作品タイトル不明
目を覚ましたルギスと。
王城にある、宰相の執務室にて。
最初にアインからの連絡を確認したウォーレンは、ルギスが女性であることと、それがこちらに連絡されていなかったことをどう処理すべきか、常人では理解が及ばない速度で頭を働かせた。
「メリナス殿は意図的に隠したのか、それとも失念していたのか」
どちらも無理がある。
前者であれば、せっかくの融和ムードに水を差してしまうだろう。
一方、後者のようなことをする愚か者でもない。メリナスという女性の人となりは、既にイシュタリカ側でもそれなりに理解が進んでいる。
だとすれば、別の理由から明かされていなかったのかも。
「――――やれやれ。古臭い考えを抱いているようですな」
ウォーレンは「どうせそうだ」とやや投げやりに結論を出し、一度ため息をついた。
二度目、自分はそんな古臭さを見せぬようにと再びのため息をつき、やがて三度目のため息をついて自嘲した赤狐の策略家。
窓の外に広がる六月の空は、茜色に染まりつつあった。
「こうしてはいられませんな」
彼はそう呟いて執務室を発った。
執務室の外に出ると、廊下の奥から歩いてくる王妃ララルアの姿を視界に収める。
彼女はウォーレンに会釈をして去るわけでもなく、にこりと艶美に微笑んで、そのままウォーレンの傍へ近づいてくる。
すると、
「アイン君は何と?」
と、アインからの連絡を気にしてみせた。
普段のララルアはこのように、自ら政治的な話に首を突っ込むことはしない。夫である国王に、そして家族やウォーレンたちに任せ、影で皆を支えることが多かった。
此の程、彼女が積極的になっているのは相手がダークエルフだからだろう。
生まれや士族は違えど、種族が同じ者であれば致し方のないことだった。
「実は――――」
ウォーレンはルギスのこと、そして植物研究所で何が起こったのか隠すことなく語った。
話を聞くララルアは「あらあら」と上品に苦笑していたものの、内心ではしっかり事の重さを理解している。
「メリナス殿は安心を求めてるのね。アイン君の傍に送り込むことで、決定的な縁を欲しているようだわ」
「仰る通りでしょう。恐らく、ルギス殿はメリナス殿からの手紙を持っているはず。それは自分が本当は女性であることと、どうしてアイン様を見定めると言ったのか――――という理由が認められていることでしょう」
「理解はできるわ。古来よりそうした縁を得ることで救われた国は数知れない。イシュタリカの力を十分に理解し、牙を剥く気がないことの証明ね」
つまるところ、ルギスはアインの傍に行く理由が他に存在した。
アイン本人を見定めて、自分がその傍でどのように振る舞うべきか覚悟するために。
妾などの、異性として近しい立場になればこそ、彼……否、彼女の生まれ故郷の安全と立場が保証されるだろう。
回りくどいのは、メリナスたちの古来からの考え故。
それを是とするかは別だが、メリナスたちも強かに動いていたようだ。
「最初から妾や夫人にと言っても、断られそうな状況であると悟っていたのやもしれません」
「クローネさんたちのことはもう話してるものね」
「はっ。もちろん、皆様方が命懸けではぐくまれてきた想いに、皆さまがどれほど仲睦まじくされているのかもでございます」
「……それにしても、危ういわね。こちらの不評を買うことを恐れなかったのかしら」
「恐れていたこそではないかと」
「どういうこと?」
「我らを恐れているからこそ、我らを理解している。メリナス殿は中々のやり手でございますぞ。我らを怒らせたとしても、無事に着地できる場所を確かに見定めておられます」
たとえるなら、そう。
ハイム戦争以前のハイム王家。
「ハイム王家は我らを舐めておられた。そこに赤狐の影響があったことは事実でも、我らを侮る気持ちは元来からのものでございます。一方、メリナス殿は我らを舐めているわけではない。あくまでも冷静に物事を理解しおられる。我らの不評を買っても、それ以上の利が得られると思い振舞っておいでだ」
メリナスは純粋に自分たちの利益を考えられる存在である。
ウォーレンはそこを評価し、取引相手として信用できると判断した。
「まぁ、言ってしまえば性別など些細なもの。異人も種族によっては明確な性別のない種族もおりますから、それだけを我らへの不義と論ずるのは些か軽率でございます」
「王女を王子と偽ったことはどう?」
「ララルア様もおわかりのはずです。ヒト――――それこそ異人は古くからのしきたりを守る、あるいは種族特有の暮らしを送る者も決して少なくありません。かの王族らが過去の失態から学び、それを現代までつづく風習としていたのなら、それを理由にすべてを終わらせるのは無理があります」
ただでさえ引きこもっていた種族とあって、殊更に。
「私とララルア様の予想が確かなら、ルギス殿にはメリナス殿が手紙を持たせているはず。それを無ければ我らも考えを改めなくてはなりませんが、恐らくそうはならないでしょう」
「――――そうね」
後に話すべきは、アインのこと。
彼と周囲を取り巻く女性たちのこと。
「ただ、どうなってもメリナス殿が欲する安心は得られないわ」
「ですな……アイン様のお傍にはクローネ様とクリス様がいらっしゃる」
「忘れないように。一応、オリビアもよ」
「しかし、オリビア様はお母君ですぞ?」
「知ってるわ。でもアイン君の生まれ方を考えて。ドライアドの習性によって誕生したアイン君とオリビアはすでに根付いているのよ」
「ふむ……確かに」
男女の関係になくとも、傍にはオリビアがいる。
そこに何らかの事情を邪推するわけではなくとも、いずれにせよ、そこにルギスが入り込む隙は存在していなかった。
もっとも、当の本人たちの感情もそうだ。
特にアインは政略的に他の女性を受け入れろと言われても、間違いなく受け入れない。
貴族や国民にそれを受け入れる希望があってもそう。彼は別の道を探るだろうし、それが必要ない結果を呼び寄せることだろう。
故にこの状況では、メリナスが欲していると思われる安心は難しい。
いずれ解決されるであろう不安も、統治者にとっては重要なそれに違いないが……。
「あくまでも我らの予想があっていることの前提ですが、陛下が何と思われるかですな」
「私たちの考えと変わるものですか。アイン君を不快にさせることはできません。これは家族愛としての話ではなく、王族としてもです」
初代国王の再来と呼ばれているアインに対し、シルヴァードは家族としても現国王としても下手なことはできない。
そこに家族間を超えた面倒な権力の話があるわけではない。
ただ単に、アインの感情を無視して事を進めでもすれば、国益にかなわないことが乗じるのは必定であるためだ。
「――――取り急ぎ、なぜ騒ぎが起きたのかを考えた方がよさそうですな」
「植物を研究しているところでの話ね」
「はっ。それがダークエルフの策略というのも考えにくいので。この状況で我らに牙を剥くにしても、あまりにもお粗末です」
「そうなのよねー……メリナス殿が何かしたとも思えないし……」
「…………」
「ウォーレン?」
「失礼。少々考えごとに耽ってしまいました。……研究所での件ですが、もう少し考えてみようと思います。陛下にもお伝えしなければなりませんし、お時間を頂戴したく」
ウォーレンはここで結論を出すことはせず、それ以上掘り下げることも避けた。
ララルアにはその言葉に「お願いね」と短く答える。他でもないウォーレンが言ったのなら、何一つ疑うことはない。
何か考えはあるだろうし、それをアインやシルヴァードと話したいことも察しがついたからだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ルギスは同日の夜に目を覚ました。
彼女にとって、すべてが急だったと言えよう。
研究所では想定外の騒動に見舞われたし、気を失ってからはなぜか王太子が自分たちを助けていたし、目を覚ましてからその王太子に呼びつけられたしで、もう何が何だかわからなかった。
だが、はっきりしていることが一つだけ。
自分の性別がアインに知られているということを護衛から聞き、彼女は寝起き間もなく、ベッドの上で頬をぱんっ! と強く叩いた。
黙っていたことがバレていると知り、彼女は手荷物を漁る。
中には護衛にも黙っていた秘密の手紙が入っていて、そのあて名は国王シルヴァードだ。
「……行こう」
彼女は性別を偽るときに口調を改めているわけではない。
ただ、声音だけ少し高くなる。それは彼女が幼い頃から意識していたもので、男を演じるためのものであった。
性別を偽るために施された刻印は、二十歳になったらその効力を失う。
そうすれば、いまよりも声は高くなり、体格も丸みを帯びるはずだ。
「王太子殿下はどこにいるのだ?」
「この都市で一番の宿で待つと聞いております。しかし、ルギス様」
「心配はいらない。 私(、) は覚悟してるんだ」
もう、見定めるなんていってられない。
アインの傍に女性として向かうのであれば、自分でも少し彼の人となりを確かめたかった。それが当初の考えだったが、もうその必要もないあろう。
彼女の部下を含めて迅速に救ったその勇気と強さに対し、誰が文句をつけられようか。
「私はお前たちのため、王太子殿下の傍に行こうと思う」
「――――ルギス様」
「止めないでくれよ。私は皆のためになりたいと昔から思ってきた。我ら王家の罪滅ぼしのためにもな」
「しかし!」
「もういい。聞けば王太子殿下は良きお人じゃないか。私もそれなら怖くない」
ダークエルフたちはしんみりと、でもルギスは決意に満ちた表情を浮かべていた。
やがて、皆はルギスの号令に従って自分たちが宿泊していた施設を出る。
外で待っていた馬車に乗り込んで、アインが待つ宿へ向かった。
イストで最も高級な宿にたどり着いたルギスは、いままでにない緊張を感じていた。
相手に不快感を抱かせていたらそれを取り除くところから。そして自分の存在をもって、里の安全と立場を保証してくれるよう頼むこと。
先の不可解な騒動については少し助かった思いだ。
なぜなら、あれで助けてもらったことを理由にして、自分を王太子の好きにしていいとまで言えるような気がしたから。
何もなければ断られたろうが、相手も話を都合よく解釈してくれるかもしれない。
ルギスを手中に収め、更に里の財産を含めたすべてをイシュタリカがすべて接収してくれる。
属国どころか跡形もなくなるかもしれないが、それすらも悪くない。ルギスはそれで里の者たちの安全と立場が保証されれば、もう他に言うことはなかった。
実際、それくらいの差がイシュタリカとの間に存在している。
それらを冷静に考えていたルギスにとって、先祖の振る舞いも相まって他の選択肢は浮かばなかった。
……などと、諸々のことを考えながら宿の中を進んだ。
自分たちが泊まっていたのとは違い、絨毯がさらにふかふかで歩きやすい。そんな特別な空間の中を口を開くことなく歩いた。
最上階に位置した部屋の前には、もう姿を隠すことのない者たちがいた。
近衛騎士だ。いま王都に残っている黒騎士を抜かせば、このイシュタリカで最高位の立場にあり、その位に伴う実力を持つ騎士たちである。
彼らはルギスたちの来訪を見るや否や、扉をノックして中に合図を送る。
部屋の中から『どうぞ』という返事が届いてすぐ、近衛騎士たちは何も言わず扉を開けた。
その寡黙な態度が中へ入れ、と訴えかけているようで、彼らの迫力に押されたルギスたちは息を呑んでその中へ足を踏み入れた。
「やぁ、待ってたよ」
思いのほかフランクな態度で迎えた王太子、アインを見たルギス。
彼女は彼に促されるまま部屋の中央にある席に足を運び、腰を下ろした。
開口一番、まずは謝罪した。
「顔を上げてくれ」、すぐにアインがそう言ったから顔を上げると、彼女が見たのは困った様子で笑うアインの顔だった。
そして、彼の隣に座るクリスがじっと自分を見つめる姿だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「こ、これを……」
ルギスが懐に手を入れた刹那、部屋の中に居た近衛騎士が何を取り出すのかと殺気立った。
それにはルギスも、不用意に懐に手を入れるべきではないと学び、おっかなびっくりな様子で、申し訳なさそうに背を丸める。
しゅんとした彼女を見て、
「手紙かな? 受け取るよ」
アインが優しく、近衛騎士たちを手で制しながら言った。
彼が近衛騎士を挟んで受け取った手紙には、シルヴァード陛下へ、と記載がある。
「俺が代わりに確認する。大丈夫、陛下には一任されてるから安心していい」
アインはルギスの返事を待たずに封を開けた。
見たことのない封蝋を手に持って、
「これは何を使ってるの?」
「あ、ああ……王族が住む大樹から取れた樹液だ――――です」
「口調も気にしないで。第三者がいるところではまずいけど……彼らだけなら大丈夫」
彼らというのは、近衛騎士のことである。
近衛騎士たちはアインに忠実で、アインが認めたことに対して文句は言わない。
昔、アインの弟であるグリントがエウロで 間違い(、、、) を犯した際は殺気立ってしまったけど、それはそれであろう。
「えっと……」
それから、アインはメリナスからの手紙に目を通す。
書いてあったのは、おおよそウォーレンとララルアが想像していたのと同じ内容を示唆していた。それらの事実を書いてはいなかったが、種族の都合で性別を隠していたことを詫びると記載がある。
(やっぱりかー)
そしてアインも理解している。
ルギスが性別を偽って何をしようとしていたのか容易に悟っていた。
しかし皆が予想しているように、アインには受け入れる気がまったくない。それこそ、ウォーレンやララルアが思う以上にその気がないほどだ。
猶、ここでルギスに何と答えるかについては、これまたシルヴァードに一任されている。
だとすれば、「悪いけど」と前置きをして断れよう。
アインはふと、自分の手元を見た。テーブルに隠れたその下にある、自分の手がクリスにぎゅっと掴まれているのを確かに目の当たりにする。
そっと彼女の顔を見てみると、切なそうでもの言いたげ。
「……そちらのエルフの方は確か」
「クリスティーナ・ヴェルンシュタインです。ルギス殿とは、里でお会いして以来ですね」
二人はダークエルフの里で顔を合わせていたこともあり、すぐに話に移れた。
ここでルギスが諸々を理解する。そうだ。彼女こそアインの傍にいるという話に出てきた女性ではないか、とクリスを見つめる。
同性でも吸い込まれそうになる美しい瞳に、ルギスは思わず息を呑んだ。
話を聞くアインはメリナスとルギスが持つ前時代的な価値観に対してどうしたものかと思いつつ、ずっと隠れて暮らしてきた者たちらしいなとも思った。
(それだけ必死ってことでもあるんだろうけど)
ただ、いまの時代もないわけではない。
たとえばバードランドに存在する大商人や各国の貴族の間では、時折、友誼を結ぶために子供同士の婚約を結ぶことだってある。
またハイムが自治区となる以前もあった。
貴族同士で関係を深めるための事例がいくつも存在する。
言うなれば、イシュタリカの中でそれらの価値観が変わってきただけに過ぎない。
『言っておくけど、私は違うからね』
不意に頭の中に響き渡ったシャノンの声。
『へ?』
『だ・か・ら! シャノンはシャノンでも、ハイムに居たシャノンは別なの! 私であって私じゃないってこと、わかるでしょ……?』
『わかってるよ。ってか、同一視したことなんてないけど』
『……そ。ありがと』
シャノンは最後にぶっきらぼうに言い放ち、その声と気配を消した。
するとアインは、クリスとルギスの二人に意識を戻す。
二人の会話は平行線をたどっていた。
ルギスは民のためどうしてもアインの傍において欲しいと言っているし、クリスはそんなことしなくても平気と言う。
「一応お尋ねしたいのですが、でしたら何故、アイン様のことを確かめたいなどと……下手をすれば、その時点でイシュタリカの怒りを買いそうなことをされたのですか?」
クリスが確信を突けば、ルギスが遂に弱みを見せた。
「……怖かったから、だ」
彼女がクリスを見る目が変わった。
中性的な容姿に男性の服装を着ていたため、美少年にしか見えなかったルギスの姿が、いつの間にか一人の少女に変わっていた。
「アイン様のことがですか?」
「ち、違……直接そうと言うわけではなくて……わ、私はわからないことが怖くて……っ!」
それを聞いてきょとんとしてしまったアインとクリス。
…………昔のオリビア様を思い出しました。
…………ああ、俺も。
つまるところ、ラウンドハート家に政略結婚で嫁いだオリビアと同じなのだ。
彼女は王族としての責任として、当時、ローガスの下へ嫁いだ。しかしドライアドが持つ根付くという習性のため、夫と身体を重ねることを最初は怖がっていた。
だから結果的にアインは株分けの形で誕生し、いまに至る。
オリビアの場合、根付きは命懸けだったから時間をおいてしまったことは仕方のないことだ
いずれ本当に根付く覚悟で嫁いだ彼女も、グリントの誕生前後からラウンドハート家での扱いが変わったため、その判断は正解だった。
――――今回のルギスの場合、命懸けと言うわけではない。
だが、ずっと里で暮らしてきた少女が唐突に、民のために嫁ぐべきとなってしまったら、相手を気にして強がっても仕方がない。
外で暮らしてきた貴族や王族なら強い覚悟ができたかもしれないが、ダークエルフは隠れて暮らしてきたのだ。ただでさえ外の世界に驚いているのに、すべてを捨てろというのも酷な話であろう。
「どうしたら受け入れてもらえる!? 夫人にしてくれとは申さん! 好きなように使える妾でいい! だから、お願いだ……私たちを安心させてくれ……っ!」
「で、ですので――――」
「クリスティーナ殿が王太子殿下を愛していることは知っている! だが、我らダークエルフにもその寵愛をいただきたいのだっ!」
「ですので、そんなのが無くてもアイン様はちゃんと……っ!」
「なんだってする! 妾であろうと給仕や文官の仕事だって務めよう! 別に綺麗な部屋に住まわせてくれとも申さん! なんなら、馬小屋の一角に寝床を借りられたらそれでいい!」
二人の会話に熱が入り出したところで、アインが「待った」と言葉を挟んだ。
「ルギス殿が言ってることをこっちがすると、それこそ問題だよ。客人に対して何をしてるんだって、誰にも示しがつかない」
「しかし私は――――」
「君が里の皆を大切に思ってることはちゃんと伝わってる。ついこの前も似たような王族と話をしたから、よく似てると思ってたくらい」
「私に似てる王族……?」
「ごめん、こっちの話」
鉄の国の件を思い返してから、アインはふぅ、とため息を漏らす。
彼はルギスを彼女自身が口にしたような扱いをするなど言語道断と言い切り、更に自分の口で妾や夫人にはできないと言い放つ。
すると、そのときだった。
『珍しい子。自己犠牲ばっかりね』
アインの心の内でシャノンが再び声を上げる。
『勝手に力を使ったのなら怒るよ』
『怒られると思ったからしてないわよ。見た通りの話ってだけ。この子、何もない田舎の村で育って、他の村人を家族と思うような純粋な子よ』
『実際そうなんだけどね』
『茶化さないの。神樹が枯れかけてようやく復活したばっかりだから、不安でたまらないのよ。それまでと同じ暮らしにもかげりが生じたわけでしょ?』
『だから、同じことが起きても大丈夫なように保証が欲しいって?』
『そ。ちゃんと保証を約束しないと、こういう子って心から安心できないの。見てごらんなさい彼女の顔、絶望しちゃってるじゃない』
『わかってる。だから安心できる言葉を言おうと思ってたとこ』
シャノンは『ふふん』と楽しそうに笑ってから、もう一度その気配を消した。
アインはルギスを絶望させつづけるのも悪いと思い、
「というか、俺たち王族が動かなくても君たちの立場は保証されてるよ。身分はちょっと難しいけど、そっちだって普通にしてくれてたら問題ないし」
けろっとした様子で言ったアインを見て、ルギスが絶望しつつも「な、何故だ」と問いかける。
「ダークエルフは異人として認められてる。種族としてイシュタリカの民になれないってことはないし、移民として扱えば戸籍だって手に入る」
「そう……なのか?」
「ただ君たちの森を国土として認めると面倒なことになるから、領地という扱いはできない。でも君たちの住む場所を取り上げたりはしないよ」
イシュタリカに恭順するなら絶対に受け入れなくてはならない条件だ。
要は、これまでと生活は変わらないものの、イシュタリカの臣民として税を払う必要などが生じる。領主でなくとも、古くからの名家がある地域一帯を統べるなんて話は珍しくない。ただ単に、メリナスたちがその立場になるだけだ。以前までとそう違いはないはず。
特に今回は鉄の国と違い、ダークエルフたちが攻撃を仕掛けてきたわけではない。
イシュタリカとしても事を構えたいわけではないから、相手の立場も尊重していきたかった。
「俺たちが一番気にしてるのは、君たちがこれからも国を名乗ってしまうことだ」
国土の問題が出てくるとそれはもう面倒なことになるため、大きく言えばそれだけである。
伊達に多種族で構成される国家運営をしてきたわけではないため、実のところイシュタリカには、こうした分野に関わる知識も蓄積されている。
……主に、ウォーレンの頭の中にだが。
「だから君が自分を犠牲にしなくても安心は得られる。ダークエルフの立場が保証されてることは、現王妃がダークエルフであることからもわかるはずだ」
「…………」
「でも隠し事はなしだ。共に生きていくのなら、それは絶対に許されない」
これからは、という意味で。
ルギスの性別を偽っていたことは彼女たちなりの理由があれど、アインは底にくぎを刺すことを忘れなかった。
幸い、今回は鉄の国と違って話が楽だ。
ダークエルフたちは神樹に依存していたから、その安全を保障してもらえれば他に願いはない。
イシュタリカは自治区をいくつも認めているとあって、そのあたりも問題なかった。