軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136 地獄、名乗る(???side)

センターギルド理事ローセルウィが荒れていた。

彼の目論見は完全に崩壊した。

新たな勇者として最高の有力株とみなしていたダリエルに理事長との縁故があったという。

これでは仮にダリエルが勇者となり、魔王を倒す偉業を成し遂げたとしても、その功績はすべて理事長のものとなってローセルウィには何の益にもならない。

それどころか理事長は、勇者就任を拒否するダリエルの味方をして事態の鎮静化を図ろうとしている。

この逆境を排除してダリエルを勇者にするとなれば労極大にして功なしとなりかねない。

「それがわかっていて突き進むほど私は愚かではない……!!」

偉ぶって言うものの、表情からは悔しさがにじみ出ていた。

強く噛んだ唇から血が流れ出る。

「何故ダリエルは私に従わんのだ!? 勇者だぞ! 勇者にしてやると言っているんだぞ!! 普通なら喜び勇んで快諾し、私のいうことに何でも従うはずではないのか!?」

勇者の称号にはそれだけの力があるのはたしかだった。

しかし誰もがその魔力に無抵抗であるわけではない。

名声権威に囚われず、自分だけの判断力で進む者がいることにローセルウィは考えが及びもしなかった。

「だが……!! どちらにしろこれはマズい……!!」

ローセルウィには既に失点がある。

慣例を破って用意した三勇者の無様な敗北。この一件がローセルウィの進退を抜き差しならぬことにしているのは何度も述べられている。

ダリエルの起用は、その危機から一気に勝利まで逆転できる起死回生の一手であった。

それを手にする目途が立たない以上ローセルウィは勝利を手にするどころか破滅を約束されかねない。

「おのれッ!! おのれッ!! 何故私が失脚しなければならないんだ!? 私は歴史に名を残す男だ! こんなところで消えるわけがない!!」

そう思っているのは自分だけで、真実彼が凡百に過ぎないということは彼だけが気づかずにいる。

「必ず! 必ず何か方法があるはずだ! 私のような名を成す男にはピンチに必ずチャンスが訪れる!! そういう風に世界ができているんだ!!」

「それならバ……!!」

ローセルウィが一人篭る個室に、別の人物の声がした。

「ひぇッ!?」

ローセルウィ自身にとっても不意のことで、声を裏返して振り返る。

するとそこには人がいた。

ただ、人と判断するにはあまりにも亡羊で不気味だった。

全身をマントで覆い、頭までスッポリと隠れて中身がまったく窺えない。

顔形も、体型も、男か女かもわからないし年頃も見分けられなかった。

ただ身体を覆うマントの鮮烈な赤色だけが酷く印象的だった。

「ななな、何だお前は!? 私をセンターギルド理事ローセルウィと知っての狼藉か!?」

「無論そうでなけれバ、アナタを訪ねる用などナイ」

「ッ!? 誰か、誰か出あえ!? 族だッ!? ああ……ッ!?」

喚き散らすローセルウィの口が、赤マントによって塞がれる。

正確には、目の前に手の平を差し出されただけだったが、何故かそれだけでローセルウィの口が痺れたように動かなくなってしまった。

「……お静かニ」

「あが、うごごごごごご……!?」

大声を出そうとしても唇がロクに動かない。

息を吸ったり吐いたりもできなかった。

不可視の力で全身どころか体の内側まで固められている。

そんな印象だった。

「落ち着かれヨ。我々はアナタに危害を加えに来たのではナイ。むしろアナタに救援しに来たのダ」

「なんだとッ!?」

赤マントが手を離すと、それだけでローセルウィの全身に自由が戻った。

手の平一つで人一人の動きを自由自在。

どんなタネがあるにしても、こんな妖術を使えるとはただ者ではなかった。

「一体……、お前は何者だ!? ギルドに所属しているのか?」

「私のことなどどうでもイイ。今はアナタ自身が大変なのではないカナ?」

謎の赤マントからの指摘にローセルウィはぐうの音も出なかった。

何度も確認している窮状。

彼はこのままセンターギルド理事から失職する可能性もあった。

「私なら、絶体絶命のアナタの状況を救うことができル。そのための秘策を授けることができル」

「本当かッ!?」

望外からの提案にローセルウィは目を輝かせて飛びついた。

しかし普通ならばありえぬ流れであった。

唐突に顔前に現れ、顔すら見せない怪しいばかりの謎人物から知恵を借りる。

怪しすぎて本来なら警戒するべきなのにローセルウィは疑う素振りも見せなかった。

仮にもセンターギルド理事にまで登り詰めた男が、あまりの不用意さ。

「どうすればいい? どうすれば私は、この理不尽な境遇から脱出できる!? 私は世界に必要な男なんだ! こんなところで没落するわけにはいかない!」

「やるべきことは常に変わらナイ。アナタの救世主は常に一人、違いますカナ?」

そう言われてローセルウィの脳裏に即座に浮かんだのは、ダリエルの顔だった。

彼はまだ、ダリエルを勇者にすることを諦めきれない。

「……しかし彼は強情だ。どうあっても勇者になりはしない。彼は自分の才覚を無駄に腐らせるつもりなのだ」

「それは惜しイ……、優れた力には責任が伴うものダ。彼にはその責任を果たしてもらわねバ」

「しかしどうすればいい? 説得は通じないし、圧力をかける手段も失敗した。他にどんな手がある……!?」

「もちろんアル」

赤マントは、子どもに優しく語りかけるように言う。

「私が調べたところにヨルト。彼は自分の住む村に特別な愛着があるようダナ。そしてそれが勇者となることを拒否する理由となってイル」

「おおッ!?」

「ならば理由そのものを消し去ってやればイイ。ラクス村といったカ。あの村を……」

潰す。

そう告げられた瞬間、さすがにローセルウィの顔色が変わった。

「さ、さすがにそれは……!? 乱暴が過ぎないか? 下手をすれば我々の方が彼の恨みを買いかねない……!?」

「心配無用。『魔族がやった』ということにすればイイ」

「なんと!?」

「私の用意した人員が、魔族に扮して村を襲ウ。彼の留守を狙うのがいいだロウ。破壊の限りを尽くし、その犯人が魔族ということになれば彼の恨みは魔族へと向かウ」

「なるほど、そうなればダリエルが勇者となって魔族と戦う動機にもなる! 一石二鳥とはこのことだ!!」

ローセルウィの表情はまさに『天啓を得た』と言わんばかりだった。

真っ当ならば吐き気を催す提案を、むしろ歓迎するかのような態度なのは……。

彼の性根が元から腐っていたゆえか。他の理由があるからなのか。

「彼には妻子がいるという話だったナ。では最低でもソイツらは必ず殺すことにシヨウ。肉親を奪われた恨みは何より深イ。その恨みが人魔の戦いに向けられれば、必ずや魔王を倒せることだロウ」

「いいぞ! とてもいい起死回生の一手だ! 私にも運が回ってきたということだな! 復讐勇者の後援となるという幸運が!!」

ローセルウィは、もはや自分が完全に成功したかのような浮かれよう。

その様子を見詰めて赤マントは満足そうな気配を漏らしだした。

どんな表情をしているかはマントに覆われわからない。

「キミ、キミ!」

しばらく浮かれていたローセルウィだが、思い出したかのように赤マントへ向き直る。

「キミは私の恩人のようだ! 私の未来はキミの働きにかかっている。よろしく頼むよ!!」

「ご期待に添えて見せヨウ。必ずやあの精鋭を憎しみの虜にしてみせヨウ」

「望みはなんだ? センターギルド理事たる私に取り入ろうとするのだから、何かしらの思惑あってのことだろう? 遠慮はいらんぞ!? 何が望みだ!?」

既にダリエルを擁してセンターギルドの頂点に立っているつもりのローセルウィ。

言うことはひたすら尊大であった。

「私たちの望みは、ただ世界をよりよくしていきタイ。その願いは行動によって成就されル。ゆえに重ねての報酬など必要ナイ」

「なんと! 無欲にして高潔な精神だな。……よかろう、これが成功した暁にはキミを私の腹心に取り立ててやる。世界をよりよくしたいというキミの望みに近づけることだろうぞ!」

「感謝しヨウ」

赤マントはこうべを垂れた。

いとも容易く心なく。

「……それで、これからキミのことは何と呼べばいい? 我らは協力者だ、名前ぐらい教えてくれてもいいだろう?」

「我らに名というべきものはないナイ。既に個としての概念が消滅した存在ダ。我らは誰でもナク、また同時に誰でもアル」

「なんだカッコいい語りだな? まあいいが呼び合う時どういっていいかわからないのは不便だ。仮の名ぐらい決めておいてもいいのではないかな?」

「……そうダナ。強いて呼び名を決めておくとすれば……」

赤マントはみずからを指して言った。

「……インフェルノ、とでも呼んでもらおう」

赤マントの何者かは、みずからをインフェルノと定義した。

その意味は、『地獄』。