軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼女の使命

瓦礫から姿を現した『血の女王』は、血のように赤いドレスを纏っていた。

いや、違う。

彼女が纏っているのは、ドレスのような血だ。

血をドレスのように操り、その裸身を隠しているのだ。彼女の肌の上で、血のドレスはまるで生きているかのように妖しく蠢いていた。

『血の女王』から溢れる凄まじい圧に、ベータは仮面の下で顔をしかめた。

「これが『血の女王』……」

正真正銘の化け物だ。

「ベータ様……」

664番が判断を仰ぐかのようにベータを見た。

ベータは首を横に振る。

逃げられるとは思えないし、そもそも主の姉を置いて逃げる選択はできない。

戦うしか道は無いのだ。

と、その時。

「これはこれは、とんでもない化け物ぇ……。わっちも混ぜてもらいんす」

九本の尾を持つ狐の獣人が現れた。彼女は白銀の髪を靡かせて二本の鉄扇を開く。

「あなたは、『妖狐』ユキメ……」

直に見るのは初めてだったが、無法都市の支配者のことはベータも知っている。

それは、互いに何かを確かめ合うかのように、ベータの視線とユキメの視線が交わった。

「協力感謝する」

それが、ベータの判断だった。

「では共闘といきんしょうか」

そして『血の女王』と対峙する。

そこに、乱入者が現れた。

「俺抜きで進めるんじゃねぇよ」

窓ガラスを割って褐色の巨漢が現れた。彼は巨大鉈を担ぎ『血の女王』を見て鼻を鳴らす。

「てめぇがここの親玉か。俺の街で好き勝手やってくれたじゃねぇか」

「あんたどっから出てきんしたの」

「どこから来ようが俺の自由だババァ。この女は俺が殺る」

「勝手にしなんし」

そして、褐色の巨漢は巨大鉈を構える。

彼のこともベータは知っていた。彼も無法都市の支配者の一人、『暴君』ジャガノート。

この瞬間、無法都市の三人の支配者が集結したのだ。いずれもこの無法都市を支配する実力者である。その中の二人が『血の女王』と敵対しているのだ。

ベータはこの幸運に感謝した。まだ勝機はある。

「おらぁッ!!」

先陣を切ったのはジャガノートだった。

彼は野性的な動きで間合いを詰めて、自慢の巨大鉈を振り下ろす。

『血の女王』は微動だにしなかった。

「何ッ!?」

巨大鉈が『血の女王』を切り裂いたが、驚愕の声を上げたのはジャガノートだった。

彼の巨大鉈は何の感触もなく、『血の女王』を通り抜けたのだ。

「霧化ッ!?」

高位のヴァンパイアのみが使える、身体を霧化させる能力だ。

しかし、『血の女王』のそれは一切の前兆が無かった。しかも『血の女王』は巨大鉈の軌道上だけを霧化させたのだ。

「めんどくせぇ!!」

ジャガノートがさらに巨大鉈を薙ぐ。

しかし、それも『血の女王』は微動だにせずに受け入れた。彼女の首が一瞬だけ歪み、そこを巨大鉈がただ通り過ぎていった。

そして『血の女王』は右手に血の塊を集めた。

凄まじい魔力がそこに集まる。

「あかん!」

「避けてッ!!」

ユキメとベータが叫び、全員が回避行動をとる。

『血の女王』はそれを宙に放ち、その直後に爆ぜた。

血の塊が爆ぜて、血の飛沫が飛び散る。それは瞬く間に飛沫から鏃のように形を変えて、その場にいた全員に襲い掛かった。

血の鏃は空間を赤く染め、回避不可能な密度だった。

「くぅッ!!」

ベータは早々に回避を諦めて、クレアの前に移動した。

スライムボディスーツで急所を強化しつつ、漆黒の刀で鏃を切り裂き自分の身体を盾にした。

彼女の頬に裂傷が走り、腕や太腿に鏃が突き刺さる。

そして、鏃の雨が止んだ。

クレアとミリアは軽い裂傷を負ったものの、鏃による負傷はほとんどない。

しかし、ベータの被害は大きかった。

「あ、あなた……」

ミリアはベータの姿を見て言葉に詰まった。

漆黒のボディスーツは無残に切り裂かれ、白い肌と赤い血肉が露出し、腕や足には数十本の鏃が突き刺さっていたのだ。

「問題ない。急所は守った」

ベータはしかし、平然と刀を構え直し辺りを見渡した。

だが、誰もがベータと同じように動けたわけではなかった。

664番は全身の裂傷と腹部からの出血が激しい。

665番は同じく全身の裂傷と脚をやられたようだ。

666番も裂傷が目立ったが、大きな傷は無いようだ。

ユキメも裂傷を負ったが大きな傷は無し。

そして近距離で血の鏃を受けたジャガノートは……。

「いってぇ……」

血だるまだった。

全身に鏃が突き刺さり、出血で褐色の肌を染めていた。

彼はそれでも二本の足で立ったまま巨大鉈を担ぐ。

巨大鉈には刃こぼれが目立った。どうやらその巨大な鉈で彼は急所を守ったようだ。

「くそが……なんだこの化け物は……」

しかし、すぐに片膝をつく。

「『赤き月』……思い出しんした。まさか『血の女王』は伝説の真祖の吸血鬼ッ……!」

ユキメは顔を驚愕に染めて『血の女王』を見据えた。

「なんだそいつは」

「遥か昔……たった三日でいくつもの国を壊滅させた伝説の吸血鬼どす」

「三日で国を……?」

ジャガノートも顔を顰めて『血の女王』を見上げた。

『血の女王』の伝説を疑う者は、この場にはもう誰もいなかった。

「664番、665番、下がりなさい」

ベータは戦闘不能に陥った二人を下がらせる。

「666番、あなたも」

「私はまだ戦えます!」

「あなたにはまだやるべきことがあるでしょう」

「……え?」

ベータは仮面の下で微笑み前に出た。

彼女はもう勝つことを諦めていた。

『血の女王』はベータでは相手にならない化物だった。どう足掻いても、たとえ全員で挑んでも、そこに勝機は無い。

だが、勝つ必要は無いのだ。

たとえベータが勝てなくても、主なら必ず勝ってくれる。彼女には主への絶対の信頼がある。

だからベータは主が来るまでの時間を稼げばいい。

それが、彼女に残された最後の使命だった。