軽量なろうリーダー

サブクエ村の案内役ですが、勇者不在で伝説の剣を抜いちゃいました!?

作者: 汐乃 渚

本文

「な、ナンテコッターーー!!!」

気づけば、思わず叫んでいた。

『村の付近に魔物が現れた』――視線の先では、村長が狼狽えながら他の村人たちに警告して回っている。

ここアレス村は、国の端っこあたりに位置した緑豊かな農村である。

魔王が封印されてから、およそ百年。

魔物が再び暴れ始めたと、しばらく前から噂になっていたけれど……まさかこの村にまで現れてしまうなんて!

私――エルナは、自分でいうのもなんだけど少し特殊な人間である。

普通の村娘ながら、生まれ持った使命というものがあるのだ。

これは転生というものとは違うらしい。よくわからないけど。

そういったよくわからないものを含め、数年前のある日、私の頭に不思議な知識が流れ込んできた。

それによると、これは『ゲームの世界』で『私たちは勇者の為に存在している』……らしい。

もちろん、私は生きた人間だ。 ゲーム(・・・) というのが何かも知らない。

けれど『勇者』という単語は誰もが知っている。魔王を倒し、この世界を平和に導く救世主。

私の役目は今世の勇者が現れた際、この村にある古い遺跡に眠る伝説の剣についての伝承を話すことだ。

おおよその場所や注意点を伝え、勇者が伝説の剣を手に入れた際には笑顔でお祝いする――それが私の使命。

そのことを知ったとき、私の村を見る目も少し変わってしまった。

村長に尋ねれば、詳しくは話せないが村長にも同じような使命があるのだと聞かされた。

私以外にも同様に使命のある村人がいることを、そのとき知った。

大半は何も知らない村人たちだが、その人たちと私たちで何が違うのかはわからない。

ただ……この村の中では、私の使命が一番重要らしいというのは雰囲気から察した。

課された使命は大切なことではあるけれど、難しいことではない。

これは使命を持つ人全員に共通していることだけど……つまり勇者に話しかけられたら、それに応じるだけなのだから。

この村は『サブクエスト』、通称サブクエというものに関連する場所らしく、ずっと勇者が現れない場合もあるようだった。

だから私は使命を果たすときを待ちつつ、変わらず村での日常を謳歌していたのだった。

問題は、今のこの状況。

勇者が現れないまま、村の近くまで魔物がやってきているのだ。

私たちでは、到底対抗できない。

もし魔物の発見が本当なら、みんな村を捨てて逃げるしかないだろう。

私はそこに、自分の持つ不思議な知識との乖離を実感する。

このアレス村は、平和な村だ。それは魔物が現れても変わらない。

街との行き来は多少危険も伴うだろうが、村は勇者が現れる前も後も、聖なる力に守られている……はず。

そういう場所なのだ。――それなのに。

「なんてこった……」

私は、今度は力なくもう一度同じ言葉を呟いた。

勇者は現れず、村はパニック状態。

こんなとき、いったいどうしたらいいのだろう……。

「…… あの剣(・・・) 」

脳裏に、岩に刺さった剣が浮かぶ。

そこに射すのは、一筋の光。

村の奥には、試練の洞窟がある。

勇者とその仲間でなければ、入ることすら許されない禁域。

試練をくぐり抜けた勇者が、かつての勇者が遺した伝説の剣を手に入れるのだ。

――けれど、今ここに勇者はいない。

「でも、私なら……?」

私は 案内役(・・・) 。

試練を終えた勇者へ、真っ先にお祝いを言う。

そのためだけに、洞窟の裏にある出口の場所を知っている。

あの出口が――もし外側からも通じているのなら?

気づけば、私は走り出していた。

勇者の為の知識を私的利用することに、戸惑いはある。

だけど、今は悩んでいる場合じゃない。

こちらも生活が懸かっているのだ。

何もせず悔やむくらいなら、試してみようじゃない。

私は細い獣道をひた走る。

初めての道なのに、足は真っ直ぐ望んだ場所へ向かっていく。

私は試練の洞窟へ向かう途中にある何の変哲もない茂みに、ためらいなく飛び込んだ。

試練を終えた後の勇者が使うため、出口への道は一見してはわからないよう巧妙に隠されている。

この村からのルートは、私しか知らない。

だから私にしか行くことのできない、文字通りの 裏道(・・) なのだ。

「っ、あった……!」

岩肌の切れ間から、暗く細い道が覗く。

森の木漏れ日はほとんど届いておらず、ほんの少し先までがようやく見える程度。

そこから先は、漆黒の闇で塗りつぶされている。

何も持ってきていないから、当然松明のようなものはない。

けれど……知っている通りなら、これは一本道。

そして目的の場所には天井の割れ目から光が射し込んでいるので、見つけられないということはない……はず。

「行くわよ……!」

怖がっている場合じゃない。

軽く息を整えると、私は暗がりへ一歩足を踏み出した。

中は人が一人通れる程度の幅で、天井も低い。

出口へ向かって吹く風が、微かな振動を伴い低く唸るような音を立てる。

暗闇の中では、時間の感覚もあいまいになる。

じっとりとした汗の不快感や、ぐわんぐわんと頭の中に鳴り響く警鐘のような何かを意識しないように、私はただ壁を伝い足を前に動かすことだけに集中した。

ようやく狭い穴を抜け出し、広い空間へと身体を躍らせる。

私は、そこで大きく息を呑んだ。

――脳裏に浮かんでいた景色が、そこにあった。

洞窟の中でぽっかりと空いた、不思議な空間。

高い天井の裂け目から射した光が、岩肌に深く突き刺さった刀身を煌めかせている。

「あっ……」

ふらふらと近づき握ったその剣は、スポーンという気持ちいい音が聞こえてきそうなほどあっさりと引き抜けた。

重さは感じられない。

手首を回すと、剣先はひらりと上を向いた。

「これが、伝説の……『アレスの剣』」

村の名前は、この剣を遺した勇者の名を冠してつけられたものだ。

そしてこの剣も、元は別の銘があったのだろうが……今はただ、かつての勇者アレスの剣として、ここに存在している。

光を反射する刀身に、私の顔が映る。

「なんてこった……!」

――伝説の剣を、抜いてしまった。

私……勇者でも何でもない、ごく普通の村娘なのに!!

一瞬だけ現実が頭を過ったけれど、村の付近に現れたという魔物のことを思い出して身を翻す。

「村を……守らなくちゃ!!」

***

「エルナ、村を……私たちを救ってくれて、本当にありがとう」

「村長、私っ……使命に背いて、剣を――」

「いいんじゃ。お前が戦ってくれなければ、村を棄てなければならなかった」

「そうだぞエルナ。俺たちを助けてくれて、ありがとうな!」

「エルナちゃん……! 怪我はしてないわね?」

「エルナおねーちゃん、カッコよかったぁ!!」

「みんな……」

私は村の人たちに囲まれ、口々に感謝されていた。

伝説の剣の威力は絶大だった。

村の周囲に現れた魔物は、私の振るった剣によって退治された。

退治といっても、殺生をしたわけではない。

魔王城より発せられた魔素によって意識が混濁し狂暴化した魔物は、一定の衝撃を与えられることで魔素が祓われ正気へ戻る。

正気に戻った魔物は、もと居た生息域へと帰っていくのだ。

それができるのが、勇者やその仲間という選ばれし存在なのだけど……。

このアレスの剣には、まだかつての勇者の力の残滓のようなものが残っていたのかもしれない。

そうでなければ、ただの村娘に過ぎない私に魔物退治ができたことへ説明がつかない。

とはいえ――

「……村長。この村から脅威は去ったとはいえ、他にも同じようなことになっているところがあるかもしれない。私、それを確認してこようと思うの。生まれ育った故郷を捨てなくちゃいけないなんて、辛すぎるから」

「よく言った、エルナよ。お前は両親を早くに亡くしたというのに、真っ直ぐ育ってくれたんじゃのう……。こんな小さな村では大したものは用意してやれんが、旅支度を整えよう。餞別に持っていくといい」

「それじゃあ、お弁当を作ってやらなきゃね。エルナの好物をたんと詰めてさ」

「干し肉も、いい具合のがあったはずだ」

「僕たち、木の実を拾ってくるよー」

「村長、みんな……ありがとう。私、行ってくるね!」

簡単に旅装を整えると、私は村人たちからの声援を背に村を後にした。

全ては杞憂で、剣の力を使わずに済むことを願いながら――。

***

「――あの、この装備……本当に私が貰ってしまってもいいんでしょうか?」

「もちろんですよ。伝説の勇者の剣を携えた貴女が、伝説の勇者の装備を身に着ける。そこになんの問題がありましょう」

「でも私、勇者じゃ……」

「現れもしない勇者が、それを使うことはないのですから。有効活用ってヤツですよ」

「えぇぇ……いいのかなぁ?」

「ほら、よくお似合いじゃないですか」

とある村で、私はこんなやりとりを繰り広げていた。

ニコニコと笑っているのは、この村で暮らす青年カイン。

彼も私と似たような境遇だった。

かつて勇者が遺した伝説の装備へ、新しい勇者を導く使命を持っていたという。

近隣に現れていた魔物を退治して村に足を踏み入れた私が、門の近くにいた彼に勇者と間違われてしまったのは無理もない。

きちんと順を追って説明したはずなのに、結局こうして案内されてしまった。

カインに「勇者でなくとも構いません」とニッコリされて、その笑顔の圧に逆らえなかったのだ。

……正直、使命を済ませてしまいたいという気持ちもわかるわけで。

道中?

本当は勇者が謎を解いたり、身体能力を試されたりするのだろうけど……。

「多分剣の力で通れますよ」って言われて試しにブンッと剣を振ったら、なんか道ができちゃった。

伝説の剣すごい。力こそパワー。

……なんで持ち主が私なんだ。

色々と複雑な気持ちが湧いてくるけど、勇者でない人間が裏道を使うとなれば、こうするしかないんだろう。

「ワァ、ピッタリダー」

ここで手に入れた装備は、軽装鎧一式。

魔法がかかっているのか、あつらえたように私の身体に馴染んだ。

大きかったり重すぎたら置いていこうと思ったのに……!

ありがたい気持ちはあるけど、なんとなく外堀が埋まっていく感覚があって、手放しに喜べない。

「え……? カインも来るの?」

「役目は終えましたし、村の外に出てみたいんですよ。それに剣や鎧は魔物には有効でしょうが、エルナ自身はか弱い女性じゃないですか。ならず者を相手にするなら、俺もいた方がいいと思いますよ」

「あ、うぅ……で、でも、危ないですよ?」

「俺、細く見えるみたいでよく外見で舐められるんですけど、これでも喧嘩は強いんです。野盗も何度か撃退してますし」

「わぁ、お強いことで……。でもっ、そんな優秀な人材を連れていくのは心苦しいです!」

「そうおっしゃらず。若い衆は他にもいますし、さっきうちの村長も『しっかりお役に立つように』って言ってましたから」

「なっ……!? それ完璧に私が勇者だって思われてるじゃないですか!!」

「いえいえ、エルナが勇者ではないことは俺たちもちゃんとわかってるんです。それでも、村を救ってくれたのは貴女だ。エルナの力になりたいんです、お願いします」

な、なんてこった……!

ここまで言われてしまっては、断る理由が見つからない……。

カインはニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべている。

農作業一筋の純朴な村の青年といった風貌をしているのに、これで案外押しが強くて好戦的そうなのが不思議だ。

なんだか退路を塞がれていっているような、背中がぞわぞわする感じがする。

これでいよいよ本格的に後戻りできなくなった、そんな予感がするのだ。

もちろん、今更「やっぱりやーめた」と剣や鎧を戻すつもりはない。

それくらいの責任感はある。

だけど、大ごとになってきてる……よね? やっぱり……。

カインの村の人たちからは、剣を収める鞘まで用意してもらってしまった。

これまで使うとき以外は布でぐるぐる巻きにして背負ってたんだけど、随分使いやすくなった。

――どうしよう、見た目がすっごく勇者っぽい。

軽装鎧に長剣を背負った姿は、とてもただの村娘には見えない。

全体的に派手さはなく、むしろ使い古された雰囲気が漂う。

ただ……それがなんというか、猛者っぽさを醸し出してしまっている。

そりゃあ伝説装備なんだから、当然といえば当然なんだけど……!

「さぁエルナ、行きましょう」

「う、うん……」

準備を終えたカインは、麦わら帽子に農作業用のフォークを担いだ出で立ちである。

そのまま畑に直行しそうな恰好だけど、革の胸当てをしていることで辛うじて旅装と呼べなくもない……のかな?

格好からではやる気があるのかないのか、イマイチわからない。

けれどフォークの先端はしっかり尖っているし、重量もありそうに見える。もしあれで刺されたりぶん殴られたりしたら、とんでもないことになるだろう。

……身を守るためとはいえ、あんまり想像したくない光景だなぁ。

こうして、全く意図していなかった二人旅が始まったのだった。

***

「よくぞ参った、エルナにカインよ! 其方らの働きは王都まで伝わってきておるぞ! ここまで、長旅ご苦労だったな!!」

「おっ、王様……!? 本物……!?」

「王宮に招待されたんですから、そりゃあ王様も出てきますよ」

「そうかなァ!? なんか待遇がオカシクないかなァ???」

私とカインは、順調に魔物を退治していった。

たまに「金目の物を置いていけェ~」という輩は現れたものの、カインは自分で言っていた通り案外強いようで、心配していたフォークの出番は今のところ流血に至るほどではなかった。

是非ともこのままでお願いしたいものだ。

――問題は、今。

順調に旅を進めていたのだけど、王都に入ったのは間違いだったのかもしれない。

田舎のお上りさん二人組なものだから、都会というものを一目見たかったのだ。

それなのに……門番に案内されるまま進んで、なんか気が付いたら王宮だった。

玉座に座った王様の姿は、謎の脳内知識そのままである。

なんで!? なんでなんでよォ~~~!!!

ちょっと観光して、買い食いってやつをしてみたかっただけなのに……!!

「はっはっは! 何をブツブツと喋っておる。其方らの魔物退治の功績を称える場なのだ、気にせず言いたいことを申してみよ」

「え、えぇっ!? 言いたいこと……?」

私たちに向けられている数多の視線が、一気に興味深いものになったのを感じる。

チラリとカインを見れば、「かましたれ!」みたいなサムズアップが返ってきた。

えぇぇぇ……?

いや……言いたいことは、もうこれしかないでしょ!!!

「あのっ……私は、ただの村娘ですっ!!!!」

ですっ……ですっ……すっ……っと、広い空間に私の声がこだました。

ギュッと目をつむって、「知っとるわ!!」というツッコミを待つ。

――だけど、なんで誰も何も言わないのかな~~?

カインに肩を軽く叩かれて恐る恐る目を開けると、王様はすごく困った顔をしていた。

困惑ではなく、どう説明したものか考えているようにも見える。

「エルナよ、其方の言いたいことはわかっておる。其方がただの村娘で、その身には余りある善意と勇気から、魔物退治をしてくれているだけであることもな……」

王様は、大きなため息を吐いた。

それだけで、嫌な予感がむくむくと湧いてくる。

「王都の外からはるばるやってきたとはいえ、いずれ知ること。伝えるのは心苦しいが……」

「お、王様……?」

いずれ知るなら、別に今じゃなくても……!! とは、流石に言えない雰囲気だ。

肩に置かれたカインの手にも力が入る。

「――勇者のことじゃ」

勇者と聞いて、心臓がドクリと跳ねる。

恐らく、私たち以外の王都の人々には周知の事実なのだろう。

そこかしこから、抑えきれないため息が漏れ聞こえてくる。

い、一体……?

「其方たちは、今世の勇者が現れないと思っておるのだろう。だからこそ、辺境の村で暮らす身でありながら、故郷を、人々を助けるために、本来勇者がすべき魔物退治に乗り出した……。だがな―― 勇者は既に居るのだ(・・・・・・・・・) 」

「え……?」

「勇者が……!?」

「あぁ、勇者は居る。それも、ここ王都に……な」

――勇者が、王都に居る?

「なっ、なん……!? では、何故勇者は!!」

「其方たちも知っておろう。勇者の行動は、自由意志に委ねられる」

「それはっ、そうかもしれませんが!」

いきり立つ私を、カインがそっと抑える。

たしかにどれほど待とうが、いつまでも勇者が現れないこともあるのは知っていた。

……私も、冷静にならなくちゃ。

「では勇者は、今――?」

ゴクリと唾を飲み込む。

緊張の一瞬が過ぎ――けれど聞こえてきたのは、全く予想外の内容だった。

「今世の勇者だがな……賭博場から出てこんのだ。既にとんでもない金子を稼いでおるが、それでも一向に外に出ようとせん。あれはもう勇者というより、立派なギャンブラーだな」

「なッ、なァんてこったーーーーー!!!!」

ずっと賭博場に籠ってる勇者って何!?

稼いでも……ってことは、もう生粋のヤツじゃない!?

「はじめのころは、それでも多少魔物退治をしていたのだが……ありゃ種銭集めだのう」

「あぁ……正気に戻った魔物、去り際申し訳なさそうにお金とかアイテム置いていくんですよね」

納得したようなカインの声が、遠くに聞こえる。

たったこれだけの情報で、勇者が全くの役立たずだろうことを理解してしまった。

私の手にしている伝説の剣や伝説の装備をそのまま渡したところで、本来の役目に戻ってはくれないだろう。

「なんてこった……!」

私は今度こそ膝から崩れ落ちて、頭を抱えた。

結局そのままカインと冒険を続けるうちに魔王城に辿り着き、魔王とは苦労話を共有する仲になったり、勇者とのギャンブル勝負に勝って舎弟にするのは――まだ当分、先の話。