軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アインの怒り。

鉄の国を襲わんとした異変を前に、アインがイシュタルを一薙ぎしてすぐだ。

騎士や文官の一部はアインがここにいることを知っていたが、知らない者も居る。最初に、その彼らが驚きの声を上げた。

そしてすぐに、いまの力が誰によるものかすぐに悟る。

「おお! 我らが殿下だ!」

「殿下がいるぞッ!」

口々に発せられる声を聞き、アインはとうとう身を隠すローブを脱いだ。

魔道具による認識妨害が解かれるや否や、飛行船の甲板に立っていたアインが一層の歓声を浴びて皆に手で会釈をした。

すると彼は表情に王威を宿し、レオナードに背を向け眼下を睥睨。

鉄の国への入り口を真っすぐ見下ろし、背後に控えたレオナードへ告げる。

「念のために研究員を俺につづいて鉄の国へ。近衛たちにドワーフの避難を指揮させて、レオナードは飛行船で総指揮を」

「研究員は殿下の邪魔になりませんか?」

「ああ、大丈夫。それとシルビア様にも、外でのご助力をお願いするように言っておいて」

アインは間髪おかずに応え、そっと振り向きざまに。

「誰一人、怪我一つ負わせはしない。――――俺はそのためにここにいるんだ」

彼はそう言い、マルコを伴い前方へ足を踏み出す。足場のない空へ踏み出しすと、そのままレオナードの視界から姿を消した。

それに倣って姿を消したマルコの後で、レオナードは驚きに顔を染めて鉄塔へ駆ける。

鉄塔から見下ろした平原に降り立っていた二人を見て、彼は一人息を呑んだ。

◇ ◇ ◇ ◇

鉄の国への道は既にドワーフが大勢いた。

指示を聞く前にそこへ向かい、彼らに事情を聞きながら事態の収束に勤めていた騎士たちは、身を隠すことなくその場に現れたアインを見る。

そして一斉に膝を付き、周囲のドワーフたちを唖然とさせた。

「な、何してんだコイツらは……っ!」

「おい! イシュタリカの騎士さんたちよ! いったいなにが――――」

「この緊急時にどうしたんだよ!」

アインは驚きの声を上げるドワーフの前に向かいながら口を開く。

「これより先、鉄王槌の処理に関しては俺たちに任せてもらう。鉄の国の住民の避難に関しても、我らの騎士に従えば無傷で済むと約束しよう」

見たことのない圧だった。

王威、その言葉が自然と脳裏に浮かぶほどの御仁を前に、鉄の国のドワーフたちは息を呑み、日ごろの軽口を言う余裕もない。

やがて、アインが隣をすれ違う段階に至っても、それは微塵もかわらなかった。

「誰か」

アインが騎士を呼び寄せる。

この場にいた者の中でも、隊長格と思しき者が膝を突いたまま口を開く。

「はっ!」

「そのまま俺の伴を。すぐにレオナードの指揮で避難誘導もはじまるから、先だって俺と一緒に鉄の国へ向かう」

「畏まりました。――――皆、殿下のお傍に」

すると、唖然としていたドワーフが声を漏らす。

「で、殿下ってまさか……ッ」

鉄の国のドワーフも馬鹿じゃない。

統一国家イシュタリカの王族の構成は知っており、中でも、殿下と呼ばれる青年となれば、その正体は容易に想像できた。

アインは開かれていた鉄の国への扉の前で足を止め、振り向くことなく進みながら。

集まったドワーフたちに聞かせるべく、自身の名ははっきりと告げる。

「――――鉄の国の者たちは俺が救う。このアイン・フォン・イシュタリカが約束しよう」

と。

◇ ◇ ◇ ◇

長い長い地下への道を進んだのちに、アインは鉄の国内部の状況に眉をひそめた。

人工的な青空は漆黒に覆われ、視認できるほどの魔力が穏やかな波のように空を瞬く様子が、まるでオーロラのよう。

幻想的ですらある光景を頭上に仰ぎるも、地上の民は混乱の渦にあった。

「アイン様、民を一斉に非難させるには道が狭すぎるようです」

マルコが懸念と思しき言葉を口にしたものの、マルコはもちろん、アインにもそれを懸念と抱いている節はない。

アインは「先に対処する」と言い、片手をかざした。

彼がかざした手はそのまま背後の道へと緑に光る魔力を放ち、彼の足元を中心に幾本もの木の根を生やして道を広げる。あたりの壁や天井は崩壊することなく木の根に支えられ、狭かった道もあっという間に木の根の道が作り上げられた。

まさに、神業。

一瞬で地上への道を作り上げた彼に対し、ドワーフたちが言葉を失い膝をつく。

方や騎士たちはアインの凄みを知っているためそれほどの驚きはみせなかったが、膝をついた一部のドワーフがアインに向けて手を合わせ、祈るように振舞う姿に気を取られた。

……なんだいまのは!?

……鉄王槌の暴走よ! そうに決まってる!

……お母さん! お母さん!

……おい! どうなってる!?

アインの力がもよおした揺れに驚いた民の声だった。

これでは、鉄の国の戦士やイシュタリカの騎士が避難誘導を試みようと、あまりの騒ぎでうまくいかないことは目に見えている。

だけど、城へ進みながらのアインが普段通りの声で、

「安心して、ゆっくり外へ向かってほしい」

決して大声ではなかったのに、城へつづく道に居た大勢のドワーフがその声を聞いた。

ふっ――――と心に染み入るような穏やかで優しい声を聞き、それまで慌てていたドワーフたちが急に静けさを取り戻す。

「今の声は……お兄さんの声かい?」

アインが聞いたことのある声が立った。

声がした方を見れば、つい先日、城下町で話を聞いた女性のドワーフがそこに居た。

「この間はありがとう。貴女から聞いた話はすごく参考になったよ」

女性はきょとんとしていたが、しばらくしてから思いだす。

あの日、自分をはじめとした者たちに話しかけてきたイシュタリカの男性は、きっと目の前にいる彼なのだと。

彼女はアインの背に頭を下げると、家族を連れて鉄の国を脱するべく駆け出した。

「……-い!」

更に進んだところで、アインの背後から新たな声が。

「おーい! 殿下ぁー!」

やがて、声の主ことムートンがアインの隣にやってきた。

ムートンの手元には工具が入った鞄がある。

「レオナードの旦那から聞いたぜ。俺たちもこっちに来ていいんだって?」

「うん。俺が守るからね」

「なら安心だ。俺はこのまま、鉄王槌へ向かおうと思う」

「……あの、今更ながら、怖いとは思わないの?」

「何を怖がるってんだ。殿下が守るって言ってんなら、それ以上の安心はねぇだろ」

ニッ、と白い歯を見せたムートンがアインの肩をぽんっ! と叩く。

彼は「行ってくるぜ」と言い残し、アインに先んじて城への道を駆けていく。

一方でアインは、不意に足を止めて騎士たちを見た。

「皆はこのまま避難誘導を。レオナードの指示で来た近衛騎士が到着次第、この場における指揮権はそっちに任せるように」

「殿下はどうなさるのですか?」

尋ねられたアインはどうこたえるべきか逡巡した。

実際、心に抱く答えは確かに存在する。

だけどそれを口にすることに、いい気分がしなかった。

しかし、騎士たちに何も言わず立ち去るわけにもいかなかったから、

「……俺はこのまま、胸糞悪い戦いを終わらせてくるよ」

彼は切なげな苦笑いを浮かべ、仕方なそうに言う。

騎士たちは合点がいかない様子だったが、他でもないアインが明言しないのであれば、それ以上尋ねるは不要と思い頷いた。

「我らはこれより、鉄の国を救うべく尽力いたします」

「ああ。ありがとう」

騎士たちはそれ以上言わず駆け出した。

残るアインはマルコを傍に、鉄の国の城――――ではなく、耕土の奥に目を向ける。

「あちらのようですね」

「……だね」

「アイン様、どうか私にお任せを。貴方様が心を病まれる必要はなく、このマルコ一人ですべて事足りることと愚考いたします」

「大丈夫だよ。そりゃいい気持ちはしないけど、心配されるほどじゃないから」

心優しいアインは気丈に笑み、気を取り直して足を動かす。

今度は今までと違い、彼も駆け足だった。

しかし彼のそれは風よりも早く、以前はイシュタリカ最速を誇った騎士であるクリスであっても追いつけない、神速のそれだ。

◇ ◇ ◇ ◇

向かった先は耕土の奥で、鉄の国においては墓地が広がる厳かな地だ。

独特の暗がりに包まれたそこも、上を見上げれば魔力蠢く不穏な光景が目に映る。

墓石が並ぶその地でも、王族のみが埋葬される巨大な石の墓石の前にて。

「リル! 何故急に帰ってきたッ!」

「そうだとも! 我々はイシュタリカからお前が帰ると聞いていない! まさか無断で……何らかの魔道具を用いて来たのではないだろうなッ!?」

副衛兵長のリオルドに、衛兵長のギドがリルを問い詰めていた。

問い詰められていたリルは王族の墓石の前に立ち、墓石に手を触れたまま振り向かない。

彼女は小さな声で何か呟いていたけど、問い詰める二人には聞こえなかった。

「ッ……ギド、アイツは後回しだ! 鉄王槌が暴走しようとしてる今、あの馬鹿を相手にしてる暇はないッ!」

「だ、だが女王も同行していたらどうする!? リルに尋ねなければッ!」

「そんなのは知ってんだッ! けどな! ここで俺たちまで無駄に時間を使ってどうするッ! イシュタリカの奴らに協力を仰ぎ、民を避難させるしかねぇだろッ!」

「くっ……しかし……っ」

リルは一向に振り向こうとせず、ただ墓石を撫でるだけ。

辛抱溜まらず彼女に背を向けようとした二人の傍を、唐突に一人の青年が歩いていく。

その青年は二人の前にしばらく進み、ギドを驚かせた。

「ど、どうしてイシュタリカの王太子殿下が……ッ!」

「ギド!? 王太子だって!?」

「あ、ああ……間違いない! あのお方は、イシュタリカの王太子殿下のはず……どうしてこの場に……ッ!?」

今はその疑問に答えている場合じゃない。

アインはすぐさまリルについて口にする。

「リルはもう二人の言うことを聞かないよ。それに、王族の血を引いていない女王の声もね」

「ッ――――お、王太子殿下!? 何を……ッ!」

「俺も知ってるんだ。二人と同じで、女王が王族の血を引いていないってことをね」

二人が気が付くと、自分たちの傍にマルコが居た。

マルコは二人を守るように控え、何も言わず黙っている。

「だからギド。貴方がリルに銀髪の男の世話を頼んだという話が聞かせてほしい」

「え、あ……た、確かに私が頼みました! ですが頼んだのは最初のみで、つづく機会からはリルが自ら進んで申し出たのです!」

急に問いかけられたギドは慌てていたけど、当時のことを思い出してそう言った。

(やっぱり、そのときからか)

リルの異変がいつからだったのか。

その心が銀髪の男に囚われた頃を知り、アインは息を吐く。

「彼女は、恋をしている」

ぴくり、と背を向けたままのリルの肩が揺れた。

「それは身を滅ぼし、国を亡ぼすほどの恋だ。遠い昔、この国の王がしたより愚かな恋だ」

今度はリルの肩が震えていた。

墓石を撫でていた指先には力が入り、石の表面を強くこすることで皮膚が避け、深紅の鮮血がぽた、ぽたと雫を成す。

リルはここでようやく振り向いて、遂に口を開く。

その目は血走っていた。

「王太子殿下。そこに居る二人は、あのお方から授かった知識を使いあることを画策していたのですよ」

彼女の声は嗄れ、血走った眼と相まって、アインに正気を疑わせるような様相を呈する。

「もう、多くを御存じなのでしょう? であれば分からないのは、鉄の国が地上に出て武力を行使しした理由のはずです」

「ああ。女王が王族の血を引いていないってことが事実なら、そもそもイシュタリカと事を構える必要はなかったはずだ。目的が鉄王槌の修理とかのためであればこそ、必要な物資を得られても、女王には鉄王槌を管理できない」

理由は彼女が王族の血を引いていないから。

それなら最初からイシュタリカに喧嘩を売る意味がない。

それには、鉄王槌の管理が王家の血を引く者しかできないことが関係する。女王がその王族に該当しないため、イシュタリカに手を出したのは本当の自殺行為でしかない。

アインは唯一、その答えだけを欲していたと言っても過言ではない。

「そこにいる二人は、最初から負けるつもりだったのですよ」

自殺行為、その言葉への回答にぴったりの言葉がアインに首をひねらせた。

「……負けるつもりだった?」

「はい。この国には隠れた王族なんておりませんし、鉄王槌は遠からず暴走する運命にありました。国は滅び、一人残らず塵となったことでしょう」

「なるほど。ギドたちが何を考えてたのかよくわかったよ」

「あら? これだけでご理解なさったのですか?」

アインが一歩、前に進みながら言う。

リルはピクリとも動かず、アインから目を放さなかった。

「銀髪の男がお前たちに教えた情報から、ギドとリオルドは鉄の国を救える術を探ったんだ。国力の差を知りながらも戦いに身を投じたのは、鉄王槌を俺たち、イシュタリカに任せるためだった――――そうだろ?」

最初から勝負にならない国力の差があったことは、ギドとリオルドは重々承知。

だが、彼らはその差を逆に利用することに決めた。

もう管理ができないと確定している鉄王槌のことを、イシュタリカの技術でどうにか管理できないだろうか、そう考えた。

無論、平和的な接触からの道も探った。

だがそれをするには、他のドワーフたちを説得しなければならない。

鉄の国に生まれたドワーフたちが持つ強い固定観念は容易に崩せないと考えた二人は、地上の国が自分たちの資源を簒奪した者たちだ、そう煽ることで戦いに持ち込む他なかった。

「だから、最初から自爆だった。むしろ俺たちのことを国に招き入れ、鉄王槌を任せるための戦いだったんだ」

「ご賢察にございます。王太子殿下が仰ったように、そこの二人は最初から勝つつもりがなかったのですよ」

リルが言うには、衛兵長と副衛兵長の二人が責任を取るつもりだったそうだ。

二人は折を見て女王が王族の血を引いていないことを明るみに出し、すべては軍部の暴走であったことにして、責任を取って処刑されるつもりだった。

女王は無罪ではいられないだろうが、それでも処刑は免れるように……。

そう願い、多くの企てを張り巡らせていた。

「なら、隠れた王族が居るわけでもないのか」

「ご安心を。先代の陛下はお子をなせない身体だったため、当代の女王は養子ですから」

アインとリルが話す背後では、ギドとリオルドがもの言いたげだった。

けれど二人は、アインの邪魔をするべきではない……そう思い口を噤む。

「それにしても――――ふふっ。女王は誰の子だと思います?」

嗄れた声で笑うリルにつづきを尋ねかけたアインに先んじて、これまで彼の背後で黙っていたギドが乱暴な口調で、

「黙れ。リル」

リルの言葉を遮った。

するとリルは、猶更楽しそうに頬を緩める。

血走った双眸がギョロッと動いた。

刹那、様子を伺っていたアインはふぅ、と息を吐く。

「くだらない男に惚れたのか、惚れさせられたのか――――どっちなんだろうな」

アインはあの銀髪の男とかかわりのある存在に対しては例外的に、進化したシャノンの力があっても自由にできないことを知っている。

シュトロムでの騒動を思い返せば、殊更に。

だから最期に尋ねようとしたところで、

「……くだらない、男?」

リルの様子が一変した。

アインの声を聞き、憤怒に駆られた。

「愚かなのはお前だァッ! 大国の王太子でありながら、こんな小さな国に情を見せるッ! こんなところまでやってきて、馬鹿みたいにドワーフを救おうとして――――滑稽でしかないじゃないッ!」

「……どうしたんだよ。急に」

「急にですって!? 先にあのお方を愚弄したのはお前じゃないッ! あのお方だけが私の不安を取り除いてくれたッ! 暖かな腕に抱いてくれたのよッ! 私を袖にした王でもない、あのお方がねッ!」

リルの叫びを聞いていると、彼女が銀髪の男に嵌められただけとは思えなかった。言葉に端々に隠れた権力への欲が、彼女の心に潜む闇が、元来のものであったとアインに知らせる。

「お前、先代の王に付け入ろうとしてたのか」

「悪いっていうの!? こんなつまらない国に生まれたんだもの! しょうもない権力でもあった方が楽しいじゃないッ! それなのにあの男……私を袖にして……ッ! あまつさえ、部下の子を養子に貰うだなんて、どうかしてるじゃないィッ!」

アインは色々な不幸を悟った。

地下にできた鉄の国は、不幸な形で長く生き過ぎた。

そのせいで、リルのようなことを考える存在が生まれ、それがあの銀髪の男に見初められてしまったのだろう。

彼女の心に宿ったものを、奴は 磨き上げたい(、、、、、、) と思ったに違いない。

「だから私は躍るの! このカビ臭い国を亡ぼす炎の花を咲かせて、地上にも大きな亀裂を生んであの方を喜ばせるッ! そうすれば、もう一度あのお方の腕に抱いてもらえるんだからッ!」

「……そっか」

不憫に思えた。心が痛んだ。

アインはうつむき気味にリルに返事をすると、抜こうと思っていたイシュタルの持ち手から手を放す。

次にリルを見た瞳は、同情の心に満ちていた。

(リルは遊ばれているだけだ)

考えればすぐにわかることだ。

黄金航路の元相談役である銀髪の男は、そもそも地上に鉄王槌を直す手立てがあると言い、その他の知識もギドたちに与えた。

ギドとリオルドはその知識を用いて、女王や民を最大限救うための手段を講じた。

つまり、ちぐはぐなのだ。

リルは銀髪の男に鉄王槌を暴走させるよう仕込まれたようだが、一方でギドたちがイシュタリカに働きかけられるようにも知恵を与えている。

ということは、イシュタリカは遠からず介入した。

リルが鉄王槌を暴走させようにも、容易にはいかない状況が生まれてしまう。

彼女の心にあった闇が、銀髪の男の手により増長していた。

そのせいで、彼女は正常な判断をするよりも、銀髪の男にとって都合がいい働きをするよう影響を受けていたようだ。

「リル。落ち着いて俺の話を聞いて。君はあの男に弄ばれてるんだ」

「……何が言いたいのよ」

「考えればわかることだ。君が鉄王槌を暴走させようとしてるなら、どうして俺たちまで巻き込む必要がある? イシュタリカが介入しない方が、鉄王槌を簡単に暴走させられたはずだ」

「…………」

「だから……もうやめてくれ」

甘いと言う自覚はあった。

銀髪の男とは関係なしに欲に駆られ、権力を欲したリルは心のうちにこの国では珍しい闇を宿していた。

だがそれでも、不憫でならない。

……語り掛けたアインは、されど確信していた。心に宿した欲が元来のもので、そこに銀髪の男の影響力があれば……。

「馬鹿なの? どう考えようと勝手だけど、あのお方がそうしろっていうのなら、私はそれに従うに決まってるじゃない」

アインでは救えないところまで、リルは自ら進んで堕ちている。

そこに銀髪の男の影響が皆無であるとは言わないが、あくまでもリルは、ほぼ自らの意思選択によって鉄王槌を暴走させようとしているのだ。

「滅びちゃえばいい! こんな国! もう消えてなくなっちゃえばいいのよォッ!」

と、リルが叫ぶと同時だった。

彼女は耳を飾るイヤリングを無理やり引っ張って手元に置くと、それを地面に向けて放り投げたのだ。

イヤリングを彩る小さな宝石が砕け散り、そこから黄金の魔力が辺りに生じ、瞬く間に膨張しかけた――――そのときだった。

「させないよ」

アインが手をかざして、それらの魔力を吸いつくす。

唖然としたリルはすぐに狼狽えはじめたのだが、次の瞬間にはキッと目を見開いて、隠し持っていた短剣を取り出し、アインを突き立てんと走り出す。

だが、彼女の身体が消えていく。

アインが制止を試みていたことは関係なしに、彼女は自らの手で自分を追い詰めていた。

実のところその現象は、彼女がイヤリングを自らの手で破壊した瞬間から発生している。ギドたちの振る舞いを自殺行為と言った彼女が、自らも銀髪の男に仕組まれた罠と気づかず身を滅ぼしていた。

一歩……更に一歩と前に進むたび、彼女の身体が光の粒子へ変わっていく。

短剣がアインに届くと思われたあと一歩手前で、彼女は身に着けていたものと短剣だけを残して姿を消してしまう。

目の前の光景に対し、アインはとてつもない怒りに身体を震わせる。

彼はしばらくの間そうしてから、俯いたままギドたちに身体を向けた。このままじっとしている場合じゃない、こう自分に言い聞かせて。

「……行こう。この国を救わないと」

彼は抑えきれない怒気を全身に宿したまま、それでも懸命にその言葉を口にした。