軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

228 エステリカ、告白する

聞くところによれば、エステリカさんが勇者になったのは、明確な野心からだったのだそうだ。

勇者となって、充分な功績を打ち立て、賞賛と尊敬を集め、最終的には歴史に名を遺す。

それは勇者となるなら誰もが夢見ることであり、その点エステリカさんはごくごく標準的な勇者と言えただろう。

勇者が立てる功績といえば、その究極的なものは打倒魔王。

当然ながら生前の、うら若いエステリカさんは魔王様を目指し進軍、それを阻む魔王軍と熾烈な激闘を繰り広げた。

その点は今も昔も変わらない。

ただしエステリカさんは、攻略の途中で行き詰ったらしかった。

ラスパーダ要塞を守る魔王軍四天王の堅固さに。

当時の四天王もまったく違う顔ぶれであったろうが、実力はたしかであったらしい。

打倒魔王の志を掲げ、その途上前座である魔族に敗退。

それは勇者にとってもっとも凡庸な終わり方で、志高いエステリカさんにはとても受け入れがたかった。

なんとしてでも四天王を突破しなければならない。

その信念でエステリカさんはさらなる力を必要とし、みずからを鍛え、より強い仲間を求め歩いた。

自分だけでなく、自分と共に戦う仲間も増強を。

その途中で出会ったのが奇妙な男だった。

年若く、年代はエステリカさんと変わらなかったろう。

誰も寄り付かぬ山奥に住まい、行状、振舞い、まさしく野獣であるかのようだった。

ただその男は強さもまた野獣のようであり、当時彼女が連れていた、選りすぐりの屈強メンバーの誰も男に敵わなかった。

ものの数瞬で蹴散らされるばかり。

それはエステリカさん自身も同様で、言い訳のしようがないほどコテンパンに伸されながら、彼女は確信したという。

『この男の力があれば、魔王を倒すことができる』と。

男は、両親を知らないという。

物心ついた時から山野で生き、出会う猛獣魔物と自分の腕っぷしだけで相対してきた。

それが強さを育てたのだろうが、それだけではないらしい。

天賦の才に恵まれているのもたしかだった。

彼はオーラ四特性のすべてを最大限に操ることができ、しかもギルド登録を受けることなくオーラ能力を発揮していた。

すべてが規格外だった。

彼を仲間に迎えることで、エステリカさんのパーティは大幅な戦力アップが確定するが、同時に不安も抱えた。

彼女も無意識に気づいた。

その男の才覚は、自分すらも遥かに超えるもので、彼が表舞台に出れば存在の大きさ輝かしさに自分など一瞬のうちに掻き消されてしまうだろうと。

それだけの光が、男にはあった。

結局エステリカさんは、男をパーティに加えることはなかった。

自分こそが伝説の主人公になるため、より主役に相応しい役者は邪魔だったのである。

しかし不可解なことに、男は以来、彼女に付きまとうようになった。

行く先々に現れ、その地その地にある様々な難題をエステリカさんより先に解決してしまう。

元から強さは折り紙付きの男だった。

エステリカさん自身が何とかするよりも、男に任せてしまった方が何倍も早く、簡単に片付く。

しかしそれはエステリカさんが勇者でいるために非常に由々しき問題だった。

いずれは世間すべてが気付くだろう。彼女より彼が主役に相応しいことに。

焦った彼女は功を急いだ。

それがいけなかった。

上手いこと男の注意をそらし、彼なしで臨んだラスパーダ要塞攻略戦。

果敢に攻め、どうにか敵の長老格、当時の四天王『重火』のメロテアを倒す。

しかしそれが結局エステリカさんの生涯最後の戦果となった。

直後に参戦した、四天王ですらない若手の補佐に敗北するという失態を犯してしまったのだから。

その若い四天王補佐が、のちに『業火』のグランバーザとして歴代最上級の英傑になるが、エステリカさんには関係のないことだった。

センターギルドの不文律から、一度でも魔王軍に敗退した勇者は、その資格をはく奪される。

エステリカさんの挫折感は、どれほどのものであったろうか。

輝かしき栄冠を求めて気力に溢れながら、その道は唐突に、無惨に断たれた。

彼女は在任中、四天王を一人撃破した勇者として、それ以上の功績を得ることはなく終わる。

どれだけ若く、鍛え直しがきいたとしてもチャンスは二度と訪れないのだった。

そんな彼女を見舞いに来たのが、あの男であった。

男はエステリカさんの体を気遣い、戦いの場に自分が居合わせなかったことを悔やみ、自分さえいれば必ず彼女を勝利へ導いただろうと豪語した。

その宣言に間違いはなかったであろう。

ただしその勝利はエステリカさんの勝利ではなく、その男の勝利でしかなかった。

彼女はいい加減受け止めるしかなくなっていた。

この時代の主役は間違いなくこの男であり、そして彼女を倒して新しい四天王となるあの男であるだろうと。

エステリカさんの予感は、ほどなくしてピタリと的中する。

それからほぼ一年程度ののちに、大勇者アランツィルと最強四天王グランバーザの二大巨頭時代が幕開けするのだから。

そう、その男の名はアランツィルと言った。

人と隔絶された不可思議な出生を持ち、人とは思えぬ異常なまでの才覚を持ちながら、人目に触れることなく成長した男。

それを最初に見出したのはエステリカさんだった。

当時の挫折感に打ちひしがれた彼女は思った。

彼女自身はもう新たに功を立てることはできないが、この男が先頭に躍り出て、前人未到の功績を打ち立てれば、その立役者としての功は自分に帰するのではないか、と。

『最高の勇者を導いた者』という功績が自分のものになるのではないかと。

どんな形であれ、野心溢れる彼女は功績を求めた。

その願望赴くままに、エステリカさんはアランツィルさんに勇者になることを求めた。

アランツィルさんは困惑したという。

自分が面前に立つことなどできない。そこはあくまでエステリカさんの席であり、自分はただそれを陰で支えるだけだと。

中央の世事に疎いアランツィルさんは、彼女にもうチャンスがないことをなかなか飲み込めず、主張はすれ違うばかり。

最後にはアランツィルさんが折れた。

彼は、センターギルドで勇者選抜試験を受ける代わりに条件を付けた。

『勇者になったら、結婚してほしい』と。

その時になって初めてエステリカさんは気づいたという。彼が執拗に彼女について回ったのは、異性として想いを寄せていたからなのだと。

戦闘者として栄達を求めるあまり、女としての自分をすっかり忘れていたエステリカさんは、戸惑いはしたものの、すぐに新たな可能性に気付いた。

ここでアランツィルさんと結婚すれば、のちに彼が期待通り古今無双の大勇者となった場合、彼女の肩書は『大勇者の妻』。

それは『勇者を導く者』よりも明確で、煌びやかなものではないかと。

ことほど左様に、彼女がアランツィルさんの求婚を受け入れたのは打算の部分が大きかった。

それからはすべてが目論見通りに進みアランツィルさんは史上初、冒険者ギルド登録外からの勇者就任を果たす。

約束通りエステリカさんは彼のものとなり、あっという間に子を授かった。

そしてエステリカさんには新たな野望も生まれた。

アランツィルさんという過去最高の英才。その後継が自分の腹中に宿っている。

彼女自身とて、数ある冒険者を押しのけて勇者にまでなった。才能には恵まれているつもりだった。

そんな男女の才覚を併せ持って生まれる子は、どれほどの傑物だろう。

『大勇者の妻』というだけでなく、『大勇者の母』という称号まで彼女のものになるのではないか。

興奮は、彼女自身が勇者であった頃よりなお激しかった。

栄達心を刺激される。

自分は歴史に名を遺す勇者になれなかったが、歴史に名を遺せる勇者を導き、それだけでなく歴史に名を遺せる勇者をみずから生み出そうとしている。

これほどの偉業が他にあるのかと。

その時エステリカさんは、人生でもっとも自分が女であることを意識し、また自分が女であることに酔いしれたという。

自分自身が汗かき、身を削りながら精進することなく、こんなにも簡単に歴史に名を残す方法があるのかと。

その時こそが彼女の、人生の絶頂期だった……。

「……」

エステリカさんの述懐を聞き、俺は押し黙るしかなかった。

彼女が、俺との因縁を頑なに秘そうとしていたのは、この思いを吐き出したくないと必死だったからだ。

「わかるでしょう? 私は、子に誇れるような母親ではない。最期まで打算と欲得ずくで動いたさもしい女なの……!」

人一倍の向上心を持ちながら、多くの異才の陰に隠れるしかなかった女。

アランツィルさんの天才。グランバーザ様の気骨。

それらに圧し負け、女であることでしか歴史に名を遺せない無力感。

「なんと浅ましい、惨めな……! アナタにこんな母親の姿など見せるわけにはいかない。アナタは父親の締結を見事に受け継いだ。アナタにはあの人の存在だけあればいい。私は邪魔な存在なのよ……!!」

「それでもアナタは、俺のことを守ってくれた」

俺の生まれたばかりのこと伝え聞いていた。

アランツィルさんの留守を狙ってきた魔族に、母は命を懸けて息子を守ろうとした。

そのために死んでしまった。

「アナタは我が身を犠牲にして俺を守ってくれたんじゃないですか! それこそ母親の姿だ! それ以上に母親らしい行為がありますか!?」

「それすら……、自分の成果を守るための打算だったのかもしれない。『英雄を産んだ』という成果を守るための……」

彼女は、勇者の母親になりたくて俺を守ったというのか。

母親が子を守るという本能に従ったのではなく。

恐らく彼女も、自分自身で何が本当なのかわからないのだろう。

だからこうして死したあとすら苦しんでいる。

「そんなことはない」

そこへ、すべてを、雄々しく覆す声がした。

「お前はダリエルを心から愛している。私にはわかっている」