軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

124 ダリエル、スパイを呼ぶ

これは、あの非正規三勇者が乱心した事件の直後のこと……。

「……不安だ」

俺はモヤモヤ漠然とした不安感に苛まれていた。

ピガロ、ゼスター、アルタミルの三人が暴れたミスリル盗難未遂事件。

三勇者自体は取り押さえ、そのうち一人は自滅の形で消滅した。

それをもってあの事件の終わりと見てもいい。

だが、俺が魔王軍時代に培ってきた危機管理意識が『まだ終わってない』との警鐘を鳴らす。

そもそもあの事件、わからないことが多すぎる。

明らかになっていないことが多すぎる。

三勇者に洗脳魔法をかけたのは誰か? 彼らを四天王の下から連れ去った赤マントとは何者か?

本来鉱物であるミスリルを摂食するなどという前代未聞のパワーアップ法を、何処で誰が見つけて来たのか?

その方法の行きすぎで自滅した『剣』の勇者ピガロだったが、消滅の寸前、いかにも『消滅した』と見せる素振りで巧妙に強制転移させた形跡もあった。

ただその点、もはや手の施しようのないほど崩壊の極まったピガロを回収してどうするのか? という新たな疑問が出てくるが……。

要するにわからないことだらけだということだった。

「……気持ち悪いッ!!」

わからないことがあるのは気持ち悪い。

……いや、世の中には大抵わからないことがままあって、そのすべてを解明できないと気が済まない! っていうのは偏執狂の領分といえる。

しかし世の中には二種類の謎があって……。

放置しておいても問題ないどうでもいい謎と。

放置しておいたら、いつか牙を剥いてくる危険な謎。

……とがある。

放置OKな謎は、暇で物好きな学者先生にでも解明を任せればいい。

しかし草陰に潜む猛虎のように隙を伺う謎は、自分で何とかしなければならない。

自分自身の安全のために。

今や俺一人の命ではない。俺の傍にはマリーカやグランなど共に生きて責任を負う命も多くある。

彼女らに危険を寄り付かせないためにも……。

「先手を打っておく必要があるか……」

敵が動き出すより先に。

ではどうすればいい?

俺にどんな手が打てる?

これでも今はラクス村の村長にしてマリーカの夫、かつグランの父。

様々な肩書きをもって日々追われる仕事がある。

そっちを疎かにするわけにはいかない。

「日々の仕事を円滑にこなしつつ並行して敵を探り出す方法……」

俺は思案して……、ピンと思いついた。

思い出した、という方が的確であろう。

魔王軍に所属して四天王補佐を務めていた時代にも、こんな状況があった。

我がままで気難しい四天王の方々をお世話しつつ、敵勇者の動向を探るために俺が構築した一大機構。

「あれがまだ生きていたら……!?」

俺は一縷の望みを託すことにした。

村から出ていく荷駄の一団。

ラクス村で生産されたミスリル武器を各主要都市に届ける運送団だった。

その中の一人に話して。

「どこでもいいんで街に着いたら、これを郵便屋に出しておいてくれないか?」

と言って手紙を託した。

中に書いてあるのは何でもない普通の便り。

しばらく会っていないことの寂しさを告げたり、相手の消息を尋ねたりする内容。

だがしかし、それは何も知らない第三者からすれば、そうとしか見えない文面ということだった。

最初から打ち合わせ、双方にしか伝わらない秘密の暗号を用いれば、まったく別の意味が浮かび上がるよう工夫がしてある。

隠された真の意味が、それを読み取れる唯一の相手に伝わるとしたら……。

手紙を出してから数ヶ月後……。

その間ゼビアンテスの新築騒ぎやらレーディの参拝騒動など色々あったが、それらを経てついに打った手が効力を表してきた。

成果を得るにはそれなりに時間がかかるものだ。

俺の下を訪ねてくる者がいた。

「もし……、もし……」

頭までマントでスッポリ覆い隠した旅人風の装い。

念のために明記しておくが、巷で噂の赤マントではない。

俺自身ソイツを直に見たことはないが、俺の目前までやってきたのはもっと地味な、ごくありふれた麻マントを被った人だった。

「こちらにジョンという方が住まわれていると聞いてきたのですが……?」

「そんなヤツはいない。アランというヤツもいない」

「……ッ!?」

そんな意味不明な会話を交わすと、俺と相手との間に沈黙が流れた。

しかし沈黙はすぐさま感情によって揺れ動き、熱をもって始めた。

「ダリエル様!!」

旅人は俺の前で跪いた。

その身を覆い隠していたマントを取る。中から表れたのは精悍な女性の顔だった。

「お久しゅうございます! ……もう二度と、生きて会えないものかと……ッ!!」

「うん、わかった。わかったから、人前で平伏するのやめてくれる?」

ここはラクス村の屋外だった。

俺を訪ねてラクス村へやってきた女性。

彼女の名はセルメトといった。

これでも生粋の魔族だ。

魔王軍に所属し、人間領に潜入することを任務としていた。

つまりスパイ。

彼女は魔王軍が密かに放った暗黒密偵の一人だったのだ。

「本当に……、本当にお懐かしゅうございます……! もはや生きて再会できぬものとばかり思っていたので……!!」

「その話はもういいって……!」

とりあえず彼女を村長宅に招き入れ、積もる話を始める。

魔王軍の暗黒密偵は、魔族最強の敵、勇者の動向を探るために組織された。

異種族人間、領土も種族も異なる敵の状況を探るには魔族領からではどうあっても不可能。

だからそれ専門の機関がいる。

ということで組織されたのが暗黒密偵だった。

幸い魔族と人間族は外見からではまったく判別できない。

それを利用し、人間族と偽った魔族たちに国境を越えさせ、人間領に住みつかせながら情報を収集させる。

それをもって勇者や人間族全体の動向を探るのだった。

今、俺の目の前にいるセルメトは、そうした暗黒密偵の一人で、しかもその元締め的位置にある女性だった。

人間領内に潜伏する暗黒密偵全員の居場所を掌握し、入手した情報を魔王軍へ送るもっとも重要な役割を果たしているのも彼女だった。

俺が魔王軍にいた頃、彼女と一緒に仕事することは多くあり、まさに戦友と言ってよい間柄だった。

そんなセルメトと、魔王軍を辞めてから初めての再会。

「いやもう本当に! 二度と! 生きてこの世で会えないものかと……!」

「わかったから、それはもうわかったから……!?」

彼女の再会の喜びが尋常ではない。

たしか彼女は行商人に扮しつつ、人間領を回って各地のスパイたちとの連絡を取っていたはずだ。

スパイの元締めであるからこそ特定の本拠を持たず、実際の肩書きとはかけ離れた底辺の生活を送る。

それは並大抵の意欲では絶対に遂行できないことだろう。

仕事の成果として得られるもの、名誉、賞賛、尊敬、誇り、階級。

それらのものをすべて得られず、どん底の困難さに耐えて進まなければいけないのがスパイなのだから。

この仕事を十年近く続けてなおリタイヤすることのないセルメト。

彼女の心の強さに敬服するしかなかった。

そんな旧知の彼女を呼んだのは、謎の赤マントについての情報を彼女が得ていないか尋ねるため。

何しろ情報収集を専業としている彼女らだ。

異変をキャッチしている可能性は極めて高い。

でもまあ、いきなり本題に入るのも色気がないのでまずは当たり障りのない話題から始めていこう。

「最近はどうしている? 密偵の仕事は順調か?」

「ダリエル様……、何故そのようなことをお尋ねになります?」

え?

当たり障りのある話題だった?

俺が魔王軍をクビになっていること彼女に伝わっていないわけがない。何せ情報が専門のセクターだし。

もはや部外者となった俺になんで魔王軍の機密情報を提供できるかって話なのか?

「いやゴメン、元仲間だからって馴れ馴れしく頼りすぎたな……!?」

「そんなことではありません! 我らの主は今でもダリエル様お一人! ダリエル様の望まれる情報なら何でも手に入れてみせましょう! ですが……!」

ですが?

「今の私たちにその力はありません! 我ら諜報機関は魔王軍の決定で解体されてしまいました!」