軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

血の女王

腕の中のクレアが突然立ち上がる。ミリアはそのヴァイオレットの瞳を見て、息を呑んだ。

「クレア、あなた瞳の色が……」

変化は瞳の色だけでなかった。クレアの雰囲気がどこか大人びて、魔力の質も違っているように見えた。

そして、何よりの違いは……彼女の傷口が塞がっていることだ。

お腹の大きな傷は血で染まっているが、その血が蠢き一つの大きな血の塊となって宙に浮かぶ。

それは『血の女王』のものと同じだった。

「さて、どの程度まで耐えられるかしらね……」

クレアが呟く。その声は静かで落ち着き、喋り方までまるで別人のようだった。

「あなた本当にクレアなの……?」

ミリアがそう問いかけた瞬間、『血の女王』の血塊が弾けた。

それは飛沫を鏃に変え、回避不能な絶望的なまでの密度と速度で迫る。

誰一人動けずに、その絶望を見ていることしかできない。

そう……彼女以外は。

「残念。オリジナルは私……」

クレアはそう呟き、自分の血塊を弾いた。

その血塊は小さな小さな血の粒となって飛散する。それはまるで血の霧だった。

飛来する血の鏃に、血の霧が付着する。

「え?」

声を漏らしたのはミリアだけだった。しかし、その場にいた誰もが目を疑った。

血の鏃が突然勢いを無くし、ポタポタと地に落ちたのだ。

「身体から離れた血の制御を奪うのは難しいことじゃない。完全に奪うことはできなかったようだけど……」

妖艶に微笑むクレアの視線の先には、血の鏃が数本刺さった『血の女王』の姿があった。

クレアは血の霧で鏃の制御を奪い、それを反転したのだ。だが、そこまでできたのはほんの数本だけ。他は地に落とすことしかできなかった。

しかしその力は人の範疇を越えていた。

まるで『血の女王』が2人いるかのような戦いに誰もが言葉を失う。

「飛び道具で私は倒せない。つまりあなたが取るべき手段は一つしかないの」

クレアは唇に付着した血を舐める。唇が鮮やかな血の紅で染まる。

『血の女王』が動いた。

彼女は血の鏃で受けた傷を瞬時に治し、血のドレスを変形させる。

血のドレスから、血の触手が生えた。

それは瞬く間に数を増やしていく。

「そう、それが正解……」

クレアは呟いて、その身体から血の触手を生やす。それは『血の女王』と同じだった。

赤き触手が、互いに威嚇しあうかのように広がっていく。

そして、一斉に戦いが始まった。

槍の穂先のように鋭い先端が、敵を目指し突き進む。

ある触手は床下から、ある触手は天井から、空間を埋め尽くすほどの赤き触手の群れが四方から両者に迫る。

触手同士が潰し合い、目標に辿り着けるのはほんの僅かだ。

迫り来る血の触手を見て、クレアは赤き大鎌を構え、『血の女王』は赤き爪を伸ばす。

そして、互いに一太刀で切り裂いた。

触手が舞い踊り、潰し合い、切り裂かれ、鮮やかな紅に空間が染まる。天井に空いた穴から赤き月の光が差し込み、美しい二人の女性を照らす。

それは、目で追いきれないほどの速度で繰り広げられる、人外の戦い。

美しく苛烈なその戦いに、誰もが見入っていた。

「凄い……」

「なんて戦いでありんしょう……」

二人の力は互角だろうか。

はた目には優劣の判断すら付けられない。

ただ分かるのは、決定打はまだ一つも無いことだ。

赤き触手の乱舞はしばし続き、クレアがため息を吐いた。

「きりがないわね……。でも、もう十分かしら?」

そして彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「もう十分……血の霧を吸い込んだでしょう?」

次の瞬間、『血の女王』が跪いた。

彼女は血を吐き、目から血の涙を流す。『血の女王』の身体の穴という穴から血が噴き出していた。

「ゴホッ……」

『血の女王』が初めて苦しげに呻いた。

「吸い込んだら、ちゃんと制御を奪わなきゃダメよ」

跪いた『血の女王』にクレアの触手が殺到する。

『血の女王』の触手も抵抗するが、圧倒的な質量により潰されていった。

視界を埋め尽くすほどの触手が『血の女王』を覆い隠し――大量の血が飛び散った。

そして、後には赤い血だけが残った。

「全力には程遠いけれど、こんなところかしら」

大人びた態度と謎めいた微笑み、そして人を超越した戦闘力とヴァイオレットの瞳。

腕を組み佇むクレアは、ミリアの知っている少女とは全くの別人だった。

「クレア、あなたはいったい……?」

クレアはミリアをちらりと見て、少しだけ困ったように笑った。その微笑みにどこかクレアの面影を感じた。

しかし、次の瞬間ヴァイオレットの瞳に警戒の色が戻る。

辺りに濃厚な血の霧が立ち込める。それはやがて、人の形に集まっていく。

「来たわね……」

「嘘だろ……?」

「まさか、まだ生きているの……?」

驚愕の声が上がる中で、ミリアはどこか納得していた。彼女が知っているエリザベートなら、まだ終わるはずがない。

しかし、ミリアの瞳からは絶望の色が消えていた。

それは、彼女がいるから。

クレアのようで、クレアでない彼女なら、エリザベートに対抗できる。

彼女がいれば、千年前と同じ過ちは起きない。

そんな希望を抱いていた。

しかし、血の霧から無傷の『血の女王』が現れた時、クレアの身体が揺れた。

そのまま彼女は跪いた。

「やっぱり、この身体じゃ限界か……」

苦しそうに、口の端から血が零れる。人を超越した力にクレアの肉体が耐え切れなかったのだ。

跪くクレアと、それを見下ろす『血の女王』。さっきとは正反対の構図がそこにあった。

「おいおい、勘弁してくれ……」

「まずいわね……」

「そんな……」

ミリアの瞳が揺れた。

ここでクレアが倒れれば、エリザベートを止められるものはもういない。

千年前の惨劇が繰り返され、すべてが終わった後、彼女の主は再び絶望し涙する……。

もう二度と、あんな思いは嫌だった。

そしてもう二度と、大切な友達を失いたくはなかった。

「クレアッ!」

ミリアは跪くクレアに駆け寄った。

「私も戦える!」

彼女は剣を抜き『血の女王』と対峙する。

「あなた……」

「瞳の色が変わっても、クレアはクレアよね……?」

「……私は少し身体を借りているだけ。クレアはクレアのままよ」

「ならあなたは私の大切な友達よ」

千年前、ミリアは半ば諦めていた。エリザベートの力を知っていたからこそ、自分では止めることができないと悟っていた。

でも……もし諦めなければ、何かが変わったかもしれない。

クレアがエリザベートに立ち向かったように、ミリアにも何かが起こったかもしれない。

諦めなければ、奇跡が起こったかもしれないのだ。

だから、ミリアは剣を構えた。

何かが起こることを信じて。

そして、誰もが願った。

誰かが『血の女王』を止めてくれることを……。

「あなたが戦う必要はないわ……」

剣を構えるミリアを、クレアは手を伸ばし止めた。

「私の仕事は終わったもの。私は、彼が来るまでの時間を稼げばいい……」

クレアは美しい微笑みを浮かべた。

「彼……?」

「そう、彼が来たわ……」

そして――黒い影が舞い降りた。

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者……」

彼の姿を見て、クレアは安心したように気を失った。