軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

235 ダリエル、地獄へ追う

世界がすべて、燃え尽きたのかと思った。

視界すべてが白光に埋め尽くされ、何もわからなくなり、このまま天も地も解けて消え去り、自分自身すらそうなるのではないかと思った。

俺だけではない、その場に居合わせた全員が……。

勇者パーティや魔族たち、だけでなく我がラクス村の冒険者たち数十人も皆、自分が光の中で消されていく錯覚を持っただろう。

実際にはほどなく光は収まり、元の風景が戻ってきた。

しかし、あの烈光に飲み込まれた者たちには、たとえ元と同じように見えても違う風景にしか見えなかった。

常識を打ち破られ、世界が一から変わったのだから。

上空にあって浮かぶ魔王様は、スッと高度を下げ地上へと近づいてくる。

「……ッ!」

それを地上で迎える者は、誰も肌がヒリと産毛立つ感覚に襲われた。

より胆力の少ない周囲の冒険者たちは、腰を抜かしたり逃げ出す者すらいた。

それほどに魔王様の戦いぶりが恐ろしかったということだろう。

「ふぃー、ごくろーちゃん」

地上に降り、魔王様が今日初めて俺たちと同じ目線に立った。

俺としては何度か拝したご尊顔だ。

魔王軍時代、四天王補佐として上司にくっ付いて謁見するだけの立場でしかなかったが、緊張感はその頃と変わりなく伝わってくる。

すぐさま、膝をついて拝跪する者が幾人かいた。

グランバーザ様が真っ先に。続いてドロイエや、イダさんやエステリカさん。

魔族組とヴァルハラ組がやはり跪くだけのまっとうな筋合いがあり、魔王様に対して首を垂れる。

俺もまた反射的に跪いてしまった。

「ダリエルは魔王軍でもないのに、何で『ひかえおろー』してるのだわ?」

「むしろ何故お前が控えてない!?」

この四天王のくせに礼儀知らずなゼビアンテスの頭を地面にめり込ませてから、たしかに俺ももう魔王軍ではないんだし、拝跪するのも筋違いかと思って直立した。

過剰なへりくだりも無礼に当たる。

「あーあー、いいよ楽にして」

いつもながらの気さくな魔王様だった。

それが却って恐ろしい。

「ま、魔王様みずからお越しいただくなど不徳の極み! 我ら全員、実力の至らなさを痛感いたします……!」

「いいよー、むしろぼくちんがね、ドリスメギアンくんに会いたかったからね」

魔王様が両手を広げる。

するとトサリと軽い音をたてて、何かが地面に落ちた。

真っ黒で、艶も何もないそれは炭のように思えた。

実際炭なのだろう。ただしそれは人型の炭だった。

「ウソだろう? まさかあれは……!?」

ドリスメギアン。

その成れの果て。

みずから超高熱の炎に身を変えながら、それ以上の超々々高熱で焼き尽くされた男。

その果てがあの様か。

原型が残っているだけマシと思うべきか。しかし俺ならあんな最期は絶対ごめんだ。

「ドリスメギアンくんはねー、何百年前だっけ? 八百年ぐらい前に火の四天王だった子なんだー。……いや六百年前かな?」

それはある程度は、俺たちの知る情報と同じだった。

しかしそれを実際に見てきた者の話では臨場感が違う。

年代正確に覚えてないけれど。

「ドリスメギアンくんはー、うん、まあ聡い子ではあったよね。一を聞いて十知っちゃうから、深いところまで考え及んじゃうの。それで知ったんだな。ぼくちんの正体を」

魔王様の正体……。

「それでぼくちんをクラッシュしようと張り切っちゃったんだけど、勘違いしないでね? 彼はぼくちんのことが大好きなんだよ。ぼくちんも彼のことが大好き」

「? では何故魔王様に手向かいを……?」

「愛ゆえに、だよ……」

誰もが困惑するしかない曖昧な返答。

しかし魔王様を相手に詳しく確認しようという度胸のある者はいない。

「今回はかなり綿密な計画を立てて行動していたからねー。ご褒美に最後の締めはぼくちんの手でって決めてたんだよー。キミらのお仕事とって悪いね」

「いえ滅相もない……」

「ではドリスメギアンくん、おうちに帰りましょうかー」

魔王様が、下方へ向けて手をかざした。

すると足元の地面にぽっかりと大穴が現れる。

土に穴を掘ったわけではない。

何か、地面に別世界への出入り口が開いたかのようだった。

穴は暗く深そうだが、その奥底からジリジリと熱気が立ち昇ってくる。

「もしや、その穴の向こうにあるのが……!?」

「そ、地獄だよん」

そんな軽い感じで言うことだろうか?

魔王様が所持し、管理する世界の一つ。

生前この世界で罪を犯し、醜い振舞いをした四天王や勇者が堕とされるという。

バシュバーザもここへ堕とされたのだというし、ジークフリーゲルもここからやってきた。

そしてドリスメギアンは、その主だという。

「さあ、お帰り。今度はもっと活躍することを期待するよ」

魔王様は、既に黒炭となっているドリスメギアンの体を掴むと、穴の中に放り込んだ。

地獄の主が、地獄へと還る。

それはあまりにも当たり前のように見えて、誰も止めず成り行きを見守るだけだった。

それはこれまで続いた数多くの事件の幕引きとなるだろう。

黒幕として暗躍していた主犯が、このたびめでたく監獄に収監されるのだ。

地獄というもっとも恐ろしい監獄に。

そこに入れば出てくることはまずない。

インフェルノは地上から去り、俺たちの周囲には平穏が戻ってくる。

終幕であった。

しかし俺にはそれが納得できず……。

ドリスメギアンを追って地獄の穴に飛び込んだ。

「は?」

世にも珍しい、魔王様の虚を突かれたような声が耳に残った。

「……どういうつもりだ?」

地獄の底に着いた。

まさしく阿鼻叫喚の風景で、赤熱した岩がひび割れ、その隙間から炎が噴き出す。

その炎によって無数の亡者が焼き尽くされていた。

俺もオーラによる強化がなければすぐさま焼き尽くされることだろう。

あまり長い時間は凌げない。

「自分から地獄に飛び込んでくるヤツなど、初めて見た。こんな愚かなヤツは未来永劫現れまい。……それで、地獄へ何の用かな?」

消し炭となっていたドリスメギアンも、地獄に入った途端にわかに活気づいてきた。

ますます体の構造のわからないヤツだ。

体の芯まで炭になったら普通死ぬだろうに、ホームに帰ってきたというだけで回復するのか。

「魔王様とお前のとの会話で察しがついた」

ドリスメギアン、コイツは……。

「今回が初めてじゃないんだろう? 地獄を抜け出し、魔王様を倒すために画策したのは?」

「…………」

「前にも同じことがあった。しかも一度や二度じゃないはずだ。お前は機会を伺っては魔王様の目を盗んで地上へ逃れ、裏で隠れながら様々な策略を講じてきた」

いずれも、魔王様を倒す、それだけのために。

「しかし一度も成功したことはない。脱走するたび魔王様に叩きのめされて、地獄に連れ戻されたはずだ。今回のように」

そんなことを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。

……繰り返している。

「その通りだ。だから何だというのだ?」

ヤツの答えは明快だった。

「オレはあの御方を倒す。オージン様を倒す。何度失敗を繰り返そうと。何百年何千年かかろうと、いつの日かあの御方を倒し、あの御方の御心に叶ってみせる。それがこのオレの存在価値だ!」

「そんなことだろうと思ったよ」

つまりこれは、ヤツと魔王様によるゲームなのだ。

ヤツは魔王様を倒そうとし、魔王様もそんなヤツの飽くなき挑戦を楽しみにながら迎え撃つ。

そんな遊びを、コイツらは何百年と繰り返してきた。

血で血を洗い、命を焼き尽くす遊びを。

「今回も失敗したが、次こそは必ずあの御方を討ち滅ぼしてみせる! 待っていればまた汚れし荒魂が地上より堕ちてくることだろう。それらを選別し、鍛え上げ、今度こそあの方に比肩する力を備えてやる!」

「いいや、それはできない」

なんのために俺がここまで追ってきたと思う?

そのくだらないお遊びを金輪際やめさせるためだ。

お前らのせいで、一体どれだけの人が惑わされたと思う?

人の道を踏み外したと思う?

命を失ったと思う?

既に世を去ったお前に、人々の生を引っ掻き回されるのは迷惑千万。

今日魔王様に地獄へ堕とされても、ドリスメギアンはまた時が経てば機会を設けて地獄から這い上がり、同じことを繰り返す。

また地上の生きる人々に迷惑をかける。

そんな災難をこうむるのが、いつか大人になったグランや、その子や孫たちであると思うと……。

「お前の存在を許しておけぬ……!!」

ドリスメギアン。

お前のくだらない遊びは今日を限りにお仕舞いだ。

この俺の手で、お前の存在諸共抹消する!