軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間:アインの学園生活一年目[後]

ディルから教えられた学園対抗戦。その日までおよそ一月程度の短い期間だったが、日に日に高まる学園都市の空気に、出場しないアインとしても、そのお祭り気分にあてられてしまった。

ついにやってきた対抗戦当日。三日に分けてその戦いは行われ、いつも人で賑わっている学園都市だが、更に大きな賑わいを見せていた。

天候は快晴、ついにやってきた対抗戦に、数多くの学生が高い目標を持ち優勝を狙う。

曜日ごとに対抗戦の内容は分けられる。初日は弁論などの文系科目における対抗戦が行われる。主に文官を目指す学園や、貴族達が多く通っている学園が参加している。

会場は毎年いくつかの学園の施設を間借りし、行われる。競技種目によっては公共の施設を利用することも多々あった。

アインはクリスとディルの二人を伴い、初日から対抗戦を楽しんでいた。

自分と同年代も多く参加しているため、多くの刺激を受けることができた。

アインが対抗戦を観戦したいという旨は、ディルからの報告によりウォーレン達が検討した。結果はアインにとってもいい経験となると判断され、クリスを連れて行くことを条件に許可が下りたのだ。

初日の弁論大会などを大きく楽しんだアイン、二日目は魔法に特化した内容で対抗戦が催され、アインは夕方に行われた、数多くの種目の決勝戦まで有意義に過ごしていた。

ホワイトナイトで働く者達は、基本的に騎士が多く、アインが受けてきた訓練も体術系が主となっていた。

ウォーレン達は魔法系統についても、アインに教育を施す予定だったものの、現在は座学の面でしかそれは行われていない。

だからこそここまで多くの魔法を目にする機会は、アインにとってはとても楽しめる、貴重な時間だったのだ。

そしてその二日目の夕方。別の会場へと移動し、新たな競技の観戦に行こうとした矢先、一つのある問題が発生したのだ。

「ではアイン様。参りましょうか」

「うん。次はどんなのが見られるのか楽しみです」

クリスに促され、移動を始めるアイン。その横にはディルも控えている。

「アイン様。本日の観戦は昨日よりもお楽しみいただけてるようで、私も嬉しく思います」

「こんなに魔法を目にする機会ってなかなかないからさ。でもせっかくならディルの戦いもみたかったけどね。武術系統は明日だっけ?」

「えぇ、明日の日程となっております。興味を持っていただけて光栄に思います……では是非、父上から許可を頂けましたら城内でお見せいたしましょう」

ディルはまだアインに剣の腕を披露していない。というよりも、披露するのを許可されていないのだ。

父であり、イシュタリカ騎士団の元帥を務めているロイドが、それを許可していなかった。ディルはまだ未熟、だからこそアインにもしもの怪我を負わせることがあってはいけない、そう言われ披露する機会はなかった。

「楽しみにしてるよ」

ディルは対抗戦でその武を披露できない。なぜなら彼も王立キングスランド学園の 一組(ファースト) だからだ。彼もアインと同じく対抗戦へは出場できない。

この対抗戦という、大舞台でディルも戦いたかっただろうか。そう考えると、少しだけ虚しさを抱いてしてしまうアインだった。

「……お前。まさかディルか?」

「ん?君は……まさか」

「久しぶりだなディル!こんなとこでお前と会えるなんて、思ってもみなかったぞ」

唐突にディルに声をかけた男、彼はディルの知り合いのようで、ディルだと分かって大きく喜んでいた。容姿はなかなか悪くない。金色の短髪を小綺麗に纏め、ディルと同じぐらいの年齢にしては高めの身長。そして腰には剣を装備していた。

「あぁ俺もだよクライブ。同じ学園都市にいたってのに、顔を合わせるのは何年ぶりだろうな……っと、すまない。あとでゆっくり話そう、今は仕事中なんだ」

「仕事中?お前も俺と同じく、学生のはずなのに……」

怪訝そうな顔を浮かべ、アインとクリスの方へと顔を向けたクライブ。今日のクリスは兜で顔を隠しており、近衛騎士団の甲冑を身にまとっている。そのため、顔は見ることが出来なかった。

「これは失礼した。職務中だというのに声をかけたことを詫びよう」

クライブはクリスが纏う甲冑を目にし、護衛対象のことを予想した。王太子アインとまでは思わなかったが、それでも高位貴族の跡取りと思い、素直に謝罪する。

ディルがそれに返事をする前に、アインが返事をした。

「別に構わないよ。ディル、30分ぐらいゆっくり話してきてもいい。護衛はもう一人いるからね、次の会場で待ってるから」

クリスと名前を呼ばなかったことを、ディルは気が付いた。アインという名を表に出さず、話をあまり大きくしたくないのだろう。そう考えたディルは言葉選びに気を付け、アインへと返事をする。

「なりません!このような私事で護衛を離れるなんてことはあってはなりません!」

「護衛隊長。30分程度なら大丈夫だよね?君一人じゃ危ないかな?」

「……いいえ、問題ありません。ディル、折角の数年ぶりの再会だ。お言葉に甘えて、少し会話ぐらい楽しんでくるといい」

クリスもその程度の時間ならと、許可をした。二人にゆっくり話してこいと言われたディル、さすがにそれ以上遠慮しては少し失礼にあたるかと思い、結果はその言葉に甘えることにする。

だが30分程度とはいえ、ディルが居なくとも問題ないというような言葉に、自分の未熟さを実感したディルだった。

「では……お言葉に甘えて、少し旧友との会話を楽しませて頂きたく思います」

「うん、それでいいからさ。じゃあ俺たちは行くから、ディルも後で来てね」

そしてクリスと二人で、アインは次の会場へと向かった。最後までアインの正体を悟らせないよう、足早にその場を後にした。

「まさかお前が、ディルがもうすでに護衛任務を受けるほどになってたなんて、再会してから驚いてばっかりだな」

「光栄な事さ」

「……誰の護衛をしてるかなんて、やっぱり言えないのか?」

「あ、あぁ悪いけど言えないんだ。クライブとの仲だから、教えてあげたいんだけどな」

クライブはディルの護衛対象のことが気になっていた。王立キングスランド学園では周知の事実として扱われているが、わざわざ外部にまで知らせるつもりはなかった。情報が徐々に広がっていった場合は仕方なかったが、特別自分たちからそれを公表することの利点は無い。

「まぁそうだろうな。ところで……お前、やっぱり対抗戦出られないんだよな?」

「決まり、だからな」

「俺はさ。対抗戦でお前と戦えるのをずっと楽しみにしてたんだ。なのにお前は王立キングスランド学園に入学し、その機会は一度もなかった」

「……俺もだよ。小さいときに競い合ったクライブと、あそこで戦えればどんなに楽しいだろうって思ってた」

「だったらっ……!だったらなんでお前はその学園に行ったんだよ!」

幼馴染としてしばらくの間競い合っていた二人。だからこそ、この対抗戦という舞台で競い合えることをクライブは楽しみにしていた。

だというのに、ディルは王立キングスランド学園への入学を決意し、初年度から 一組(ファースト) 入りを果たした。

その結果、ディルは対抗戦に出場できずにいた。

それが気に入らなかったクライブ。決して約束をしていたわけではないが、何か裏切られたように思い、そこから彼ら二人の関係は疎遠となっていった。

「……俺の、俺の夢を叶えるためだよ」

「お前はその夢も、何一つ俺に教えてくれなかった!なんでだよ?そんなに口にしたくないような夢なのか?」

「っ違う!俺はそれを叶えるために……そのために、王立キングスランド学園に入った。それは恥ずかしいことじゃない!」

「だったらなんで言えないんだ!」

ディルには一つの夢がある。だがそれは誰にも口にしたことは無かったのだ。たとえ父ロイドであろうとも、母のマーサであろうとも、それを伝えたことは無い。

だがディルのその夢は、誰にも恥じることのない大きく偉大な夢だった。ただ今の彼には、それを口にするだけの勇気が無かっただけなのだ。

「……いつか、胸を張ってそれを言えるようになったらさ。クライブに一番にそれを言いたいとは思うんだ。だからもう少し待ってほしい」

「っ……!王立キングスランド学園に入れたからって、少し腑抜けたのかディル?もういい、俺は俺で進むよ、俺が……俺が、いずれイシュタリカ最強の騎士になってやるからな!」

少し苛立った様子を見せるクライブ、彼は自分が最強の騎士になるとディルに口にし、背を向けた。

「今日。お前と会えたことは嬉しかった、でも少し悲しい気持ちにもなった。お前がどう進むのか、どういう夢を抱いてるのかはわからない。それでも……いつかは、またお前と剣を競い合えるのを俺は待ってる」

「……俺もだよクライブ。すまない、俺に勇気が足りないだけなんだ」

「知ってるよ。昔からどこかしら遠慮がちな部分があったからな、納得できないことだらけだけどな。……明日は、見に来るのか?」

クライブが口にしたのは対抗戦最終日に行われる、最も盛り上がる一つの競技。学園都市の最強騎士を決める大会だ。クライブはもちろん出場するが、彼は優勝候補の筆頭だったのだ。

「たぶん見に行くと思う。あの方も楽しみにしてたからな」

「護衛の子か。そうか……なら、俺がどれぐらい強くなったのかよく見てくれよな」

返事を待たずに立ち去ったクライブ。ディルは言葉にしづらく、どこか悲しい気持ちを抱いた。自分は対抗戦に出場したかったのだろうか?だが夢を叶えるのに一番近いのは、王立キングスランド学園だったはずだ。そう思うと何が正解なのか、彼はそれが分からなくなった。

そのあとはアインの許へと向かった。護衛対象を差し置いて、友人との会話の時間を頂戴したことに深く感謝を伝え、護衛の任務に戻ったのだ。

だがその様子は別れる前と違い、どこか悲しさが見える姿だった。アインとクリスはその様子に気が付いたが、彼らなりの気遣いでそれを聞くことはしなかった。

ディルのそんな様子は気になったが、なるべくいつも通りに振舞いながら、次の競技を観戦したアイン。帰る頃にはディルの様子も、いつも通りになったようにみえ、少しだけ安心することができた。

「ディル。少し話がある」

「父上?」

夜、帰宅したディルにロイドが声をかけた。

「何があった、正直に言え」

ディルのいつもと違った様子に、すぐに気が付いたロイド。マーサも気が付いていたようだが、今日はアインの護衛をした日。自分よりもロイドのほうが適任だと思い、ロイドに任せている。

「……大したことではないのですが、久しぶりにクライブに会いました」

「学園に入ってからは疎遠になっていたな。再会できたのはいいことだったのではないのか?どうにも表情が悪い。何か問題を起こしたのかと不安に思っていたのだぞ」

「クリス様から報告がなかったのであれば大丈夫ですよ。ただちょっと、話していて自分の進んだ道が正しかったのかと、それが不安になってしまったんです」

「……お前の夢か?」

「えぇ。夢を叶えるため、これが最善だったのかとわからなくなった、それだけです」

「少し付き合え」

そういい強引にディルの手を引くロイド。ただ連れて行かれるまま、ディルはロイドが行く先へと向かう。

たどり着いた場所は、グレイシャー家の中庭。ロイドたちが訓練を行う場所でもあった。

「取れ」

「っと……どうしたのですかいきなりっ」

ロイドは訓練用の剣をディルに渡す。唐突なこの流れに意味が分からないディルだったが、父の言う通りにそれを手に取った。

「私はウォーレン殿のように頭がよくない。マーサの様に気遣いのできる人間でもない。そしてアイン様のように、お優しい人柄とも言えないだろう。だがそんな私でも、剣に嘘をついたことは無い。生涯を賭して努力を続けてきた。だからこそ、誰よりもこの剣に気持ちを乗せて、振り続けることができると信じている」

ロイドは才能で今の地位にたどり着いたわけではない。他人の数倍、数十倍も努力を続け元帥という場にたどり着いたのだ。

そしてディルと同じく、訓練用の剣を手に取ったロイド。

「私にできることは少ない。だが私の正直な気持ちを、剣を通してディルに伝えることはできる。そう思ったのだ。だから悪いが付き合えっ……いくぞ!」

唐突に始まった夜の訓練。いつもの倍はロイドによってボコボコにされてしまったディル。明日の護衛に支障が出ないかと心配に思ったが、だがそれ以上に気持ちは晴れやかになったと思う。

言葉には出さないが、父へと大きな感謝をするディル。

自分なんて、父に比べれば楽にここまで来たじゃないか、そう思った。父の言葉や、父の人脈によって数多くの経験をさせてもらってきた。その結果アインの護衛という任務まで頂戴している。

そう思えば自分の状況なんて、なんて簡単なんだと思った。元帥となった父の力を受け継ぎ、母からも数多くの才能をもらって生まれてきた。

自分の目の前には、こんなにもわかりやすい結果が存在するじゃないか。

努力を続け、才能がないと言われながらも、イシュタリカ最強の騎士となったロイドという男が。

それを理解したディルは、今日この日起きたことの全てに感謝した。

対抗戦最終日となった三日目。このお祭り騒ぎの締めを飾る競技の会場は、まさに興奮のるつぼだった。毎年多くの観客が入るこの競技、今年は学園都市近くにある闘技場を貸し切り、その大会が催されている。

興奮がうなぎ登りなのは理由がある。ついに学園都市最強の騎士が決まる瞬間が近づいていたからだ。

この日ばかりはイシュタリカも注目している。そのため元帥であるロイドが、ゲストとして貴賓席に足を運んでいるのだ。

イシュタリカ国立騎士学校。シンプルな名だが、学園としても有名な騎士学校だった。そこにはディルの友人であるクライブが在籍しており、この決勝の舞台に足を運んでいる。

その相手は王立キングスランド学園、5年次の 三組(サード) の男子生徒。序盤は互角に近いと思われた勝負も、中盤ともなれば地力の差が出始め、クライブが徐々に圧倒し始めていた。

そして決着の瞬間は、ついにやってくる。王立キングスランド学園の男子生徒が振った剣、それを正面から打ち合いの末に崩し、首に剣を当てクライブが勝利の勝鬨を上げた。

『決定しました!本年度、学園都市対抗戦……最強の騎士に決まったのは、イシュタリカ国立騎士学校所属!クライブ!』

観客席に座るクライブの同級生たちは、大きな喜びの声を上げる。それ以外にも会場は大きな拍手や歓声に包まれた。

クライブは一年前、王立キングスランド学園の6年次に破れ、準優勝に終わっていた。それからというもの、悔しさをばねに訓練をさらに厳しくしてきたのだった。

優勝を決めたクライブは記念メダルを受け取りに、貴賓席近くに移動したロイドを目指す。

「……お久しぶりですね。ロイド様」

「久しぶりだなクライブ。強くなった姿を見られて、私も嬉しく思う」

会話を交わす二人、そしてロイドはメダルを取り出しクライブの首にかけようとするが、クライブはそれを止めた。

「ロイド様。優勝者には、正規騎士の方とのエキシビジョンを受け取れる権利がございます。間違いはありませんか?」

「む……?確かにある、相手を指名することもできるが。それがどうしたのだ?まずはメダルをだな……」

「でしたら、一人指名したい方がおります。まだ正式な騎士ではないかもしれませんが、イシュタリカから任務を頂戴している者です」

有無を言わさぬクライブの態度に、ロイドはまずその内容を聞くことにする。

「……誰とだ」

「ディルと。彼と最後に剣を競いたく思います。それを……今、この場で」

二人の会話は、魔道具を通して会場に聞こえている。それを聞いたディル、唐突な事に驚きを隠せない。

「なるほど。すべてが合点がいった……そういうことか」

昨晩のディルの様子、それがなんとなく理解できたロイド。確かにディルは見習い騎士としての籍を持っている。だからこのエキシビジョンにおいて、彼を戦わせることは問題ないのだ。

それを頭の中で確認したロイド。そして言葉を会場に向けて発した。

「優勝者クライブは、今この場でエキシビジョンを行うことを望んだ!私は元帥としてそれを許可する!これより優勝者クライブと、見習い騎士ディルの試合を行う!」

更に会場が大きく沸いた。ディルは学園都市でも有名な人物で、その彼がこの場で戦うとなれば当然のことだった。

「ディル。行っておいで」

「ア、アイン様っ!ですが私には護衛の任務が」

「嬉しいんでしょ?行ってきな、学園生活最後の年ぐらい、こんなのがあってもいいとおもうよ。ねぇクリスさん?」

「まぁロイド様が許可なさったことですからね……。私にはそれを止める権限もございません」

「っ……!」

嬉しさからなのか、薄く目に涙を浮かべたディル。そしてアインに告げた。

「アイン様。アイン様の護衛見習いとして、恥のない戦いをお見せいたします!」

その言葉を聞いたアインから、行ってこい!そうアインに肩を叩かれたディル。闘技場へと降りるため、アインの元を離れていった。その顔は晴れ晴れとした、どこか嬉しそうな清々しい顔つきをしていた。

「来たか」

「ご指名頂いたからな」

会場へと降り立ったディル。その正面には、今大会の優勝者であるクライブが、ディルが来ることを今か今かと待っていた。

「でも俺でいいのか?近衛騎士の方ともなれば、クライブにとってもいい経験だったはずだ」

「俺が倒したいのはお前だ、ディル。この場所でお前と戦いたかった、だから優勝したらディルを指名するって決めてたんだ」

「……そうか。そう言われると嬉しいけどな」

「見てたんだろ?どうだった、俺の決勝の戦いは」

「随分と強くなったんだなって思ったよ。驚いたさ」

静かに会話を続ける両者。二人には、会場の騒々しい音はすでに聞こえていない。

『両者。準備を』

審判が声をかける。近くにいた二人は、その声を合図に距離を開ける。そして表情を一変させ、空気も一瞬で変わった。

『……開始!』

元帥ロイドが見守る中、異例のエキシビジョンは開始された。疲れていると思われるクライブだが、その動きは先ほどの決勝と比べても、逆に早くなっているように見えた。

「っく……」

「いきなりこんな早さで切りかかられるときついだろ?まだいくぞっ!」

体が温まっているクライブが先手を取る。一方のディルは、現在防戦一方となっている。

「ただ防御するだけじゃ勝てないぞ!」

無尽蔵に思われるようなクライブの体力。強烈な一撃がディルに振り続けられる。その熾烈な勢いは、会場の観客たちが息を呑んだ。

「どうしたディル!本当に腑抜けたのかお前はっ!夢があるって言っただろお前!」

「あぁあるさ!それを叶えるために、お前と別の道を進んだんだ!」

「だったらその強さぐらい俺に見せてみろよ!なぁ!口にもできないそんな夢なんか捨てちまえよ!」

一般的に、試合中は私語を慎むのがマナーとされている。だがそれでも二人はそれを止めなかった。止めず、自分の気持ちを剣に乗せ戦っていた。

だがディルは未熟な部分をみせてしまった。クライブの夢なんか捨てちまえという言葉に動揺し、気を抜いてしまう。

「がっ……く、っそ……!」

クライブの一撃が重く、うまく防御できなかったディルは、床に体を倒してしまった。

「はぁ……はぁ……おいディル!なんだよその情けない姿は!そんなお前と戦うために、俺はずっと待ってたっていうのか!?」

「まだ。終わってないだろ……クライブ!」

起き上がり、クライブに剣を振るディル。だがどうしても先ほどの言葉への動揺が抜けきれず、どうにも気持ちの入っていない攻撃ばかりだ。

「……ディル。俺はな、お前の夢なら応援したいって思ってたんだ。でも今はすごい残念な気持ちしかない。どうしてこんなに腑抜けたんだよ、もういい。俺は進み続ける、お前を置いて……俺はイシュタリカ最強の騎士になるんだよ……せあああっ!」

ディルに続く攻撃。もはやいつものような力は発揮できる気がしない。

クライブは自分の夢に正直に、それを目指して頑張ってきたんだと思った。

だが自分はどうだ?もはや正解が分からなくなってきているじゃないか、そう思うと剣を振る力も徐々に失ってきてしまう。

申し訳ありませんアイン様。貴方様の護衛が務まる身ではありませんでした。心の中でディルはそう考えてしまった。昨日ロイドと立ち合い、覚悟を決めたはずだったというのに。幼馴染の一言だけでここまで動揺してしまう、自分の精神力の弱さに情けなく思った。

スローモーションのように、クライブが振り上げた剣の動きが見える。それをきっと自分は守れないだろう。もう負けてしまう、そう思った。

「ディルっ!」

遠くから、アインの自分を呼ぶ声が聞こえる。あぁ……何も言うことはありません。ただただ、申し訳なく思うばかりです。そう考えていた。

「……お前は誓っただろ!難しいことなんて考えるな!お前は俺のために、最強の騎士になってみせるって言っただろ!」

……そうだ。ディルは誓ったのだ。アインのため、最強の騎士になると自分は決めていた。

「すまない。クライブ……俺は負けることを許されてないんだ」

護衛対象のただそれだけの言葉、それでここまでオーラが変わるものかと、クライブは驚きの表情を浮かべる。先ほどとはまるで違ったその顔つきとオーラに、クライブの気持ちも引き締まる。

「っ……なんだお前。急に変わりやがって……!」

「あの方にあそこまで言わせてしまったんだ。申し訳なく思ってるさ、でもおかげで理解できた。難しいことなんていらない、たしかにその通りだ。ただ結果を出すために進み続ければいい……それだけだった」

その場で軽く準備運動のように、剣を振るうディルの姿。先ほどまでとは真逆に、まるで体が解れたかのように柔らかな動きを見せつけた。ディルは力技を使うタイプではない。純粋に柔らかく、そして早い剣術を強みとしている。まるで絵画のように美しく、せせらぎのように穏やかな剣術だ。

「なぁクライブ」

「……なんだ」

「俺の夢さ。教えてやるよ、もう多分……口にできる。怖くないと思うから」

「っ!……そうか。ならそれも楽しみにして、続きでもしようぜ……おらあ!」

先程と同じく苛烈な攻撃を仕掛けるクライブ。ただ一つ違うのは、受け手であるディルの様子だけだった。

「もうそれには慣れた。自分に苛立ちを隠し切れないな。あんなにも無様な戦いを、あのお方にお見せしてしまった」

攻撃を仕掛けたはずのクライブが、地面に衝突した。威力を殺せなかったようで、頭から地面にぶつかってしまう。ディルにあっさりと攻撃は流され、逆にその勢いをぶつけられてしまったのだ。

「お、お前っ……!」

「さぁ続きだクライブ。誰の剣でもない、俺の剣だ。ディルが魅せる剣を、しっかりと味わってもらう!」

「全く。無様な姿を見せおって……」

「ロイドさん。来たんですか」

「メダルを渡すことだけが私に任された仕事ですからな、息子が抜けた穴です。私が埋めるべきでしょう」

「……ですが妙でしたね、ロイド様」

ロイドはアインとクリスの二人の座る席へと足を運んだ。

貴族専用の席に座っていた二人だからこそ、見つけるのは簡単だった。

「うむ。確かに……ですがアイン様のお言葉で、何やらいつもの調子を取り戻した様子」

「ねぇロイドさん。妙って何がですか?」

「アイン様。いつもあんな無様な戦いをする人間を、アイン様の護衛になんてできるわけがございません」

「そうですよアイン様。ディルは優秀だからこそ選ばれたのです。たとえ護衛見習いといえど、同年代で優秀だからという程度なら、選ばれることはありませんから」

「じゃあいつものディルは、あのクライブっていう人相手なら……」

「相手に悪いですが、本来ならばディルの相手になる実力ではありませんな。昔はそこそこ拮抗してましたが、ディルは私やクリス殿の訓練も受け、城でもすでに訓練を受けている身。それを言ってしまえば、相手にならないのは当然なことです。精神的に未熟すぎるのが問題でしたな……」

ロイドとクリスの言葉を聞いて、アインは考える。

だったらなぜ、あんなにもぎりぎりの戦いをしていたのだろうかと。

今ではなぜか優位に立ち始めたが、それすらも不思議に思える。

アイン達がこんな会話をしている中でも、二人の激戦は続く。すでに優位に立ったディル、クライブは更に勢いを増し、苛烈な攻撃をディルへと仕掛けている。

「……勝敗は決まりましたね」

「クリス殿の言う通りだ。クライブは、もう強く剣を振るしかできぬ」

テンションが上がっているようで、二人の声は更に大きな声となり、アイン達の下へと届き始める。

「最初からっ……最初からそうすればよかっただろ、お前はなんでいっつも……っ!」

「俺だって悩むぐらいあるんだよっ!だけどもう決めたんだ……だから、お前にだって何があっても、負けるわけにいかない!」

「なら言ってみろよ!お前のその夢とやらをなっ!言えるんだろ!?ほら言ってみろよ!」

熾烈な戦いを繰り広げながら、会話を続ける二人。段々と最後に近づくにつれ、その会話は大きくなっていった。

「あぁ教えてやるよ!クライブ……俺の、俺の夢はな!」

「言ってみろよディルっ!それが本当に誇れることならな!」

クライブの剣は、今までで一番の勢いで振るわれた。クライブの剣、ディルはそれを自分の体の横へと受け流し、勢いを利用してクライブの体勢を崩す。そして背後から首元に剣を突きつけた。

「俺の夢は、ただ最強の騎士になるってことじゃない!父上……元帥ロイドを打ち倒して、その最強の座を奪い取ることだ!」

そしてそのエキシビジョンは、劇的な幕切れで終了した。ディルが語ったその言葉は、会場中に響き渡り、観客全員が耳にすることとなった。

エキシビジョンの後の会場は大騒ぎだった。ディルの爆弾発言だけでなく、その戦いの内容にも興奮が冷めやらぬ状況となっていたからだ。

結局なんとか隙を見て馬車に乗り、城へと戻ることになったアイン。

水列車を利用しなければ多くの時間が掛かるが、それでも今日の状況を見れば仕方がない。馬車にはアインとクリス、そしてロイドにディルの4名が同乗して城を目指していた。

「不甲斐ない姿をお見せして、申し訳ありませんアイン様!護衛の任を解かれても当然のことでございます!アイン様の顔に泥を塗ってしまったこと、深くお詫びいたします!」

その馬車の中ではディルがアインに謝罪を続けていた。勝つまで、長い時間無様な姿を見せてしまったこと。それは護衛対象であるアインにも、恥をかかせてしまったと考えたからの謝罪だった。

「そんなに謝らなくても。ちゃんと勝ってくれたからさ、別にいいじゃん」

「で、ですがっ……」

「くどいぞディル。アイン様が仰ることに、そう異議を立てるものではない」

「……はっ。元帥閣下」

「まぁまぁロイドさんも、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。さっきまであんなに喜んだ顔してたのに」

「ア、アイン様そのことはどうかっ……」

ディルを叱りつけたロイドだが、今度は逆にアインに諌められてしまった。そのことに、ディルは何があったのかと不思議に思った。

「ディル。今日勝ったことの褒美をあげないといけないね」

「い、いえそんな滅相もございません!」

「アイン様ひょっとして、その褒美にまさかっ……」

「まぁまぁ、受け取ってよディル。ディルの夢がさ、ロイドさんを打ち倒してその座を奪うことだって聞いて、ロイドさん今までに見たことないぐらい喜んでたよ、ね?」

「いやはやなんのことやら……」

恥ずかしさからか、意味が分からないといった反応をしたロイド。だがアインはそれを見逃すことは無かった。

「ねぇクリスさん?そうですよね?」

「えぇアイン様の仰る通り、それはそれは嬉しそうなお顔だったかと」

「ぬぅ……クリス殿を使うとはっ!」

「父上」

その言葉を聞いたディルが、表情を少し明るくして、ロイドに声をかけた。つい元帥閣下と言わず、父上と呼んでしまったのだが、ロイドもそれを咎めることを失念してしまう。

「……なんだ?」

「私は元帥を目指しているわけではないのです。ですが……いずれ父上を完膚なきまでに打ち倒し、イシュタリカ最強の騎士の座を、この手に奪い取ります」

自信に満ちたディルの顔は、アインにも眩しく見えた。晴れ晴れとした、今ではその言葉を口にするのにも、勇気に満ちた立派な表情をしている。

「そう簡単にこの座を渡すつもりはない。私が死ぬまで、奪い取れると思わぬことだな」

同じくどこか晴れ晴れとして、嬉しそうなロイドの表情。今日はいろいろなことがあったが、アインとしても、いい日だったと感じた濃厚な一日となった。

「ねぇディル」

「はっ!」

「ディルは俺に約束してくれた、最強の騎士になってみせるって。俺はそれに何も言わないよ、ただディルが最強の騎士になる日を待ってるから。その日が来るのを、誰よりも待ってる……わかった?」

「……仰せのままに。殿下」

ディルの返事を聞いて、笑顔を浮かべたアイン。

ディルにとって、アインに本当の忠誠を誓った日はこの日だった。

何も心配せず、疑わず。ただ自分がその座につくのを待ってくれると言った自らの君主。

彼のため、命を賭して仕え続けよう。そう心に誓った。何があろうとも自分はアインの味方であり、盾となる。

その思いはこれから先、ディルがその命を終えるまで守り続ける、何よりも大切な誓いだった。