軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

砂糖が多めの休日を。

『来週はずっと休みにしてあるから、俺が出発する前に一緒にゆっくりしよっか』

アインの提案は、とてもうれしいものだった。

彼は時間を見つけてはクローネと王都を歩くことがあれば、城の庭園で仲睦まじく散歩する様子だって見られる。

ときには城の裏手にある砂浜にも出て、風を浴びながら語らうことも。

どれも彼女の体調が落ち着いてきてから。

けれど、それ以前のようにゆっくりできる時間は最近少ない。思い返せる限りだと、以前はミスリス渓谷へ生き温泉街を楽しんだときだろうか。

それもあって、クローネの頭はアインとゆっくりできる日のことでいっぱいになっていた。

来週、彼はそう言っていた。

一日の終わりに「もう少し」と笑みが浮かぶ。

◇ ◇ ◇ ◇

アインが約束していたゆっくりできる週に、どこかへ泊りがけで行く予定はない。

泊りがけで遠出するには状況が状況だったから、基本が日帰り。何よりもクローネの体調を鑑みて、アインが慎重に準備を重ねた。

初日には、最近ゆっくり買い物ができていなかったクローネの希望もあり、王都でアインと二人だけで買い物に出ることになっていた。

普段であれば、絶対に話しかけてくる者が多い。

二人はそれを誇らしく思うことはあっても、今回は二人だけでゆっくりしたかった。

「例のブツなのニャ」

朝、アインの部屋でカティマがテーブルの上に置いたもの。

見てくれはただのメガネが、二人分だった。

言い方があまりにもカティマらしかったことはもはや気にならない。

アインとクローネは互いに眼鏡を一個ずつ手に取り、レンズの奥を見た。度が入っておらず、見える光景は裸眼とほとんど変わらなかった。

「これがお願いしてた変装用の魔道具なんだよね?」

「そうニャ。前にイストにいくときもそういう魔道具を使ったともうのニャ。今回の品は私がいざというときに使おうと思って、倉庫に置いといたものなのニャ」

「……いざというときですか?」

「んむ。いざというときニャ」

カティマのいざというときはとても多い。

主に、彼女にとって都合が悪いときはいざというときだ。

簡単なものでいうと、彼女が城に住んでいた時代にマーサに追い掛け回されていたときは、すべていざというときに該当する。

アインはその事実にクローネと顔を見合わせて笑い、眼鏡を顔にもっていく。

二人が手にしていたメガネは見た目がほとんど同じで、大きさが少しだけ違うくらい。どうしてこんなにもぴったりの大きさなのかというと、カティマが突貫作業でどうにかしたと豪語していた。

そして、メガネをつけると――――

ぽん、と力の抜ける音がしてアインとクローネの見た目に変化が訪れた。

「ニャハハッ! ばっちりなのニャ!」

アインの髪は銀色に、クローネの髪は明るい茶色に変わった。

あとは眼鏡の影響もあって、これなら一見するとアインとクローネだとはわからない。

二人の声を知っている人が聞いても、個人を特定できないよう声音すら変わっていた。

「ふふっ、いつもと違うアインが隣にいる」

「クローネだって」

二人はそれが面白くて、ついはしゃいでいた。

「……はいはい。そういうのは外でやってほしいのニャ」

カティマが茶化すように口をはさむ。

「あとは服を王都の民と同じようなものにしちゃえば、好きに王都を見て回れるニャ。でも、クローネが行きたい店は貴族も行くような店ニャから、きちんとするのをお勧めするニャ」

ようはそれなりに格式高そうな服のほうがいいかも、ということ。

貴族でなくとも若き資産家のようないでたちでいれば問題ないとカティマは言った。

「そのあたりはマーサがいい感じにしておくって言ってたらしいニャ」

「ええ。今回もマーサさんのお力を借りることにしたんです」

「それが正解ニャ。ってなわけで二人はさっさと着替えて、さっさと遊びに行ってくるニャ!」

いきなり立ちあがったカティマがアインとクローネの手を引いた。

いつもより強引に……まるで連れ去るかのように歩きはじめたカティマだが、アインたちとの身長差のせいで、二人は小さな子に引っ張られるような体勢だった。

それも面白くて二人が笑う。

すぐに部屋の中から廊下に出された二人を、幾人もの給仕が待っていた。

近くにはクリスもいて、こちらに手を振っている。

「お二人とも、気を付けていってきてくださいね」

すると、アインとクローネは別々の部屋へ連れていかれる。

◇ ◇ ◇ ◇

大通りの一角で待つアインが、腕時計を見た。

まだ午前中だ。いくらでも王都を堪能できるはず。

それはそれとして、アインはこうして待ち合わせをした機会があまりない。特に、クローネと一緒に出掛けるとなったら片方が仕事終わりだったり、いまと違う状況だった。

いまの待ち合わせは、完全にデートをするためのもの。

どうしてこのようなことになったかというと、王妃ララルアの一言から。

『こういうのが好きっていう女の子も多いらしいわよ~』

とのこと。

隣で話を聞いていたシルヴァードは『そういうものか?』と疑問を口にして、ララルアは『女の子たちの間では憧れみたいなものって、給仕が言ってたわ』という返事をした。

アインもせっかくならそのように振舞ってみてはどうか、というララルアの提案。

否定する必要もなく、そういうのもありかと思ったアイン。

クローネを一人で歩かせて待ち合わせというのはする気がなかったのだが、そこでアーシェが途中まで一緒に行くと提案してくれたので、そこも問題はなかった。

ふと――――

アインの視界の端に、見慣れない見た目の見慣れた女性の姿が見えた。自分でもそれは矛盾していると思いながら、そうとしか言えなかったから笑みを浮かべて。

彼が視線を向けた先には、秋の服に身を包んだクローネが歩いていた。

変装用のメガネをして、ベレー帽を被った可愛らしい姿。

ベージュのニットを着て、栗色のロングスカートを合わせて彼女の清楚さを際立てた。

軽い足取りでアインの前までやってくると、

「ご、ごめんなさい! 待った?」

「大丈夫。さっき来たところだから」

「……っていうやり取りがいいのよね?」

「そうみたい」

これもララルアからの情報である。

聞いたとおりに一通り振舞ってみた二人が笑って、自然に腕を組んだ。

クローネはアインの左腕に手を預け、彼を見上げて、

「歩いていく?」

「ええ。最近はあんまり王都を見られてなかったから」

「わかった。じゃあゆっくり行こっか」

アインとクローネが毎日のように通っていた学園都市では、いまごろ多くの学び舎で授業が行われている。平日の今日はそれでも王都全体が賑わっていて、イシュタリカの繁栄を表しているようにも見えた。

二人が合流した大通りの一角は、ホワイトローズからもそう遠くない。

人が歩くためのところと馬車などが通るためのところは、等間隔に並んだ街灯で区切られている。

といっても、区切りを超えて歩いていけないわけではなく、あくまでも目印。多くの出店が立ち並ぶ、いつでも賑わう場所だ。

「……」

クローネがある出店の前でふと足を止めた。

店頭に色とりどりの果実が並んでいる。氷と一緒に魔道具で砕いてジュースにする。

出来上がりは紙でできたコップに入れてくれるようだ。

「どれにする?」

「あのね……あの真っ赤なリプルが気になって……」

「りょーかい。すみません。リプルのジュースと……こっちのを一つ」

「はいよ!」

新鮮なリプルが切られていく。

皿の上に並べるわけではないので、見た目は乱雑に。

けれど、皮を剥く速度や芯になるべく果肉を残さずにカットする技術が、クローネの目を引いた。

つい「すごいのね」と言ってアインを見てしまうくらいには、新鮮な光景だったようだ。

「お待ち。気を付けて持ってってな!」

二人分のジュースを受け取って、アインが支払う。

支払ってもらったことへの驚きではなく、こうして、普通のデートをしている経験が少なかったことから何でもかんでもうれしく思える。

「……それだけじゃないかしら」

どうせ慣れていても嬉しいものは嬉しいのだから、自分は自分が思う以上に単純なのかも。

「クローネ? 何か言った?」

「ううん。何も!」

ストローに口をつけてジュースを飲めば、ちょうどいい酸っぱさと甘さにクローネの頬がとろける。隣を歩くアインがその様子を見てから自分のジュースを口元に運んだ。

こちらはイシュタリカの中でも南方の、特に温かい地域でとれるフルーツを混ぜ合わせたものだ。

「あのさ、少しだけもらってもいい?」

「ええ。どうぞ」

アインがクローネのジュースを、そのコップに差されたストローから。

間接的に唇がくっつく。直接なら何度も経験があるのに、不思議とこんな状況になると照れ臭くなってしまう自分がいたクローネ。

だけど彼女は、頬を僅かに赤くしながらも、

「私もいい?」

「もちろん」

自分もしてみたかった。

アインがしたようなことをして、そのジュースのおいしさとこのこそばゆくも幸せな状況に浸って、足取りがより軽くなった。

ジュースを片手に歩きながら、

「そういや、何が欲しいんだっけ?」

「秋と冬の服がもう少し欲しくて。マーサさんたちはお城に来てもらうようにって言ってたんだけど、たまには自分でも見に行きたかったの」

「ああ、だからだったんだ」

「……ダメ?」

「駄目なわけないって。いつまでも付き合うよ」

ところで、マーサのような給仕たちが商人を城に呼ぼうとする理由も。

見た目にはわからずとも、身重のクローネを考えればそうするのが一番だと思って不思議ではない。クローネは次期王妃であり、身ごもった子は王位継承権を持つ。

この日のような機会を設けるために、アインが各所と連携していたことは言わずもがな。

だが、アインはクローネの横顔を見て思う。

「……どうして急にじっと見てるの?」

不満そうに言うも上機嫌さを隠しきれていない彼女の姿に、頑張ってよかった――――と。

幸せを実感し、「何でもないよ」と微笑みかけた。

◇ ◇ ◇ ◇

服を見ると言っていたが、クローネのものだけではない。

彼女にはどうしてもしたかったことがあって、こうして外に出るのなら、せっかくだからアインの服も自分が見たいという考えがあった。

彼女が足を運んだ店には壇上の服が並んでいた。

はじめに彼女の服を見るのかと思いきや、最初に向かったのは紳士服が並ぶコーナー。

「これはどう?」

「いいと思う」

「じゃ、これは?」

「……さっきのほうがいいかも?」

「わかったわ。じゃあ、さっきのにしましょうか」

やり取り自体はそう熱がこもったものではないが、見るものが見れば、それが二人ならではというものがよくわかる。

その証拠に、クローネはずっと上機嫌に服をああでもない、こうでもないといって服を持ってくるたびにアインと話していた。

次にクローネの服を見に行くと、すぐに店員の女性が近づいてきた。

店員はクローネを見て、「あら?」と首をひねる。

「どうかした?」

クローネが問うと、

「も、申し訳ありません……! どうやら人違いだったようです」

すると店員はごゆっくりご覧くださいと言い、適度な距離を保っていた。

アインがそっと耳打ち。

「もしかして、知ってる店員さん?」

「ええ。このお店の店長さんで、おじい様とも取引があるお方よ」

「挨拶しておかなくて平気?」

迷ったクローネだったが、

「ううん。今日は内緒で来てるから」

唇に人差し指を押し当てて、声を弾ませた。

二人並んで服を選ぶ様子には、先ほどの店員こと、店長も目を奪われていた。

いまはアインたちのほかに客がおらず、声をかけられたり、疑問を抱いていそうなしぐさがあれば、いつでも話しかけられるよう静かに控えていた。

そんな彼女が適度な距離を保ちながらも、どうして目を奪われていたのかというと……

「ねねっ、こっちは?」

「うん。可愛いと思う。すごく似合ってる」

「ほんとに? 可愛すぎたりしない?」

「本当だってば。大丈夫だよ」

「……なら、これはいただこうかしら」

クローネがアインに背中を押され、手にしていた服を買うことに決める。

まだ何着か見繕いたかったこともあり、そんな彼女の気持ちを店長が察して近づいた。

「そちらお預かりいたします」

「ええ。ありがとう」

店長はいまも気になった。

聞いたことのない声なのだが、聞いたことのあるような話し方の客人である。

顔だちもそう。客人の顔をまじまじと見ることはできないが、覗き見ればやはり見覚えがあるような気がしてならない。

けれど、どうしても思いつかないのだ。

もちろん、クローネの存在が頭に浮かんでいた。

しかし彼女は次期国王妃のため、髪を染めることは考えにくいし……。

「あっちを見に行ってもいい?」

「いいよ。あっ、ほら。あれとか似合いそう」

一見すれば身なりのいい恋人同士。

それも、貴族というよりは商会に所属するような資産家?

とても距離の近い男女だ。店内なのに、手なんか指を絡めながら繋いでいるし、まるで解き放たれたかのように仲睦まじくしている。

そして男性が時折、女性の腰のあたりを気にするように手を添える仕草だ。

何着か見繕い終えたアインとクローネが、店長の案内でカウンターへ。

そこで雑談を交えながら、

「とても仲睦まじくて、こちらも温かい気持ちにさせていただいておりました」

世事のような言葉でも無視はできない。

アインは「ありがとうございます」と答えた。

やはりこの男性、一つ一つの所作が洗練されているような気がする。たとえば料金を支払うときの、お金を置く仕草一つとってもそう。

立ち姿からは、何か威厳のようなものすら感じられる。

――――正直に言えば、隠しきれていなかった。

たかが髪の色と声音に変化が訪れようと、沁みついた所作を隠すことは至難。

それはアインに限らずクローネもそうだった。こうしてカウンターの前で間近で見ていると、決して一般人には見えない。

支払いを終えてから、仕立て直しの話をした。

しかし、アインが「それは大丈夫です」と言って、服をしまった紙袋を受け取ってしまう。

どこか別の仕立て屋で調整するのかと思っていた店長だが、アインたちが退店しようとしていたので、そのまますぐに見送った。

本当に仲睦まじい夫婦――――あるいは恋人同士。

店長はしばらくの間、アインたちが歩く姿に目を奪われていた。

◇ ◇ ◇ ◇

それから数十分後。

「失礼する」

グラーフ・オーガストがこの店に足を運んだ。

いつも通り仕事の話をした後で、店長は世間話がてら茶をふるまった。

そこで、何となく尋ねてみる。

「クローネ様って、髪を染めたりされてませんよね?」

「む? 何のことだろうか?」

「いえその、とても似てるお客様が先ほどいらっしゃったので……。ですが、声と髪の色が違っておいでだったのです」

「では別人だと思うが……そもそも、クローネは一度も髪を染めたことがないし、王太子殿下もクローネの髪を愛しておいでだ。わざわざ染めるようなことはしないはず」

「……ですよね。すみません、変なことを申し上げてしまいました」

◇ ◇ ◇ ◇

屋台で甘味を買って食べてみたり、港へ向かって夕暮れの海を眺めたり。

この一週間をどう過ごすか話しているだけで、いつもの王都の景色がキラキラして見えた。

王都は広い。

しかし帰りも自分の足で歩く二人が、大通りをそれることなく。

大通りは奥へ進んで城に近づくにつれて、貴族街が近づいてくる。高級店が立ち並び、少しずつ貴族の家々が見えてきた。

馬車に乗らずに歩く貴族の姿も多い。警備の騎士もそう。

アインとクローネは時々、周りの人の視線を感じながら気にせず歩いた。

ようやくたどり着いた城の前。

何人もの騎士たちが立っていて、ここで変装を解かなければ城門をくぐることすら叶わないのだが、騎士たちはアインとクローネを見ても警戒する様子がない。

どうしてなのかと不思議に思っていた二人が、城門を警備する騎士の隣にマーサがいるのを見た。

彼女はアインたちの帰りに笑みを浮かべて出迎えたのだ。

「お帰りなさいませ。今日はいい一日に――――いいえ。聞くまでもなかったようですね」

マーサはアインとクローネの表情に浮かんだ喜色から察し、質問を終えた。

すぐにアインとクローネが持っていた紙袋を預かると、二人の変装を支える眼鏡を見た。

アインは少し迷ってから、

「せっかくだから、このままで」

「ええ。すごく新鮮でした」

「おや? お二人は明日からも数日、ごゆっくりされるのでは? 新鮮な休日はこれからかと」

それもそうだ。

しかし、今日はこのくらいにしておこう。

空はもうすっかり暗い。たくさん歩いたのだから、あとは明日に備えてゆっくり休んでおくべきだ。

……でも、寝る前に今日の出来事を話すくらいなら。

――――城に帰った二人は湯を浴びた。

夕食を終えてから、アインの部屋に戻らずこの日の終わりを惜しむように中庭へ。

幻想的な明かりに包まれたこの場所で、

「あのね」

アインの前を歩いていたクローネが彼を振り向き、足取り軽くアインに近づく。

彼女はすぐにつま先立ちになって――――

軽く、唇と唇が触れ合った。

離れると、今度は彼の背中に両手を回してぎゅっと抱き着く。

アインの胸板に顔を預け、匂いを擦り付けるように。

重なり合った身体で鼓動の音を交換して、すぅっと息を吸った。

「……もう。大好きって言いたかっただけなのに、なんかすっごく緊張しちゃった」

はにかんだ顔は、赤らんだ頬とともに。

今度はアインから口づけをしようとすれば、クローネは再びつま先で立つ。

二度目は軽くではなく、十数秒にわたって。

口づけを終えたアインがクローネの頬に手を添えた。

クローネはその手に頬を預けながら、愛おしそうに自らの手を添えた。