軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

270 勇者レーディ、修行中(餓鬼side)

勇者レーディは、魔獣と戦っている。

通常より何倍も大きな体躯を持つ狼。しかしその動き通常の狼より何倍も速く、目にも留まらぬ勢いでレーディへ牙を突き立てる。

「くッ!!」

しかしレーディも負けず劣らず、振り上げた剣で狼の牙をしっかりと受け止める。

そのまま巧みに剣を捻りあげながら……。

「『真空断空』ッ!!」

キラキラと真っ新に光る刀身が、巨狼の顎から目にかけてを斬り上げた。

狼はキャウンと情けない悲鳴を上げ、レーディから逃げるようにかけ離れる。

その顔には縦一文字に痛々しい刀傷が刻まれ、ドクドクと赤黒い血を垂れ流していた。

たった今レーディがつけたばかりの傷。

巨狼は神殿の奥の奥まで下がると体を丸めて伏せ、恨むようにレーディのことを睨みつけている。

「やっつけたのだわ! さすがわたくしのレーディちゃんなのだわ!!」

「やっつけてないよ。あの程度の傷フェンリルはすぐに再生させてしまう」

レーディは落ち着いた表情で言う。

五年の歳月は彼女にも相応の変化をもたらし、より精悍で清々しい女傑へと彼女を変えていた。

手にするミスリルの剣はボロボロに刃こぼれしている。

あの魔狼との戦いがいかに激しいかを物語っていた。

「フェンリルは本当に恐ろしい魔獣だわ。私の渾身のオーラと、風の魔力が融合した『真空断空』を受けて、あの程度のかすり傷で済んでいる。しかもすぐに再生してしまう」

レーディの言う通り、巨狼の顔に刻まれた刀傷はシュワシュワと煙を上げながら、見てわかるほど急速な自然治癒で塞がろうとしていた。

あの分では程なく、傷など最初からなかったと思えるほど完璧に再生を完了させるだろう。

「恐ろしい獣……。風魔獣さんと融合したセルニーヤさんですら、『真空断空』の切断力に再生が追い付かず消滅したというのに……」

『存在の大きさが、他の魔獣とも遥かに違うのだ、ヤツは。だから魔力とオーラの融合という最強の力ですら致命傷を与えられない』

どこからともなく響く声は、ゼビアンテスをこの次元神殿まで誘ったものと同じもの。

『しかし、傷つけられただけでも充分大したものだ。本来なら極魔獣フェンリルの毛皮を斬り裂くことなど誰にもできない。唯一、あのバケモノの生み主である全能者オージン様を除いては』

「アナタも無理なのだわ?」

『叶わぬな、同じ魔獣と言えども、私を含めた四元の魔獣は皆アイツより格下よ』

伝承によれば、この世界の創造主にして全能者たる魔王=主神オージンは、四体の魔獣を生み出したとされる。

炎魔獣サラマンドラ。

風魔獣ウィンドラ。

水魔獣ハイドラ。

地魔獣ギガントマキア。

『しかしあの方が生み出した魔獣はそれだけではなかった。そもそも我ら魔獣は、みずからを滅ぼさんというあの御方の望みを果たすため、最初に創造されたプロトタイプだ』

しかし四魔獣は主神オージンを倒すに至らなかった。

いかに全能者と言えども、自分の能力をもってして自分を超える者は生み出せないからだ。

四魔獣は皆すべて人智を超越する怪物たちであったが、そのいずれも主神オージンを超えることはできなかった。

その後、神は方針転換し、みずから学び強くなる人間を生み出し、自分を超える望みを託したという。

しかし本当は、その間にもう一つの試みがあった。

主神オージンは、もう一度、全能力を結集して最強最悪の魔獣を生み出していたのである。

それが極魔獣フェンリル。

この巨狼は世界のありとあらゆるものを喰らって力に変え、創造主たる主神を越えようとした。

しかしフェンリルが主神を超える存在になるためには世界すべてを喰らい尽くさねばならない。

主神を超える存在が完成しても、世界の消滅が引き換えでは意味がない。

危険を感じ取ったオージンは、フェンリルを拘束し別世界へと封印した。

そうしなければ魔狼は飢えの赴くまま世界を食い尽くしてしまうだろうから。

分断された世界の狭間にフェンリルを閉じ込め、それに次ぐ二番目に最悪の魔獣を番人として配置した。

『それがこの私……』

姿なき声が言った。

『地魔獣ギガントマキア。オージン様の命を受けフェンリルを封じこめる者』

四魔獣は大抵創造主オージンに愛想を尽かし、それぞれ自由に振舞っているが、地を司る魔獣だけは違った。

今もなお創造主からの使命を守り、もっとも危険な魔獣を見張っている。

もしフェンリルが戒めを破り、この異次元世界リングヴィを食い破って人間世界へと進出しようものなら、ギガントマキアが大地の魔獣の全能力をもって迎え撃つことだろう。

『あの御方の命に従うというだけでなく、世界の命運が左右されるからな。我が存在を懸けるに値する使命だ』

「とってもいい子なのだわー」

『……この人の子、舐めてる?』

実際フェンリルは、その体のあちこちを太い紐で縛られ、拘束されていた。

あれでは一定範囲内を暴れることはできても、その範囲を超えて飛び出すことはできない。

だから斬られた顔の傷はすっかりよくなったというのに、範囲外に出てしまったレーディやゼビアンテスを再び襲うことはないのだった。

「まるで首輪で繋がれた飼い犬のようなのだわ、だっせー」

「それでも気を付けてねゼビちゃん。拘束されながらも動き回れる範囲内に入ったら、あの巨大狼はすぐさま襲ってくる。四天王のゼビちゃんでも反応できない速度よ」

「既に『元』四天王なのだわ」

そのような危険な魔獣が封じられた奥底に、何故レーディがいるのか。

世に広がる噂通り、レーディは魔王に挑み、そして敗れた。

ただし彼女が対魔王戦のために磨き上げた切り札は、相応の功を奏し魔王に傷を負わせることができた。

その結果に喜んだ魔王は、レーディに新たなるチャンスを与えることにした。

彼女がなさらる修行を積んで強くなるために、極魔獣フェンリルとの戦いを許したのである。

「そうしてフェンリルと戦い始めて早一年……。想像以上にしんどい修行だわ……」

『フェンリルに修行などという意識がないからな。ただ目前に現れた食えそうなものに噛みついているだけだ』

かつて魔王に評価された強豪も、幾人かヴァルハラに入るよりフェンリルとの死闘で強くなることを勧められ、挑戦した。

そのすべてが最後にはフェンリルに食われ、魂すら残さず魔狼の血肉となった。

あまりにもリスクの高い修行法。

『あの最悪魔獣自体、ヴァルハラの英霊より遥かに強いから修行相手としては優良だろう。しかし限度を超えている。オージン様は何故、有望な強魂をムザムザ浪費させるのか』

「って言うか、あのワンコロ危険すぎるのだわ? とっとと滅ぼせばいいのだわ、 魔王様ならできるんだろうし」

『滅ぼさんよ。あれでもまだヤツは、あの御方を超えられる候補の一つなのだ。それももっとも有望株のな』

しかしフェンリルがオージンを倒すためには、世界すべてを喰らい尽くして限界強化しなくてはならない。

きっと主神は、人間では自分を超えることができないと失望した時、フェンリルを解き放ちすべてを食い尽くさせるのだろう。

「そんなことにはさせません」

レーディが言った。

「あの御方は……、闘神様はきっと私の手で倒してみせます。そのためにもここで私は強くなる。フェンリルとの死闘の果てに、アイツも私の手で滅ぼしてみせる!」

「それでこそわたくしのマブダチなのだわ! このわたくしが常に応援しているのだわ!」

レーディがこうした形で人外の修行に打ち込んでいると、知っているのはゼビアンテスだけだった。

様々な事情合って彼女はレーディと魔王の戦いに居合わせており、勝負の一部始終を見守った結果、レーディのその後も知ることとなる。

だからこうして時折修行の場に訪れては差し入れなどをするのであった。

「ほれ、サカイくんから新しい剣を預かってきたのだわ。ミスリル刀の新作なのだわ」

「ありがとう! 今使ってる剣がボロボロでもうもたないところだったんだよー!」

「あとお母さんがミートパイを焼いてくれたから持ってきたのだわ! たーんと召し上がれなのだわ!」

ゼビアンテスが呼ぶところの『お母さん』とはマリーカのことであった。

箱を開きミートパイを出した途端フェンリルが目の色変えて吠え出した。

「うっせーのだわ! お前に食わせるために持ってきたんじゃないのだわ!」

「わー、美味しそう! さすがマリーカさんの料理は天下一品!」

普通ならば小世界中に充満するフェンリルの獣臭は酷く食欲など消し飛ぶほどだが、レーディは気にせず齧り付いて頬張る。

修行の成果か、逞しさが増しているのだった。

こうして地魔獣ギガントマキアが住まうミスリル鉱山の奥深くに封じられたフェンリルと、レーディは死闘の果てに強くならんとする。

今度こそ魔王を倒そうと。

そして四天王ベゼリアはダリエルをあぶりだろうとミスリス鉱山を窺い。

人間族の商会はミスリルそのものを狙って蠢動する。

奇しくもあらゆる勢力がミスリル鉱山を目指して動き出している。