軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

269 勇者レーディ、魔狼と戦う(餓鬼side)

魔王軍四天王の一人、『華風』のゼビアンテス。

彼女は既に四天王ではなく、その座を追われてしまっていたが当人は特に気にしていない。

元から地位になど拘泥しない女だった。

彼女にとっては自分の興味を満たしてくれるものにのみ価値がある。

無役となった今は、その所属にすらも拘り持たずラクス村に住み着き自由を満喫している。

そんなゼビアンテスが今、降り立ったのはラクス村ではなかった。

そこから僅かに外れたミスリル鉱山の入り口であった。

「わんわわわ~ん♪ ぷっぷくぷ~♪」

呪文を唱えると、彼女の姿は霞のように掻き消えて何も見えなくなる。

魔法で姿を隠しながらゼビアンテスはミスリル坑道の中へと入っていく。

当然周囲には、様々な役割をもって鉱山に従事している人々が数多くいる。

事務仕事もいれば、より明確に侵入者を見張るための警備冒険者もいるが、それらの者たちですら騒ぐことはなかった。

あからさまな部外者であるゼビアンテスが、断りもなく行動に入ろうというのに。

まったくの無反応。

魔法による隠形の効果だった。

風属性を極めた魔法使いは、己が周囲の空気を完璧に操って、空気を伝わる音をも操作する。

自分から発生するあらゆる音を消し去れる。足音、息遣い、鼓動の音までも。

それだけでなく空気の屈折率を操作して自分の姿すら隠すことも、また体臭を拡散させて掻き消すこともできる。

かつて『風使いが本気で尾行したら誰も気づけない』と誰かが言ったが、それと同様ミスリル鉱山を警護する者も誰もゼビアンテスの侵入に気づけなかった。

坑道内で作業するノッカーたちも。

すれ違いざま、ゼビアンテスはノッカーの頭を撫でる。

「ヒェッ!? 誰かがオラの頭を撫でただか!?」

「バカ言うでねえ、ここにゃオラたち以外誰もいねえべよ!?」

「もしかして最近噂の幽霊だべか!? 坑道の中を彷徨う怨霊だべか!?」

「くわばらくわばらーッ!?」

「なんまいだぶ! なんまいだぶ! うちゅーてんちよがりきりょー!」

いたずらにノッカーたちを怖がらせてから、ゼビアンテスはさらに奥まで進む。

やがて、ミスリル坑道の最深部というべきところまで来た。

坑道はノッカーたちによって掘り進められて日夜形を変えている。

なので最深部もその日によって違うのだが大まかにでも奥まで行けば相手が勝手に見つけてくれる手筈になっていた。

ゼビアンテスは空気操作による隠形をすべて解いて姿をあらわにした。

このような奥までノッカーたちも滅多に立ち入ることがないから、気取られるという点では特に問題ない。

「オラー! さっさと入り口を開くのだわ!!」

ゼビアンテス、坑道の行き止まりを蹴りつける。

「このわたくしが来てやったのだわ! 諸手を挙げて全力でお出迎えするのがマナーというものなのだわー!!」

わー、わー、わー、と。

坑道内に反響が起きる。

その反響が尽き、やっと静寂が戻ったかと思える刹那。

今度はドドドド……、という地響きが鳴り響き、坑道奥、行き止まりの壁が盛り上がり……。

巨大な、人の顔のようなものが浮かび上がった。

顔の大きさは、全長が大人の背丈ほどもあり、総面積も比して広い。

自分の体よりも大きな顔が前面に現れたらどれほどの怪異であろうか。

しかしゼビアンテスは一瞬も物怖じなく、巨大な顔に向かって言い放つ。

「待たせてんじゃねーのだわ! このゼビアンテス様を! とっとと奥へ案内するのだわー!!」

『はいはい、この人の子は物怖じせんわ。そもそも挨拶もなしか、この私に向かって……!』

浮かんだ顔がまた消え去り、続いて行き止まりだったはずの坑道最奥に新たな通路が現れた。

まるで見えない扉が開いたかのように。

ノッカーたちもまだ掘り進んでいないはずの通路がひとりでに開く。その奥へゼビアンテスは躊躇なく進むのだった。

「……ぐわー、何度通ってもこの通路は変な感じがするのだわー。吐きそうなのだわ」

『仕方あるまい。次元を隔絶する通路ゆえにな。まともな生物であるお前にはどうしても負荷がかかろうよ』

ゼビアンテス、通路を進む。

やがて狭いトンネルのような空間が開け、いきなり広い場所に出た。

彼女の背後に道はなくなっていた。まるで幻影のトンネルをくぐってきたかのように。

ここまでの道のりを考えれば、ここはミスリル坑道のさらに奥。地中深くの遥か下部であるはず。

しかしそのような印象はまったくなく、地下の息苦しさなど微塵もない。

広々とした空間で、左右には柱が並ぶ、どこかしらの屋内のようであった。

石造りの神殿のような。

ただ、この空間には地下とはまた違った息苦しさが充満している。

「……相変わらず獣くせーとことなのだわ」

ゼビアンテスが不平を述べる通り、この空間には目に見えない異様さが充満していた。

胸焼けするような異臭。

生命が放つ血や汗の臭い、人間の何十倍も濃厚で野生じみた臭気が神殿全体に立ち込めている。

「この臭い、毎回落とすの大変なのだわ! 一回水浴びしたぐらいじゃ流れもしないのだわ! 何とかならないものなのだわ!?」

『ここは、あの者のために作り出された空間だ。あの者の臭い立ち込めるのは当然のことだろう』

「それでも対策の努力はすべきなのだわ! 年頃の娘が『アンタ臭くない?』って言われる辛さを察するがいいのだわ!!」

『年頃の娘って誰が?』

グラン坊やも六歳を迎えた昨今。

ゼビアンテスも順調に二十代の半ばを越えて、お世辞にも『お嬢様』とは言えない年恰好となってきた。

大人の色気を備えてきたと言えば聞こえはいいが、しかし確実に若さは薄れつつある。

『まあ、お前の問題はお前で片付ければよいわ。それよりも彼女がお前のことを待ちわびておるぞ』

「そりゃそーなんだわ! わたくしはレーディちゃんと心のフレンドなのだわからに!」

先ほどからゼビアンテスと会話している何者かの声は、鉱山奥に浮かび出た巨大顔の声と何ら変わりがない。

ゼビアンテスを誘い、この異空間に移動させたのは間違いなくその偉業の存在であろう。

しかし移動先の異空間では、あの厳めしい巨大顔を浮かび上がらせることなく、どこからゼビアンテスに呼びかけているかもわからない。

進むごとに獣臭は濃さを増し、常人なら吐き気を催すほどになってくる。

「もー耐え難いのだわ。風で臭いを散らすのだわ」

ゼビアンテスが風魔法使いなのが功を奏した。

やがて一番奥へたどり着き、ゼビアンテスの視界に入ったのは……。

「おー、レーディちゃんが今日も頑張っているのだわー」

勇者レーディ。

魔王へと挑み、そのまま消息不明になったはずの彼女がここにいた。

ミスリル鉱山のさらに奥底……、であるはずだが、そうとも断言できない不可思議な空間の最奥に。

しかも、そこにいたのはレーディだけではなかった。

何か、巨大なものがレーディに襲い掛かっていた。

その体躯は大きく、熊や象などよりも遥かに大きく、もっとも恐ろしい炎魔獣サラマンドラや風魔獣ウィンドラにも匹敵する巨大さだった。

それほどに巨大な毛むくじゃらの……獣。

神殿中に立ち込める獣臭の源と、レーディは死闘を演じていた。

その獣の形は……恐らく狼。

正真正銘の狼と比べれば遥かに大きく狂暴であるが、しっかりと立つ四肢、剥き出しの牙、まさしく狼のものであった。

その狼の名は、極魔獣フェンリル。

伝承に記されたこともない五体目の魔獣であった。