作品タイトル不明
288 魔王軍、現る(人間族side)
ダリエルが射出されてより時間はほんの少しだけ遡り……。
◆
ミスリル鉱山ではゼビアンテス無双が展開されていた。
「にゃーっほっほっほ! 蹂躙は楽しいのだわああああッ!!」
彼女の風魔法で生み出される竜巻は、今のところ計八つ。
巻き込まれれば人一人など容易く上空高く巻き上げられて、しかるのち地面に叩きつけられる。
個人レベルでは押し止めようのない脅威だった。
無論、一般水準の域を出ないキャンベル冒険者の力量ではどうしようもない。
さらにゼビアンテスは、これよりもっと竜巻の数を増やすこともできる。
「虫けらのように逃げ惑うがいいのだわ! 強者の優越は本当に気持ちいいのだわあああッ!!」
「あッ、あの女性は……!?」
ベストフレッドは上空を仰ぎながら、そこに浮かぶ美女の姿に食い入った。
見覚えのある顔だった。
ミスリル鉱山に赴任してからの六年間、様々な用事のため最寄りのラクス村には幾度となく訪問した。
そこで一番騒がしい女性が彼女ではなかったか。
見るたびベストフレッドは『何か頭の可哀想な子がいるなー』という感想しか持たなかったのだが。
そんな彼女に今窮地を救われている。
彼女が放つ旋風魔法は、キャンベル街からの冒険者たちを貪るように蹴散らしているのだから。
「おのれ冒険者ギルド! この卑怯者め!!」
商会長リトゲスがヤケクソ気味に叫ぶ。
「魔族を味方にしているとは、気はたしかか!? 人間族全体に対する裏切りではないか! 冒険者ギルドは、設立の志を忘れたのか!?」
「いや待て、私にも何がなんやら……!?」
唐突たるゼビアンテスの助勢にベストフレッドも困惑するばかりだった。
たしかにミスリル鉱山では、魔族側に対してもミスリルを販売している。
本来敵である相手に対して、それは申し開きのしようもない裏切り行為に見えるが、それは世界唯一のミスリル鉱山を血みどろの戦場にしないための避難処置でもあった。
コストはかかってもミスリル供給が保証されるなら魔王軍側からの侵攻に歯止めがかかる。
センターギルドからも正式な許可はとってある。
しかしだからと言って魔族が応援に訪れるなど話が飛躍しすぎではあった。
「アナタは一体……? そして何故……?」
「ダリエルから言われたらしょうがないのだわ。アイツはすぐママさんをけしかけてくるからズルいのだわ」
「ダリエル村長!?」
その名前が出てきたことに驚く半面、どこか納得する気持ちもあるベストフレッド。
出会って以来、常に底知れない雰囲気のある彼。
そんな彼が先手を打っていたとしても何ら不思議なことではないと思える。
不思議であるとすればあの人物の存在自体。
益々わけがわからなくなるダリエル像だった。
「そうこう言ってるうちにー」
ゼビアンテスが指をパチンと鳴らすと、それまで虐殺者のように暴れ回っていた竜巻が、もう十数もあったのが一斉にふっと消えた。
あとに残ったのは竜巻に引き潰され、死屍累々となったキャンベル冒険者たち。
「……死んでいないよな?」
「殺したらダリエルがうるせーからギリ生かしてあるのだわ。さすがに骨折とかは知ったこっちゃねーのだわ」
絶体絶命と思われた次の瞬間にすべてが片付いてしまった。
魔族の魔法とはここまで強力なのかという恐れがベストフレッドの心身を駆け巡る。
そして倒れる人間の荒野の中心にただ一人、上体を起こしながらも震えて動くことのできない男がいる。
「リトゲス……!?」
「アイツが一番悪いヤツなんでしょう? けじめのため手を付けずにいたのだわ」
そんなことまでできるとは。
益々底知れないゼビアンテスの脅威に内心舌を巻きつつもベストフレッド、ミスリル鉱山責任者としての使命を果たすため進み出る。
「商会長リトゲス……、お前のしたことは犯罪と呼ぶにも収まらない侵害行為だ。冒険者ギルドはけっして許さない。覚悟しろ」
「何を言う! 冒険者ギルドは裏で魔族と結託していたのだ! この裏切りを世界中に広めて潰してやるからな!」
リトゲスは決めつけて譲ろうとしない。
ベストフレッドも、この事態がどういうことかもわからず内心困り果てているところだった。
「わたくしとしては、もう魔王軍も何も関係ねーのだわ。でもコイツがグダグダ言うのなら、ここでキュッと絞めちゃってもいいのだわ」
「ひぃッ!?」
ゼビアンテスの物騒な提案は、リトゲスを心底ビビらせる。
臆病なヤツだとベストフレッドは嘆息した。
「いやダメだ。彼はセンターギルドへ移送し、法によって懲罰を受けねばならない。アナタにはアナタで事情を聴きたいがよろしいか?」
「面倒だから嫌なのだわ」
「このおッ!?」
ゼビアンテスの身勝手ぶりに血管が切れそうになるのだった。
助けてくれた以上は改めて礼も述べたいところだが、そんな気すらも失せる我がままっぷり。
これでは彼女の言う通り、ダリエルから事情を聴くしかないというかそれが一番手っ取り早いなあ、と思ううち……。
「……」
「?」
急にゼビアンテスが静かになったのが気にかかった。
これまで会話しなくても煩くしゃべり続けていた彼女がいきなり一言も発さなくなる。
それは異様ですらあった。
「……なんなのだわ?」
「え? 何が?」
「あの足音。一人じゃない。何十人? 何百人? いえ何千人といるかも? こんな大軍が何故こっちに向かっているのだわ!?」
などとわけのわからない独り言。
ゼビアンテスはすぐさま腰の抜けた 男(リトゲス) を鷲掴みにして乱暴に持ち上げた。
女性の腕力とはとても思えなかったが、魔法の力で補助してあるらしい。
「お前の仕業なのだわ!? まだ手勢を隠していたなんて!?」
「し、知らん何のことだ!? くだらない言いがかりはやめたまえ! 私は善良な一商人に過ぎないんだ!?」
言うに事欠いて、図々しいにも程があるリトゲスの態度であったが、ウソを言っている態度ではなかった。
ゼビアンテスは『チッ』と舌打ち一つ漏らし、手に持つリトゲスを力任せに投げ捨てる。
「ぎゃへええええええッ!?」
風に乗ってどこまでも飛んで行くのだった。
「アンタ! 一緒に来るのだわ!」
「え? 来るってどこへ?」
「わたくしでは人間族どもの所属なんて見分けがつかないからアンタが代わりに判断するのだわ! ハグだわッ!」
「うひょんッ!?」
ゼビアンテスにいきなり抱き着かれた。
美女と体全体密着するのはさすがのベストフレッドでもドッキンときめかざるを得ないが、さらに心臓が悲鳴を上げるのはこれからだった。
「上へまいりますのだわー!」
「うぇえええええええええええええええッッ!?」
抱き着かれたままゼビアンテスと共に天空高く飛翔する。
これも魔法の力か。
ひょっとして、今この状態でゼビアンテスの体を放したら真っ逆さまに墜落してしまうのだろうか。
その考えに至ってベストフレッドは益々恐怖し、その艶体にしがみつく。
「きゃあああああッ! 高いの怖いいいいいいッ!?」
「見えたのだわ!」
充分に高度を上げて、上空から見える風景は地平線の向こうを見渡せて雄大なものだった。
この景色を無心に見られたらどんなに感動したことだろうとベストフレッドはため息を吐く。
しかし感動している場合ではなかった。
上空から見える俯瞰図には、かつてないほど凶悪なものが移っていたのだから。
「あれは……!?」
上空から見える大地に、染みのように広がる黒があった。
その黒い染みは蠢いて段々と大きさを増していく。地平の向こうから増殖していくかのようだった。
「あれはまさか……、軍隊?」
ベストフレッドは言った。
以前どこかで見た蟻の群れが、まったく同じような挙動をしていたのを思い出した。
これだけ天高くから眺めれば遠近法で見分けつかぬが、あれは遠く過ぎて蟻のように小さくしか見えない人だった。
それが集まって染みのように。
その数は、たしかに数千はいるとみてよかった。
「どこの軍隊だ……!? あんな規模は見たことがない……!?」
「いや、これはすぐわかったのだわ。向かてくる方向から見て間違いない……!」
魔王軍。
魔族によって組織された魔王を守るための軍隊。
それが今、進軍している。
「なんで今、魔王軍が!?」
「そんなことわたくしが知りたいのだわ! ……しかも、ヤツらが向かっているのって……!」
紙に垂らした墨が広がっていくように軍勢が進んでいく先は……。
……ミスリル鉱山。
「こっちに向かってきている!?」
「よりにもよってこのタイミングだわ!?」
これはヤバい、ヤバいのだわ。
というゼビアンテスの呟きが漏れた。