軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オズの許を訪ねて。

オズ教授との約束の時刻は早い。

早いといってもアインが学園に行く日と大して変わらないが。この日の朝には、先にするべきことがあった。

「どうだった?」

部屋の中を確認してきたクリスに、アインが尋ねる。

「まだぐっすりと。昨日と全く同じ体勢で寝てましたね……」

先に行く場所というのは、バーラとメイの姉妹の場所だった。朝になって、もしかしたら目が覚めてるかも?そう思っていたがそんなことは一切なく、まだぐっすりと夢の世界にいるようだった。

ちなみにクリスによれば、どうやら昨晩用意した置手紙もまだ開封されておらず、目も覚まさなかったのだろう。

新たに用意していたもう一通の置手紙を傍に置き、クリスは姉妹が休む部屋を後にした。

「それじゃ用意しておいた置手紙も配置したし、カティマさんと合流しようか」

「そうですね。行きましょうか」

カティマとディルの二人は、先に宿の外に出ている。カティマが 娑婆(シャバ) の空気を吸いたいとか言い出し、早足で先に外へと向かっていたからだ。

そしてアインとクリスの二人も、階段を下りて外に向かう。

まだ早めの時間と言うこともあり、宿の中は静寂に包まれている。壁は厚く、人の話し声も響くことは無い。

「あ……アイン様。少々お待ちください」

「うん?」

いくつかの階段を下りていると、クリスが声をかけてきた。丁度踊り場となった部分で止まり、アインはクリスの方へと振り向く。

「……ほら、外は寒いですから。しっかりとこれ首に巻いてくださいね」

手に持っていたマフラーをアインの首に巻き付ける。マフラーにも魔物の素材……高級な肌触りの良い柔らかな素材を使っており、その付け心地は格別だ。

魔法都市イストの地方は、王都と比べれば寒い気候であり、旅支度の中には多くの暖かな装備まで用意されている。そんなことで風邪をひかれては、無駄な時間を過ごすことになってしまう。

「あ、えっと……ありがと」

急に顔を近づけられると緊張してしまう。いやでも急じゃなくても緊張するか……自己完結してしまったが、クリスがマフラーを巻き付けてくれる際に、抱き着くように近くに居たため一瞬体が硬直した。

その後はどうにか照れ隠しをしようと、すぐに階段を進んだ。

「ふふ……いえいえ」

最近のクリスはどこか距離が近く感じる。決して嫌という訳ではないが、照れてる姿を見られるのはなかなか恥ずかしい。今も彼女はアインの照れ隠しを分かっているようで、口に指をあてて笑いをこらえていた。

「(拝啓お母様。女性という存在は本当に難しいです……)」

「起きてたかニャ?」

「寝てたよ。もう一通置手紙用意して来たから、起きたら読むと思う」

「わかったニャー。さてそれじゃ行くとするかニャ」

ニャンニャニャーと、謎の鼻歌を歌いながら進みだすカティマ。彼女のマイペースは今に始まった事ではない。アイン達もそれに倣って彼女の後を追った。

「ねぇカティマさん」

「んー?」

「城から何か連絡あった?」

「あったのニャ。連絡というか数日後に王家専用列車が来るから、私とディルはそれに乗って帰るニャ」

行きは普通の水列車……貴族車両を利用したが、王家専用列車は使わなかった。だというのになぜ唐突に、王家専用列車が来るようになったのかが分からない。

「なんでわざわざそれが来るのさ?」

「いろいろと都合がいいからだニャ。半分護送的な意味もあるニャ。あの二人を連れて行くのに丁度いいのニャ」

「また随分と慎重というか、仰々しいね」

「あ、お父様から連絡があったのニャ。アインには後で何か褒美渡すそうだニャ」

会話の流れが理解できない。オズ教授が待つイスト大魔学へと向かう道中だというのに、王家専用列車やら褒美やら言われても、この一日で何があったのか……。

「どうして褒美なんて話に……」

「本来なら実証してからが一番なんですが……今回は状況がイレギュラーなため、それは王都に到着次第となります。実証というのはバーラ殿の治療魔法についてです。スラム出身ということで、まだ未熟な腕かもしれませんがそれはこれからでしょう。ですがそれでも彼女の価値はそれこそ金で済むなら重畳……といったレベルの話ですから」

ディルがアインの疑問へと答えてくれる。カティマのざっくりとしたニャーニャー説明と比べると、とても内容が分かりやすく、情報が多くて助かる。そんなジト目をカティマに届けたいアインだが、彼女は今だ上機嫌に歩いているだけ。

オズ教授との会話が楽しみで仕方ないのだろう。

「ありがとディル。でもそういうことか……まぁ褒美なんて貰っても使い道ないけど、なんか考えとくかな」

「私みたいに保留にしておくと、たまに自由に出来ていいニャ」

「それがいいね」

カティマは魔王調査に関しての褒美として、今回の同行を許されている。それを目の当たりにしているアインとしては、いずれどこか使う機会があると思えば、保留にしておく方がいいかと思った。

「……あまり変な事には使わないでくださいね?前科もありますから」

「ひどいなぁクリスさんは」

クリスがアインの考えを警戒するが、まぁそれも仕方ないだろう。

そんなことを話していると、ようやくイストにある駅へと到着した。今日はこれに乗ってオズ教授の待つ場所へと向かう。

「ディル!昨日用意したものを配るのニャ!」

「承知いたしました」

唐突に振り上げたカティマの右腕、肉球の質感が眩しい。……何をするかと思えば、ディルに命令して2枚のカードをアインとクリスの二人へと手渡した。

「なにこれ?」

「えっと……これはなんでしょうかカティマ様」

手渡されたカードは青く光っていて、ステンレスのような軽い金属に思える。表面にはイストの紋章……魔石へと手を伸ばしているマークが描かれていて、下の方には残り14日と記載があった。

「半月分のフリーパスだニャ。どうせ何度も乗るんだから、少しでもお得な方法としてこれを購入したのニャ」

「アイン様。昨日4枚分購入しておいたんですよ。ただ我々のフリーパスは数日分余ると思いますが」

「気にするんじゃないのニャ!半分以上残ってるなら、払い戻しできるから無駄にはならないのニャ!」

一定期間は乗り放題となるらしい。イストの中を半月の間水列車で移動し放題だとか。

昨日半月分購入したということは、アインとクリスの二人も1日分は多く残ってしまうが仕方がない。それでも得なのだろうから悪くない。

一々切符を買う手間を考えれば、これがあれば乗り降り自由だから楽できるだろう。なにせイストの駅は改札のような場所が存在しないから、このフリーパスがあれば本当に自由に動き回れる。

「さぁ行くのニャー!」

説明を終えたカティマはまた勢いよく進み始める。……正直にいえば、彼女がしたこの気遣いはありがたい。お金も安く済むしなにより便利だ。

「ただ素直に礼をするのが癪に思える。それだけだよね」

「ア、アイン様……」

アインが吐いた毒はディルの耳に届いた。アインとカティマの関係を考えれば、ただじゃれ合ってるのと変わりはないが、どことなく労しく思えた。

イストを走る水列車の特徴はいくつかあった。まずは音が静かで揺れが少ない。自分達が使ってきた貴族向け車両と比べても、大差なく感じる。これがいつか王都中を走ることになると思えば、悪くない話だ。ドアが開く音すらも静かなのは、少し驚いた。

違った点はもう一点あり、それは車内放送があること。いくつかの駅を通過してイスト大魔学そばに到着したが、その間何度も車内放送を聞いた。やはりそれがあると便利に感じる。

「ねぇカティマさん。どれぐらいしたらここにあるような水列車が普及する?」

「現状試験的に使っている水列車は、5年後が移行目標だニャ」

「割とすぐなんだね」

「まぁ開発に40年近くの年月がかかったと思えば、そうすぐじゃなかったんだけどニャ」

「……なるほど」

研究所までの道のりで、カティマが少し説明をした。決して目に見える部分だけではなく、別の場所も大きく進化しているのだという。

それは安全性であったりとか、車両の耐久年数……いわゆる寿命もかなりの向上を見せたという。それを考えれば決して時間が掛かりすぎということはないだろう。

「とまぁそんなわけで、目に見えないところもたまには考えるといいのニャ」

「素直に認めたくないけど、勉強になるよ」

「……なぜ素直に認めないのニャ」

彼女の言葉は勉強になることが多い。やはりなんだかんだ優秀な研究者なのだろう、そう再確認したアイン。

「ディル。守衛さんに一言伝えてきて、オズ教授と約束があるって」

「か、畏まりました……っ」

「無視なのニャ……この甥っ子は、歳を重ねるごとに態度が横暴になるのニャ」

「これまだ残ってるからあげるよカティマさん」

そうして取り出すのは、イスト行の貴族向け車両へと乗り込んだ際に、ペットと勘違いされたカティマに渡されたおやつ。もう数口分残っていたのをこっそりとポケットに忍ばせていた。

「アインはいい奴だニャ」

「うん。知ってるよ」

一方は王太子、そしてもう一方は第一王女……。そんな国の重要な人物たちが、こんなやりとりをしているとは誰も思わないだろう。だが傍で目の当たりにしたクリスは、もちろんいつものように頭を抱えることになる。

「アイン様。参りましょう……あれ?クリス様は一体どうなさったのですか、頭を抱えて……」

「あれ、クリスさんどうしたの?頭痛い?」

アインの横では、一心不乱にはぐはぐとおやつを食べていたカティマ。もうそろそろそのおやつも無くなりそうだ、すごい速度で咀嚼している。

「い、いえなんでもありません……参りましょう」

いつになったらこの二人のやり取りに慣れるだろうか?いつかは慣れたいものだ……そんな願望を胸に、彼女は今日もアインの護衛を続ける。

その後は一昨日来た通りに、奥にある研究所へと足を運んだ。門番がアイン達の顔を覚えていたこともあり、今日はスムーズに話が通る。その門番の一人がアイン達を先導し、オズ教授が待つ彼の部屋へと案内した。

「主任教授。お客様をお連れ致しました」

ドアをノックしてからそう告げた番人、すぐに中から返事が届く。

「案内ご苦労。そのままお通ししなさい」

「はっ!……それでは皆様どうぞ中へ」

その声を聞いてすぐにドアを開け、アイン達を中に通す。部屋の中は暖かく、寒く感じる町中を歩いてきた身としては、体が安らぐような心地よさに包まれた。

「おはようございます王太子殿下。カティマ様」

「えぇ、おはようございますオズ教授」

アインの挨拶に続いて、カティマも同じくオズ教授へと挨拶した。オズ教授がどうぞというので、先日座ったのと同じソファへと皆で腰かける。

「お約束していた資料をご用意いたしました。併せて私からも説明させて頂こうと思います」

4人分同じ内容の書類を用意していたオズ。それを皆に配ってから、見ながら説明をしてくれるとのこと。一枚目には簡単に赤狐についてのまとめ……そして下の方には著者オズ。そう記載がある。

「では表紙は簡単に、まずは1ページ目からお話致しましょう」

彼の言葉に従い、表紙の部分を軽く見てから1ページ目を開くアイン達一行。

1ページ目はこう書かれていた、『赤狐の過去の出現箇所、またその移動経路に対しての考察』

オズ教授が用意した資料は、アインが思っていたよりも数多くの情報が得られそうだ。ついゴクリと生唾を飲み込む音が、その部屋に響いた。

場所は移り、アイン達が泊る宿でのことだ。

アイン達がオズ教授から資料を手渡されたころ、ようやく姉のバーラが目を覚ます。一瞬、『あれ?ここは……?』と寝ぼけ眼で周囲を見渡すが、徐々に意識が覚醒してくる。

「……そうだ!昨日貴族の方からお願いされて、それでついてきて……本当に、お腹いっぱいご飯食べてっ……!」

満腹感を得られるまで食事をしたのは何時以来だろうか、考えても考えても思い出せないところを想えば、年単位で昔の話だろう。生まれてから今年で恐らく17年目、数える意味がないように思えていたが、なんとなく忘れることもなく覚えていた数字だ。

この宿へと連れてこられてからは、今までに経験したことのないことの連続だった。

あんなにも温かく心地の良い風呂にはいったことも、柔らかい床があるという事実も、そしてあれほどまでに澄んだ水があるということにも驚いた。

たくさんの食事ももらえて、今までに感じたことのない味に、一心不乱に口へと掻き込んだ。

初めて感じた言葉にできない充実感に、用意されていたベッドに横になる。どこまでも沈み込みそうに思えたベッドは、心地よい場所でその沈みが止まって、バーラとメイの体を優しく支えた。その心地よさは初めての体験で、すぐに二人は夢の世界へと旅立っていったのだ。

「も、もう騙されてたとしても満足かも……」

こんなうまい話があるわけがない。たとえスラムで育った彼女だろうとも、それぐらいの考えは容易にできた。だが毎日を必死に生きるのにも疲れていた。……口が裂けても妹のメイへは言えなかったが、もう何をするのもただ惰性に続けてきただけ。『もう死んでもしょうがないかな?』そう思ってしまっていた部分があるのは否定できない。

「ん……お姉、ちゃん?」

「あぁごめんなさいメイ。起こしちゃったね?」

「ううん平気……あれ、ここどこ……?」

彼女たちが昨日まで寝ていたのは、古くて何時崩れてもおかしくない小さな小屋の中。十分ではない寝具に、隙間風どころかむしろ風の通り道だらけの家だったが、彼女たちにとってはそれでも大事な帰るべき家だった。

それが昨日。急にこんなにも豪華で過ごしやすい環境に変わったのだから、始めは状況が分からないのも無理はない。

「昨日連れてきてもらったでしょ?あの貴族の方が仕事をしてほしいって」

「昨日……昨日……あっ!助けてくれたお兄ちゃん!」

「お、お兄ちゃんって……駄目よメイ。そんな呼び方したら怒られちゃうから!」

「うーっ……!でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん!」

まだ幼いメイには難しい?スラムで十分な教育を受けていないからこそ、その価値観を理解してもらうのは難しかった。

「なんて言えばいいだろう。教えるのが難しいなぁ……あれ?これって……手紙?」

ベッドの横へと足を下ろして、ベッドに腰かけながらどう教えたものかと考えたバーラだったが、傍に置かれたサイドテーブルの上に、2通の手紙があるのを発見した。それはアインが用意していた、彼女たちへの伝えたいことが書かれた手紙。

「バーラへ。かな……?」

少し時間が掛かってしまったとはいえ、表に書かれた文字を読んだバーラ。

スラムには数多くのゴミがたどり着くが、その中から取り出されたいつくかの新聞などから、バーラは文字を学んでいた。

彼女たちの母が存命の頃は、その母が少しずつ文字をバーラへと教えていた。その少しの基礎のおかげで、完全に読めるとはいえなかったが、少しずつ学んでいったバーラ。

なにもできることがない、そうまでは言わないがスラム街ではできることというのは数少ない。その中で文字を少しずつ覚えていくのは、あまり意味を見いだせなかったが、今その過去が生きたことを考えればちょっとは誇らしくも思える。

「なになに!?お兄ちゃんが何か置いていったの?」

「うん、そうみたいだね。……えっと、これは何て読むんだっけ……」

一通目の手紙の封を開けて、紙を広げて内容を確認し始める。すべての単語を理解できるわけではないため、ところどころ意味が分からない。

「も、もう少し勉強しておけばよかったかな……」

だが十分に文字が読める人なんて、スラムで探すのは簡単な事じゃない。だから母が居なくなってからは、文字の学習は一気に難易度が跳ね上がった。

「お姉ちゃんお姉ちゃん。なにそれ?お兄ちゃんが何か書いていったの?」

「そうだよメイ。ちょっと待ってね?……なんとか読んでみるから」

アインもカティマも、ついそこまで頭が回らなかったのだろう。彼女がスラム出身ということで、文字を読めない可能性について考えていなかったのだ。

普段あまり考えることがなかったこととはいえ、これはアイン達にとっても一つの教訓となるはずだ。

それからは十数分の時間をかけて、なんとか一枚目の手紙に書かれたことを少しずつ"解読"していったバーラ。

読めない文字が少なからず存在したが、一応伝えたいと思われることは理解できた。

「メイ?あの貴族の方がこの部屋は自由に使っていいって。だけど戻ってくるまで、この部屋からは出ちゃいけないの。いい?」

「いいよー!メイこの部屋好き!」

「うんいい子いい子。私もこの部屋好きだよ」

頭をなでてやると、満面の笑みでバーラを見るメイの表情。彼女も昨晩からのことに、強く満足しているのだろう。

「このお部屋温かくて好き!寒くないもん!」

宿の部屋は暖かく、今まで住んでいたボロ小屋と比べれば天と地の差がある。メイが喜ぶのも当然だ。

「そうだね。お腹もいっぱいになったもんね?」

「うん!わからないけどすごい美味しかった!たくさん食べたの!」

バーラ以上に昨晩の食事を、猛烈な勢いで掻き込んだメイ。もっとたくさんご飯をあげられればよかった、そう後悔してしまう。

「メイ?もうすぐまたたくさんご飯食べられるからね?」

「ほ、ほんと!?昨日食べたばっかりなのに、またご飯食べてもいいの!?」

いままでならば、毎日の食事を……なんて贅沢は口にできなかった。だからこそメイにはこれほど大きな衝撃はない。育ち盛りのメイからしてみれば、お腹一杯に食事ができることは、一番の幸せだった。

「うん。このお手紙に書いてあったよ、朝になったらご飯を持ってきてくれるって」

「やったやった!ごはんごはんっ!」

喜ぶ妹を横目に、バーラは窓から見える景色に目をやった。空はもう明るく手紙に書いてある通りそろそろ食事が届くのだろう。

こんなにも贅沢なことをしてもらってもいいのか?そう考えずにはいられない。

「(私にこんなことをしてどんな意味があるのかな……。体?でも貴族の人が私みたいな女を買う必要なんてないし……)」

たとえ自分を性奴隷のように扱おうとも、こんなに優しくしてくれる人なら構わない。メイも満足するまで食事ができるのならば、悪くない気がする。今までの生活から考えれば、何一つ悪いなんて考えられない。

バーラはどうして自分にこんな扱いをするのか、それが不思議でたまらなかった。

「あ、そういえば名前聞いてないや……お礼するときにちゃんと聞いておかないと」