軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

種族の差とこれからのこと。

始めにその異変に気が付いたのは調教師。セージが雇っていた魔物調教師だった。

彼はセージが雇った調教師の中でも、特にクラーケンの面倒を見ていた男。長年魔物に関わる仕事をしていたため、なのでクラーケンの希少性だけでなく、その強さも良く知っていた。

だが長年魔物に関わっていたということは、つまりクラーケン以外にも詳しいということだ。騒ぎ立てるセージの前で、彼は相手の魔物について考えを巡らせる。

「……水を制御する魔物なんて、そう多くない」

水域を操作、制御できる魔物。それは数多く存在する水生の魔物の中でも数体程度。その中でも、遠距離まで操作できるのは一体しかいない。

海の王といわれる、"とある魔物"だけなのだ。

ハッとそれに気が付き、後ろに振り向きセージを見る。

「子爵!」

「なんだ!黙って貴様も指示をせんか!」

「お待ちください!大事なお話がっ……お伝えしなければならない話が!」

「指示をしろと言ったのが聞こえぬのかっ!」

短気にも程がある。だがセージは苛立つと、周りの言葉を聞かなくなる。これは今回に限った事ではなく、今までも同様だった。

調教師が気が付いたことにも、まったく耳を貸さないセージ。……ことが事なだけに、本来ならば無理やりにでも伝えるべきだったのだろうか?そんな考えが彼の頭をよぎる。だが彼も一人の人間、面倒な主セージへとつい魔がさして、気が付いた事を伝えなくてもいいか……そう思ってしまった。

身動きが取れなくなったクラーケンを見て、双子は喜び続けている。クラーケンを見てみると、必死に足を延ばして体を動かそうとしているのが分かる。

だがそれが許されることは一度もなく、時間を巻き戻されるかのように、伸ばした足は体の近くへと戻っていく。

水面には変わらず、海龍が作り出した複雑な模様が見える。

アインはその様子をじっと窺っていたが、双子はゆっくりと狩りをするのか?そう思っていた。まるで絶対的な捕食者のように、完全に身動きを取れなくしてから、じっくりと食らいつくのかと考えていた。

そう思考しているアインの目に、一本の太い筋が映り始める。それはエルの体から出てるようにみえて、その筋は真っすぐにクラーケンへと向かっていった。

「なんか太いのが出てきたんだけど……なにあれ?」

「あれも同じく海流ですよ、ただなにをするのかまではちょっと……」

そりゃそうだろう。なにせクリスも、双子の戦いを目の当たりにするのは初めてのはず。

報告を受けていたスキルとは違う様子だ。

なのでじっくりと様子を窺うアイン。その太い筋は、そのままクラーケンを目指し進み続ける。……少し経つと、それはクラーケンの一本の足に到達した。

トントン、と優しくノックするかのように。そして様子を窺うようにうねりながら、クラーケンの足へと密着した。

『何をするんだろう』アインが考えてる間、ただ一瞬だけ瞬きをした。その瞬間エルはアルの側から姿を消した。

「エ、エル!?」

「アイン様!クラーケンの近くです!太い筋を追ってください!」

速さに強いクリス。彼女はエルの動きを目で追えていた。

「いつの間にあんなとこに……」

エルはいつの間にかクラーケンの側に居た。ものすごい速度で移動したエル、その頭上には、再度幾重にも重なった模様が浮かび上がる。

するとその模様は鋏のように揺れ動き、驚きの結末を披露した。

クラーケンの声にならない悲鳴が響き渡る。水中に居ながらも、どうやって声を届けてるのかは疑問だが、それはこの際置いておこう。

「おそらくあれが、カティマ様によって生み出されたスキルですね」

「……嘘でしょ。何あれ」

すると何かを口に咥えたエルが、スルスルッと行った時と同様に戻ってくる。どうやら太い筋は、エルが作った移動用の水の流れらしく、それに沿ってすぐにアルの側に到着した。

「キュッキュッ!」

「キュルルァー!」

喜びの様子を見せる双子。くるくると、体を巻き付け合うように喜んでいた。

「随分と大きなもの持って帰ってきたけど……」

「顎の力もすごいですね。まさかあれほど大きくても咥えて持ってこれるなんて」

エルが持ってきたもの。それは見事な長さと太さの……クラーケンの足。引きちぎられたというよりは、何かに切断されたかのようだ。

「名前は決めてないらしいです。ですが原理としては、練り上げられた海流と、"風魔法"の複合技とのことです」

「海の魔物が風魔法使う意味がわからないんだけど……」

「餌のおかげか、習得したようで……カティマ様が喜んでいました」

カティマの研究意欲が、実を結んだということらしい。一体何をあげたらそれを習得できたのか、それが気になるアイン。

「……一体何を上げてたのさ」

「ご自身のお小遣いをかなり使って、グリフォンの魔石を集めていたらしいです。それを定期的に食べさせていたとか」

イシュタリカに存在するグリフォンは、海龍が海流を使って移動をしているのと同じく、風魔法を使って高く飛んだり加速する。

生まれながらにして風魔法を使うのに長けており、風魔法を使って、爪から鋭利な攻撃を繰り出してくる魔物だ。

「もうそれ新種みたいなものじゃ」

「否定できない部分がありますね……」

原理は難しくないのだろう。練り上げた海流の上に、鋭利な風魔法を被せて武器とする。だがそれではまるで……

「そして最後は美味しく食べる。まるでアイン様の暗黒ストローですね」

「……やはり親子だったということなのか」

カティマ特製の爪を使い、魔石を吸収するロマン技。それが暗黒ストローだった。

エルが使った技は、原理としては近いものがあり、どちらにもカティマが関わってるのが良く分かる。

海龍にとっては狩りに使う技なので、意味合いとしても同じことだった。

「すごい美味しそうに食べてるね」

「なにせ大好物ですから」

エルが持ってきた足は、猛烈な勢いで咀嚼されていく。あんなにも大きかった足が、もうすでに無くなりそうなのには驚いた。

すると今度はアルだった。アルの側から太い筋が伸びていく、それは先ほどと同様に、クラーケンを目指し進んでいった。

同じ水中の魔物として、クラーケンは何をされてるのか分かったのだろう。あれは危険だ、そう思い体中に警戒色である、斑点模様を浮かび上がらせる。体を動かせない身としては、これも一つの抵抗手段だった。

いつもであれば、相手の魔物はそれを見て逃げ去っていく。だが今回ばかりはその様子は一切なく、相手はただ自分の足を咀嚼しているだけ。自分がしている警戒も、全く気にしていない様子だった。

「クリスさん何あの模様。ちょっと気持ち悪いんだけど……」

「クラーケンの警戒色ですね。水中において、あの模様を見たのなら死を覚悟しろといわれるほどです」

「なるほど……」

納得できたようで納得できない。双子を見ると、残り少なくなった足に噛みついているだけなのだから。

アルがエルの持ってきたクラーケンの足から口を離す。すると目線を変えて、クラーケンの方へと向き直る。何かを窺うように、クラーケンの体に目を向ける。太い筋とは別に伸ばされた海流の線。それが身動きの取れないクラーケンの体に、少しずつ吸い付き始める。一体何をしているのだろうか?

「何かしようとしてますね」

「クリスさんもわからない?」

「えぇ、ちょっとわかりませんね……」

今度は何をするのか、そう思ってじっとアルの様子を見つめてみるが、まだ動かないアル。おそらくこの場で一番動いているのはセージ子爵だろう。『何をしている!ふざけるんじゃない!』、全く意味のない言葉を叫び続けているのだから。

そんな彼の様子を無視してアルを見る。張り巡らされた海流の模様は、徐々に顔の周りへと集まっていく。するとそれは眉間の近くで止まり、止まると同時にアルは喜びの声を上げた。

「キュルルッ!」

声は可愛らしいのだが、どうにもやってることが可愛らしくない。海流の模様が2本に纏められ、それがクラーケンの眉間に押し当てられる。

押し当てられるとともに、太い筋がその近くへと延びて、アルがそれに乗り移動し始める。

「(一方的も何も、ただ食べられてるだけだよねこれ)」

絶対的な海の捕食者の姿が、そこにはあった。絶対的な種族としての差を見せつけられ、なにもできないクラーケン。

アルは身動き取れないクラーケンの目の前で、移動を終えてからじっとクラーケンを見つめる。

「——……っ!——……!?」

声にならない叫びを出し続けながら、アルのことを威嚇するクラーケン。とはいえアルにしてみれば、別に何も怖くない為、ただ煩いだけのこと。

何かに納得したのだろう。小さく頷いたアルが、2本の練られた海流を構える。エルと同じく風魔法を使えるのだろう、アルを中心に、水上へと小さな渦巻きが発生し始める。

「さっきから何をやっているのだっ……おい!お前、しっかり命令をしろ!」

「は……はっ!」

的外れな指摘をするセージを横に、アルが動き始める。調教師が少し可哀そうに思えた。そして用意された2本の海流が、風魔法によって、クラーケンの眉間へと突き刺さる。

「……ァ……ッ!?」

心臓が体の中で動くかのように、クラーケンの体が痙攣を始めた。それを確認したアルが、"何か"を中心に、円を描くように海流を動かした。

「あれってもしかして……」

アインはその動きを見て、これから起こるだろう結果を予想できた。相手はイカ……そして眉間の周りを攻める。ともなれば答えは簡単だった。

その後は、アインの予想通りのことになる。クラーケンの体の色が忙しなく変わり、不穏な様相を醸し出す。すると徐々に動きを止めながら、体をうっすらと、透明に近い白へと色を変える。

「魔物の世界には、我々の世界以上に絶対的な種族の差が存在しています。それが今御覧になったのと同様の事ですが……ですがこれではまるで、本当にただの食事ですね」

「ねぇクリスさん。あれ絞めたよね?イカ絞めるのと同じことしたよね?」

「え、えぇ。魔石の周囲を切断したんでしょうから、絞めるのと同意義ですね……」

最初から敵じゃなかったことの証明。相手の体をつまみ食いしながら、ゆっくりと体の弱点を探っていた。体の中にあるとはいえ、魔石を切り離されてしまったら、あとは息絶えるのを待つだけだ。

「双子にとっては、大きくて美味しいだけのイカだった。それだけのことだったのかと」

「……なんて不憫な」

恐らく自分の魔物がこんなことをされれば、アインも恐怖を抱くかもしれない。それぐらい驚きにあふれる光景を見せてくれた。

派手な戦いとはならなかったが、そこまでの相手ではなかったということなのだろう。というよりも、海の王者”海龍”が、水中で同レベルに戦える相手が存在するのかが疑問だった。

絞められたクラーケンの側に、エルも近寄ってくる。これから先程と同様に、猛烈な速度で咀嚼が始まるのだろう。魔石はメインディッシュだろうか?『美味しいんだろうなー』とアインは考えるが、さすがに子供たちが獲った食べ物を奪う気にはならない。是非美味しく頂いて欲しいものだ。

アルがしたことを見ていたのであろう。寸分たがわぬ動きで、もう一頭のクラーケンを絞めたエル。足に齧り付きながら片手間で絞められたのだから、クラーケンとしてはたまったもんじゃない。ここら一帯のギャングを気取っていたクラーケンだが、最期はあっけないものだった。

水中では、まだ双子がクラーケンの残骸を召し上がってる最中だが、アインはセージとの会話に臨んでいた。すでに勝敗はついたので、これからのことも併せて話さなければいけない。

「こちらの勝ちのようですね」

「……貴様。どこからあのような魔物を調達してきた!見たこともない、あんなのが存在するとは……っ!」

海龍を知らないのか?王都近辺では有名な双子なのだから、話ぐらいは聞いたことないだろうか?というか貴族として、全く知らないのってどうなの?アインはこう考えた。

「海龍ですよ。聞いた事ありませんか?王都では割と有名なんですが」

それを聞いてハッとしたセージ。話だけは耳にしたことがあるようだ。だが口から出るのは見当違いな言葉のみ。

「ま、まさか貴様……お、王太子殿下と」

そうそう、やっと気が付いてくれた……でも、”と”ってなに?疑問に思ったが、その答えはセージが教えてくれた。

「貴様王太子殿下と伝手をもっておるのだな!?それで海龍を借りて……卑怯ではないか!こんなの無効だ!再試合だ!」

補足すると、セージ・オインク。オインク子爵家の先代はとても有能な男だった。セージが小さいころに病に倒れ、帰らぬ人となったのだが、オインク家が発展したのは、先代が有能だったからというのが大きい。

決してセージが有能だった訳ではなく、多くの貴族と伝手をもっているとか、そこそこの権力を手にしていたという事でもないのだ。先代も悔しさが募るだろう。

自分が手塩にかけて育て上げた領地が、自分の息子によってこうまで汚染されたのだから。……だが彼が病に倒れなければ、セージも違った道を歩んだのかもしれない。そう思えば未来なんて分からないものだ。

「つ、伝手をって……えー……ここまできてそうなるか」

確かにマジョリカから受け取った魔道具で、アインと分かりにくくはなっている。だが海龍を連れてこられるのは、王太子アイン以外にはあり得ない。そして今日の服装は、実は王族が纏う服の一つのため、分かりやすいヒントでもあった。

「何はともあれ今日の決闘は無効だ!再度仕切り直しとする!今度は陸の魔物でだ!」

顔を真っ赤にした彼は、無効だ!と言い張ってアインへと背を向ける。このまま逃げるつもりなのだろう、うやむやにして、話を無かったことにするつもりなのかもしれない。

そして堂々と、『今度は陸の魔物』、といってる時点で小物感に溢れている。

「セージ子爵」

「もう今日は終わりだ!貴様も家へと……っだ、誰だ貴様らは!」

「悪いけど話がある。面倒だからさ、決闘は無効ってことにしてあげてもいいよ。うちの双子も満足してるみたいだからね。逆に感謝したいぐらいだ。だけど、これは別の話だから無効にはできないんだ」

とはいえそろそろ潮時だろう。隠れていた騎士達が、セージの連れてきた護衛や使用人を抑え、馬車も同じく抑えられ始める。

「クリスさん。一応罪状読み上げて」

「はっ……ではセージ・オインク。貴様の積み上げた罪を述べる」

数々の不正や違反行為。それがこの場でクリスによって公表される。一つ一つが述べられるたびに、セージの顔は青くなったり赤くなったりと忙しない。

「な、なにを言ってるのかさっぱりだっ!さ……さっさとどかんか!もういい!その女も賠償も構わぬ、疲れたから私はもう帰るのだ!」

止まらずに、肥えた腹を揺らしながら距離を取り続けるセージ。そんな彼の両脇に騎士が寄る。

「ご同行を」

騎士の言葉に激昂したセージ。ついにその騎士たちのことまでも、腕で勢いをつけて押しのけてしまった。

「クリスさん。俺の言葉あった方がいい?」

「……申し訳ありません」

「いいよ。さて……それじゃ宣言しようか。オインク家の爵位を没収、アイン・フォン・イシュタリカの名においてこれを宣言。……拘束しろ」

爵位没収まで宣言する必要はなかった、だがあまりにも醜かったので、彼を貴族として扱いたく無くなってしまったのだ。クリスは一瞬その言葉に驚いたものの、騎士たちが、拘束をしやすい状況となったのはありがたい。

アインの言葉を聞いた騎士は、先ほどと違い、強引にセージの腕を取り、鉄製の拘束具を装着した。

「イ、イシュタリカ……?」

「世襲ってのも分かるんだけど。もう少し考えるべきかもしれないね」

「……仰る通りかと」

イシュタリカという名を冠するのは、王族しかありえない。そしてアインという名は王太子の名だ。ようやく気が付いた。適当に考えておらず、慎重に考えていればすぐにわかったことだというのに、いつもの自分で接していた。そのせいで、アインが王太子だと気が付くことができなかった。

……とはいえ、貴族ならば気が付いて当然な点がいくつもあったのだが。セージは貴族としてどころか、イシュタリカの民として向いていないのかもしれない。

「で、殿下……これは私なりのもてなしです!殿下の海龍へと、立派なクラーケンを与えたくっ!」

ここまでのテンプレは初めてのアイン。本当にこんな申し開きがあるなんて、思ってもみなかった。アインがそれを相手にするかは別問題なのだが。

「うわぁ本当に言う人いるんだ。……もういいよ。話しかけないで」

「殿下っ!どうか、どうか私の話をっ……!」

「猿轡を」

「はっ!」

クリスの命令で、セージへと猿轡が装着される。なぜ騎士たちがそんなものを持ってきてるのか、逆に怖くなったアイン。

とはいえセージが静かになったのは助かった。

「さて、これで面倒ごとは……ん?」

ようやく面倒なことが済んだ。そう考えていたら、エルがなにやら1つのツボを持ってきた。川底から見つけてきたようで、それをアインへと見せる。

「キュッ!」

「どうしたエル?底に落ちてたの?」

何やら毒々しい色をしたツボだが、気にしないでアインは傍による。

「んーっ!んーっ……!」

それを見て、セージが大きく声を上げるが、言葉にならないため意味は伝わらない。アインは止まらずツボへと近づく。ツボをアインへと渡したのを確認すると、エルは食事に戻っていった。

「中身は何かな……ん?なんだこれ」

「アイン様どうなさいま……っ。まさかこれは……」

どことなく魚のような香りがするが、なかなか食欲をそそる香り。そんな液体が中には充満していた。それを確認したクリスは、腰からレイピアを抜き去る。

「クリスさん。これが何か知ってるの?」

「……毒です。この世で一番甘美な味といわれる、致死性の高い毒です。匂いが独特なので、簡単にわかりました」

「ど……毒……?」

「少々お待ちを。……すまない。つけて早々だが、猿轡を外せ」

振り返ると、セージを拘束していた騎士に向かって命令を下すクリス。猿轡が外されたのを確認して、セージへと問いかけた。

「セージ。これは一体なんだ、説明しろ」

「わ、私は何が何だか……」

「説明したくないのならば構わない。貴様の皮を剥ぎ、塩でも塗れば嫌でも話したくなる。塩を持ってこい、皮を剥ぐ」

「はっ……はっ!承知いたしました!」

命令された騎士も驚くほど、いつものクリスとは違った気配になる。この件はクリスの逆鱗へと触れてしまったのだろう、おかげでクリスの思考が、危険な方向に変わっていく。

「ひっ…ひぃっ?!」

一瞬何かが起こり、セージの頬に赤い傷ができる。

「私は風魔法が得意だ。薄皮一枚はがす程度、何も難しいことはない」

やれやれ。そう思ってアインがセージの傍へと足を運ぶ。手にはもちろんそのツボを持ちながら。彼女は本気で皮を剥ぐだろう、だがアインとしては、クリスにそんなことはさせたくない。

「セージ。これさ、決闘に万が一があったら使おうって思ってたんでしょ?」

「……は、はいっ……」

「やっぱりね。クリスさん、さすがに皮剥ぐのはあまり見たくないし、クリスさんにさせたくもないんだ。だからちょっと待ってね」

「……で、ですが」

「いいから。いい子にしてて」

そういわれると素直に『はい』としか言えないクリス。すっとアインの隣に移動する。

「これ、なんていう毒?」

「ふ、風船魚と言われる……毒性が高い魚類ですっ!クラーケンのように、毒への耐性がなければすぐに死ぬほどの量を……」

なるほど、そういう毒なのかと理解した。ただ海龍も毒は効かないため、もしクラーケンに命令してこれを使っていようとも、問題にはならなかっただろう。

「この世で一番甘美って、どういう意味?」

「……その毒はとても美味なのです。もう助からないと思われる病人やけが人。そんな者たちの最後の手段として、多く使われる毒ですから」

最後はおいしいもので静かに死にたい。そういう願いを叶えるのに最適な毒が、風船魚の毒。主に医療の現場で使われるのだが、過去にそれを最後に選んだグルメな貴族が、一つの言葉を残してこの世から去った。

『これを食するためならば、死ぬ価値があるだろう』

それ以降。それはこの世で一番甘美な毒といわれるようになった。

「またすごい物語だね。本当?」

「嘘はありません。実際そのような毒として評価されております」

念のため隣にいるクリスにも確認をしたが、間違いはないらしい。ふーん……そう考え始めたアイン。

「ねぇ。これ食べたい?」

そうしてアインは、セージへとツボを差し出した。それは死刑宣告に他ならない。

「ど、どうかお許しをっ……お願いします王太子殿下!」

「ふーん。いらないんだ」

「申し訳ありません!何卒……何卒!」

そりゃそうだ。なにせ食べると死ぬのだから、食べたいわけがないだろう。そんなセージを見ながら、アインは悪戯心が芽生え始める。

「なら俺が食べるよ。セージは食べたくないんでしょ?」

「え……は……っ!?」

意味が解らな過ぎて言葉にならないが、セージは何を言ってるんだという顔を浮かべた。アインの横では、最近よく頭を抱えるクリス。もちろん今回も同じく頭を抱えていた。

「っ……うん。確かに美味しいねこれ。いろんな魚の旨味っていうのかな、そういうのが集まった感じだ。確かに食べたくなる気持ちもわかる。でも……やっぱりデュラハンとか海龍の魔石には適わないね」

「殿下貴方は一体何をっ!」

アインがこれで死ねば、自分は確実に拷問の末に殺される。そう思ったセージは、アインを心配した声をあげた。だがそのアインは、全く動じず、ただケロッとした顔を浮かべるばかり。

それどころか、ペロッとお代わりすら重ねる始末。それには騎士たちも苦笑いするしかできない。

「さすがに持ち帰るのは危険だしね。クリスさん、この毒始末していった方がいいよね?」

「そうですね。さすがに危ないので……」

「残念。あとはまたの機会にしとこう」

アイン以外にとっては、危険な毒ということに変わりがない。万が一を思えば、持ち帰るのは得策ではない。

「セージ。俺に毒は効かないんだ、まぁ教えても意味がないと思うけど……とりあえず申し開きは王都で聞くよ」

唖然としたセージは、あっさりと騎士によって連れていかれる。彼はこれより、王都にてすべての罪状を一つずつ裁かれることになる。

「アイン様に毒は、意味がないのはわかってますが、やはり緊張してしまいますね」

「でも怒ってくれたでしょクリスさん。ありがと」

「あ……うぅ……当然のことですから」

結果は別としても、アインとの決闘において毒を使おうとしたのだ。それがクリスの逆鱗に触れたのは否定できない。

だが決闘といってよかったのか?アインは今回の件を疑問に思う。なにせただ自分の海龍達が、好物を食べに来ただけな気がしてならないのだ。まぁたまには双子にもいいものを食べさせてやりたい。そんな親心があるのは当たり前だが、名目としては決闘だっただけに、どうにも何とも言えない気持ちが募る。

「さてと。それじゃ一件落着かな?」

そろそろ双子を止めるとしよう。さもなくばあの巨大なクラーケンを、一度に食べきってしまいそうだからだ。

「エル、アル!もう食べすぎだから、そろそろ終わりだよ」

水中にいながらも、アインの声を耳にした双子が浮上してくる。先ほどまでのシリアスな雰囲気から一転し、クリスも笑みをこぼすほどの表情を見せる双子。

「いやそんな世界の終わりみたいな顔しなくても……」

すべてに絶望したかのような。そんな表情をアインへと向ける双子。だがそれでもアインの言うことを聞くあたり、教育自体はうまくいってると確認できる。

「……船に縛り付けて持って帰るから。また後で食べなさい」

「っ!?」

「キュルァ!?」

「やれやれ……。アイン様。そのお歳で、双子の父になるお気持ちはいかがですか?」

口に手を当てながら笑うクリス。こんな状況ともなれば、アインをからかいたくなるのもよくわかる。双子はアインの言葉に喜び、クラーケンを船の近くへと運びに行った。

「悪くないけど。子供の方が自分より大きいってのは、少し思うところがあるよね」

およそ1,2カ月ほどで、アインの身長を追い越した双子の海龍。可愛くはあるのだが、これからもっと大きくなると思えば、どうやって撫でればいいのだろう。なんて考えたりもする。

「まぁいっか。それじゃ帰ろう、ようやく城でゆっくりできるよ」

「えぇ……お疲れさまでしたアイン様。ですがセージを拘束したおかげで、助かる者も多くいますので。その苦労も報われますよ」

「確かにね。疲れたけどそれを思えば、あいつと面倒ごとになってよかったって思うよ。……そういえばこの決闘も報告書とかいるの?」

「さすがはアイン様。その通りです。帰りの馬車で仕上げましょうね?」

あまり書類仕事は好きじゃないアイン。とはいえ報告書を纏めない訳にもいかず……。城についたら、絶対ゆっくりしてやる。そう決意したのだった。

「本当にお疲れ様。アイン」

「ありがと。ほんと濃い一カ月だったよ」

細かい雑事は騎士に任せ、アインは馬車に乗り王都への道を進んでいた。セージを拘束した後は、彼を船に乗せて逃げられないように収容。万が一水に逃げ込んだとしても、2頭の海龍がいると思えば、そんな馬鹿な真似はしないだろう。

クローネも海龍が披露した戦いを見ていた。だがクリスが言うように、本当に勝負にならなかった内容に驚いた。まだ一歳近くの子供とはいえ、あっさりと勝利した海龍は、やはり海の王者なのだと再確認する結果となった。

「でもこれで、やっとゆっくりできるって思えば悪くないかな」

次の目的地が決まっているとはいえ、すぐにそこへと向かう訳じゃない。バルトへもマグナへも……それなりに日程を調整してからでなければ、向かうことができないのだから。

「……ゆっくり?」

思うことがあるようで、クローネが首をかしげてアインを見る。

「うん。もうしばらく予定もないはずだしね」

現在、クリスは奥の部屋でいくつかの書類を纏めている。そのためこのラウンジスペースには、アインとクローネの二人だけだった。

「……ううん。残念だけど、まだゆっくりできないわ」

ソファに座ってまったりしていたアインに、敏腕補佐官からのお言葉が届く。

「……何かやることあったっけ?」

「王立キングスランド学園では、もうすぐ試験があるもの」

言いづらそうにハニカミながら、クローネがそのことをアインへと告げる。すっかり失念していたが、試験なんてものもあったのだ。なにせアインはまだ学生。むしろ試験があって当然なのだから。

「すっかり忘れてた……。はぁ、しょうがない……またなんとか頑張るよ」

さすがに低学年のころと比べて、勉強の難易度が徐々に上がってきてるため、アインも努力しなければならない。そうでもしなければ、 一組(ファースト) 落ちすることも十分にありえるのだから。

「えぇっと……大丈夫、かしら?」

「頑張らないと大丈夫じゃないかなー……」

半年間寝たきりだったことや、今回のように任務や公務にあたってることは知ってる。アインは努力を忘れない人間だが、今回のように努力する時間がないときも、もちろんあるのだ。それを思えば、クローネもなんとかしてあげたい。そんな想いがよぎった。

「……私が一緒に勉強してあげるから、だから……ね?心配しないで?」

「え?い、いやそりゃありがたいけど……でも、クローネ大丈夫?その、うちの範囲って結構難しいけど」

クローネが通った学園も、学園都市のレベルからいってみれば最高位に位置する。だが王立キングスランド学園はその上を進む実力校。さらにアインは 一組(ファースト) なことを思えば、その難易度はよくわかる。

だがそんなアインの言葉に、一瞬きょとんとしてから、彼女は口を開く。

「あのね……私、王太子殿下の側仕えなのよ?それぐらい分かってるに決まってるじゃない」

「ったしかに……そういえばそうだった」

クローネは、まさに地獄ともいえる程の難易度の試験を受かって、アインの側仕えになれたのだ。だからアインが心配するようなことは、クローネからしてみればさほど難しい話ではない。

だがアインが必死になってる内容を、"それぐらい"なんて言われてしまうと、さすがにしょげたくもなる。

「……だから一緒に頑張りましょう、ね?」

とはいえアインは単純だ。クローネに一緒に頑張ろう。なんて言われてしまえば、素直に頑張れる気になるのだから……。むしろクローネを褒めるべきだろうか、彼女の絶妙な飴と鞭は、アインへと良く作用しているのだから。

「……全く。クローネが補佐官でよかったよ」

また新たな一年が始まる。バッツやレオナードといった、 一組(ファースト) の上位層を相手に、半年のブランクでどれぐらい食らいつけるか。……アインにはゆっくりすることのできる時間なんて、もっともっと先の話だった様だ。

——そしてこの後、行きと同じくクローネとクリスに挟まれて、アインは報告書を必死になって仕上げたのだった。そのおかげか、メンタルも強化されたのだが、それはまた別の話……。