軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不可避の一撃

闘いは、シドが吹き飛ばされて始まった。

彼は凄まじい勢いで石壁に激突し血を吐く。

崩れ落ちそうになるシドを、オリヴィエは許さない。聖剣を横薙ぎに、シドの首を狙う。

首が落ちた――そう錯覚するほど瞬時の攻防だった。

オリヴィエの横薙ぎを、シドは腰を落とし辛うじて避けていた。石壁に深い横一文字が刻まれる。

しかし、すぐに追撃が来ることを彼は知っていた。だから彼は一歩前に出て、間合いを潰す。

だがそんな彼の抵抗は無駄に終わる。

シドが一歩前に出るより、オリヴィエが半歩下がる方が遥かに速かったのだ。

中途半端に前に出た無防備な彼を、オリヴィエの剣撃が吹き飛ばす。

キィン、と甲高い音が響き、シドの剣が折れた。

防御は間に合ったようだが、安物の剣は半ばで折れ、彼の身体は石畳をバウンドし転がった。

もはや闘いとは呼べない。あまりにも一方的だった。

しかし、これは当然のことなのだ。

技術うんぬんの話ではない。力、速さ、体力、単純な能力の次元が根本から違う。

大人と赤子では闘いが成立しないように、魔力を使えない少年と、魔力を使える英雄とが戦えば、こうなることは分かり切っていた。

最初の一撃で決着がつかなかったことが奇跡なのだ。

「オリヴィエ、そんな小僧に手こずるな」

舌打ちし、不愉快そうにネルソンが言う。

オリヴィエが動きを止めている間に、シドが起き上がった。彼は鼻血で顔を染め、チッと赤い唾を吐く。

そして半分になった剣を眺め、確かめるように振った。まるで、その剣をまだ使う機会があるかのように。

「何をしている」

「ん?」

ネルソンの問いに、シドが首を傾げた。

「その折れた剣で、何かできるとでも思っているのか?」

「どうだろ。でも、できることは減ったね」

「その顔は何だ」

「ん?」

「どうして貴様は笑っている」

問われて、シドは自分の頬に触れた。確かに彼は笑っていたのだ。

「立場を弁えない人間ほど不愉快なものはないな。貴様が生きているのは、ただ運が良かっただけだ」

ネルソンが手を払うと、オリヴィエが動いた。

彼女はいとも簡単にシドの背後をとり、聖剣を振り下ろす。

反撃も、防御も、回避も、全てが間に合わない。

彼にできたのは、ただ身体を前方へ倒すことだけ。

そして、シドの背中から血飛沫が舞った。

皮が裂け、肉も斬れたが、致命傷だけは回避する。そうやって生き永らえることしかできなかったのだ。

無防備な彼を、さらにオリヴィエが攻める。

それは反撃など許さない無慈悲な攻めだった。

血飛沫が舞い続け、シドの身体に浅くない傷跡が刻まれていく。

しかし、彼はまだ生きていた。

「なぜだ」

ネルソンが問う。 その声には驚きが含まれていた。

「なぜ貴様はまだ生きている」

シドは追撃がないことを確かめて、血濡れの身体を起こした。

「対話のない戦いは、単調だ。だから僕はまだ、生きている」

「何を言っている?」

「彼女には心がないんだ。僕の問いに、彼女は答えてくれない」

彼は少し残念そうに笑った。その口は赤く血に染まっていた。

「もういい、殺せ」

ネルソンの目は、気味が悪い物でも見るようだった。

オリヴィエが動き出す、その寸前で闘いに割り込む影があった。

「やめて」

漆黒の髪に、紫の瞳をした美女。アウロラがシドの肩を抱いて支えていた。

「どうしたの?」

「もうやめましょう」

アウロラは諭すように言った。

こうなることは最初から分かっていたのだ。アウロラはオリヴィエの姿を一目見た瞬間、彼女の強さを理解した。

アウロラの記憶は完全ではない。彼女の記憶は、彼女の人生の途中までしか無かった。その記憶の中にオリヴィエの姿はないが、しかしなぜか危険だとわかった。記憶にないのに、まるで知っているかのように心が怯えた。

だから、必死で止めようとした。

だが彼女の予想に反して、シドは闘い抗った。

もしかしたら、彼なら……。そんな淡い期待もあって止めるのが遅れた。

でも、もう十分だ。

ずっと蔑まれてきた彼女の人生で、彼女のために命を懸けてくれた人はいなかった。忘れられない思い出ができたから、もう十分だ。

「あなたが死ぬ必要はないわ。後は私が何とかするから」

「魔力が使えない魔女に何ができる」

ネルソンが嗤った。

「彼を逃がすことぐらいできる」

アウロラはシドを庇うように前に出る。

「魔女が人を庇うか。これほど可笑しい話もない。だが……もし貴様が協力するなら小僧の命は助けてやろう」

「協力?」

「ああ、協力だ。貴様が拒み続けたせいで、我々は大きく遅れた」

「何を言っているの」

「ふん、所詮は不完全な記憶か。貴様はただ協力すると誓えばいいのだ。手間をかけさせると、その小僧を殺すぞ?」

アウロラは一瞬振り返ってシドの顔を見た。

「わかったわ……」

「あの、勝手に話を進めないでほしいな」

緊張感のない声で、シドは二人の会話に割り込んだ。アウロラが振り返り、彼を睨む。

「ちょっと、あなたのために……」

「必要ない」

そのままシドはアウロラの前に立つ。

「さっきから聞いていたけど、まるで僕が負けるかのように話をしないでほしい。とても不愉快だ」

「つくづく、憐れな小僧だ。状況をまるで理解できんとは。素直に従っていれば、貴様を見逃してやろうというのに」

「だから、必要ない」

シドは振り返ってアウロラを見た。

「君はそこで見てればいい」

「もういい、殺せ」

「待ってッ!!」

アウロラの手は届かなかった。

シドは踏み込み、オリヴィエと衝突する。

オリヴィエは愚直に前に出る彼を、その聖剣で迎撃する。

彼女の選択は突きだった。

その最速の一撃は、空気を切り裂き、そのまま彼の腹部に突き刺さった。

ただ無情に、貫通する。

「捕まえた」

彼は、貫かれたまま血濡れの顔で嗤った。

彼はオリヴィエの腕を掴み全力で引き寄せる。筋肉が隆起し限界を超えて悲鳴を上げる。

一瞬だけ、オリヴィエの動きが止まった。

その距離は、半分に折れた剣の間合い。

首の動脈を狙ったシドの剣を、オリヴィエは上体を反らして避ける。

オリヴィエの重心が崩れた。

シドは剣を捨てオリヴィエに抱き着き、そのまま押し倒す。

そして、頸動脈に喰らい付いた。

彼女の細首に歯を突き刺し、その動脈を噛み切る。

強く抱きしめて、暴れる腕を押さえつけ、咀嚼する。その歯が細首を噛む度、オリヴィエの身体が痙攣した。

そしてついに、オリヴィエが粉々に砕けた。鏡が割れるかのように砕け、そのまま消えていった。

後には血濡れのシドが残った。

「そ、そんな、オリヴィエが……。貴様は何なんだッ! なぜ腹を貫かれて生きているのだ!」

ネルソンの問いは当然のものだった。腹を貫かれたシドの傷はどう見ても致命傷だ。

生きていることが不思議なのに、その傷でオリヴィエを倒すなど人に成せることではない。

「人間は簡単に死ぬ。後頭部を軽くぶつけただけで死んでしまうことは珍しくない。僕だってそうさ。コツンと、頭を殴られればそれで終わりかもしれない」

彼は立ち上がり、自分の身体を確かめるかのように傷を撫でた。

「でも、急所さえ守っていれば人間は頑丈なんだよ。腹を貫かれても、動脈と大事な臓器さえ守っていれば死なない。それって、とても素敵なことだと思わない?」

「素敵なこと……?」

「そうさ。攻撃を避けて反撃する、その手間がなくなる。顔を殴られながら、相手の顔面を殴れるんだ。腹を貫かれながら、相手の首を噛み切れるんだ。攻撃と防御が一つになって、反撃のテンポが極限まで早まる。不可避に近い反撃ができるんだ」

「頭が……おかしいんじゃないか?」

「無事なのね……?」

心配そうなアウロラに、シドは頷いて応えた。

「それで、エルフさんは消えたけど、次の相手はおっさんでいいのかな?」

ぐっ、とネルソンは狼狽えた。

「わ、分かった。オリヴィエがやられるとは思わなかった! 君はとても強いようだ、私が悪かった、謝る!!」

ネルソンは頭を下げて、そしてクツクツと嗤った。

「……とでも言うと思ったか? 確かに、魔力を使えない小僧がオリヴィエを倒したことには驚いた。大した小僧だよ、運がよかっただけだろうがね。それでも勝ちは勝ちだ。おめでとう」

ネルソンは頭を上げて、パチパチと手を叩く。

「だが、質の悪いコピーを1体倒した程度でいい気になるなよ。聖域には計り知れない魔力が眠っている。だからこういうことも、可能だ」

そしてネルソンが腕を振ると、辺り一面に光が溢れた。

光が収まるとそこに、オリヴィエがいた。

1人ではない。

遺跡を埋め尽くすかのように、数え切れないほど多くのオリヴィエが現れた。

「嘘……そんな……」

アウロラが慄く。

シドは致命傷こそ負っていないが、それでも重傷だ。もう闘える身体ではないはずだ。

「これが聖域の力だッ!!」

無数のオリヴィエがシドに殺到する。

シドは薄く笑った。

「驚いたよ。でも……時間切れだ」

全方位から迫るオリヴィエを、彼は……薙ぎ払った。

「なッ!?」

彼の手には、いつの間にか漆黒の刀が握られていた。

「その刀はどこから……いや、まさか魔力を使えるのか!?」

シドの身体には青紫の魔力が漲っていた。

極めて高濃度の、可視化された魔力。想像を絶するほど研ぎ澄まされた魔力は、ただ美しく輝いた。

「練った魔力が吸い取られるなら、吸い取られないほど強固に練ればいい。少し時間はかかったけど、簡単な話さ」

簡単なわけがない。それは魔女と呼ばれたアウロラにも不可能な芸当だった。

「そ、そんな……あり得ない!! そんなことができるものかッ!! は、早くこいつを殺せ!!」

恐怖に引きつった顔で、ネルソンが叫ぶ。

再び、無数のオリヴィエがシドに向かう。

しかしシドは漆黒の刀を長く伸ばし、群がるオリヴィエを一掃する。

「嘘だッ!? オリヴィエが、あのオリヴィエが!!」

「言ったろ、時間切れだって」

次から次へ、オリヴィエがシドに向かう。

彼女らは漆黒の横薙ぎで弾き飛ばされるが、それでも消える者はほとんどいない。聖剣で防ぎ、何度もシドに向かう。

「さすがに強いね、きりがない」

オリヴィエが群がり、シドが追い払う。その動きが瞬く間に繰り返される。

その度にシドの傷口から血が滴り、彼の顔が苦痛に歪む。

この均衡もそう長くは続かない。誰もがそれを理解した。

「ははっ、そうだ、その調子だ!!」

ネルソンが追いつめられた顔で笑う。

アウロラは窮地の彼を見ながら、涙を浮かべた。

もしかしたら……彼なら自分を救ってくれると、淡い希望を抱いていた。

でも、それ以上に……。

「お願い無事でいて……」

アウロラは彼の無事を願った。

その瞬間。

「ねぇ、聖剣を抜いて、鎖を斬って、核を破壊するんだっけ」

絶望的な闘いの最中、彼がアウロラに声をかけた。

「ぇ? ええ……」

アウロラは戸惑いながら答える。

「面倒な手順踏まなくても、全部吹き飛ばせば問題ないよね」

「問題ないけれど……あなたまさか、嘘よね?」

シドは笑い、全方位に刀を薙いだ。

オリヴィエが一斉に弾かれ、そこに間ができた。

シドは逆手に刀を持ち、それを真上に振りかぶる。

青紫の魔力が螺旋を描き、漆黒の刀身に集約していく。

「アイ・アム……」

「な、何だその魔力は!? や、やめ、やめろおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

オリヴィエが疾走する。

先頭の一人が、聖剣で突く。

渾身の一撃が、無防備な彼の胸に届く。

彼女は正確に、心臓の位置を貫いた。血に染まった剣先が彼の背中から出る。

アウロラが悲鳴を上げ、手を伸ばす。

しかし。

「……オールレンジアトミック」

彼は胸を貫かれたまま刀を振り下ろし、大地を突き刺した。

青紫の魔力が、一瞬で世界を染めた。

オリヴィエは掻き消え、ネルソンは蒸発し、聖剣は溶解する。

青紫の魔力は、周囲一帯全てを飲み込んだ。

彼の放った一撃は、短距離全方位殲滅型奥義『アイ・アム・オールレンジアトミック』

その日、聖域は消滅した。