作品タイトル不明
220 インフェルノの目的を精査する(勇者side)
ダリエルが、バシュバーザと共に戦局を離れると、自然あとに残るアランツィルとグランバーザが場を取り仕切ることとなる。
インフェルノという。
『地獄』の名を冠した、得体のわからない敵を目の前にして。
「私とグランバーザで前衛を務める! 他の者は突出するな! 瞬時に焼き殺されるぞ!!」
既に引退した身ではあるが、ここに至っては矢面に立たざるを得ず、息子ダリエルが残していった地元冒険者に厳しい下知を飛ばすのだった。
「ガード(守)適性の冒険者は常に前に出てヤツを囲め! 炎が不用意に広がらぬようしっかり封じ込めるのだ! 注意を怠るな!」
的確な指示は、さすが伝説に残る大勇者で、迅速さと思慮深さが同居していた。
敵対するインフェルノは、不可解にもそれを眺めるばかりで動かない。
余裕の表れか。
「もはや強敵であることはわかりきっている。私とお前で当たるのは仕方ないとしても……」
グランバーザが緊張感をもって言う。
かつての英雄。
常に敵同士として争い合ってきた二者が戦場にて同じ方向を向くなど、かつては考えられない光景であった。
「ガシタくんまで向こうに行かせることはなかったんじゃないか。彼の実力は、この村の中でも突出している。貴重な援護射撃を失うのは痛いぞ?」
「情けないことをぬかすなグランバーザ。最強四天王の名が泣くぞ」
アランツィルは老いてなお苛烈で厳しい。
「彼のたっての頼みなら年配の我々が引き受けなくてどうする。その場の思い付きで動くような若者ではない。信じて頼もうではないか」
「そうだな……」
「それよりお前こそ向こうに行かなくていいのか? 実の息子のことだろうに」
突如として復活を果たしたバシュバーザは、グランバーザの実の息子だった。
親子二代魔王軍にて四天王を務め、父親は歴代最強の栄誉に浴しながら引退。逆に息子は無能を晒し、恥ある戦死に至った。
血を分けた親子でありながら、まったく逆の道をたどった二人。
息子を正しく導いてやれなかったことがグランバーザ人生最大の痛恨事。
「思い知ったのだ。私では息子を救ってやれないと」
グランバーザは悟りきった老人の表情で言う。
「頼めるとすればダリエルだ。あやつなら、迷って天に召されることもできない息子をきっと送り出してくれるだろう。我々にはない才覚を持つ男だ」
「ああ、戦いしか繰り返さなかった私たちにはない才覚が」
グランバーザは元来生粋の職業戦闘者であった。
肉親の情よりも使命感が勝る。
その本質が影響を及ぼし、実の子どものように育てながら半ば部下でもあったダリエルと、実子として最後まで扱いを定めきれなかったバシュバーザとの成長の差になったのかもしれなかった。
天は、歴史に名を残しうる偉人に対してもなお、完璧なることを許さなかった。
グランバーザは自分の不完全なる部分を、自分が手塩にかけて育て上げたダリエルに頼むしかなかった。
「それに、私まで向こうに行ってしまったら、あのバケモノをお前一人に任せることになるだろうが。さすがに不安が大きすぎる」
「私一人でアイツを倒し、手柄を独占することがか?」
グランバーザの手に炎が宿り、アランツィルが獲物の棒杖を脇がまえにする。
間違いなく一時代の頂点を占めた二人。
彼らが全力を出して戦い相手はお互い以外にいなかった。
その二人が手を合わせて立ち向かう相手がこの地上にいるわけがないというのが誰にとっても常識だったが、今日の相手ばかりは、それを納得させる。
遥か昔の魔王軍四天王ドリスメギアン。
今はみずからをインフェルノと名乗る、まさしく『地獄』の体現だった。
「……打ち合わせは終わったかな?」
「やはり、こちらの態勢が整うのを待っていてくれていたのか。お優しいことだ」
棒立ちを続けていた赤マント。
それは余裕の表れか。
「わざわざ息子を使って我々を分断したというのに、一貫しない男だ。その程度の判断力でトップに立てるほど昔の魔王軍はぬるかったのかな?」
「歴代最強の輝かしい呼び名を得る四天王は言うことが違うな。……グランバーザ、アランツィル。人魔両陣営にこれだけの絶人が揃い踏みすることはそうそうないことだ。いや皆無と言っていい」
だからこそ両者の実力が伯仲し、決着つかず、互いに三十年も頂点にあり続けた。
どんな精鋭であろうと、一人がそこまでの長期間トップの座に君臨することは、勇者にも四天王にもありえないことだった。
「しかも敵味方同時期にな。お前たちも死したなら確実にその魂をヴァルハラに掬い上げられるだろう。オレにとっては、そういう強い魂こそ御馳走だ」
「……どういう意味だ?」
「その通りの意味だ。惜しむらくはお前たち二人とも、老いて気炎が陰り、憎しみの心を失ったことだな。お前たちもダリエル同様、非常に惜しい食材だ」
「アナタがここを訪れたのは、やはりそういうわけか……!」
同じ魔族であり、四天王を務め得意とする属性まで同じのグランバーザには、相手の思考を読むこともできた。
「アナタが生前踏み込んだ禁じられた領域。人の魂を魔力に変換する禁呪法。それを用いて魔王様に挑戦するのがアナタの最終的な目的なのだろう?」
「……どうかな? しかしさすがだなと言っておこうか。我が修めし秘法の要諦を把握し、そこから目的まで推理するとはな」
実際、打倒魔王を標榜するインフェルノが即座に実行に移さないのも、『人の魂を魔力に変換する』能力が大きく関係している。
ヤツは準備しているのだった。
強大なる魔王に対抗するために、いかに達人の極めた域にあっても個人レベルの戦力で太刀打ちできるわけがない。
だからインフェルノは対決に先立って、魔王と向こうを張れるだけの力を蓄えようと画策した。
世界中の生者から魂を収奪し、自分の力に変えようと。
ただし相手が魔王ともなれば、必要となる魂は生半可な量では間に合わない。
足りなければ魔王を倒せない。
量だけでなく質も厳選されるべきだった。
「そうか……、それでダリエルか……!?」
話を理解したアランツィルが、理解するほどに瞳に獣的な輝きを宿す。
「ふざけるなよこのクズが……! 私の息子を、貴様の栄養剤にする気か……!?」
「いい表情だ。お前の息子もそれくらい憎しみに囚われやすければいいのだがな」
インフェルノは薄い嘲笑の気配を放ち……。
「その通り。ダリエルは、オレが見てきた中でももっとも優良な魂の力だ。出力も、形質も、オレが求める理想のさらに上を言っている。だからオレはアイツを求める」
それは酷く自分勝手な主張でしかなかったが。
「お前らは、『栄養素』だと言ったが、ダリエルはそんなチャチな認識はふさわしくない。……アイツはそう、いわば『鍵』だ。これまで決して開くことのなかった扉を開けるための鍵。ヤツを倒すにはダリエルという鍵が必要不可欠なのだ」
それほどまでにインフェルノにとってダリエルという人材は望ましい。
「最初オレは、その鍵の役割をジークフリーゲルに担わせようとした。地獄に堕ちてきた中でアイツが最高のオーラ使いだったからだ。地獄でアイツを鍛え上げ、ついには融合魔闘気が発しうる最高の色である『赤』を出すに至った」
「……何を言っている?」
インフェルノの言葉は、急に難解な専門用語交じりのものに変わる。
あまりに奇矯な天才が、余人に配慮しなくなった時その言葉は獣のいななきと変わらなくなる。
意味不明ということだった。
「アボスは予備のためインフェルノに加えた。ヤツとの対決に至る前に、肝心のジークフリーゲルを失ってしまう恐れもあったからな。所詮『黒』までしか発しえない半端者であったが、それでもないよりはマシだ」
しかし、そんなドリスメギアンの用心も、ダリエルとの遭遇で無意味となった。
「ダリエルこそ! オレが追い求めてきた究極の理想形だ! オレとダリエルが一つとなった時、この世でヤツを倒しうる力が完成する! だからこそ是非ダリエルが欲しい! ダリエルこそオレの希望の光だ!」
「勝手なことをしゃあしゃあと……!!」
アランツィルの表情に、隠しようもない怒りの感情が浮かび立っていた。
「ダリエルは物ではないぞ! それをあたかも自分の好き勝手にできるように……!? 貴様のような自分勝手の勘違い野郎、この手で粉砕しなければ気が済まんぞ!」
「その気持ちは私も同じだが……、しかし解せんな」
グランバーザが冷静に言う。
「ドリスメギアンがここに至って何をしようというのか、薄々の察しはついていた。魔王様に対抗するために、ダリエルの魂を吸収して強くなろうというのだろう?」
だからまずインフェルノはダリエルの魂を憎しみに染めようとした。
魂を吸収して力に変えるためには、その方が都合がいいかららしい。
これまでもインフェルノは、他者の魂を収奪するに、憎しみに塗れ、利己心に囚われ、陰湿外道の輩の魂をこそ美食家のように好んで吸収してきた。
強大なダリエルの魂を取り込む前に、彼の魂も憎しみに染めてしまう方がインフェルノには好ましい。
「だからダリエルよりも前にラクス村の住民を標的にした。友人や家族を殺してダリエルの怒りを引き出そうとしたのだ」
「反吐が出るな外道が……!」
「我が不肖の息子をけしかけたのも同じ意図からだろう。ダリエルは、バシュバーザと関わる時だけは公正ではいられない」
バシュバーザの存在は、ダリエルの心の中でもっともナイーブな部分を占めているから。
「ダリエルの動揺を少しでも引き出すための狡猾な策であろう」
「ますます許せんな!」
インフェルノの余裕のたたずまいは、グランバーザの指摘を無言にて肯定するものだった。
「しかし先ほどのアナタの口ぶりは、明らかにダリエルを特別視したものだ。単に強弱の違いだけではない。明らかにそれ以上の期待をダリエルに懸けている。その期待の根拠は何だ?」
「……聡すぎるのも考え物だな。勢いあまって漏らした言葉で、そこまで核心に迫るとは」
インフェルノはもう余裕の雰囲気を消し去っていた。
さすがにもうお喋りには飽きたとばかりに。
「そうだな。……一つだけ答えてやるとすれば、我が秘法にはもっと先があるということだ。魂を力に変換するだけでは終わらない。その先の領域を、地獄にてオレが切り拓いた」
あとはダリエルの魂を使って、理論を実践するのみ。
「ゆえにオレは、何としてもダリエルの魂を憎しみに塗れさせる。アランツィル、グランバーザ。お前たちは彼にとって重要な人物だということも知っている。お前たちが無惨に殺されれば、ダリエルはさぞや怒り狂うだろうな!」