軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次は秋に。

某日、王都にて。

「――――師匠とアイン君の間に、何があったのかしら」

ダークエルフが住まう森の神樹での騒動から、はや一週間。

エオーラが大層不満そうにしていた鉄の国の祖先のことに加え、最終的にあの森で何がどうなったのかカインとロイドの口から報告された。

そして、セラが呟くように言っていた『どこかに仕込んでいるとは思うたが、あっちじゃったか』という言葉も。

イシュタリカが追う銀髪の男の影を感じて止まず、ウォーレンをはじめとした面々がいま、ダークエルフたちとの今後も踏まえて多くを話し合っている。

シルビアも度々意見を求められることがあって、王都の重鎮らと会話をする機会が何度もあった。

しかしいま、彼女の心にもっと強く印象付けられていたことこそ、彼女の師であるセラの存在だった。

「シルビア、ここにいたのか」

「……あなた」

城を一人で歩いていたシルビアに、その後ろから声を掛けたカイン。

二人はどこへ行くわけでもなく城内を歩きながら、何も語ることなく城内の様子を眺める。

城内の喧騒を眺めながら。

「この前はお疲れ様。私もやっとゆっくりできるようになったわ」

「俺もだ。昨日まで飛行船であちらとの往復つづきだったから、ようやく落ち着いて話ができる」

「師匠とのこと?」

「それもだが、色々なことをだ」

「じゃあ、 シャノン(あの子) のこともってことかしら」

「ああ。彼女の存在自体は、俺たちも前々から知っていた通りなのだが……」

セラが言っていたようにカインにはまだ迷いが見える。シャノンに対して思うことはいくつもあるが、彼女に何らかの事情があってあの結末を迎えたことも感覚で知り得ていた。

ただ、アインが知るほど詳しい情報はカインもシルビアも知らず、いまだ複雑。

アインはすべて知っているようだから、ここにいる二人とはまた印象が大きく違っていた。

「とりあえず、私に任せて」

「いいのか?」

「もちろん。だってあなたったら、凛々しい見た目と裏腹に、予想外のことが起こると気が動転する節があるじゃない。これが戦いに限った話なら私も気にしないんだけど」

「…………」

「あら、どうして頬を引き攣らせてるの?」

シルビアが口にした言葉に対し、カインは既視感を覚えていた。

ついこの間、神樹の頂上付近で話して間もないような言葉をいま、他でもない妻の口から聞いたとあってつい微妙な反応を示してしまう。

「シルビアの師も、同じようなことを口にしていた」

「――――まぁ」

シルビアは嬉しそうに笑っていた。

「師匠は私の母みたいな人だから、似てて当然よ」

「言われてみれば、話をしているとシルビアのことが頭をよぎっていた。なるほど、確かにそう考えてみれば不思議じゃない」

「そういうことよ。だからあの子のことは一度、私に任せて」

「すまないが、そうしてくれ」

夫の不器用さが愛おしかった。

シルビアは「ええ」と呟きくすりと笑う。

「ところで」

カインが話題を変える。

「黄金航路の相談役だった銀髪のことだ。シルビアの師もその男を追っているらしい」

「知ってる。あなたが報告したものね」

「ああ。だが詳しくは聞けなかった」

「それも知ってる。師匠のことだから対価を求められたでしょ。私たちが欲してるような情報を師匠から聞こうとしたら、きっと大変よ」

やはりそうした人となりなのだろうとカインが苦笑。

「アイン君と師匠の間には、私たちが旧王都で暮らしていた頃から縁があったみたいね」

「そのようだ。何らかの取引を交わしていまに至るといったところだろうが、彼女が追う男のことはアインも知らないだろう」

実際、アインと元相談役の間に昔からの関係はない。

そして多くを知らされていないから、彼自身戸惑うばかりだったのだが。

「師匠はまた会いに来るって言ったんだし、待ちましょうか」

いまはこれで結論として。

アインに聞いても答え辛い側面もあるだろうし、この様子ではあまり多くを聞くことはできない。

いまはただ、アインとセラの間に関係があったということと、シャノンの復活にセラが関わっていた事実を確認できただけで話を終えた。

◇ ◇ ◇ ◇

国王シルヴァードの私室のバルコニーから、城下町を見下ろす二人がいた。

「メリナス殿との話も順調なんですね」

「皆の協力あってな。ルギスもいずれこちらに来るそうだ。今後はダークエルフを率いる貴族として、王都で学びを得たいと言っている」

「へぇー……どこで何を学ぶんです?」

「余が聞いたところによると、マルコの傍で多くを学ぶそうだぞ」

「……え? マルコの傍で?」

道理で反対する貴族の意見などが話題に出なかったのだと思いつつ、アインは何故マルコの傍なのかと不思議に感じた。

「里へ向かう飛行船の中で、マルコからイシュタリカの成り立ちを聞いたそうだ。以来、同胞を率いる一族の者として、学ぶべきことが多いと感じたらしい。マルコの傍でなら、自分が学びたいことをすべて学べると思ったそうだ」

「それ、マルコは何て言ってたんですか?」

「受け入れると言っていたぞ。イシュタルのことやイシュタリカのことを教えるなら、自分が適任だとな」

確かにマルコほどの適任はそういないが……。

アインは驚きの中で様々な感情を抱くも、マルコ自身が決めたことで、シルヴァードも許可しているのなら問題ないと判断した。

あのマルコに教わるのなら、イシュタリカに牙を剥く可能性も考えられない。

むしろこれこそ、最善の結果に収まったような気がしてならない。

「余としても安心したところだが、アインもそうなのではないか?」

「かもしれません。急な騒動と言うことで思うところはありましたけど、なんだかんだ神樹も無事で、ダークエルフたちとの今後も問題ないなら、言うことはありません」

来春には即位を控えるアインにとって、一つ心配事がなくなった。

その一方で彼には、例の元相談役の件が深く心に刻まれていた。それはシルヴァードにとっても同じことで、最近の妙なことつづきに考えることが山ほどある。

「何者なのか、調べる術はないのだろうか」

「……黄金航路の残党、というと言葉は悪いですが、関係者だった者たちへの取り調べは常にされていると聞きます。そちらの結果はどうでした?」

「何も。黄金航路を率いていたベイオルフのことは覚えておるな? かの銀髪の男は、昔からベイオルフの傍にいた。ベイオルフがマダムの傍を離れるその前からいたと、そう口にする者もいたそうだ」

「ということは、かなり前からですよね」

「それ以外に情報らしい情報はない。前に調べたときと同じく、銀髪の男がベイオルフに徴用されていたということと、ベイオルフに注ぐ権限を与えられていたことくらいだ」

素性は知らずとも、相談役としての手腕は見事なものだった。

黄金航路は実力主義の面が顕著だったこともあり、それだけでも認められていた。

前と変わらず、生まれ故郷や名前にいたるすべてがわかっていない。

アインはそうした事実を再確認したところで、これまでの本格的な調査で何一つめぼしい情報が得られていない事実にため息を漏らした。

(どうにかしてセラさんに会って話がしたい)

そう思うと、この前の神樹の件のときに自分が行けばよかったと思ってしまう。実際にはクローネの傍にいるべきと言う判断が正しかったから、どれが正解だったのかというと難しいのだが。

しかし、アインが何としてもセラと話がしたいという気持ちは変わらない。

どうにかして会えないものか――――

考えたアインが、

「――――あ」

「む? どうしたのだ?」

「い、いえ、何でもありません!」

気が付いた。

セラに直接会えないのなら、彼女に連なる人物に尋ねるのはどうかと。あわよくばセラの居場所を聞けないかと閃いた。

(木霊に聞けないかな)

だがここで問題となるのは木霊が神出鬼没であることだ。

ハイム戦争当時にアウグスト大公邸に姿を見せたと思えば、シュトロムにも現れたことがある。はじめた会ったのはハイム戦争以前に遡り、エルフの里でのことだ。

木霊は木霊で神出鬼没なのだが、どうにかなりそうだと思う自分もいる。

少なくとも、セラを探し出すよりよっぽど楽だった。

(もうちょっと落ち着いたら考えよう)

どうするかはまた後ほど、諸々を落ち着かせてから。

「クローネの体調はどうだ」

「もうだいぶ落ち着いています。シルビアさんが言うには、後は子供が生まれるまで慌てるようなことはないだろうとのことで」

あくまでも、彼女をはじめとした者たちの助力あってこその言葉だ。

それほどまでに、いまのクローネは多くの者に支えられている。次期国王とその妃の子供となれば、これくらいの支えがあって当然だろう。

シルヴァードも胸を撫で下ろした様子で頬を緩める。

二人はこの後、別々の仕事があった。

まずはアインの方からシルヴァードの下を離れ、自室へ向かう。

ソファに座って仕事をしていたクローネと目が合った。

「アイン、陛下とのお話は終わったの?」

「うん。次の仕事に行く前に、クローネの顔を見たくてさ」

「……もう。心配しすぎ――――とは言えないわね。実際に私のことでお世話になっちゃってるから」

アインの優しさが嬉しくて、それ以上は何も言わない。

部屋に寄ってくれた彼と抱擁と口づけを交わし、時計を見たクローネ。

「せっかく来てくれたのに、すぐ次の仕事ね」

「あー……思ってたより時間がギリギリだったのか……ごめん。きて早々だけど、もう行かないと」

「ううん。その……私の方こそ、ありがと」

「いやいやいや、むしろ俺の方が元気にしてもらってるから気にしないで。仕事の前にクローネを見れたから、この後も頑張れるよ」

「ふふっ、そう言ってくれると私もうれしい」

来て早々と口にした通り、アインは名残惜しさを覚えたままに自室を後にした。

この後は城を出て何人かの貴族と会う必要がある。もちろん、先日のダークエルフの騒動で多くの仕事が生じていたから、その折衝としてである。

◇ ◇ ◇ ◇

城を出たアインを迎えたのはクリスだった。

用意されていた馬車の前にいた彼女と中に乗り込んで、

「あのさ、クリス」

「何ですか?」

「木霊と会いたいって言ったら、どう思う?」

シルヴァードと話してたときに思い付いた言葉を口にした。

「難しいと思います。いくらアイン様が気に入られているとはいえ、ご存じの通り木霊は自由な精霊ですから……」

「……だよね」

エルフの里で長い時を過ごしたクリスにとっても、そう言わざるを得なかった。

半ば予想していた通りの返事だったからアインも落胆はしなかったが、どこから手を付けようかと少し考えさせられる。

しかし、そのときだった。

「呼んだー?」

「ねぇねぇ、世界樹様、私たちのこと呼んだのー?」

馬車の窓が風で開かれると同時に、木霊の姉妹が現れたのである。

「――――クリス、会えたよ」

「え、ええ……会えちゃいましたね……」

「ねーえ! ねえってば! 世界樹様、私たちのこと呼んだよね? どうしたの?」

「聞いて聞いて! 私とお姉ちゃん、いま帰って来たばっかりなんだよ! そしたら世界樹様が私たちのことを話してる気がしたから、ここにきたの!」

内容はどうあれ、会いたいと思っていた双子たちと会えた。

これ以上望むことはないと思いながらアインが言う。

「どこに行ってきたの?」

「あっちー!」

「たくさん人が来る町を見てきたの! 楽しかった!」

「うん? たくさん人が来る町? 王都じゃなくて?」

小首を傾げたアインと違い、クリスは「もしかして」と手を叩く。

「木霊たちが指差しが方角から察するに、 グラベル港(、、、、、) だと思います! 秋になったら魔道具関連の発表会が開かれますから!」

「うん! 海の傍だったよ!」

「船がたくさん来てて、馬車もたくさんあったの! すっごく元気だった!」

秋になるまでまだ時間があるものの、クリスがいう魔道具の発表会の規模が関係していた。

イシュタリカにとってこれまでにない規模の発表会となるらしく、国内中の工房や研究機関の者がこぞって足を運ぶはじめての催しだった。

その会場となるグラベル港だが、数百年前まで軍港だったところである。過去にはリヴァイアサンが進水する前にも用いられた巨大な港の一つだ。広大な敷地に敷き詰められた石畳の面積は、港町ラウンドハートが収まるほどの規模を誇る。

話を聞きながら、アインはそういう発表会があると報告を受けていた記憶を思い出した。

「前にカティマさんが言ってたような。ここ一、二年で街道とかも整備されたんだっけ」

クリスが「それですっ!」と微笑む。

すると、馬車が大通りの一角で止まった。

予定に変更があったらしく、急いで足を運んだ文官が馬車の外に立っていた。クリスが話を聞くために一人で馬車を降りた。

「あのさ、二人に頼み事があるんだけど」

「うん! 世界樹様のお願いなら割と聞いちゃうよ!」

「聞いちゃうよ! 応えてあげらえるかわからないけど!」

「大丈夫だよ。できたらでいいからさ」

アインは無理だろうなと思いながら木霊に問いかける。

「二人のママと話がしたいんだけど、探せない?」

「うーん……探せるけど大変だよー?」

「ママの魔力って見つけにくいんだー……」

難しそうに、申し訳なさそうに項垂れた二人を見たアインが笑みを繕う。

大丈夫、気にしないでいい、そう言って慰めたのだが、

「世界樹様はママに会いたいの?」

「そ。聞きたいことが山ほどあるから、今度こそ逃がさないように捕まえて話をしようと思ってさ。でも難しいなら別の方法で――――」「それなら、秋に行ってみるといいよー!」「――――へ?」

間抜けな声を漏らしたアインが木霊たちの間で視線を往復させた。

「秋にって、どういうこと?」

「ママが昨日言ってたから。秋になったらまた来るーって!」

「ど、どこに!? というか昨日!?」

「そうだよー! 私たちが行ってた場所にママもいて、お話しできたの!」

「……う、嘘でしょ」

いまのアインの言葉は二人を疑うようなものではなく、あくまでも、驚きによるもの。

まさか水列車で一時間程度の距離にいたとは思いもよらず、馬車の席に深く座り直した。

「二人のママは、昨日と同じところに来るの?」

「そう言ってた! だから私たち、秋になったらまた会いに行くの!」

「うん! ママも会いに来ていいって言ってたから!」

よし、とアインが握り拳を作る。

想定外の流れから想定外の幸運が降ってわいて、セラと会えそうな気がしてきた。

木霊たちは着たときと同じく急に、楽しそうに馬車の窓から外に出ていく。アインは彼女たちに手を振って見送ると、クリスが馬車に戻って上機嫌なアインにきょとんとする。

「木霊が帰っちゃったみたいですが……アイン様はどうしてニコニコしてるんですか?」

「すごくいいことがあったからさ」

「……いいこと?」

「何でもないよ。ほらクリス、中に来て話を聞かせて」

きょとんとしたままのクリスはその言葉に従い席に着く。

文官から届いた連絡を共有してから数十分後、馬車を降りた二人が王都の一角にて。

石畳の上を二人で歩きながら、

「グラベル港って、王都から通えるよね?」

「十分通える距離にありますよ。あっ、もしかして気になってきたんですか?」

「実はね。どうにか様子を見に行きたいと思ってるよ」

「たはは――――じゃあ、クローネさんたちにも相談しませんとね」

「うん。細かなことは後回しだし、秋の催し事なら余裕があるからさ」

絶対にセラと会って話を聞かねばならない、アインがそう意気込む。

秘密主義のセラに対しても今回は絶対に問いたださなくては――――これまでの状況からそれ以外の選択はないと強く思って。

アインは空を見上げ、

「どうにかなりそうかも」

シュトロムでの騒動以来になるだろう。

一応、少しでも動いておいた方がいいと思いつつ、セラはもうグラベル港を去っているだろうからいまから追っても遅いとも思った。

だがアインは秋、必ずセラと再会すると考えて、

「次は逃がしませんよ――――セラさん」

そう、呟いたのである。