軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

意見の相違と、血統の話。

アインがクローネたちに連絡を取ると言った日の夜、王都の一角にて。まだ身体が本調子ではない彼女に代わり、ウォーレンがクリスを連れて女王を訪ねた。

彼もまた度々訪れたことのある女王の軟禁場所は、今日も今日とて閑静な城下町の片隅にある。

女王はその閑静な雰囲気に倣うかのように、以前と違った落ち着きを持っていた。

――――彼女は傍仕えのリルと共にウォーレンたちを迎え、彼らが来訪した理由を尋ねた。

「実はですな」

と、ウォーレンがいつもの様子で口を開く。

それが、隣に控えたクリスの苦笑を誘った。

もう彼とは長い付き合いだ。表に見せたすべてが本物ではないことも、その裏に多くの謀が蠢いていることは容易に想像がついた。

「鉄王槌の状況が変わったため、女王にもご協力いただく必要が生じたのです」

「っ……て、鉄王槌に何かあったのです……っ!?」

「はい。しかしながら、我らの技術ではまだ不明瞭な点が多いことも事実なのです。そこで、女王が仰っていた、ご自身でしか鉄王槌は止められないと言う件を思い出しまして」

静かに話を聞いていたクリスはそれ以降も決して口を開かず、心の内で密かに考える。

(……絶対に何か考えてる)

そもそも、このように弱みを見せる必要はないのだ。

圧倒的な戦力差があるのだから、ここで女王に譲歩するような発言は不要。むしろ強気に出て、鉄の国の国民も危うい――――と圧を掛ければいい。

またイシュタリカ側での調査が順調なこともわかっているため、ウォーレンの言葉には嘘も入り混じっていた。

クリスはその理由を当然のように分かっている。

ウォーレンはもちろんのこと、アインもまた、黄金航路の元相談役の足取りを得ようとしているからなのだ、ということを。

「つきましては女王」

「は、はいなのですっ!」

「我らイシュタリカとしては、まだ女王を――――鉄の国の振る舞いを許してはおりません。しかしながら、人道的な面から見て、まずは鉄王槌の問題を解決するべきと考えます」

「……ありがとうなのです」

「ですので、いかがでしょう? 場合によっては女王にも一度、鉄の国へお戻りいただく必要があるかもしれませんが」

それこそ可笑しな話で、譲歩しすぎにもほどがある。

けれど、ウォーレンは決して冗談ではなく本気の声音で言っていた。

すると女王もまた、謀への幼さ故に頬をぱぁっと明るくして、心の底から喜んだ様子で声に喜色を孕ませるのだ。

「嬉しいのですっ! 私、ちゃんと協力するのですっ!」

一見すれば微笑ましいのだが、そこで――――。

これまで静かに話を聞いていた女王の傍仕え、リルが口を開いて硬い声を発する。

「傍仕えの身で発言することをお許しください。私は文官としての籍もございますので、ご容赦いただければと存じます」

女王は唐突に口を開き、普段と違いやや強めの語気で語りはじめたリルの横で、その語気に押されて口を閉じてしまう。

ウォーレンはその女王に微笑みかけ、すぐにリルに目を向けた。

「ええ。どうなさいましたか?」

「鉄王槌の状況が変わったとのことで、私も由々しき事態だと感じております。ですが、その状況で女王に鉄の国へお戻りいただくのは、些か疑問が残ります」

「疑問……とは?」

「……宰相閣下におかれましては、鉄王槌の破壊力をどのくらい信じていらっしゃいますか?」

「そのことでしたら、基本的にお聞かせいただいたすべてを。我らイシュタリカは得られた情報を軽んじることなく、決して油断することはいたしません」

もっとも、過剰な理解もいたしませんが。

と、ウォーレンはこうつづけた。

するとリルは数秒の間をおいてから、女王の肩を抱き、庇うようにして言うのだ。

「我々が鉄の国に居た頃と違い、現状の鉄王槌は予期できぬ動きをしている可能性が高いのです。それでは、女王が到着すると同時に完全なる暴走をしても不思議ではありません」

「――――ふむ。であれば、女王に現地でご協力いただくのは避けたい、と?」

「勿論、いずれは女王が鉄の国に戻るのが私たちにとって何よりも重要です。ですが、現状そうもいかないことは重々承知しております。……なので進言したいのです。宰相閣下におかれましても、女王の存在はまだ重要なはず。でしたら、女王の命が危ぶまれることは避けた方がよろしいかと」

饒舌に語られたその言葉は、主君を案ずる忠臣のそれだ。

対するウォーレンもその言は理解できたし、話を聞いていたクリスも密かに頷く。

(それに、彼女たちからしてみれば、私たちが鉄王槌に何かを仕掛けたと思っても不思議じゃないもの)

回りくどい方法だが、イシュタリカが事故を装い女王を亡き者にすると考えていたら。

その後は手厚い介助をすることで、鉄の国の住民がイシュタリカへと忠誠を誓う――――なんてことも、できなくはないからだ。

だけど、女王は庇われながらも切なそうにしていた。

少し落ち着いてきたところで、生まれた国を離れ人質として軟禁されている。

たとえ人道的な扱いをされていようと、一度は国に戻れると思った矢先に部下から止められたら、心に生じた影響は小さくない。

「承知しました。では女王にどのようなご協力を賜るかは、持ち帰らせていただきたく」

「あっ――――」

女王は力なく手を伸ばし、いままさに席を立ったウォーレンを見上げる。

だが、ウォーレンは「申し訳ありませんが」と言い、クリスを連れて部屋を出た。

◇ ◇ ◇ ◇

……その後、二人が完全に居なくなってから。

残された女王はリルに肩を抱かれ、涙を流しながら小刻みに身体を震わせる。

寄り添い、そして自分も瞼に涙を浮かべていたリルが言う。

「私たちにとって、貴方様は何よりも大事なお方です。先ほどのようなことを言った私を、貴方様は嫌いになるかもしれません。ですが、すべては我が国のためなのです」

「っ……わかっ……てる……! 全部全部、私が悪いから……っ!」

悲痛な光景。囚われの二人はまさにその一言である。

たとえイシュタリカにとって女王が侵略者の王であるとはいえ、この光景だけを見れば、ほぼすべての者が心を傷めることだろう。

◇ ◇ ◇ ◇

建物を出たウォーレンは、この建物を警備する騎士から話を聞いていた。

「――――以上です。お二方の様子ですが、閣下が退室なさってすぐに互いを慰めているようで」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「……しかし私は不満です。先に侵略してきたのは奴らだというのに、どうしてああも被害者のように振舞えるのでしょう……被害に遭った仲間を思うと、怒りがこみあげて止みません」

「皆の気持ちは陛下もご理解くださっていますよ。だというのに、我らの騎士として間違いの無いよう振舞っていることも、陛下は誇りにお思いです。――――ですのでどうか、私にお任せくださいませ」

騎士は猶も不満そうだった。

けれど、ウォーレンもそれは仕方ないと思っている。

だから彼は、

「アイン様もそのように仰っておりました。代わりに、ご自身も命懸けでイシュタリカに尽くすと」

アインが王都を発つ前に口にした言葉を言った。

ただ、騎士たちはアインが極秘で王都を発った件を知らない。これは当然なのだが、アインが何もしていないとは誰もが考えておらず、数多の伝説を残すアインが言ったと聞けば、この国の騎士であればなにも異を唱えることはない。

「我らも、王太子殿下と共にあるでしょう」

「それは心強い。いまの言葉はアイン様にもお伝えいたします」

ウォーレンは騎士に礼を言うと、すぐさま城への帰路に就く。

「それにしても」

と、歩きはじめてすぐにウォーレンが。

「アイン様が予想なさった通りになりました」

「えっと……アイン様がですか?」

「ええ。アイン様が皆様にご連絡なさったのとは別に、アイン様はこのウォーレンにも気になることを連絡してくださいましたので」

王都の夜はこの日も満天の星を臨む。

クリスの頬を撫でた風が、金糸の髪をさらった。

◇ ◇ ◇ ◇

同日夜、ウォーレンから報告を受けたアインは一人、甲板に足を運んでいた。

(副衛兵長のリオルドが女王の帰還を願ってる理由は簡単だ。彼が女王の統治を臨んでるから……それはわかりきってる)

一方、リルの振る舞いが気になった。

アインは自分自身もまさか、と思いながらも王都に連絡し、ウォーレンに女王とリルの下を尋ねて貰ったのだが、案の定である。

(それで、リルはどうして女王を鉄の国に帰らせない?)

リルは兼ねてから女王の安全を強く案じており、今回、リオルドと別の意見を述べたのもその影響と言われればそうかもしれない。

けれど、本当にそれだけなのだろうか、とアインは疑問に思った。

たとえ鉄王槌の急な暴走により、彼女の身体も危険な目にあうとしても、まるで責任を放棄したかのような発言をするか疑問が残った。

そもそもリルは以前、ギドが言った言葉に同調している。

それは、『女王の首を取れば、 鉄王槌(、、、) により多くの大地が海に沈むだろう』という言葉に対してだ。

同調したのに、その緊急時に女王を遠ざけるような発言をした意図がわからない。

アインには少なくとも、女王を遠ざけなければならない理由がある――――としか思えなかったのだ。

「殿下、こんなとこにいたのか」

考え事に没頭していたアイン耳に、唐突に訪れたムートンの声が届いた。

彼はレオナードが乗る飛行船にいたはずなのに、どうしてここに? 首をひねったアインの傍に足を運んだムートンは、片手に大きな瓶を持っていた。

「殿下もどうだい?」

なるほど。酒か。

固辞しようとしたアインが何を考えたのか知り、ムートンが言う。

「入ってるのは果実水だから、遠慮しないでくれや」

「あ、それなら」

準備が良いことにムートンは二人分の器まで用意しており、アインの返事を聞いてすぐに二人分の果実水を注ぎはじめた。

「てっきり、仕事終わりのお酒なのかと」

「ま、確かに仕事終わりだけどな。でも前に言わなかったか? 俺は仕事終わりでも、すぐに仕事がある日はあまり酒を飲まねぇんだ。代わりに甘いのを飲んで頭を休めるってわけよ」

「あー……道理で」

「ってなわけだ。殿下の耳に入れたい話があってよ。こんな時間だがこっちの船に来たって寸法だ」

と、ムートンは果実水を一気に呷りながら言う。

アインも一応、一口は飲んでからつづきを尋ねる。

いくらムートンと言っても、こんな時間に、それもわざわざ別の船から鉄塔の足場を移動して来て、ただの世間話をするとは思えなかった。

「鉄王槌だけどよ、確かに女王がいなきゃヤバそうってのがわかった。恐らく一子相伝……みたいな特別な技術があるんだろうな。全体を管理する仕組みの中に、それらしきもんがあったぜ」

「じゃあ、嘘じゃなかったんだ……」

「ま、それだけじゃねぇんだけどな。俺が言った仕組みの他に、特別な波長の魔力でないと作用しない――――と思われる仕掛けもあった。ようは王族の証がないと起動しない、鉄王槌の管理機構の最重要部だな」

順調に解析が進んでいるようで頼もしい。

話を聞くアインは心の内で、ギドたちから聞いた女王の重要性が嘘ではなかったと理解できたことに喜びを覚え、それではやはり、女王を呼んだ方が都合がよさそうだとも思った。

……しかし、つづくムートンの言葉で眉をひそめることになる。

「で、ここからが本題だ」

同じく、ムートンの声色も硬くなった。

「俺がさっき言った、鉄王槌の最重要部があるだろ? それが中々面白い仕組みでな」

鉄王槌の管理者として登録された者……つまり王族なのだが、鉄王槌は緊急時に、その王族へと特別な魔力を送って異変を知らせる仕組みがあるのだとか。

管理者になるには、特別な魔力と血が必要であることもわかっている。

言わずもがな、王族のそれだ。

この仕組みは叡智を極めるイストの研究者が長い時間を掛け、ようやく見つけた仕組みだった。

それとなく他のドワーフに聞いてみても、そんな仕組みは知らないとの返事だったそう。

だから研究者やムートンは、その仕組みこそ王族のみが知る情報と思い、ここ最近も入念に調べをつづけたという。

「だが面白いことに、その仕組みが動いた痕跡がここ十数年は一度もない」

「ん? でもそれって、鉄王槌に異変が生じないと動かないんじゃ……?」

「殿下のそれは誤解ってもんだ。俺が言ったのは責任者の登録も含めて、一切の仕組みが発動した痕跡が無いって話だぜ」

目を見開いたアインを傍目に、ムートンがつづける。

「ちなみに、鉄王槌の管理を受け継ぐときは、その時の王が次の王を鉄王槌まで連れて行くらしいな。その破壊力ゆえに厳しい管理下にある鉄王槌の情報を、王族のみが受け継ぐためなんだとよ」

アインはこれまで夜風を浴びながら、果実水の味も楽しめるくらいには静かに聞いていた。でも不意に、味がわからなくなるほどの驚きがアインを襲う。

すべては、ムートンが語る言葉が孕んだ違和感によって。

「殿下も何がおかしいかわかっただろ?」

「あ、ああ……わからないほうが嘘だ……それじゃまるで……」

驚くアインは夜空を見上げ、目を閉じた。

まさか、こうくるとは予想もしていなかったのだ。

「――――女王は王家の血を継いでいない、ってことになる」

夜風に溶けるように呟いたアインの声を聞き、ムートンは「そうみたいだな」と同じく呟いたのである。