軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルダーリッチと、赤狐と。

新技術の見本市と聞いたアインは最初、人で賑わうことはあっても、祭りのような賑わいというよりは魔法都市イストがより一層盛り上がるくらいと考えていた。

しかし、実際は文字通り祭りのような賑わいである。

アインを乗せたリヴァイアサンが視察に来ると、一気に注目を集めた。

王太子の存在もそうだが、研究者によってはリヴァイアサンをこれほど間近で見る経験がない。

過去には軍港としても栄えたグラベル港。ここならリヴァイアサンも余裕で停泊することもできるから、文字通り間近にあった。

バハムートが実践導入され、且ついまも完成に向けて作業が進められていたとしても。

それでも、リヴァイアサンに搭載された技術は間違いなく最新鋭である。研究員たちがまじまじと眺めてしまうのも無理はない。

「殿下、早速」

「ああ」

近衛騎士に言われ、アインがタラップを歩く。

すでにマルコがその先でアインのことを待っていた。

――――大きいな。

グラベル港の規模は想像以上で、盛り上がりもまたそう。

アインがさっき確認していたように、まさしく祭りのような盛り上がりにある。

この港は軍港の名残りとして、戦艦の管理に用いられる巨大なドックがいくつも立ち並ぶ。そして、港で暮らす者たちが過ごしていた民家もいくつもあった。いまではそのほとんどが別の施設に建て替えられているものの、当時の生活ぶりが窺える。

立ち並ぶ施設群と港が連なる大通りを隔て、此度の見本市に向けての準備が最終段階。

民家が何件も入りそうな巨大なテントも、わざわざ明日からの催し事に向けて施設を作り上げた研究所もある。海上にも、専用の船を利用した展示スペースがいくつも並んで、それらを繋ぐ急ごしらえの橋が水面に揺れていた。

「殿下、カティマ様が所長を務める研究所はあちらです」

「聞いてた通り、船上かな」

「はっ! オーガスト商会が保有する大型船のうち、甲板が特に広く、こうした発表の際も扱いやすい船が用意されたとのことです」

タラップを歩きながら見る。

歩いて十数分もあるだろうか? アインが視線を向けた先にあるのは水面に浮かぶ橋と、その橋を囲むように浮かんだ船の数々である。

船もまた、様々な見た目をしている。

民生のものからイシュタリカ保有のものまで、色々な船があった。

タラップを抜け、桟橋に降り立った。

石造りの桟橋を歩いていると、アインにいくつもの声が届く。

研究者たちの声に応えながら歩くこと数分。

「殿下?」

足を止めたアインが周りを見る。

いつの間にか笑みが浮かんでいた。

足を止めた理由は、グラベル港の賑わいを楽しく思って。

通りを埋め尽くさんとする出店の数々は、恐らく明日からの来場客をもてなすためのものだろう。商人たちがもたらす賑わいは、明日からの見本市の雰囲気をよりよくするはず。

行き交うのは研究者に限らず、様々な仕事に従事する者たち。

明日からは一般の人間もやってくる。楽しみだ。

「ごめん。楽しそうだなって思って」

「わかりますよ。研究所によっては特定の日のみの展示となりますが、どの日も研究者や国民の目に留まるでしょうから」

きっといままでにない催し事として、成功を収めるはず。

視察に来たアインは辺りの雰囲気も楽しみながら、

「とりあえず、カティマさんのとこを見に行こうか」

騎士やマルコを連れ、グラベル港を歩いて回った。

視察ということで派遣されていたが、賑やかな雰囲気を一足先に堪能することができたとともに、明日以降の出展は、誰かと見に来ようという気持ちにさせられる。

夕方になる頃まで皆を労うつもりで練り歩き、帰る頃には少しだけ疲れていた。

◇ ◇ ◇ ◇

夜、城に帰ったアインが自室で話をする。

クローネとクリスの二人と一緒に。

「私も来年は見に行けるかしら」

そう言ったのは、お腹に子を宿したクローネだ。

いま、彼女の体調は以前と違い落ち着いているものの、あまり無理をしてまで見本市を見に行く必要はない。興味がないわけではないが、今年は避けてもよいと思われた。

はじめは一緒に行くこともなしではないと考えられていたけれど、最終的に。

いままで存在していなかった種族であるドリアード……

アインに根付き、人ではなくなった彼女も、彼女の周りの者たちも慎重にすべきという判断で一致している。

「行けると思うよ。来年は一緒に行こう」

「ええ。楽しみにしてる。――――けど、来年は別の理由で行けないかもね」

くすくすと楽しそうに笑うクローネと、彼女の隣に座るクリスが笑っていた。

二人とも、いまの話だけで来年も難しい可能性が生じる理由を共有した。

アインは少しだけ遅れて、「ああ!」と手を叩く。

「子供が生まれたら、また状況が変わっちゃうしね」

「ふふっ、そういうことよ」

「ですけど、いつ頃になるのでしょうね……シルビア様は何か仰ってましたか?」

「ええと……早くて来年の春じゃないかって」

クローネが慈愛に満ちた表情でお腹をさする。少しずつお腹が大きくなっていた。

純粋な人と違うペースであることは、やはり特別な種族だからだろうとシルビアが断言している。実のところシルビアにも判断しかねることが多いため、多くは様子を診ながらだった。

明らかなことは、クローネとお腹の子供が健康であること。

そのことはシルビアが『私の魔石をかけて保証する』と言った。

もっとも、そのあとでクローネが場を和ませるつもりで『でもシルビア様の魔石は、アインが吸っちゃってますよ』と言って皆を笑わせた。

……つまるところ、春頃には生まれるだろうと言うことと、見た目の変化が人と違うペースであることはドリアードだから。

子供が生まれるまでの時間もやや違うのは、同じことであると。

「私、最初は男の子じゃなくちゃいけないのかなって思ってたの」

「跡継ぎって意味で?」

「そう。でも大丈夫だって、陛下とララルア様がこの前仰ってたわ。元気な子が生まれたらそれでいいって。むしろアインのような長男ができたら、きっと大変だろうって笑ってたの」

「……え? それって俺はどういう反応をすればいいの?」

「ふふっ、さぁどうかしら」

「あ、あはは……だけどわかるような……」

クリスも同調すれば、アインは座ったまま腕組み。

天井を仰ぎ見てから十数秒後に、

「――――俺に似て活動的な女の子でも、色々と大変だと思わない?」

二人を「確かに」と笑わせた。

別にいまの話はアインを貶めたいわけでも、彼に文句を言いたいわけでもない。彼の英雄的資質は誰もが認めるところだから、二人の美玉にとっても誇らしくてたまらない。

ただ、幼い頃のアインをよく知る二人だからこそ、少し軽口を言い合いたかっただけなのだ。

「だから俺も、まずは元気でいてくれたらいいって思ってるよ」

「うん。だから今年はちゃーんと我慢して、お城で待ってるからね」

「お土産、買ってく――――いや、あのさクリス、見本市でお土産って言うのはさすがに変かな?」

「あると思いますよ? いろんな研究所がこぞって試供品みたいな小さな品を売り出すでしょうし、魔道具だって販売されるって聞いてます!」

「へぇー……そんな感じだったんだ」

「ですです。というかアイン様、今日の視察でお店に並んでませんでしたか?」

「出店はたくさんあったけど、そういう品も並ぶとは思ってなくて」

言ってしまえばまだ開催前だからこそでもある。

見本市でしか販売されない品もあるとクリスが言えば、アインはそれを土産の品にすることを決めた。

彼は一度、思い出したように立ち上がって二人の傍を離れる。

「ちょっと行ってくる。ウォーレンさんと明日の話をする予定があったんだ」

アインがいなくても、二人はこの部屋に残る。

最近ではそれが当たり前だったから。

自室を出たアインが窓の外に広がる夜景を一度眺めてから、ウォーレンが待つ執務室へ向かう。

途中、彼に声を掛ける者がいた。初代国王を拾い、自らの子として育てたエルダーリッチのシルビアである。

彼女は自慢の黒髪を揺らしながらアインの傍にやってくると、

「明日は私も見に行くつもりよ」

グラベル見本市の初日に、午前中だけでも現地へ行くと彼女は言った。

「魔道具を見に行くんですか?」

「ええ。アイン君に召喚してもらうようになってから、時間があれば現代の技術とか学問に目を向けていたんだけど、ちょうどいい機会じゃない?」

「確かに。てかシルビ――――母上、まだ学ぶことがあるんですか?」

ここで敢えて母上と呼べば、シルビアがアインを見る目がより一層子を見るそれに代わる。

アインの問いは、シルビアほどの女性でも学びを得られるのだろうか、という疑問。

「いつだって学べることはあるわ。学べなければもう知っているか、あるいは学ぼうとしていないだけよ」

何やら小難しいことながら、なるほどと理解することはできた。

◇ ◇ ◇ ◇

前日もお祭り騒ぎのようなそれだったのだが、当日は前日を余裕で上回った。

はじめての開催を祝う号砲がいたるところで大きな音を上げ、天高く放たれている。

この催しを祝うため、国王シルヴァードが挨拶に限り来訪していた。こうした催し事に彼が顔を出すことは滅多にない。

来年に迫る王太子の即位に先立ち、顔を出す機会が増えているのだろうというのが皆の考え。

それは正しくて、シルヴァードはアインのためにこうした機会を設けていた。

アインもまた、傍で多くを学ぼうとしている。やがて王位を継いだときのために学ぶべきことが多く、成すべきことも多い。

――――それらのことはそれとして、会場の中心で挨拶をする王族たちに皆の目が釘付けになっていた。

この隙に……本当はどこかのタイミングでこっそりアインと展示会を見て回りたい、そう思っていた一人の女性がいた。

城に残るクローネでも、別の仕事で王都に残るクリスでもない。

その女性の名はシャノン――――アインに救われた赤狐であった。

「すごい。いろんなものがあるのね」

町中を歩く彼女の姿は目立たない。

そういう魔法を使いながら歩いていたのだが、時折、その美貌に誘われるように異性が気が付く。

皆、例外なく目を奪われてしまうのだが、気が付くと彼女を見失っていた。

幻覚? そう勘違いするほど美しく、そして突然消えてしまったのである。

いずれもシャノンが古い魔法で認知されづらくなるようにしているからなのだが……

彼女が急に、通りの片隅で足を止めた。

「……いい香り」

甘い香りを放つ屋台だった。

恐らく焼き菓子を売っているのだが、シャノンはその香りに鼻孔がくすぐられている。

思わず足を止め、香りを放つ屋台を眺めた。せっかくだからアインの仕事を手伝ったりして、少しだけお金を貰っておけばよかったかもしれない。

現にアインが似た提案をしたことはあったが、彼女は断ってしまっている。

でも自分がそんな風に楽しんでいいのかという自責の念も。

自分でも曖昧なことは自覚していた。

自責の念があって、だけどアインに救われた彼女がこうした雰囲気の中で一人で歩いていることに。

楽しんでいいのだろうかと思いながらも、楽しんでいる自分の存在も知っていたからこそ。

最後に彼女は、屋台に背を向け歩き出そうとした。やっぱり、こんな明るいところを一人で歩いているのは性に合わない。

そう思っていたのに――――

「意外ね。あなたって甘いものとか好きだったかしら?」

声が届いた。

ずっと……何百年も直に耳にしていなかった、エルダーリッチの声が。

シャノンはゆっくりと振り向いた。

痛いくらい鳴り響く胸が振り向かない方がいいと告げているようだったけれど、彼女にそんなことはできるはずもない。

数えきれないくらいの感情が蠢くも……

逃げることなく、声を掛けた女性に顔を向けたのである。

「――――シル、ビア?」

「ええ……久しぶりね、シャノン」

きっと誰も、信じない。

イシュタリカではじめて行われる見本市の、その一角にて。

魔王大戦の中心にいた二人が数百年ぶりに顔を合わせていたなんて、誰が話を聞いても耳を疑うに違いなかった。

「……とりあえず」

シルビアは意外にも冷静に提案する。

「あれ、買ってあげるわね」

それはシャノンが気を取られていた甘い焼き菓子のこと。

シャノンは想定外の提案を聞き、その双眸でまばたきを繰り返した。