軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

222 エステリカ、到着する(勇者side)

ドリスメギアンが本格的にバケモノを装いだした。

マントの内側から現れる巨大昆虫節足。

実際の昆虫の足より何百倍も太く、長い。それはもはや丸太のような規模で、一度横に振り抜くだけで大人数人を薙ぎ飛ばせそうだった。

甲殻の質感を持った節足表面の、色は赤。

それはドリスメギアンが被るマントや、操る炎の色と同じだった。

節足の繋ぎ目の隙間から炎が漏れ出し、そして先端は剣のように鋭い。

「『牛鬼の脚』。この巨大節足に斬り裂かれるか串刺しにされるか、好きな方を選ぶがいい……!」

深紅の巨大節足は計四本。ドリスメギアンの胴部から生え出しているかのように見えた。

根本はマントのうちに隠れているため定かでないが。

「おいこらアランツィル! お前が挑発したせいでなんか凄いのが出てきたではないか!?」

「挑発したつもりなど特になかったのだがな。露骨にヒトを煽る者ほど、自分が煽られると過剰反応するものだ」

長い舌戦は終わり、ようやく実力による激突が始まる。

巨大節足が様々の軌道から降りかかり、標的を斬り刻まんとするが、アランツィルもグランバーザも素早い動きで跳躍し、簡単に裂かれたりなどしない。

「ダリエルより先にコイツを片付けてやろう。少しは尊敬の度合いが上がるかもしれん」

襲い来るのは節足だけではない。

従来通り火炎魔法も撃ち出してくるドリスメギアンだが、そちらはグランバーザが魔法炎の支配権を奪い取ることで的確に無効化される。

「アランツィル! 火炎魔法は私が抑える! その間にお前がとどめをさせ!!」

「対魔導士戦に魔導士の味方が加わると、ここまで楽になるとはな。本体がまるで無防備ではないか」

それでも巨大節足というこの上ない物理暴威を振るうドリスメギアン。

一枚の対抗策で完封できるほど薄い相手ではなかった。

しかし対するアランツィルもまた尋常の立合い手ではない。

素早く的確に回避しながら、隙なく反撃を叩き込む。

「『凄皇裂空』」

しかもアランツィルが狙うのは巨大節足の関節部分。

稼動のため硬い甲殻に覆われず、防御力の低い構造的急所を斬られ、あえなく切断される。

「ぬう……ッ!?」

「デカい虫の脚というだけで勇者がビビると思ったか。モンスター相手で似たような巨大生物、数え切れないほど断ち割ってきた」

構造的急所といえども、線のように細く狭い関節部を的確に斬り裂くなど神技としか言いようがない

またいかに脆い構造でも、丸太ほどの太い構造物を一刀の下に斬り裂くには、相応の威力も必要だった。

つまり、これらの芸当を簡単にやってのけられるのは大勇者であるアランツィルぐらいのものであった。

同じだけ手早くし遂げられるのは他にダリエルぐらいのものであり、レーディやゼスターが倣おうとしてもやや手こずることであろう。

老いてなお鋭い。

すべての節足を斬り落とされ、火炎魔法はグランバーザによって封じられる。

ドリスメギアン自身が無防備となって晒された瞬間だった。

「終わりだ」

相手本体へと叩き込まれる『凄皇裂空』。

今はダリエルが多用する最強の破壊技であるが、本家本元はアランツィルであった。

元祖たる『凄皇裂空』を生身で受けて、いまだ無事で済んだ者はいない。

類まれなる上級技で防御しない限り、必ず死ぬか手傷を負う。

今回ドリスメギアンとの戦いでは防御を封じようと丹念に牽制を重ね、グランバーザと協力して念入りに追い込んだ。

「倒せていないとしても、これで無傷なはずがない」

そう思っていたが……。

「……何ッ!?」

『凄皇裂空』を受けて立っていたドリスメギアンは無傷であった。

紅蓮に揺らめく赤マントすら鉤裂き一つない。

「バカなッ!? アランツィルの『凄皇裂空』を受けて無傷だと!? そんなふざけた話があるか!?」

かつて宿敵として、その必殺技の必殺たる由縁を嫌と言うほど噛み締めたグランバーザ。

だからこそ結果に納得いかない。

「何かしら、我々の感知できない防御技を使用したということだろう。気を引き締めろグランバーザ。やはりあちらさん伊達に長生きしているわけではないようだ」

「むうぅ……!?」

ドリスメギアンの切断された巨大節足が、断面から盛り上がり、元通りに生え変わる。

生物としても異様の振舞いだった。

「おいおい全部綺麗に生え変わったぞ? 常識が通用しないのかアイツは?」

「戦えば戦うほどバケモノ臭さが増してくる……」

敵の生態が異常すぎるせいか。

百戦錬磨の二人がありうべからざる油断をしたしまった。

気づいたのは、背後から切羽詰まった声からだった。

「先代様! 先代様方!」

「危ない! うしろですうしろ!!」

それは遠巻きに見守るラクス村冒険者の声だった。

厳命され決まった範囲から近づかない彼らだったが……。

「どうした?」

アランツィルもグランバーザも、振り向いてようやく危機に気付いた。

鋭い刃のような節足の先端が、彼らを刺し貫こうと迫っていた。

真後ろから。

「なッ!?」

それは、生え変わった新たな節足ではなかった。

その前の斬り落とされた古い節足だった。

「斬りおとされてなお自分で動いて、我々を襲おうというのか!?」

「生き物としてどういう構造なのだ!?」

戸惑いはするが、それ以前に対処をしなければダメージを受けてしまう。

襲い来る節足の切れ端に、迎撃のオーラと火炎魔法が間に合うか否かのタイミングで……。

新たな援けが、上空から降ってきた。

「『裂空双繻断』ッ!!」

真っ下しに降るオーラ斬撃が、死にぞこないの節足切れ端をさらに切断。

細切れになり、さすがに行動不能となる。

さらに遅れて降ってくる軽やかなる女体。

着地の瞬間『ふわり』と音が鳴ったかのようだった。

それほどに落下の衝撃が和らげられた武の動き。

現れた女剣士は、世界屈指の技量を持ち合わせていることが見て取れた。

「お前……、まさか……、本当に……!?」

震える声を漏らすのはアランツィルだったが、それは女剣士の技量に感嘆したのではない。

その女性そのものを見て、困惑の極みに達した。

「やはりドリスメギアンはこちらに来ていましたか。恐れていた通りに運びましたね」

「エステリカ殿……!?」

まずグランバーザが、予期せぬ援軍の到着に唸る。

アランツィルは唇を震わせるまま硬直する。

「何故お前がここに? イダ様やウチの若手どもはいかがいたした!?」

「人間領の奥底で、別のインフェルノと戦っています。ヤツらは風魔獣ウィンドラを味方につけ、放置しておけぬ状態でした」

「なんと!? 魔獣の一体がなぜ人間領に!?」

しかし、敵陣に肝心のドリスメギアンがいない。

そのことを不審がったイダは、エステリカ一人をラクス村へ差し向けたという。

「部下を囮にし、ドリスメギアンが単身襲うとしたらここがもっともあり得るので。しかしアナタ方二人が共闘してドリスメギアンを抑えるなんて、想像も及ばない光景ですね」

「エステリカッ!?」

やっとアランツィルが動きを思い出し、エステリカに詰め寄った。

すでに老境に入った五十代の男性と、うら若い二十代の女性がまっすぐ向かい合う。

「本当に……ッ!? 本当にお前なのか!? あの日のお前と少しも変わらない! 気高く美しい! 話は聞いていたが、本当にまた生きてお前と会えるなんて……ッ!?」

「アナタは老いましたねアランツィル。醜い皺が顔じゅうを覆っている」

「んなはッ!?」

「放してください。今はアナタよりも重要な問題があります」

アランツィルはエステリカの両肩を掴んでいたが、それをすげなく払い落とすと、赤マントへと対峙する。

「地獄の主ドリスメギアン。お初にお目にかかります。大いなる主の命に従い、アナタを成敗しにまいりました」

「その体……、ヴァルハラの使徒か。追いかけてくるとしたらイダかと思っていたが、とんだ肩透かしだな」

「イダ様はアナタが切り離した部下に足止めされてます。私が一足先に参上し、アナタの意思をたしかめるよう言付かってきました」

そしてエステリカは、いったん威儀を正して。

「今からでも闘神様の御前に侍り、許しを請いませんか? アナタの盟友であるイダ様もそれを望み、闘神様も寛大に受け入れくださることでしょう」

「フン、くだら……」

ドリスメギアンが何か言おうとするより先に、アランツィルが割って入った。

「待て! あんなヤツのことはどうでもいい! エステリカ! 本当にお前なら何故私と向かい合ってくれない!?」

「どうでもいいってことはないだろ……!?」

共闘者の取り乱しぶりにグランバーザまで困惑するが、アランツィルの目が血走っていた。

強敵ドリスメギアンと戦う時点でもここまで取り乱してはいなかった。

「これが落ち着いていられるか! 彼女は……、私の妻だ!!」

「え?」

「三十年以上前に魔族によって殺された私の妻だ! ダリエルの母親だ! 今になって、こんなところで再会できるなど!?」