作品タイトル不明
いざ、南の島へ。
取り出されたばかりの羊皮紙を前にして、カティマは何やら懐を漁りだす。
やがて取り出したるは、レンズが青色のルーペであった。
「それ、なに?」
「最近開発された魔道具だニャ。微細な魔力の波長を探知する優れものでニャ、これ一つで小さな民家が一つ買えるぐらい高級な品物なのニャ。……おかげで、お小遣いやら貯金が寂しくなっちゃったのニャ」
さすがに振り分けられた予算から買って良かったのではなかろうか。
今回のように私用で使うこともあるから、と私費を投じた風に見えるが、アインは細かな事情を尋ねることはしなかった。
カティマがルーペで羊皮紙を確認するのを傍目に、静かに待つばかりである。
ふむふむ、ほー……。
妙に感嘆とした声で呟く彼女の横で、アインは今か今かと待ちわびた。
彼女がルーペを懐にしまい直したのは数分後のことで、やっとか、とアインが口を開く。
「良い紙だニャ」
「…………え?」
「めっちゃ良い紙なのニャ。このご時世、こんな羊皮紙を作れる職人はそう居ないのニャ」
そんなのは一目見て分かっていた。
疑問があるのはそこではない。
「何か仕掛けられてないかって調べてたんじゃないの?」
「ニャ? ほー、良く分かったニャ」
「そりゃ、流れ的にね。だから俺としてはこっちの方が気になってたんだけど」
「安心していいのニャッ! そのあたりは見て数秒で大丈夫だって分かってたからニャー」
ああ、耳を引っ張ってしまいたい。
だがそれも少し憚られる。
駄猫がディルの下に嫁いでいるのが、ここで心に待ったをかけた。
もちろん、今更ではあるのだが。
「ふぅ……で、時間が掛かった理由は?」
「羊皮紙が見事だったからに決まってるのニャ」
どうして分からないんだ、こう言わんばかりに肩をすくめるカティマ。
「ニャニャニャッ!? 痛いのニャ!?」
「ごめん、我慢できなかった」
後でディルに謝っておこう。きっと、逆に謝られるかもしれないが。
「私の耳を引っ張る暇があったら、羊皮紙に書かれた字が読みたいって思わないのかニャ!?」
それもそうだ。
アインは「確かに」と返して羊皮紙を手に取った。
書かれていた文字……自体はそう多くない。何故なら、羊皮紙全体を占領していたのが絵であったからだ。
「これってイシュタルだよね」
「んむ、そう見えるニャ。でだニャ、この辺りの丸で囲まれた島が気になるのニャ」
「丸で囲まれた島……ああ、大陸南西の沖の、コレ?」
「そうニャ。この辺りは小さい島々がいくつかあるぐらいで、人も住んでいない場所なのニャ。だからここに丸が付けられてる理由が分からないニャ」
「俺としては、この箱があのヴィルフリート様の物ってこともあるし、何かありそうな気がするよ」
その件にはカティマも頷いて同意した。
問題は――――。
「見つけたからには確かめに行きたいニャ」
「俺も。だけどそれには……」
「お父様というお方が居るからニャー……」
つまるところ、許可が得られる気がしなかったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
「よいぞ、行って参れ」
が、何故かあっさりと許可されたのだ。
シルヴァードが居たのは食堂だ。
彼は仕事の合間に時間を縫って早めの昼食をとっていたらしく、すぐ傍には丁度いいことに、共に仕事をしていたというウォーレンが座っていた。
そのウォーレンも一瞬「ほ?」と戸惑っていた。
だが、あっさりと許可された理由が確かに存在する。
「アインは先日のバードランドの一件にて、あまり休暇らしい休暇が取れんかったろう? 故に余としては問題に感じておらん」
「あの……安全面とか……」
「馬鹿を申すな。アインに万が一があろうというのなら、イシュタリカの存続に関わる災厄であろう」
「ふむ、陛下のお言葉には一理ありますな」
「ウォーレンさんまで!?」
「とはいえ、でございます。陛下もそう仰っておりますが、必要な安全マージンを取るべきという考えはおありでしょう」
「うむ」
「であればこそ、アイン様にはリヴァイアサンにて向かって頂きたい」
理由は言うまでもなく、海龍艦リヴァイアサンの戦力のためだ。
「ついでに双子も連れて行くとよい」
イシュタリカ最強の海上戦力がそろい踏み。
何があろうと、問題はない。
むしろ、この状況下で問題が起きようものならば、それこそ国の存続に関わる災厄だ。
「ですがお爺様、あまりにも甘すぎるのでは?」
そう、いくら先日の一件で休暇が出来なかったとはいえだ。
しかしシルヴァードはそれも考えていて……。
「そう言うと思ってな、アインには公務を申し付けるつもりであった」
「バードランドのときみたく、理由を誂えるのですか?」
「いいや、さすがにそれがつづくのは余も不本意である。今回の一件については、そもそも頃合いとしても都合が良いのだ」
「おお……私には陛下のお心が分かりましたぞ」
するとウォーレンが頬を緩めて、ヒゲをさすった。
間もなく食事を終え、茶の注がれたカップを口元に運んで口を潤す。
その後で、アインたちが持ってきた羊皮紙へ指を伸ばした。
指先が示したのは丸で囲まれた島ではなく、海を渡った先にある大陸イシュタルの端だ。
「こちらの島の近くには、古い港町がございます」
「 港湾都市(、、、、) って呼ばれている場所のことだニャ」
「ええ、カティマ様が仰ったとおりです。名をシュゼイドと言いまして、先ほども申した通り、古い町でございます。街の規模としては港町マグナの三分の一ほどですが、豊富な海産資源もあり、賑やかな場所ですよ」
アインとて、知らないわけではない。
大陸の地理に関しては学園に居た頃に頭に叩き込んでいるし、卒業した今も、王族として各地の情報を学ぶことに抜かりがなかった。
それでも、行ったことのない町について聞くのは心が躍る。
「ご存じの通り、大陸西方は王都のある東方と比べて手つかずの地が多くございます。シュゼイドに関しては、港町としての側面もあるため、また、古くから他の都市との交易があるため、西方に近くとも賑わいがございました」
「――――それで、ウォーレンさんはどうしてシュゼイドを?」
「行幸です。民にとって、王族が行幸するということは重要な催し事でございますので」
「我ら王族が最後にシュゼイドへ足を運んだのは、確か二十年も前のことであったな」
「陛下が仰ったとおりでして……できれば、早く足を運びたかったというのが実情なのです」
「もう言わずともわかるだろうが、余はその公務をアインとオリビアに命じる。また、孤島の調査に関しても、無茶をしないという約束が前提の下で許可しよう」
シルヴァードが語ったことには、先日のバードランドの一件も関わっている。
「余はバードランドの一件で、アインに褒美を与える必要があると考えておったのだ。その褒美と言っては何だが、孤島に足を運ぶことを許そう」
「…………よろしいのですか?」
「なーにを遠慮しておるか。頬が若干ニヤけたままであるぞ! どうせ宝の地図だ、とでも思って心躍らせておったのであろう!?」
何一つ間違いのない言葉にアインが頬を掻いた。
どんな反論も意味を成さないであろう。
「お父様! 私! 私はダメなのかニャ!?」
「当たりま「陛下、よろしいのでは?」……何故だ?」
まさかウォーレンがカティマの援護をするとは思っておらず、アインとシルヴァードが面食らう。
「凡そがロラン殿によるお力ですが、カティマ様のお力もあって、人工魔力の生成について順調な滑り出しでございます。何でも、カティマ様もご提案なさったことがあるとか」
「そ、そうニャ! 量産体制を整えるために私も助言したのニャ!」
「であれば、カティマ様にも褒美をお与えになるのはいかがでしょうか?」
「ふむ……」
「王族が三名肩を並べて行幸するのは悪くない。二十年も顔を出さなかった、と不満な民も居るやもしれませんし、悪くないかと思うのですが、いかがでしょう」
シルヴァードはしばしの間、腕を組んで唸っていた。
今の話は整合性が取れているし、悪くもない。
問題なことと言えば、自分の目が届かない場所にアインとカティマが行くことで、二人が合わさった場合の化学反応を危惧していた。
――――制止役は……。
普通なら、クローネとディルが居るから問題ないように思える。
が、そこに今回はオリビアがあるのだ。
アインへの愛が尋常ではない彼女が、それが半ばバカンスの様相を呈する場へ共に行く。
……今更ながら、間違った判断をしたかと思えて来たのだ。
「お爺様」
しかし、その不安を察したアインが苦笑していた。
顔を見るに、以前と比べて更に頼もしさを内包した面持ちに気が付かされる。
もしかしたら、最近の自分はアインに判断を委ねているのかもしれない。それが出来るほど、孫が立派の成長したのである、と考えることができた。
「アイン、カティマを任せてよいか?」
そして言葉は変わり、アインを尊重してこう言ったのだ。
「お任せください。いざとなったら縛り上げます」
「なっ――――なんてこと言うのニャ!?」
「カティマさん、あの島……孤島に行ってさ、宝箱とかを発見したらどうする?」
「なーに馬鹿なこと言ってるのニャ!? 近づいてさっさと開けて――――はっ!?」
「うむ、アインに任せて正解のようだ」
はっはっは! 上機嫌に笑ったシルヴァード手を叩き、給仕を呼んだ。
「二人も共に昼食を取るのだ。その後、我らと共に今の話をまとめに参るぞ」
「些末事はこのウォーレンにお任せくださいませ。ああそうだ、アイン様、今の時期ですと、シュゼイドはとても暖かいですよ。あのあたりの孤島は過ごしやすいですし、良い休暇にもなりましょう。たまには泳いでくるのもよろしいかと」
「後に公務が待っているが、しばしの間、南の島での時間を楽しんでくるとよい」
どうせならお爺様も、とは口が裂けても言えない。
口にしてしまえば彼も行きたくなるし、互いに分かっているからこそ言葉にしなかった。
いずれ、家族みんなでゆっくりする時間を設けたいものである。
さて、寝泊まりはリヴァイアサンで出来るし、何一つ不自由がない。シルヴァードが口にしたように、南の島での時間を過ごすというのは魅力的だった。