作品タイトル不明
230 白、燃え盛る
グランバーザ様の体より、純白の炎が放たれた。
自然の炎は朱めいた赤。
それが、あらゆる不浄を消し去る白色に輝いている。
「白い炎!? 白!? バカな!?」
それを目の当たりにしてドリスメギアンは過剰なほどに動揺した。
「それもまた魔法炎に想いの力を込めたものだというのか!? それによって炎が変色を!? しかし!」
グランバーザ様の『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』は、漆黒の炎が敵を焼き尽くす必殺魔法。
魔法炎に加味された呪力によって炎は黒に変色した。
「白色など、どういう感情を混ぜたらそのような色になる!? 想いの交ざった炎の色は黒 その上が赤だ! それ以外にないはずだッ!?」
「それは、お前の見る世界が偏狭であるからにすぎん」
中天の太陽のごとき眩しい白光を放つ魔炎に、ドリスメギアンは圧倒されるのみ。
「お前が見ているのは怒り、憎しみの感情だけだ。統率されぬ濁りの感情。それを炎に交ぜれば、色暗くなるは当たり前」
「おのれよかろう! ならばご自慢の白い炎がどれほどのものか試してやる!」
ドリスメギアンの噴き上げる炎が変色した。
一旦黒となり、そこから深紅の赤へ。
「ここへ来るまでに貪り集めた三等冒険者どもの魂だ! ヤツとの戦いまで一匙分も使うつもりなかった魂魄変換の獄破炎! これに見合う力を見せてくれよ!」
アイツは……、ここまできてもまだ余力を残していたというのか?
最初は自分自身の魔力のみを発揮して戦い、次に同化した魔獣の力で戦う。
この上まだ温存していた力があったなんて底知れない。
「けはあああッ!!」
放たれる深紅炎が、並ぶグランバーザ様とアランツィルさんを襲う。
大炎は人二人など容易く飲み込み、焼き尽くすかと思われたが……。
「……なにッ!?」
そうはならなかった。
グランバーザ様を巡る白い炎が、触れた傍から害意の炎を掻き消している。
「炎が炎を消している!? どういう理屈だ!? また魔法の操作権を奪ったのか!?」
「魂魄変換した炎にそんな作用が通じないことは承知のはずだが?」
「くけはああああッ!!」
現状を理解しきれず、なおも炎を放つドリスメギアン。
しかし結果は同じ。
白い炎は、いかなる敵意も害意も受け付けず、静かに消し去ってしまう。
「これがグランバーザの秘奥義『 慈光兜率天(じこうとそつてん) 』」
彼の宿敵アランツィルさんが言う。
互いの恐ろしさ厄介さを誰より知り合った二人。
「慈愛の想いが入り交じった白い炎は、あらゆる害意を静かに消し去る。まさに浄化の炎」
「慈愛、だとおおおお……ッ!?」
「お前には発想もなかったようだな。炎に交ぜる想いの力は、怒りと憎しみしかないと思っていたか?」
「当然だ!」
ドリスメギアンの激昂。
「ただの魔力ではない! 炎の力だ! 魔法四属性の中でもっとも狂暴、破壊の極みたる力だぞ! その力にもっとも沿う感情と言えば怒りと、憎しみしかない!」
「それがお前の矮小さだ」
グランバーザ様が問答を引き継ぐ。
「お前の答えはそうかもしれんが、私は違う答えにたどり着いた。その極みがこの白炎。この手に赤子のダリエルを抱いた時から。私は力の真意を見た」
大人は赤子を抱き上げる時、最大限に自分の力を制限する。
首もすわらず、細くてすぐさま壊れそうな赤ん坊を傷つけまいと、自分の得た力のほとんどを殺して、優しく優しく抱きしめる。
「その力こそ炎の真意であると知った。直に触れれば燃え移り、すべてを焼き尽くす炎も、適切な距離と火力をもって照らせば凍える者を温める慈愛になる。極限まで鍛え無双に至った力も……」
あの極天に昇る陽のように。
「この世の生きとし生ける者たちを優しく照らす温かさを送り届ける。天上でもっとも力強き太陽のように。炎の力とは」
炎の力とは……。
「強者の無制限の自制に支えられた慈愛。それこそが炎の力だ」
「ふざけるなああああああッッ!?」
ドリスメギアンが狂騰する。
「お前はバカなのか!? どうしてそんな結論に行き着く!? 炎とは、もっとも力らしい力だ! 燃え盛り焼き尽くす! これ以上ない破壊の力だ! 誤魔化しも入る余地のない純粋な暴力によくもそのような世迷言を!」
「純粋か。それこそ世迷言ではないか? この世に真の純粋などあるわけがない!」
ドリスメギアンは、なおも炎を放って敵を焼き尽くそうとするが、なお無意味だった。
グランバーザ様の白炎は、如実に害意を消し去って安らげんこと極まる。
炎であるがゆえにゆっくりと燃え広がり、ついにドリスメギアンのいる地点まで包み込む。
「うげややああああッ!? ……ッ!? はッ!? 熱く、熱くない……!?」
「害意を消し去る炎に害意があるわけがない」
グランバーザ様の白い炎は、触れたものを焼くことがない炎だった。
それこそ赤子を抱くように優しく、温かさだけを伝える。
「敵の害意ある行動すべてを無効化し、自分から攻撃的な影響を与えることもない。厄介な炎だ。これを出されたら戦局が膠着するしかないからな」
「この魔法のおかげで、いつでも引き分けに持ち込むことだけはできる。対するお前は堪ったものではなかったろう?」
そう、グランバーザ様の究極奥義たる『慈光兜率天』は、慈しみの炎であるがゆえに誰をも傷つけない。
あらゆる害意を抹消する究極の力である反面、究極的に攻撃力を持ち合わせない魔法は、戦闘における決定力を欠いていた。
だからこそグランバーザ様の二番目の奥義である『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』の方が、最強の矛として敵味方に知れ渡った。
しかし長きにわたるアランツィルさんとの死闘において、常に戦局を左右したのは黒い炎よりも白い炎だった。
アランツィルさんの阿修羅の斬閃も、白炎に触れてはすべて無意味になってしまう。
二人の戦いが決着つくこともなく三十年という途方もない期間続いたのは、このグランバーザ様の究極奥義が故だった。
「アランツィルよ。これがお前との勝負だったら、ここで仕舞いになるな」
「当然だ。すべての攻撃が無効化される状況などアホらしくて付き合ってられん。そのふざけた魔法を使われた時点で撤退するさ」
しかし、今度の敵はそれほどの潔さを持ち合わせていない。
憎しみこそが炎の力、その拘りを譲れず虚しい抵抗で力を浪費する。
「このおおおおッ! くはあああああッッ!!」
既に周囲を隙間なく白炎に包まれているために、暴威の炎は放たれた瞬間消え去る。
なので傍目には魔法射出されていることすらわからず、闇雲に腕を振り回す間抜けのようにしか見えなかった。
「滑稽だな。いかに知者であろうと、自分の考えに固執するだけであそこまで愚かに振舞えるのか」
「やるのかアランツィル?」
「無論」
アランツィルさんが棒杖をかまえ、進み出る。
「これは私の戦いだ。私の手で締めずしてなんとする」
「そうだった、余計なマネをしたな」
「そんなことはない。お前の示した白炎は、私の行き着く先でもあると今ならわかる」
アランツィルさんは言う。
「そもそも、ダリエルを育てることで見える世界は私が見るはずだったのだ。三十年の回り道の果てにやっと私は、新たな舞台に立つ。お前に立っている場所に追いつく」
「私など大したものではないさ。こうして経験と思考の果てに掴んだ答えを、実の息子にすら伝えることができなかった」
「その悔いもまた、お前を形作る強さの一だ」
失敗も、後悔も、欠けた歪さも取り込み強さに変える。
老境に入りし最強者たちが見せつける力。
「このアランツィル。今、勇者として最初の戦いを仕る」
ドリスメギアンは、既に白い炎に翻弄されて戦いどころではない。
グランバーザ様の辿りついた極意が形となって表れた白炎は、すべての害意ある攻撃を無意味にし消し去る。
それに敵味方の区別はない。
今、白炎に包まれたドリスメギアンにどんな攻撃を浴びせようと、結局は消し去られて何の意味もなさないだろう。
「しかし今。今の私ならばできる。あの白い炎の意味を損なうことなく、悪しき愚か者を誅することができる。今の、背中に守る者がある今の私ならば……」
大勇者アランツィル。
老境に達してなお変わることをやめないその人は、新しい境地に立って新たなる技の名を詠んだ。
「『清応裂空』」
『凄皇裂空』と同じ響きを持つ技は、しかし。
その実まったく違う、恐ろしき効力を発揮する。