軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

時には攻勢に。

海辺で遊んだ経験なんて皆無だった。

まず、水着を着た記憶もない。

そんなアインは砂浜に腰を下ろし、海辺へ向かった三人を見ていた。

特別何か考えることなく、半ば自然的にである。

『あぁー! また水を掛けましたね!?』

『ふふっ、油断してるクリスが悪いのよ』

『こ、こんなところで警戒してるわけな――――ふぇっ!?』

『油断大敵ですよ、クリスさん』

海水を掛け合って遊ぶ三人が楽しそうで、アインはそれだけでもこうして足を運んでよかったと思っていた。

照りつける日差しに目を細める。

三人が作り出す水飛沫が日光を反射して、ダイヤモンドのように周囲を彩った。

「ご一緒してきてはいかがですか?」

マーサが言った。

「もう少ししたらね。邪魔するのもなんだしさ」

「アイン様を邪魔に思われるようなお方はいらっしゃらないと思いますが」

「だと思うけど、三人があんなに楽しそうにしてる姿は滅多に見れないし、俺は後から合流しても遅くないよ」

あくまでも気遣いの一端であると言った。

すると、斜め後ろに立つマーサが小さく笑う。

彼女はそれから、ハッと思い出した。

「お三方とも、お美しいお姿ですね」

急にどうしたんだろう、そう思いつつもアインは彼女の意図を探る。

言ってしまえば当たり前のことでもあり、わざわざ特筆すべき、言い直すような事柄でもない。だというのに、このタイミングで言った心理はいったい……。

頷いたアインは、数秒の間、それを考えていた。

「あっ――――」

なるほど、と気が付いたのは間もなくだ。

よくよく考えると悪いことをした、という答えにたどり着く。

「もう遅いかな?」

「いいえ、お三方の下に行かれた際にお伝えするとよろしいかと」

「ん、ありがと。そうするよ」

視線の先では、シルバーブルーの髪の毛をバレッタでまとめたクローネが居る。

髪の色より更に鮮やかに。

深海を思わせる濃い青色の水着に身を包み、くすみ一つない白磁の肌を惜しげもなく晒す彼女には、その青が良く似合っていた。

見目麗しく整った容貌に劣らず、彫像のような肢体。すらっと細身ながら主張すべき箇所が主張された体躯は嫣然と、色香を孕んでいた。

一方、そのクローネに水を掛けられ笑っていたクリス。

彼女は微かに濡れた騎士の髪を海風になびかせ、色艶に良い唇から笑い声を発する。

水を避けるために身体をよじると、それだけで身体付きが強調された。その肢体を綾なす深紅の水着もまた、良く似合いながらも気品がある。

精緻に整った彼女の顔を可憐に綻ばせた頬が彩ると、普段の凛々しい姿との落差が、何処か妖精のようで愛らしい。

そして、オリビアのいで立ちは最初に目の当たりにした通り。

広大な大陸イシュタルと言えど、彼女たちに勝る華は見つからない。

それを強く確信できる、幻想的な麗しさがこの砂浜にあったのだ。

――――さて、ここでマーサが口にした件である。

単純な話ではあるが、砂浜に舞う三人へと、アインはまだ「似合ってるよ」の一言すら告げていなかったのだ。

ふと。

『…………?』

アインの視線に気が付いたクローネが、軽快な足取りで近づいて来る。

「どうしたの? 具合でも悪い?」

「え、急にどうしたのさ」

「だって、ジッと私たちの方を見ていたけど、一緒に遊んでくれる気配がなかったんだもの……」

「……ジッと見てた……いや、何て言うかその……」

改まるともろもろ照れくさいし、不躾に視線を送っていたと思われたくもなかった。

別に、アインが見ていたところで咎める者はいないが、アインの気持ちの問題である。

「城に戻ったら、もっと本を読んだ方がいいかなって思った感じ」

「――――ごめんなさい、ちょっといいかしら」

アインの言葉を聞いたクローネは更に距離を詰め、アインのまたぐらにしゃがみ込んでしまう。

何も言わずアインと額を密着させた。

「少しだけじっとしててね」

こんなに近いと、睫毛の本数まで数えられそうだった。

視線を下げると姿勢に併せて形を変えた胸元で、さっとすぐに目を反らす。

彼女から漂う甘い香りに脳が溶かされそうになったその直前、すっと立ちあがったクローネが安心した様子で微笑んだ。

「良かった、風邪を引いたわけじゃないみたい」

我ながら回りくどいことを言ったせいか、心配させてしまったようだ。

本を読むと言ったのは、誉め言葉の語彙に欠けていたことを示唆したかったのだが、当然のごとく伝わっていない。

「マーサさんと話してて、何も考えずに皆の方を見てただけなんだ」

何も考えずにというのは嘘であるが、こう言い切った。

クローネはそれを聞いて、ほっと安堵した様子で目を細めた。

「そろそろ俺も混ざろうかな」

「ええ、待ってるわ」

来た時と同じく軽快な足取りで砂浜に向かって行ったクローネの背を目で追った。

こうしていると、マーサがそっと小さな声で。

「どうやら、アイン様が 慣れる(、、、) のはまだ先のようですね」

先ほどのクローネの一件で、彼女の魅力に押された件だ。

「慣れると思う?」

「まだ先と言いましたが、難しいかもしれませんね」

「うん、俺も同じことを考えてた」

「魔王様、本日のお三方はいつにも増してお美しいかと思いますよ」

「……討伐されないように頑張って来るよ」

立ちあがったアインが歩き出すと、マーサは彼の背に微笑みかけた。

そして、彼にだけ聞こえるように小さな声で。

「ご武運を」

冗談を言うように口にしたのだった。

――――砂浜で数十分は遊んだろうか。

そろそろ昼食でも、という時間帯になってマーサがその支度をはじめていた。

その横で、海を見ていたクリスが、何か思いついた様子でアインに近づく。

用意された椅子に腰を下ろしていたアインの隣に足を運んだ。

「アイン様、アイン様」

彼が水着の上に着ていた服をつまんで、遠慮がちに言った。

「あの岩まで競争しませんか?」

「また急に何を言うのかと思えば……アレか」

水平線の彼方とまではいかないが、ちょっと離れた沖合に見える岩がある。

あの島まで泳ぎの速さを競おうというのか。

「お昼ご飯までまだ時間がかかりますし、ちょうどいいかなって思ったんです」

「そんなに遠くないし、確かにちょうどいいかもね」

「それでですね、私、実は泳ぐのは得意だったりします」

「自信満々なのは分かった。んー、どうしよ」

昼食の前にそんな大運動をするということに迷ってしまう。

食べてからにしない? アインがこう提案しようとした瞬間だった。

「ダメですよね……! すみません、急にこんなこと言っちゃって」

「駄目じゃないって、だけど」

「ううん、気にしないでください! 泳ぐことだけなら アイン様に勝てるかも(、、、、、、、、、、) ー……って、ちょっと期待してただけなんです」

ピクッ、とアインの眉が動いた。

断言できるが、クリスは煽るような言い方はしていない。

それに彼女はそんな気もないだろう。

だから、これはあくまでも、受け手のアインに問題があるだけだ。

将来の負けず嫌いが姿を見せ、特に、以前に比べて距離の近いクリスには負けたくないという、ちょっとした男心が生じていただけに過ぎない。

その様子を見ていたクローネとオリビアは笑い、次の展開を寸分の間違いなく予想する。

「スキルと魔法の使用はなしにしよう」

立ちあがったアインは沖にある岩を見て、こう言い放つだろうと。

◇ ◇ ◇ ◇

この辺りの海は王都のそれと違い、そしてマグナの海ともまた違う。

アインは沖と表現したが、表現が間違いだったろうか、と少し考えていた。

泳ぎはじめて数十秒。

足が付く深さでないものの、水深はそれほどでもなかった。

コバルトブルーの海は色とりどりとのサンゴ礁が自生しており、共生する鮮やかな色の小魚たちが二人の傍を連れ添って泳ぐ。

付かず離れず、隣を泳ぐクリスの泳ぎは見事だった。

彼女の脚線美が誇る無駄のない泳ぎには惚れ惚れしてしまう。

そして、アインはあまり泳いだ経験がない。

ぎこちないとまではいかずとも、クリスと比べると粗が目立った。

それでも拮抗していたのは、純粋な力の問題だろうか。

アインは強引に、膂力を用いて勝負をしていたにすぎない。

「…………」

隣を泳ぐクリスがそっとアインを覗き込むと、小さく微笑んだ。

勝負なんでどうでもよくなりそうなほど、晴れやかで見惚れそうな笑みだった。

(もうちょっとだ)

我ながら拙さが目立っていたが、負けるわけにはいかない。

アインはここで一層の膂力を持って速度を上げ、水を掻いた。

「――――ッ!?」

隣を泳いでいたクリスに驚かれても止めず、ぐんぐんと差をつける。

クリスも力を入れたが、やはりアインの力に適わず。

やがて、勝敗は喫したと言えるほど距離が開いて、アインが一足先に岩へ到着した。

「ぷはぁ――――ッ!」

勢いをつけて岩に上って、髪をかき上げて海水を払った。

照りつける陽光が眩しかったが、悪くない。

「よっし」

勝利に喜び、クリスがやってくるの待っていた。

するとそこで何となく、手元に伝わる感触に覚えがあるような気がして、アインは思わず岩肌に目を向けた。

……特に変哲のない、ありふれた岩である。

だが、どうしてだろうか。

肌触りには覚えがるような気がして、そしてこの岩から魔力が漂っているような気がして、その正体を思い出せず腕を組む。

下から見てみよう、間もなくこの考えに至り海に潜った。

しかし海中から見たところで、何の変哲もない岩だ。

(薄いのか)

岩と言っても、周囲をぐるっと回るとその形状が珍しいことが分かる。

円状の薄い板のように見え、なだらかな表面は何かを彷彿とさせて止まない。

これは……まるで……。

(鱗?)

巨大な鱗が砂の上に突き刺さり、そのまま風化したと言われたらしっくりくる。

ただ、こんなにも大きな鱗を持つ魔物なんて、いるだろうか。

答えがわからず、アインは上に戻ることにして浮上していった。

「…………勝者の余裕ですか?」

「あ、クリス」

海面に浮上して目にしたのは、岩にしゃがんで見下ろしてくるクリスの姿だ。

彼女自慢の金髪が身体に張り付き、そして今の体勢もあってか煽情的。ただし、不満げな表情も忘れてはならない。

先に到着していたはずのアインが海で何かをしていたから、それが不満だったのだろう。

アインはクリスの今の体勢もあってか、あまり目を合わさずに岩に上る。

それがまた、クリスは不満だった。

「なんで私のことを見てくれないんですか!」

「いや、今は大丈夫だよ」

「意味がわかりま――――あ、あれ……? アイン様、ちょっと照れてます?」

「日に焼けて肌が赤くなってると思う」

「嘘ですよね? まだ微妙に目を合わせてくれませんし」

我ながら耐性が低いと自覚するばかりだが、これぐらい許してほしい。

クリスとしては、アインが見惚れたことを喜ぶべきだろうか。

けれど、今日のクリスは頑張ろうと決めたことがあり、そして、今日の高揚した気分が後押ししてか、こうしたアインを前にすると、強きに出ることだって不可能でなかった。

「あれれ……まだ見てくれないんですか?」

「あの、妙に挑戦的なのはどうしてなのなーって……」

「こんなアイン様は珍しいですし、私もたまには強気にって思いまして」

「な、なるほどね……そう来たか」

斜面で足をぶらつかせていたアインへと、クリスはずいっと距離を詰めた。

身体を前のめりに、両腕を支えに彼に身体を近づけた。両腕に挟まれて胸元が形を変え、それが更にアインの視線を逸らさせてしまう。

「あー! また逸らしました!」

「不可抗力ってことにしてくれない?」

「ダメです! もう! ちょっとぐらいこっちを見てくれてもいいじゃないですか!」

マーサも尋ねたことだが、アインは女性慣れしているわけではない。

たとえば、クローネに対してだって照れるときは照れる。

深い関係があろうとも、比肩する者なき華を相手に、慣れるということが今になっても難しかったからだ。

「いやほら、改まると色々っていう話でさ」

「知ってます! さっきまで一緒に遊んでくださってましたものね!」

「そうそう、だから今は仕方ないってわけなんだよ」

「……説明になってませんけど」

その自覚はあったが、アインは苦笑して茶を濁した。

「こうなったら私も意地ですからね! 絶対に私の方を見てもらいますから!」

「意欲的になるようなことじゃないからね?」

「いいえ! 私にとっては大事な事なんです!」

彼女が今一度、距離を詰めた。

もはや身体が密着してしまいそうになるほど近く、吐息まで感じられるほど近い。

これがつづくと、自分が押されるだけである。

気が付いたアインが呼吸を整えて。

「分かっ――――」

クリスへと顔を向けた、その瞬間。

「私の方を向い――――」

ほぼ同時に、クリスが更に距離を詰めてきたのだ。

それに比例して顔の距離も近く、二人のタイミングはとある部位の接触を生む。

クリス現状への理解が追い付つくまで、まばたきを何度も繰り返した。

それでも、重なった唇の感触は良く分かる。

温かくて、海を泳いだせいで少ししょっぱい。

加えて身体が離れようとせず、自然と体重を委ねてしまう。

時間にすると、僅かに十数秒だ。

けれど、この時間がとても長く感じてしまう。

やがて唇が離れたのは、海鳥が鳴き声を上げたそのときだった。

クリスはそのまま、アインの隣でへたり込むようにして岩に座り、細長い指を唇に伸ばしてツーッとなぞった。

瞳は潤んで、ほんのりと赤く染まった肌が今までにないほど、艶美。

状況は理解できていたが、明確な言葉が浮かんだのはそれから数十秒後のことだ。

クリスはハッと顔を挙げるや否や、アインの目を見た。

つづけて、くすっと柔和に頬を綻ばせて。

「ちょっとだけ、潮の味がしちゃいましたね」

舌をペロッとだして、照れくささを隠すように言ったのだった。