作品タイトル不明
第一歩。
今もなお書庫に居たアインは、シルビアに言われて窓際の机に向かった。
古びた木の椅子に座れば、隣にやってきたシルビアが一冊の本を開き、そして席に着く。
「これは確証があるわけじゃないの。あくまでも私が、ずっと昔に旅をしているときに聞いた話をまとめてるだけ」
その本を見れば、達筆でいくつかの情報が書かれてあった。
中でも目を引いたのは、地下資源を求め、一部のドワーフらが大陸西部に向かったということ。
シルビアも当時はそれが気になっていたようだが、噂となった地域は遠く、そして道のりが悪かったため調べに行かなかったようだ。
「アイン君が会ってきたドワーフって、大地の王……とか言ってたのよね? だとすれば、彼らが住むのは地下。それも、過去に地下資源を求めて向かった場所だと思うわ」
「なるほど……そこに鉄の国が」
まだ可能性に過ぎないものの、シルビアの言葉には強い説得力があった。
すると問題となるのが、地下への行き方だ。
地上にどんと構えた入り口でもあればいいけど、それなら今日までに見つかっているはず。
最低でも何かに隠蔽しているはず。
あるいは、ドワーフ謹製の魔道具で巧妙に隠されているのかも。
(どうしたもんか)
言ってしまえば、最大限の ズル(、、) ができる。
たとえば捕縛したドワーフに『孤独の呪い』と『魅惑の毒』を用いれば、魔王大戦当時のアーシェが如く勢いでドワーフに命令を利かせられよう。
これはあくまでも、アインがそれをしたくない気持ちとは別で、だ。
事実、それが可能であるということを整理したに過ぎない。
「私のおススメはやっぱり、彼女の力を使わないことかしら」
「……母上?」
アインは無意識に母上を呼んだ。
呼ばれたシルビアは嬉しそうに笑み、声を弾ませる。
「下手をすればドワーフが死んじゃうわ。ただでさえ大怪我を負って、イシュタリカの叡智を用いてようやく命を拾ったんだもの。赤狐の力は負担が大きすぎるから、もしかすると、情報をすべて得る前に命を落とすわよ」
「そうかもしれません。だから使うべきか迷ってました」
「ええ。だったら、他のところから攻めないと」
シルビア曰く、ムートンが本当に古いドワーフ王の血を引いているのなら、捕縛したドワーフの態度を鑑みるに悪いようにはならないだろう、とのこと。
たとえばそのムートンに間に立ってもらい、まずは対話に臨んでみるのはどうか? という話だ。
「それに、私に届いた連絡によれば、貴族たちも意見が割れてるんですってね」
「はい。相手は唐突に武力行使をしたのだから、対話の余地はない! という者たちと、それは古い考えだから、対話を以て然るべき償いをさせるべき、という者たちですね」
「どちらも正しいわ。国家としては不穏分子をすぐに殲滅するべきだし、かといって相手がドワーフとなれば、既に異人と認定されてる種族と事を構えるとも言える。……だから、場所を特定して即殲滅――――っていうのも難しいでしょうね」
「お爺様も同じことを仰っておりました。ですが、」
アインはふと、疑問を呈する。
「ムートンさんがドワーフ王の血統だったとしても、鉄の国に所属するほかのドワーフも対話に臨んでくれるでしょうか?」
「うん? どうして?」
「俺が会ったフオルンの長の話によれば、古いドワーフたちは意見の相違で別れたと言います。だとすれば、ムートンさんは地上に残り、イシュタリカに加わった側になりますから……」
「元が同じ一団だったからって、絶縁したともいえる相手に友好的とは限らないということね」
アインがすぐに頷いた。
ただそう思えば、今日会ったドワーフだって不思議だった。
もう長い年月を経ているから、負の感情はない。
こう言われてしまえばそれまでだけど、だからと言って、安易に大丈夫とも判断したくない。
しかし、
「きっと、鉄の国は疲弊しているのよ」
シルビアの言葉に、アインは膝を打つ思いにさせられる。
「仮にずっと地下に居を構えていて、今日と言う日まで種を存続させていたとしましょう。どれほどの地下空間があるのか分からないけど、地下に住むことは容易ではないわ。そのせいで、時代の変化を求めていても不思議ではないもの」
頷ける言葉にアインは「なるほど」と漏らす。
(他に気になることと言えば、どうして急にって話だ)
それこそ、シルビアが言った時代の変化を求めての可能性だ。
資源が枯渇し、地下で暮らせなくなったから大地に新天地を求め、既に建国されて久しいイシュタリカに牙を剥いた
のかもしれない。
だがそれにしても、無謀に過ぎる。
裏で何か動いているのかも。
そう、たとえばその何かは――――。
(黄金航路の、相談役)
あの銀髪の男の姿が脳裏を掠めるのは、致し方のないことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
どうしてカインが一足先に監獄に居たのかと言うと、単に興味があったから、だそう。
このことを最後に聞いたアインはシルビアと共に書庫を出て、元・自室への途についた。
やがてその部屋に着き、扉を開ける。
そこで、ソファに座る二人の存在に気が付いた。
一人はアーシェに膝を貸したまま寝入っているクリスで、もう一人は、その膝を借りているアーシェだ。
「とりあえず、アーシェは持って帰るわね」
シルビアが指をパチン! と鳴らしたと思えば、クリスの膝に頭を乗せていたアーシェの身体が浮かんだ。そのままふわふわと宙を動き、シルビアの腕にたどり着いて抱かれる。
「何かあったら呼んでね。じゃあ、おやすみなさい」
「え、あの――――行っちゃった」
クリスの部屋はどうなってるのか聞こうと思ったのに、シルビアはさっさと行ってしまった。
追って聞いてもよかったけど、アインは部屋の中にクリスの荷物が置かれていたことに気が付いて、同室なのかと思い踏みとどまる。
(ま、いっか)
自分は構わないとして、後はクリスが応じるかどうかだ。
とは言え彼女が断るはずもない。アインと別行動をしていたクリス自身も客間の件を気にしていたとしても、どうせ今更だ。
アインはジャケットを脱いでそれを壁に掛け、備え付けられた魔道具に近づく。
そこでグラスに冷たい水を注いで一気に飲み干し、シャツを腕まくりしてうんと背を伸ばした。
(そろそろ汗を流しときたいな)
それから、今日のことを日誌にまとめたい。
明日の予定は――――様子を見て監獄に行くかもしれないから、その前に情報は整理しなければ。
それと、ムートンにも連絡をしておく必要がある。
勿論、シルビアと話した件をクリスと共有し、互いに話し合いたいところだ。
と、諸々のことを考えていたところで、
「あ、あれ……アーシェ様は……」
クリスが目覚め、ハッとした表情を浮かべてアインを見た。
すぐにアーシェが居ない理由も悟り、申し訳なさそうに消沈した声で言う。
「も、申し訳ありません! 私、寝ちゃってて――――ッ」
「気にしないでいいよ。ってか、魔王城に着いてすぐに言ったと思うけど、今日の仕事は終わってたから自由にしてていいんだって」
先ほど情報共有などはしておきたいと思ったが、それも急かすつもりはなかった。
寝る支度が終わってから、歓談を交えながら軽く共有できればそれでよかったのだ。
「そういや、クリスの部屋は?」
「……あ、あはは。実は分からないんです。マルコは知ってたみたいなんですが、カイン様と一緒にどこかへ行ってしまったので……」
「ああ、それなら俺がシルビアさんに聞いて来るよ」
親切心から口にしたアインが部屋を出ようとした。
すると、唐突にシャツの裾が背後から摘ままれる。
「その、」
振り向くと、クリスがもじもじしながらアインを見上げていた。
「アイン様さえよければ、一緒のお部屋でも……っ!」
気持ちが通じ合ってからは以前と違い、クリスの初心さが やや(、、) なりを潜めていたと思う。
先の温泉旅行では混浴だって経験したから、殊更にだ。
だがそれでも、自分から一緒の部屋でと言うのは少し勇気を要したらしい。
僅かに上気した頬と首筋から伝わる緊張は、彼女の胸の鼓動まで届けてきそうだった。
「勿論。喜んで」
アインが即答したことで、クリスはほっと胸を撫で下ろす。
心の中では断られないはずと思いながらも、これは仕方のない緊張だった。
するとつい、喜びのあまりアインに抱き着いてしまう。
アインの胸元に顔を埋め、全身で甘え、つま先立ちになって唇をついばむ。自分がアインの背に回した腕と同じように、彼もまた同じように抱擁を返してくる。
それが、クリスの胸を更に熱くさせて止まない。
「っ~~ずっとこのままで居たいです……」
今一度、アインの胸板に顔を埋める。
するとアインは、照れくさそうに頬を掻いた。
「……汗臭くない?」
まだ湯を浴びていないから、どうかと思っての問いかけだ。
でも、逆の立場だったらアインはきっと気にしない。
「? 大好きな人の香りなんですから、そんなはずないじゃないですか」
「あ、ああ……ありがと……?」
とは言え、このままで居る訳にもいかない。
しかしクリスはまだ満足しておらず、日ごろの我慢を解放したかのように甘えている。
想いを通わせた同士。
日ごろ忙しくて、我慢させてしまっていることを自覚しているアインは、引きはがすのはかわいそうだと思い逡巡した。
また、こうしていることに癒しを感じている自分も居たから、折衷案が必要だった。
「っ……きゃっ!?」
唐突にクリスを抱き上げる。
いわゆる、お姫様抱っこの格好で。
「ど、どこにいくんですか!? 私、まだ満足してませんっ!」
「明日にも備えないといけないんだってば。というわけだから、先にお風呂にしないと」
一瞬、クリスはこのまま一緒に入るのかと思った。
しかしそうではない。
アインは元・自室に備え付けられた広めの脱衣所にクリスを連れて行き、そこで彼女を解放する。そしてすぐに背を浴室の扉を開け、広い浴槽に湯を貯めるために魔道具を操作した。
「後は城と同じように使えるから、ゆっくりしてきて」
そう言って、アインはクリスに背を向けた。
一方のクリスは、むすっと唇を尖らせる。
あのまま一緒に入ると言われていたら、それはそれで恥ずかしがったろう。
だが、こうして予想と違う展開になってしまうのも、これもこれで少し不満だった。
「……あの、クリスさん?」
だから、何も言わずにアインのシャツを摘まんだ。
それはさっきと違い、明確な不満が込められたせいか若干力がこもっていた。
「…………むぅ」
「えっと、どうかしたのかなーって」
「やや不満です」
「なるほど、やや……」
「いずれにせよ、先に入るべきは私よりアイン様です!」
立場を思えば間違いではないが、アインとしては対等な立場でいたいところである。
想いを通じ合わせたもの同士、上下関係なんて作りたくなかった。
「そんなの気にしないでいいって。今日は先にクリスが入りなよ」
「ダメです! アイン様が先にお入りください! 私はその後でいいですから!」
できればクリスが先に入ってほしい。
さっきの疲れて眠っていた姿を思えば、その方が良い気がした。
しかし、そのクリスが頷かない。
だからアインは、半ば冗談で口にしてみる。
「……じゃあ、一緒に入る?」
こう尋ねてると、クリスはそっと視線をそらした。
でも、自身の上半身を両腕で抱きながら頷いたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、魔王城を発つ前にシルビアがある助言をした。
『いまから私が言う言葉で、ドワーフにかまをかけてご覧なさい』
それは捕縛されたドワーフに対して。
話を聞いたアインは「まさか!」と一笑したが、シルビアはそれでも「いいから、試してみてね」と笑って言った。
(……試してみるか)
昼前に到着した大監獄の最下層で、アインはベッドに身体を寝かされたドワーフを前に決心する。
また今日の尋問は、その思惑のためにアインが一人で部屋に足を運んでいる。クリスたちは部屋の外に居て、アインの支持を待っている状況だ。
無論、ドワーフは依然として口を割る様子はなかった。
しかしアインは、強い口調で語り掛ける。
「大陸の西方に、巨大な地下空間があることが分かった」
アインがそう言うと、分かりやすくドワーフの目が変わる。
『彼らは良くも悪くも、自分たち以外の種族との交流がない。それは純粋とも言えるけど、見方を変えれば、ヒトの悪意に対して免疫がないということよ』
これはシルビアの言葉なのだが、それをいま、アインはすべて理解した。
(謀とも無縁で、狭いところで暮らしてきたことへの常識しかない。かまをかけられて簡単に尻尾を出してしまうのは、そのせいなんだ)
騙すようで悪いが、アインは王太子。
未来の王として民を守る義務があり、鉄の国を名乗る者たちの振る舞いは見過ごせない。
趣味の悪い尋問と思ってしまう自分も居たが、この仕事の意義は理解していた。
「目標を見つけ次第、魔導兵器を用いて攻撃を開始するつもりだ」
地下空間を発見したことはもちろんのこと、攻撃するということも嘘だ。
現状、何一つ決まっていない。
が、ドワーフはそれに気づかず激昂する。
「この……簒奪者風情が偉そうにッ! てめぇら人間に何ができるってんだッ! あん!? 言ってみろッ!」
「俺たちには培ってきた叡智がある。それに俺たちは人間だけの国じゃない」
「はっ! だったらなんだ!? 他種族に頼り切ってるだけの、愚かな弱者ってとこかッ!」
(……こうも上手くいくと、逆に困ってくる)
もはや、大陸西方に地下空間を持つことは自白したも同然だ。
つまり鉄の国を名乗る、古きドワーフたちが住まう場所もそこで、今回、イシュタリカに牙を剥いた者たちもその古いドワーフで間違いない。
シルビアに助言通りに振舞ったとは言え、まさかこれほどあっさり進んでしまうとは……。
アインは決して顔に出さなかったが、内心では困惑していたくらいである。
「それで、俺を簒奪者って言うのは何のつもりだ?」
「この大陸は俺たちドワーフのもんだッ! てめぇらはそこに間借りしてるに過ぎねぇッ!」
「……なるほど。一文明を築いた者たちとしての意地か」
逆に言えばそれだけで、簒奪者と言えるほどの力はない。
「好きに言えばいいさ」
アインはドワーフの言葉を意に介さず立ち上がり、背を向けた。
「お、おいッ! どこに行くつもりだッ!」
「支度にいくだけだ。この前のように、お前たちから攻撃を仕掛けられる前にな」
「ッ……てめぇッ!」
「実際、あるんだろ? ああして攻撃を仕掛けてきたんだから、俺たちとの戦力差を前にしても戦えるっていう自信が。その自信を裏付ける、何らかの兵器か戦力だってそうだ」
ドワーフが黙りこくった。
背を向けたままのアインが「ふぅ」と息を吐く。
(やっぱり、ただ無謀な攻撃を仕掛けて来たわけじゃない)
何かがあるようだ。
それは地上で文明を発展させてきたイシュタリカに対して、小さくない傷を負わせることが可能な力に間違いない。
温泉旅行中に見た防衛装置を思い出すに、馬鹿にできない技術を持っているのかも。
――――あらあら。素直で可愛らしいドワーフじゃない。
心の奥底からシャノンの声が聞こえてきた。
――――でも、そうね。私の力を使うまでもないみたいね。
ドワーフの言葉に裏付けをとる必要はないようだ。
きっとシャノンから見ても、このドワーフが嘘を言っているとは見えなかったのだろう。
アインは自分より化かし合いに長けた、シャノンの主観を信じることにした。
「さて」
アインが呟き、僅かに振り向いてドワーフを睥睨する。
「何を思ってイシュタリカに攻撃を仕掛けたのか、答える気はあるか?」
「……ない」
「まだ話をする気にならないのか」
「ち、違うッ! 知らねぇんだ! 俺たちは何も……女王様の命令に従ってるだけで……ッ!」
(女王?)
ドワーフの必死さを見るに、嘘ではなさそうだ。
本当に、女王とやらに従っての行動のよう。
(いずれにせよ、するべきことは変わらない)
すると、アインはしっかりとドワーフに振り向いた。
……もう勝ったも同然。
ドワーフは自分たちの強さに自信があるようだが、先の戦いにより、そう上手くいかないことを学んでいるのが分かる。
「俺たちの武力を侮っていたようだな。実際にそれを知り、俺がさっき口にした言葉を聞いて、危機感を抱いたのが見て取れるぞ」
まるで黄金航路のように。
大それた野望に身を滅ぼした、彼らのことを思い出す。
「……だったら、なんだってんだよ」
猶も強がるドワーフを見て、アインが決め手となる言葉を発する。
「こちらが欲しているのは、女王との対話だ」
「て、てめぇ……いくらなんでもそりゃ……ッ!」
「――――頼むから、これ以上強がろうとしないでくれ」
溜めての声は本心からの願いを込めて。
アインだって、血が流れるようなことはしたくない。元来、争いを拒まぬ彼が、心を傷めずにこのような対話をしているわけがなかった。
だが、鉄の国は既にイシュタリカに手を出してしまっている。
もう無視できない段階で、完全に平和的な解決はとうに望めない。
今のやりとりは、それを最大限平和的にするためのもの。
もし破談に終われば、鉄の国に対し容赦のない攻撃が降り注ぐこともあろう。
そのためアインが望むのは、可及的速やかな解決だ。
「…………」
ドワーフはしばらくの間、黙りこくった。
何故かと言うと、悩んでいたから。
「……あのお方も同席するってんなら」
そしてようやく、本当にようやく。
遂に項垂れたドワーフが、喉からこの言葉を絞り出した。
あのお方、この言葉が差すのはムートンだろう。
(何にせよ、これでようやく一歩目だ)
鉄の国が仕掛けたこの騒動が、やっと前進するはず。
アインは密かに胸を撫で下ろし、シルビアの助言に感謝した。