軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イプシロンの華麗なる変装

「敵襲だと……ッ」

ドエムは広い天幕の中でランプを灯した。

「敵は少数! 闇に紛れて侵入したと思われます!」

ドエムの側近が報告する。

この陣は教団のメンバーで固めたドエム派の中枢である。

迷いなくここを襲撃することができるとしたら、それは……。

「シャドウガーデンか……ッ」

ドエムの顔が歪んだ。

国王派の人間にこの陣を襲撃できるとは思えない。

だがシャドウガーデンの情報力があれば、ドエムの居場所と教団の動きを知られている可能性がある。

「くそッ……いったいどれだけ情報が洩れている!」

「じ、情報が流出しているとは思えません! 対策は完璧なはずです、今回は偶然で……」

「黙れッ!! どれだけ偶然が続いていると思っている! ラギッタが殺されたのを忘れたか! これまで何度、奴らのせいで計画が台無しになったッ!!」

「ヒッ……ぉ、お許しを!」

側近は声を震わせた。

「奴らを侮るな。ラギッタが殺られたせいで面倒なことになった。ここが襲撃されたということは、全ての情報を知られていると思った方がいい」

「そ、そんなまさか。我々の計画をどうやって知るというのです」

「知らないはずの情報を知っている。それがシャドウガーデンという組織だ……」

ドエムはそう言って、広い天幕の中心に置かれた棺に手を伸ばす。

飾り気はないが、過剰なほど堅牢な棺だ。棺には太い鎖が何重にも巻かれ、棺の中心に小さな穴が開いている。

鍵穴のようで、鍵穴ではない。

それは、正真正銘、ただの小さな穴だった。

「これも、知られているはずだ。英雄の事も、素体の事も、そして秘薬の事も……ッ」

「あ、あり得ません! 英雄の素体のことは絶対に――ッ」

その瞬間、一陣の風が天幕を通り抜けた。

「なるほど、そういうことだったのね……」

美しい声が響くと同時に、側近の身体が両断されて血飛沫が舞う。

「き、貴様は……ッ」

ドエムが美しい声の主を睨んだ。

「お久しぶりね、ドエム。城ではお世話になったわ」

そこにいたのは、透き通った泉のような髪の美女イプシロンだった。

「イプシロン……あの怪我で生きていたか……ッ」

「お陰様でね。男たちに追い掛け回されて大変だったのよ。美人の宿命ね」

「しかし、痩せたな。七陰といえども、厳しい状況だったということだ」

「変装しているだけよ」

「変装?」

「そう、変装しているの」

「ふむ……」

確かに、ただ痩せたにしてはボリュームが減りすぎている。

本当に変装なのか、それとも七陰の限界を悟られないためのブラフか。

微妙な緊張感が、二人の間に漂う。

「手当てしなくていいの?」

イプシロンがドエムを見据えて言う。

ドエムの右肩には、いつの間にか切り傷ができていた。イプシロンは側近を始末すると同時に、ドエムにも斬撃を放っていたのだ。

「問題ない、かすり傷だ」

「咄嗟に避けたのは大したものね。でも、ここにモードレッドはいない。私の体調も万全、あなたが勝てる見込みは万に一つも無いわ」

「なるほど……どこまで知っている?」

「おおよそのことは」

二人は会話を続ける。

ドエムは時間を稼ぐため、イプシロンは情報を引き出すために。

「教団が特定の悪魔憑きに執着している理由。ようやくわかったわ」

「言ってみろ。答え合わせをしてやろう」

「遥か昔、魔人ディアボロスを倒した三人の英雄の一人、フレイヤ。どういうわけか、彼女の遺体を教団は手に入れた」

「やはりそれがラギッタの城を落とした理由か……」

「教団はディアボロス細胞に適合したフレイヤの遺体を研究し、新たな英雄を生み出そうとした。そのために、死んだ英雄に変わる新たな肉体が必要だった教団は、英雄フレイヤの血を色濃く受け継いでいると思われる三人の候補を捜し出した」

「ああ、そうだ。我々が求める素体は、貴様らも知っての通り。ローズ・オリアナ。アレクシア・ミドガル。そして……クレア・カゲノー。全て、貴様らの保護下にあるッ」

ドエムは唇を歪めて、イプシロンを睨んだ。

「いったい、どれほど我々の邪魔をすれば気が済むッ! 我々ですら確証を得ていない段階で、なぜ貴様らは先に正解へ辿り着くッ!! 答えろッ!!」

ドエムの剣幕に、イプシロンは視線を逸らし遠くを見た。

それはまるで、その先にいる誰かを見つめているかのように。

「全ての真実は、シャドウ様が進む先にある」

「シャドウ……あの男かッ。あの男のせいで……ッ」

ドエムの脳裏に甦るのは、武神祭で見せたシャドウの剣筋。研ぎ澄まされた芸術のようなそれは、ドエムの記憶に深く刻まれていた。

「さて、おしゃべりの時間は終わりにしましょうか」

「そう急ぐな。もう一つ、いいことを教えてやろう。素体の候補が三人なのは事実だ。だが、それには及ばなくとも、ちょうど再利用できそうな素体を回収していてな……」

ドエムの傍らにある棺。その棺に開いた小さな穴に、ドエムは赤い液体を流し終えていた。

封じられた棺から魔力が溢れ出す。

「さぁ、目を覚ませ。父を殺した仇を討ちたいだろう――ミリア」

「……え」

そして、棺が砕けた。