作品タイトル不明
神樹の地下。
神樹の中、樹洞を利用して設けられた地下へとつづく階段だった。
壁沿いの灯りはいくつもあるが、どれも松明ではない。燃え移れば神樹が焼けてしまうと思え場当たり前のことだった。
「 雪王岩(せつおうがん) を利用した灯りなのです」
雪王岩は地下にある鉄の国でも使われていた素材で、それ自体が光ることから多用されてきた。
ここでそれが使われていることに、鉄の国を捨てた過去の王族の存在を窺わせて止まず、階段の途中で足を止めたエオーラは腕を伸ばして灯りに触れて頬を歪める。
「――――しかも改良型なのです。地味に技術力がわかってイラっとするのです」
「やはり、国を捨てた王族たちの技術は相当だったようだな」
「はい……なのです。とてつもなく憎くてたまりませんが、技術だけは認めてやるのです」
「だがそれもあと少しだ。そちらもこの後すぐに過去の因縁を終わらせられる」
コクリ、と頷いたエオーラがカインに先んじて階段を降りていく。
もう地上階くらいの高さにいるはずなのに、階段はまだ遥か下までつづいていた。
「ところで、カイン様に聞きたいことがあるのです」
「何だ?」
話しかけておきながら、エオーラはつづく言葉を口にするのに時間を要した。
うん? と首を捻ったカインがエオーラの後につづいて階段を降りること、更に数十秒後のことだった。
「……鉄の国近くの地上で、私が生まれる数百年前にちょっとした事件があったのです」
「ほう、気になるな」
「山が切り裂かれ、周辺に異常繁殖していた魔物が一度に姿を消した事件なのです。当時は大地も揺れて鉄の国にも影響が出たのですが……何か知ってますか?」
「わからんな。似たような騒動ならいくらでも――――いや、待て」
カインが歩きながら考えた。
手を口元に運ぶと、次に「ううむ……」と考え出す。すると、これまで静かにしていたマルコが口を開いて、「確か――――」と語りだす。
「 有翼人(ハーピー) を救った際のことではないかと」
「……ああ、そんなこともあったな。異常繁殖した魔物たちがハーピーの住処を狙い、山を襲ったんだったか」
「そのことです。我らの手でハーピーの避難は完了したものの、殺気立った魔物たちがこちらを追ってこようとしたので、カイン様が戦いを終わらせました」
「そうだ。あれは確か地中深くにもぐりこんだ魔物を巣ごと討伐するためだった。幼いハーピーが地中に引きずり込まれたから、いっそのこと山を切り裂けばいいと思ってな」
「……ど、どうしてそこから。山ごと切り裂く選択になるのです……?」
「手っ取り早かったからな。時間をかけて幼いハーピーが食われたら何も言えん」
だが、それがどうしたというのか。
先を進むエオーラが苦笑いを浮かべていた。
「あの地に生息していた魔物たちは、鉄の国も狙っていたのです」
踊り場で足を止めたエオーラがカインに振り向き、可愛らしくお辞儀をした。
「ありがとうございますなのです。鉄の国では何があったのか不明ながら、山が割れたおかげでこちらも助かったという記録があるのです」
「気にするな。意識して山を切り裂いたわけじゃない」
「ですが、結果的に助かったのでお礼なのです」
「――――几帳面だな」
カインはそう言いつつも頬を緩め、悪い気はしていなかった。
旧王都が誕生した頃のイシュタリカには、成り行きとは言え大陸の困っている人々を救うという目標があった。知らず知らずに鉄の国の民も助けていたと思えば、昨今の事情はどうあれ当時の者たちは喜んだだろう。
それには興国時の思いもあり、喜ばざるを得なかった。
「お二人とも、先を急ぎましょう」
軽い話を交えながらの行程はマルコの声で再開され、踊り場からさらに下へつづく階段を進んだ。
途中、何度も踊り場を経由した。宝物庫をはじめとした重要な施設も地下にあるため、時折、そうした踊り場などが何度もあった。
もうすぐ最下層と思しきところまでやってくると、
「……ここに来るまでもありましたが、最下層に近付く度に反応が強くなってるのです」
と、エオーラがその手に小さな魔道具を持ちながら言った。
何を持っているのかと覗き込んだカインが見たのは、懐中時計のような何かだ。時計版はなく、代わりに簡素な温度計のように液体が上下する目盛りが並んでいた。
「それは何だ?」
「魔道具の反応を探るものなのです。目盛りが分かれてるのは、魔道具の性質によって反応を区別しているからなのです」
「ほう……イシュタリカにも似たようなものはあるが、少し違うらしいな」
「はいなのです。私たちが使う魔道具の場合、魔道具に用いる魔石の力で区別しているのです。魔石の質や魔石の主だった魔物の傾向などから、細かく判断できるのですよ」
「それは頼もしい。ところで、どのような反応がある?」
やがて、最下層に降り立った三人。
巨大な扉の前の広場にて、
「これから大きく、何かをしようとしているような反応が」
この扉の、その奥の方から。
エオーラがそう言えば、カインはふぅ、と息を吐く。
「マルコ、ここで見張りを」
「かしこまりました」
「俺たちは予定通り奥へ進み、目的の魔道具を探す」
「エオーラ殿に魔道具の仕掛けを書き換えていただくのですね」
「ああ。予定通りにいけば――――」
「増殖した魔道具が自らの魔力に耐え切れず、端から収縮していくのです! 最終的に本体が残されるので、カイン様にぶち壊してもらえばいいのです!」
「だそうだ」
「わかりやすくて助かります。では、ご武運を」
大きな扉は木製で、彫刻が施された豪奢なそれだ。
左右に開くと薄暗い中にいくつもの墓標が並んでいる。
「どこなのです? 例の場所は」
「奥だ。イシュタリカが不思議な空洞を発見した後で、更に地下へ向かう道を用意してある。
カインが辺りを見渡すと、地下にある墓所の片隅にわかりやすく大きな穴が開いている。
穴の傍へ向かうと縄梯子があった。
「俺が先に行く」
「はいなので――――って、えええええ!?」
カインは縄梯子を使うことなく飛び降りた。
すると、数秒としないうちにごつごつした石の地面に落ちた。
近くには、簡素ながら棺が二つ置かれている。白骨化した遺体をそのままにしておくことは忍びなく思い、イシュタリカ側で用意したものだ。
さすがにこの里のダークエルフたちに公表するわけにもいかず、こうして密かに残していた。
「カ、カイン様!? いきなりすぎるのです!」
「別に梯子を使うまでもない高さだったろうに」
「私には暗くてわからなかったのです!」
「ああ……驚かせて済まなかったな。ところで、あちらにある棺が気になるんじゃないか?」
カインに促されたエオーラが見た二つの棺。
棺には名前が刻まれていた。片方は古き時代のダークエルフ女王のもので、もう一方は、エオーラが知る鉄の国を裏切った元国王の名だ。
ふと、エオーラは手を伸ばした。
鉄の国の王だったドワーフが眠る棺に触れて、目を伏せる。
「――――本当に、馬鹿な王だったのですよ」
言ったのはそれだけ。ただ静かに。
見守っていたカインは驚くほど落ち着いていたエオーラに声を掛けず、彼女が満足するまで口を噤んだ。
「いいのか?」
次に口を開いたのはエオーラがカインの傍に戻ってから。
「はいなのです。……思うところはあるのですけど、死んだ人に言ってもしょうがありません」
「ここに来るまでの葛藤はどうした」
「もう、ないのですよ。言いたいことは山ほどあったはずなのに、棺を前にしたらもうどうでもよくなってしまったのです」
それを聞いたカインは「そうか」と短く言った。
「いまを生きることに誇りを持ち、充足感があればこその考えだ」
「そういうものなのです?」
「そういうものだ。いまのエオーラのように晴れやかな顔を浮かべた者を、俺は何度も見てきたからな」
「……晴れやかな顔をしてるんですね、私」
「思うことはあっても、その棺を見たことで踏ん切りがついたのだろう。今後のエオーラにとって、それが何より幸せに思えるはずだ」
まだ若いドワーフのエオーラはカインの言葉を咀嚼しきることができなかったものの、何となく、心の中では頷ける自分がいた。
地下のじめっとした空気を大きく吸って、頬をぱんっ! と強く叩いたエオーラ。
「では早速、お仕事なのです!」
エオーラは小柄なその身体で大股に歩いて、隠されていた地下空間を見て回る。
少し灯りが欲しかったのか、懐を漁って小さなランプを取り出す。そのランプを指先で軽く数回叩くと、地下空間の壁に光球が飛んでいき辺りを照らした。
「あれのようだな」
「……頑張るのです」
二人が見つけたのは、棺の更に奥に落ちていた杭のような何かだ。
それは地面に深々と突き刺さり、漆黒の表面に複雑な文様を浮かべている。
眉をひそめたエオーラは懐から生地の薄い手袋を取り出した。杭に似た何かと同じ漆黒の、でも左右の人差し指部分に小さな宝石が埋め込まれている。
「それは?」
「魔道具に秘められた術式を書き換える道具なのです。……本当はこれが無くてもどうにかできると思ってたのが、見てみたら考えていたより危険な魔道具だったので使うことにしたのです」
「危険? どう危険なんだ?」
「……まだ、解析しきれていない高度な術式が見受けられるのです」
わからないから危険、当たり前の考えだ。
なるほど、そう頷いたカインは目を細めて地面に突き刺さった魔道具を見た。
周囲に漂う自然的とは到底思えない魔力に対し、カインはニヤリと笑う。
「まるで巨大な魔物にも見える。ただの魔道具の癖に生意気だ」
「エネルギー源が神樹なので、意外と間違えってないかもしれないのです」
「そうだな。――――さて、では俺は何をすればいい?」
「お待ちくださいなのです! 私が頑張るので、何かヤバくなったら戦ってほしいのです!」
「承知した」
すると、エオーラが再び懐を漁って折りたたまれた布を取り出した。
それを開くと、辺りに数多の工具や本、魔道具と思しき眼鏡などが姿を見せる。いずれも彼女が作業に使うためのもので、折りたたまれていた布も魔導だったということ。
それらを杭に似た魔道具の傍で広げたエオーラは、まず眼鏡をして手袋を装着した指先を伸ばす。
宝石が埋め込まれた人差し指を、杭の紋様に滑らせた。
「――――死んだ人に言ってもしょうがない、さっき私はそう言っちゃったのですが」
エオーラは額から一筋の汗を流して、苦笑。
次にカインに振り向いて、
「やっぱり、鉄の国を捨てた奴は性格がとてつもなく悪いのです」
言い直された言葉に、カインはため息をついてからつづきを聞いた。
◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、王都にて。
カインたちがいるであろう方角を眺めていたアインが、自室のバルコニーで夜風を浴びていた。
するとそこへ、寝巻姿のクローネがやってくる。
「アイン」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。喉が渇いて目を覚ましちゃっただけよ。傍にアインがいなかったから、ここにいるんだと思って」
クローネはアインの隣にやってくると、バルコニーの柵に置かれていた彼の手に自らの手を重ねた。彼の二の腕に頭を預けると、アインはその頭にこすりつけように自らの頭を近づけた。
絹のような肌触りの髪と、彼女の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「そろそろ、はじまる時間ね」
「うん。――――ちなみに、心配してここに来たわけじゃないからね」
「ふふっ、知ってる。だけど気になっちゃったから、外に来たのよね?」
「そ。さすがクローネ、俺のことを全部わかってる」
「当たり前でしょ。ずっと一緒にいるんだから」
相も変わらずの美しい微笑みに孕ませた愛がアインに伝わる。
こうしているだけで幸せになれるのだから、その感情は偉大なのだと実感させられた。
「あの、ね。こうしていると私の中にいる子が喜んでる気がするの」
「え? いまみたいに触れ合ってるとってこと?」
「ええ。種族が人じゃなくなったからなのかお腹の中で動く感覚はないけど……何となく、私じゃない魔力が楽しそうに動いてる気がして……」
その言葉に喜んだアインが頬を緩めていると、クローネがくすっと笑って、
「私と同じでアインのことが好きみたい。……ってことは、女の子かしら?」
「どうだろ。性別は生まれてみないと確実にはならないけど、女の子でも男の子でも、元気に育ってほしいなって思うよ」
「私も。でも女の子でアインにべったりになったらどうしましょう」
もちろんそうなってしまうことを心配しているわけではなく、冗談だ。
だが冗談の中でも実際に考えたくなってしまう自分がいた二人は、そうなった未来を想像した。
クローネはそうしているうちに、再びくすくすと、さっきより大きく笑って見せた。
「ねぇねぇ、偶にお父さんよりカッコいい人がいい! って言う女の子もいるんですって」
「おー、確かに聞いたことがあるかも」
「……だけど、お父さんより強い人がいい! って言ってたらどうする?」
「――――へ?」
「だから、アインより強い男性じゃないと結婚したくない、ってこと」
まさかの言葉にアインが沈黙した。
唖然として遠くの空を見上げる未来の夫の横で、クローネはずっと楽しそうにしている。
「ねーえ、どうするの?」
どうするのと聞かれても、アインは悩まざるを得ない。
実際、仮に娘が生まれたことでどこかに嫁ぐ可能性を鑑みると、それはそれで思うところがある。しかし……しかしなのだ。そこでクローネが言うような言葉を娘が口にしたとなれば、それもそれで問題である。
(……どうしよう)
冷静に、それも一般論として考えてみる。
アインは自分より強い存在を探してみようと思ったが、それはセラのような特殊な存在を除けば確実に難しいだろうという結論に至った。
であれば、娘が万が一にも先ほどのような言葉を口走ったら――――
「ここで判断しかねる問題だから、持ち帰って検討させてもらおうかな……」
「もう、文官みたいなことを言わないの」
二人はそれっきり、肩を並べて遠くを見た。
ただ愛を深めるのみならず、遠くにいるはずのカインたちを思った。
◇ ◇ ◇ ◇
最初、カインは無理やりぶち壊してしまうつもりだった。
魔道具に対し、魔力が循環するよりも先に自分の剣で断ち切ってしまうつもりだったのだが、そこにエオーラが待ったをかけた。
地中に残された魔道具の影響を鑑み、それを撤去する手間も考えてのことだった。
――――そのはずだったのだが、
「カイン様、すごく悪い話とかなり悪い話のどちらからお話すればよいです?」
「どちらも悪い話なら、すごく悪い方から聞こう」
「では僭越ながら……なのです」
エオーラは額に浮かんだ汗を拭ってから立ち上がり、さっきまで手にしていた工具などを床に置いた。
「施された紋様を解析したのですよ」
「わからないと言っていたものもか?」
「はいなのです。その結果、すべての中心だと思われていたこの魔道具を破壊しても、神樹の根に伸びた部分が独立して動き、神樹に影響を与えそうだとわかったのです」
「なるほど。エオーラの先祖は随分と性格が悪いらしい」
「はい。私もそう思うのです」
「それで、かなり悪い方の話は何だ?」
エオーラが深く深くため息をついた。
黙っているわけにもいかず、彼女はカインを見上げて口を開き、
「解析した結果、どの紋様にも複雑に罠が施されていて、一つでも解除すれば連鎖的に罠が発動する仕掛けになっていたことがわかったのです」
「おい、お前の先祖の性格はどうなっているんだ!」
「女にたぶらかされて国を捨てるような男なのですよ? こんなでも仕方ないと思えてならないのです!」
一度は割り切れたと思っていたのに、これほど厄介な代物を残したとわかった今では文句の一つ、いや二つや三つは言ってもばちは当たらない。
二人は同時にため息を漏らし、腕組みをした。
「いずれにせよ、神樹に生じる影響はどうしようもないっていうことか」
カインが今後の流れをどうするべきか、ロイドに相談に行くことを検討したところで。
エオーラは「いいえ」と首を横に振った。
「一つだけ、方法があるのです」
そのために自分はここにいるのだと、エオーラは自信に満ちた声で言った。
「もう、罠が発動することは諦めてしまうのです」
「どうしても発動するからだな」
「はいなのです。なのでそれ自体は受け入れて、神樹への影響が最小限になるように私が術式を書き換えてしまうしかないと思うのです」
カインはそれを聞いて地べたに腰を下ろした。
彼の前にちょこん、と可愛らしくエオーラが座る。
すると、エオーラは適当な紙に作戦を書き記していく。
「最終的にカイン様の剣が頼りになるのですが、罠が発動してすぐに私が――――」
作戦を聞くカインは再び、ニヤリと不敵に笑ったのである。