軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229 英雄が、英雄であるには

アランツィルさんは、竜人化したドリスメギアンを向こうに回して一歩も引くことがない。

老齢とは思えない動きの鋭さで、巨大節足も大火炎も回避しつつ反攻する。

「この……、動きがさらに速く……ッ!?」

超絶の力を手に入れたドリスメギアンですら戸惑いを覚えるほど。

ついには……。

「『凄皇裂空』、十二連!」

怒涛の大オーラ斬撃連発に押し切られ、吹き飛ぶ。

「凄い……! あれが体力のピークを過ぎた人の動きか……!?」

「やはりあの人は、年老いてなお特別なのね……!」

一時敵の動きを押しとどめ、彼の視線がこちらを向く。

「……わかっていた。キミが、打算で私と結婚したことなど」

「え?」

アランツィルさんの告げる言葉に、エステリカさんの表情が呆ける。

「キミが、どれだけ勇者の功績に想いを懸けているかはわかっていた。夢破れたキミの代わりに、私自身がキミの夢になれればいいと思った」

かつて伝えられなかった言葉の裏の想いが伝えられる。

「私にとっても打算だ。キミの挫折感につけ込んででもキミを我が物にしたかった。たとえ別の目的があっても、ゆっくり時間をかけて共に暮らせば心も寄り添ってくれると下心があった」

そう一気に言い終えてから、アランツィルさんは自嘲的な笑みを漏らした。

「フ……、こんなこと若い頃には口が裂けても言えなかったがな。照れに酔いしれることも老いて得た技能か」

「アナタ……!?」

「キミだって、心境の変化はあったはずだ。我々の夫婦生活は世間一般に比べればあまりに短かったが、それでもキミは妻になり母親になった。勇者から」

それを示す根拠があった。

「ダリエルが魔族に連れ去られた時、何故キミは死ぬまで立ち向かった? 無理さえしなければ生きながらえることができたはずだ」

「それは……!?」

「あれから私は、後悔と共に何度も思い返した。何故キミはああなるまで抵抗したのかと。打算的に英雄の母になりたいなら、また新たに子を産めばいいだけだ。私に救出を任せるだけでもいい」

なのに。

自分の命を犠牲にしてまで子を守ろうとしたのは。

「キミが心底から母であることに従ったからだろう。そうとしか答えが出なかった」

俺も、父親になった今だからこそわかる。

アランツィルさんはその憶測を、泣きながら吐き出したはずだ。

何度も何度も何度も。

戻れるものなら戻りたいと血を吐く想いで望む瞬間に、しかしそれは追憶の中でしか思い浮かべられない。

「だからキミこそがダリエルの母親なのだ。そのことを拒まないでくれ」

状況はそれほどアランツィルさんに余裕を与えてくれない。

『凄皇裂空』の連発という、普通なら塵も残らない猛攻を受けながら。

少しばかり動きを止められただけでドリスメギアンは復活する。

「下らん茶番を……!!」

怒気をまき散らしながら。

「なんだこのぬるま湯の空気は!? オレが求めているのはこんなものではない! 怒れ! 憎め! 感情を沸騰させろ! そうでなければ我が炎の一部にすることもできぬ!!」

「お前の望みなど誰が叶えるものか」

アランツィルさんが再び戦場の人となった。

「私の背後に家族がいる。妻と、息子と。あの日永遠に失って還らないはずの二人がいる」

そんな俺たちを庇うように、あの人は雄々しく立つ。

「この戦いをずっと待ち望んでいた。自分の家族を守るための戦い。私にとってはそれだけがすべてだった。守るべきものを失い、虚しく暴れるだけだった三十数年……。私はただの『戦う屍』でしかなかった……!」

しかし今は違う。

守るべきもの、家族が、彼の背中にちゃんとある。

あの日失ったものが完璧に揃っている。

「……勇者アランツィル。齢五十を過ぎてついに、真の戦いに臨む」

生きとし生ける者が、守るべきものを守るために危難を殺戮するための戦いを。

「これが私の、最初で最後の真の意味ある戦いだ。この一戦にて勇者アランツィルは大成する!」

「よかろう! ならばその有意義な戦いで敗北するがいい!!」

生の理から外れた怪物が、おぞましい咆哮を上げる。

「望むところよ! お前が望みを懸ければ懸けるほど、敗北の絶望は大きくなる! 心の虚を埋めるのは怒りか憎しみと決まっているのだ! その時こそオレが、お前を取り込む時だ!」

「哀れなバケモノよ。お前こそお前でいる意味を失っている」

勝負は、始める前からついているように思えた。

精神の優位が完全に、アランツィルさんの側にある。

「その戦い……、私も一枚噛んでいいか?」

ゆらりと加わった、火炎のごとき威容。

「グランバーザ様……!」

あの二人が並び立つ。

何度見てもその後継の凄まじさに鳥肌が立つ。

「……お前とも奇妙な縁だな。我ら二人ほど長く殺し合いを続けてきた仲もあるまい。普通はどちらかが早々に殺されるものだ」

「しかしこうして両方生き残った。万に一つもない珍事だ。そのお陰かこうして並んで立っても、不思議としっくりくる」

「あの技を使うか?」

アランツィルさんの緊張が僅かに上がる。

「ああ、それが必要だと思ってしゃしゃり出た」

「口惜しい、あの技のせいで私が何度勝利を逃したか。思い出したぞ、お前はやはり最悪の難敵だった」

「お互いにな」

グランバーザ様が進み出る。

人生最大の宿敵が、初めて臨む意義ある戦いを援けるため。

「この『業火』のグランバーザ最強奥義をご覧に入れよう。宿敵の勝利に花を添えるため」

「くだらん! お前の最強奥義とはあれだろう。『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』とかいうヤツだろう!?」

二人の英雄の覇気に圧され、ドリスメギアンもすっかり威厳を失っている。

俺もまたただのギャラリーと化している。

「先ほどオレに破られたばかりではないか! 効かぬ魔法を再び繰り返すなど、英雄の名に恥ずべき愚行よ!」

「世間では、そういうことになっている」

グランバーザ様は静かに言った。

「『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』こそがこのグランバーザ最強魔法であると」

「何ッ!?」

「少々恥ずかしくてな。自分自身が最強と認める魔法が、まったく攻撃力もない、虫一匹殺すこともできない魔法であることに。だから二番目である『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』を最強ということにしておいて、世間もそう思っている」

そうだ……。

俺は知っている。かつて魔王軍の四天王補佐として、間近であの人の戦いを見てきたから。

あの魔法があったおかげで、修羅のごときアランツィルさんの猛攻をついに一度として突破されることもなく防ぎ切った。

「ドリスメギアンよ、アナタに問う」

「何?」

「幼い赤子を、その手に抱いたことはあるか?」

グランバーザ様の問いかけに、ドリスメギアンは意味も分からず困惑の様子を見せた。

「何を言っている? この期に及んで正気を失せたか?」

「聞くまでもなかったか。ないのだろう。そうでなければ死してなおこのような醜態を晒してはいない」

容赦のない言葉がドリスメギアンを刺した。

「私は、まだ赤子だったダリエルをこの手に乗せた時、まず感じたのは恐怖だった。あれほど恐ろしいことはない。赤ん坊のように小さく幼い生き物。少し力の込め方を間違えただけで壊れてしまいそうな脆さ」

グランバーザ様は恐怖した。

「自分自身の力にな。赤子という何より貴重なものを壊してしまいかねない自分の力が、あれほど怖いものだと思ったことはない」

「フン! それが何だというのだ!?」

世界を知らないドリスメギアンは、冷笑を漏らすのみだった。

「壊したければ壊せばいいのだ! それが世界の摂理! 同じ炎魔法使いとして情けないばかりだぞ! 破壊し焼き尽くすことこそ炎の力ではないか!」

「それは違うと、赤子だったダリエルが教えてくれた」

英雄は言った。

「自分の力が、貴重なものを壊しかねない恐ろしいものだと気づいてから、私の世界は一変した。世界そのものの貴重さが跳ね上がった。この世界は、貴重なもので溢れているとダリエルが教えてくれた」

その時から。

「断言しよう。私は一つ上の段階に上がることができた。私が英雄ならば。ダリエルこそが私を英雄にしてくれた。彼が私に与えてくれた境地から見えた景色。その景色から見えた最強魔法。愚物のお前に示してやろう」

そして放たれる、グランバーザ様の真の最強魔法。

「『慈光兜率天』」