作品タイトル不明
213 事実、発覚する
「そういえばダリエル、お前は人間族でありながら三十年ほど魔族の中で暮らしたらしいな?」
どこから聞いてきたのか、俺の前半生をよく知ってやがる。
インフェルノは愉快そうに語り続ける。
「随分惨めな思いで過ごしてきたのだろう? 魔族の社会で、魔法も使えない者はゴミ以下だ。どれだけ虐げられてきたか目に浮かぶようにわかる」
「煩い放っとけ」
コイツも相当ヒトの神経を逆なでするのが好きそうだった。
「しかし何故そんなことが起きたと思う?」
「何?」
「魔族の中に人間族のお前が混じり、三十路も過ぎるまで誰も真実に気付かなかったということが、何故ありえたかということだ。普通誰かが気づくものだろう?」
そんなことを聞かれたところで困る。
たしかにインフェルノのヤツも言う通りかもしれない。
しかし、だから何だというのだ?
今更理由を解明したところで過去が戻るわけでもない。
「無意味にヒトの過去を嘲るのはやめろ」
「クックック……! 怒っているな。お前のヒトに触れてほしくない場所はそこか」
コイツ……!
心底邪悪だな!
「しかし無意味ではない。お前が最後まで異類だとバレなかったのは非条理だ。子犬の中に子猫を紛れ込ませれば、すぐに違うとわかる。子犬の中に狼の子を交ぜたとしても、成長していくうちに狼だとわかるはずだ」
「かもな」
「しかし何故、魔族の中に人間族を交ぜても違うとわからない? 簡単なことだ。この二つの種族に違いなどないからだ。違いがなければ見分けつくはずもない」
何を言っている……?
いやまさか……?
「こちらについては鈍いなダリエル。お前のトラウマに繋がるからか? では答えを言ってやろう。人間族と魔族は、違う種族などではない。同種族だ。どちらも同じ人なのだ」
まさかの事実をインフェルノは伝えた。
「だから見分けなどつけようがないのだ。違いがあるとすれば、人間族はヤツからオーラを、魔族は魔法を与えられた。その違いだけ。お前が自分の所属に気づいたのも、オーラを得たのがきっかけではないのか?」
図星過ぎて何も言えない。
「二種族を分ける違いといえばそれぐらいだから仕方ない。いや、元々同じなのだがな」
「それでは……!?」
横にいたグランバーザ様までもが声を震わせている。
衝撃の事実であることは変わりないようだ。
「人間族も、魔族も! 同じだというのか!? 同じ人だと……!?」
「その通りだ。もとは一つである人類が、二つに分かれたのは明確なきっかけから。……いや、明確なある者の意思によって」
それが魔王様。
「ヤツはある時、自分が支配する人々を二つに分け、それぞれに異なる力を与えた。その力をもって相争うように仕向けた。それが人間族の始まりであり魔族の始まりだ」
「何故そんなことを……!?」
「何度も言っているだろう。遊びだ。人々が相争うさまを眺めて退屈凌ぎにするためだ」
わかりきっていた答えだった。
まさか、そこまでのことを……!
「無論それは、このオレから見てすら生まれる遥か昔のことだ。何百年前のことかもわからない。その当時から分割された人類が人間族魔族と呼び分けられていたのかもわからん。勇者とか、魔王軍とかいう呼び名があったのかもわからん」
しかし確実に言えるのは。
「この世界を、このようにしたのがヤツだということだ。……どうだ? 少しはオレの気持ちに同調してきたのではないか? ヤツは自分の娯楽のために世界を作り替えた。好き放題に。許しておけぬ邪悪ではないか?」
「お前が勝手に言っていることだ。証拠などない」
「お前こそが証拠ではないか」
インフェルノの刺すような指摘に、俺は息詰まる。
「言ったはずだぞ。お前が魔族の中に交じり、何故人間族だと気づかれないまま過ごし続けることができた? その不思議を解き明かすのにこれ以上の説明があるか? 魔族と人間族が、それぞれ同じという……」
いかん、納得してしまいそう。
たしかに魔族の中で俺一人、人間族でありながら三十路越えるまで過ごせた不思議は俺自身一番よく感じている。
だって人間族も魔族も同じじゃないか。
少なくとも見た目自体はまったく同じ。
違うといえば異なる文化圏で身に着けるもののセンスが異なるぐらいだ。
そして何よりオーラと魔法の差。
そう本当に、人間族と魔族の違いはオーラによる闘法を使うか、魔法を使うかぐらいしかない。
その違いを与えたのが魔王様なら。
それ以前、すべての人類は隔たりない一種だった……!?
「もしそれが本当であれば……!」
グランバーザ様も動揺を隠せない。
この人は、老境に達するまでの時間すべてを人間族と戦うことに費やしてきたのだから、それは衝撃だろう。
「魔族と人間族は、最初から争う必要のない者たち……!?」
「いかにもそうだ。元から同じ種族なのだからな。それが争うことになったのもすべてヤツの気まぐれからだ」
ヤツ。
魔王の。
「しかし、アナタは何故そのようなことを知るに至ったのだ? アナタとて最初から全知全能の大魔導だったわけではなかろう!?」
「無論オレとて一番最初はただの暗黒兵士。一人の魔族として、ヤツの役に立つことを目指しひた走ってきた。すべての戦いはヤツのためにあった。オレ自身が、ヤツのための存在だった」
……一瞬、沈黙が走った。
「いつからかな? オレは他の連中より少しモノが広く見えるようになった。過去も未来も、先の方を見通せるようになった。そして気づいてしまったのだ。自分が崇拝する存在の正体を」
それはインフェルノ……ドリスメギアンにとって幸福なことだったのか、不幸なことだったのか。
「オレは裏切られたとわかった。だから反逆したのだ。ヤツはこの世界の害悪だ。オレたちはこの世界に生きる者としてアイツを排除しなくてはならない。何度打ちのめされようと、命を失おうと、それは変わらない」
そしてインフェルノは手を伸ばす。
「これでオレの話は終わりだ。最初の提案に戻ろう。ダリエル、オレと共に来い。お前とオレの力で魔王を倒すのだ」
「…………」
「お前の力は貴重なものだ。その力をオレが正しく使ってやろう、そうすればヤツをも倒すことができる。魔族も人間族もない、あらゆる人類はヤツの軛から脱して自由になるべきだ。その先駆けをオレとお前で切り拓く!」
「……アンタの話は、たしかに衝撃的だ」
世界自体の捉え方を根底から覆すほどに。
この話を聞いたあとでは、何を信じていいかもわからなくなってしまうだろう。
しかし……。
「しかし今、お前をどうにかする話とは関係ない」
「は?」
こちらへ手を差し伸べたまま固まる怪人。
「いや、お前はバカなのか? オレの話を聞けば自分のすべきことがわかるはずだ」
「自分に賛同しないヤツは皆バカか? ありがちな自分勝手だ」
懐からヘルメス刀を取り出し、剣形態に伸ばす。
武器をかまえるのは明確な敵対の意思表示。
「お前の言っていることは、やっぱりお前の主張以外に証明の手立てがない」
本当に魔族と人間族が同じであったとして、それを分けたのか魔王様の仕業かどうか、真実を知るには本人に問いただすぐらいしか手段はないだろう。
「だからここで真実かどうか論ずるだけ時間の無駄だ。それ以前に俺には、目の前に喫緊の問題がある」
「喫緊の問題?」
「お前だ」
怪魔インフェルノ。
幾度となく俺の周辺を騒がせ、危うく犠牲者が出るところだったのも一度や二度じゃない。
「俺の大切な人たちの、健やかな生活のため、お前は生きていてはならない。速やかにぶち殺す」
物事が複雑に絡み合って処理しにくいときは、とりあえず目についた簡単なものから片付けていけばいい。
複雑に絡み合った糸を一本ずつ解きほぐしていけば、残りは案外単純になっているものだ。
「まず目の前にいて、ぶち殺せばそれだけで終わるお前を始末する。魔王様に関する問題はそのあとだ。どうせ何百年も前から続いている問題なら、あと数年かけても問題ないだろう」
「度し難い阿呆だ。目の前のことしか興味がないか……!?」
「目の前のことを一つ一つ片付けていく。そして前へと進んでいく」
それが正しい人生の積み重ね方だ。
「遠くばかりを見てないで足元を固めていくんだ。堅実な生き方だろう」
「つまり俗物というわけだ」
「ならアンタは高尚というわけか? 上ばかり見上げて足元をお留守にして、落とし穴に落ちた」
そして地獄へ真っ逆さま。
「お高く留まったヤツの転落人生ほど滑稽なものはない」
「貴様……!?」
そろそろお喋りも終わりにしよう。
村民の避難も完了した頃だ。
せっかく訪ねてきてくれたんだからキッチリ始末してあと腐れないようにしておこう。