人四天王や、形ばかりでも物腰柔らかいベゼリアと接していたから余計に衝撃的だった。
「でもお前じゃ話にならないから、もっと偉いヤツを呼んでくるのだわ。下っ端と交わす言葉は持ち合わせていないのだわ」
「一応、この軍指揮してるの私なんだがなあ!!」
「だったらなおさら罪深いのだわ」
ゼビアンテスは、いまだ風魔法によって天空高くに浮かび、魔王軍の軍勢を遥か高みから見下して睥睨するかのようだった。
そしてその脇には、何故か中年男性がしがみついて泣きわめいている。
「ぎゃああああああッ!? 高いいいいいいいッ!? 落ちるうううううッ!?」
恐らくはゼビアンテスの女体にしがみついてしまったがため一緒に浮遊しているのだろうが、風魔法が術者本人にしか作用しない以上放したら落下するしかない。
「そもそも、このミスリル鉱山は手出し無用たることが魔王様によって取り決めされたはず。なのに今こうしてミスリル鉱山へ侵攻の動きを見せている」
「ひいいいいいッ!? 遠い! 地面が遠いいいいいッ!!」
「まさか侵攻じゃないとは言わないのだわね? こんな大軍勢を率いて、ガッチガチに武装を固めてるんだから」
「足がブラブラするうううううッ!?」
「つまり今アナタたちは、魔王様への反逆行為をしているに間違いないのだわ! そうでなくとも休戦協定が結ばれている最中に軍事行動なんて明確なルール違反なのだわ!!」
「ぎゃあああああッ! 揺らさないで放れる! 手が放れるうううううッ!!」
「グランバーザ様に言いつけたら、さぞかし怒り狂うことだろうだわね! あの人怒ったらめっちゃ怖いのだわ! このわたくしが身をもって知っているのだわ!」
「掌が汗ばんできた! 滑る! 滑り落ちるうううううッ!?」
とにかく魔王軍の士卒たちが一致して思ったことは『あのオッサン煩いなあ』ということだった。
何故ゼビアンテスに引っ付いて空を飛んでいるのかわからぬが、それについて浮かんだ感想は……。
『きっとあの人もゼビアンテスの気まぐれに巻き込まれたんだろうな可哀想に』
もしくは。
『ゼビアンテス様の美しいお体に抱き着けて羨ましい死ね』
といったところだろう。
とにかく。
「お前らごときがミスリル鉱山を脅かすなど身の程を知るのだわ! 今すぐ回れ右してお家に帰るがいいのだわ!!」
「そういうわけにはまいりません」
決然と答えたのはリゼート。
今や暗黒将軍として一軍を担うまでになったリゼートだった。
「いや、いかない。かつて四天王であった『華風』ゼビアンテスよ。本作戦は魔王様より正式な許可を賜っている。法的に何ら瑕疵のない行動だ」
「そんなバナナだわ!?」
リゼートだって納得いっていない。
そもそも魔王の許可を得たのはベゼリアであり、何故許可されたかはリゼート自身疑問しかない。
それを解き明かすためにも従軍した。
放たれた矢は、的に突き刺さるまで止まることはない。
「そもそもミスリル鉱山奪還の動きがなかったこと、その方が異常だったのだ。ミスリルは魔族にとって重要資源だ。なんとしても魔族の手に取り戻さなくてはならぬ。そう考えるのは当然のこと」
「でもミスリルは人間族側から買い取って供給があるはずだわ! 別に困ってないはずだわ!」
ゼビアンテスの言う通り、重要拠点としてのミスリル鉱山が奪われてのち、魔族はミスリル供給を断たれて完全な欠乏状態になるはずだった。
それを救ったのは人間側からのミスリル販売の申し出。
本来なら兵糧攻めにして敵対者を苦しめるべきであろうに。最初は市場価格の四倍という法外な売値であったが、今ではほぼ適正価格にまで落ち着いている。
すべては、その陰で気を配るあの男のおかげだった。
この侵略行為は、あの男から受けた巨大な恩義を仇で返すに等しい。
それでもリゼートは引き返すことができない。
「ゼビアンテスよ、お前もかつて魔王軍に属する者ならば道を開けろ。我々に同意し協力するべきだ。魔王軍は、勝者であらねばならない。そのためにミスリル鉱山が必要なのだ!」
「お断りなのだわ」
わかりきっていたがゼビアンテスの返答は明快だった。
兵たちの間にざわめきが広がる。
「わたくしは常に自分の華麗なる美意識に従ってきたのだわ。軍令なんぞに従ったことなどただの一度もないのに、なんで退役してから恭順しないといけないのだわ?」
「そんなこと誇らしげに言うな!」
結局ゼビアンテスはそんな女だった。
四天王という栄職に就きながら、その重要性を最後まで理解せず自由気ままに振舞うばかり。
魔王軍から去ったあとすら、その身勝手さで邪魔をする。
「そもそもミスリルが魔王軍に返ったら面白くなさそうだわ。せっかくミスリル製品のオモシロ作品が咲き乱れる理想郷が育ちつつあるのに」
と言うゼビアンテス。
「ミスリル加工は、ラクス村に任せておいた方が断然いいのだわ。だからこそ魔王軍が鉱山を奪い返すなんてNGなのだわ! 我が美意識と創造性が許さないのだわ!」
「何をわけのわからんことを!?」
結局ゼビアンテスは人間側……というよりダリエル側についたが、それはある意味予想できたこと。
そしてそのことは益々リゼートの疑念を掻き立てる。
ここまでダリエルとゼビアンテスの繋がりが太くなっているとすれば、ダリエルが送り込んだ勇者に、ゼビアンテスが手心を加えることもあったのではないか。
いやまだそれは疑念の段階であった。
友を信じる心と疑う心が揺れ動く。
「仮にも元四天王だった者が……、何という無責任な振る舞い!!」
思い悩むリゼートの隣で、新人ゲルズが若い憤懣を表す。
「ミスリル鉱山を奪還する前にあの者を討ち、裏切り者の末路を示してくれましょう! リゼート殿攻撃の許可をください! 不甲斐ない前任者の処理も四天王の務めです!」
「だからあのボーヤ誰なのだわ?」
本格戦闘を前に元四天王と激突。
明らかに面白くない流れだった。本格戦闘の前に無駄な消耗をしたくない。
「待つんですの!」
それなのに、さらに膨らむ騒ぎの火元。
「やるんならこのわたくしにお任せするんですの! 立ちはだかるのが先代の風四天王なら、このわたくしが粉砕して差し上げるのが筋ですの! 現四天王の一人『微風』シルトケが!!」
「だからコイツら何なのだわ?」
風の新旧四天王対決。
図らずも注目の一戦が行われようとする。