軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神出鬼没の狐と、陸運の覇者の昔話。

遡ることおよそひと月。

朝食を取り終えたあとの、ゆっくりとした時間のこと。

「――――へぇ」

と、アインが自室のバルコニーで感嘆とした声を漏らす。

椅子に腰を下ろした彼の手元にあるのは新聞だ。そこに書かれていたのは魔法都市イストにおいて、新たな技術が誕生したというものである。

「異人種のための研究成果かー……」

異人種と言えば魔物と同じで魔石を持つ。

ともあれ、魔物と違って他者の魔石を食べることは出来ないのが普通だ。だから魔物と同じように他者の魔石から活力や魔力を得ることは出来ないし、進化をすることもない。

瘴気による影響だってある。

言うなれば、異人種というのは、魔石と核を身体に宿しただけの人間である。外見に違いはあるが、イシュタリカにおいては肌の色の違いと同じくらい当たり前のことだった。

――――さて、その異人種に朗報なのが今回の技術である。

アインは医療の分野についてあまり明るくない。

専門的な分野であることに加えて、そうした勉学に励む余裕もなかった。そのため新聞に書かれている単語の多くは分からなかったが……。

纏めてしまうとこうだ。

『魔石内部への人工魔力移植術の確立』

纏めるも何も、表題にこう書いてあった。

狙える効果はいくつか。

若返りに加え、特定の体質の改善。それに、これまで治療できなかった異人特有の疾病への対処などである。

細かな作用や技術は相変わらず分からなかったが、結果だけ聞けば良い研究成果だろう。

(嫌な話を思い出したな)

その技術を強引に、人体への影響を考えずに使ったのが人工魔王を作り上げる実験だ。

すると――――不意に。

背後から、自分のではない腕が胸の前に回された。

「戯言よ」

声につづいてうなじに押し付けられた、熱を孕んだ柔らかい感触。鮮やかな赤毛が新聞を一瞬だけ覆ってから、重力に逆らわず、椅子に座ったアインの身体にしな垂れかかった。

「どうせ、魔石から取り出した魔力を水をろ過するかの如く精製しただけのものでしょ」

(――――同じことが書いてあった気がする)

「魔物を作りたいならいざ知らず、本来、自分以外の魔力を受け付けない異人種が大丈夫なはずがないじゃない。 特異な人(アイン) なら別だけど」

いくつか問いが思い浮かぶ。

アインはその中から、敢えて新聞の件とは別の問いを投げかける。

取りあえず、この距離感には触れないで。

「近頃は急に出てくるようになったけど、いつも密会みたいになってるのはどうしてだろう」

「私が貴方以外に会おうとしてないからに決まってるじゃない。私が勝手に出てきてるんだから気にしないで」

返事を聞いてアインは「……りょーかい」と、簡潔に言う。

シャノンはアインの背中越しに新聞を眺めながら、時につまらなそうに、時に笑う。

涼しい朝風が二人の頬を撫でていく。

目を覚ましたばかりの陽光を臨み。言葉はなく、微かに鳴る風切り音だけ。

「これが本当なら」

と、アインが何の気なしに口を開く。

「すごい技術ってことか」

「瑕疵が無いのならね」

「俺もこの分野は不案内だしなー……ん」

一か所、気になる記載があることに気が付いた。

まばたきを何度か繰り返してから、食い入るように読む。

「出資者の本拠地がバードランド以北。イシュタリカ人じゃないのか」

代表は商人らしいが、団体名が商会らしからぬ表記だ。

――――その名も【黄金航路】

名称の由来までは察しがつかないが、その名に恥じぬ資金は誇るのだろう。イシュタリカに存在する多くの商会ではなく、この団体が筆頭出資者となっているのがその証拠だ。

「気になるかも」

「じゃあ行ってみれば?」

「いやいやいや、行ったところでどうするのさ」

「こんなのは国家元首の選定と重ねてるのよ。筆頭出資者が特定の候補者の協力者か、あるいは自分が候補者になろうとしてるに決まってるわ」

暗に「去年届いていた招待状があったじゃない」と言う。

「……おお。ってことは、お披露目か何かのパーティがあるってことか」

ようは票集めの一環であるのだと。

話題性を餌に支持者を募る一環というわけだ。

「あれ、結局行ったところで何をするか決まってないじゃん」

「聞けばいいじゃない。本当にあんなことができるのかー、って」

ここで、アインは振り向いてシャノンと顔を合わせた。体勢のせいで吐息が感じられるほど距離が近かったが、色気も何もない。

何故ならばアインの頬が引きつっていたからだ。

「な、何よその顔!」

状況が状況なら唇を奪ったであろう熱はあったが、今はそれよりも、彼の顔つきに別の意味で唇を尖らせてしまう。

「出来ますって言うに決まってるじゃん。犯罪容疑のかかった人に「やったのか?」って聞くのと同じぐらい愚問だよ」

「そんなのは私だって分かってるわよっ! そうじゃなくて、 私を(、、) 使えばいいじゃないってこと!」

「却下で」

「……理由を言ってごらんなさい?」

「危ないから。あの力を普通の人に使ったら、下手をすると精神が壊れる」

今ならばそれが特に顕著だ。

以前にも増して力を使いこなし、進化したともいえる現状。

アインとしても影響力が分かり切っていないし、手加減できるかもわからない。もっとも、手加減したところで結果は変わらないため関係も皆無ではあるが。

「シュトロムに居たころに一度だけ借りたけど、あの時とは事情が違う」

あと、もう一個言いたいことがある。

苦笑して頬を掻きながら。

「あとさ。私を、じゃなくて。私の力を、だと思うよ」

「どっちでも同じことよ」

あっけらかんと開き直った彼女には何を言っても無駄だった。

すると、二人の耳に届いたノックの音。それを聞いたシャノンは最後に「またね」と言い残して、幻のように消えてしまった。

片や一人残ったアインは来訪者のディルを見て、いつも通りに言葉を交わしたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇

近頃の執務は以前と比べ、祖父のシルヴァードの傍ですることが多い。より一層、即位する日が近づいていると感じる。

アインは広間へ向かう渡り廊下を歩きながらそれを思い、午後への英気を養っていた。

「ニャハハハッ! さっすがグラーフだニャーッ!」

あんな声を出す人物は一人しかいない。

渡り廊下を過ぎ、広間に差し掛かったところで良く知る二人と鉢合わせる。

「お、アインだニャ」

「これは殿下、ご機嫌麗しゅう」

カティマの言葉の後でグラーフが頭を下げる。

今やイシュタリカ貴族の彼ではあるが、実際は以前と大きな違いはない。孫娘とアインの婚約発表の方が影響は大きかろう。

そんな彼とカティマの足元には、大きめの木箱が一つ置かれていた。

「グラーフさんはお仕事ですか?」

「ええ。カティマ様がご入用だったものをいくつか。殿下はご休憩ですかな?」

「そんなとこ。……あ、そうだ、聞きたいことがあるんですけど」

朝、シャノンと話していたことを思い出したのだ。

「儂に応えられることならば何なりと」

「助かります。実は――――」

新聞に書かれていたことを省略しつつ、カティマも交えて話した。幸いなことに二人も記事のことを知っており、詳細に語らずとも意識の共有が図れた。

「ふむ……」

グラーフの表情が若干硬い。

一度はアインの言葉に首肯したが、言葉選びに苦慮しているのが分かる。

窓の外を飛翔する鳥の影が一瞬、三人の傍らを横切った。

「殿下は黄金航路の盟主が気になるわけですな」

「盟主?」

「これは失礼致した。黄金航路はただの商会にあらず、特殊な側面がございまして」

どうやらカティマも知らなかったらしく、興味を抱いてヒゲを揺らす。

「一言で言えば戦力です。数多くの一流冒険者を雇い入れ、長旅にも耐えられる船を何隻も保有しております。ギルドを通さない魔物討伐の依頼も受けており、傭兵団としての側面がございます」

「ほっほー、手広くやってるんだニャ」

「ええ。他にはイストの研究者への出資もそうですが、ハイム戦争後には復興にも力を入れており、彼らなくして存在が成り立たぬ地方も存在するほどで」

「盟主ってのが意外と人格者なのかニャ?」

「人格者……受け手によってはそうでしょうな」

含みのある言葉にアインとカティマが目を細めた。

つづきは促さずとも、意を汲み取ったグラーフがポツリと。

「盟主の名はベイオルフ・ハーデン。年のころは四十ほどの男で、彼は自身の母に似て商才に溢れた男でした。復興に力を入れたことは称えるべきでしょう。だが、儂は奴を好ましく思っておりません」

「グラーフさんは面識があるんですね」

「ございます。儂はバードランドに留学していたことがありましてな。その際、ベイオルフの母に教えを請うた過去がございまして、その際に」

「――――ごめん、先にその師匠について教えてくれますか?」

話を挟んだことは申し訳なかったが、グラーフの師という言葉に興味を抱かないわけがない。

「私たちもグラーフの手腕は認めてるニャ。その師匠って聞くと気になっちゃうニャ」

「では僭越ながら」

彼は咳払いをして居住まいを正す。

するとグラーフは郷愁に浸り、頬を穏やかに緩めた。

「師の下で五年に渡り多くを学んだあと。やがて儂は大国ハイムが誇る陸運の覇者として、師はバードランド一の大商会の会長として、儂らは幾度、金の刃を交わした過去がございます」

しかし、と。

「師は儂が唯一勝てなかったお方です。何をしても先を打たれた苦い思い出ですな」

「あれ、グラーフさんが居たからハイムは……」

「そうです。ハイムは儂の力もあり陸運を主戦場に覇を握った。――――だがこれは、師が失脚した後の話でしてな。これこそが、ベイオルフを好きになれぬ理由です」

老いながらも鳴りを潜めぬ覇気には明らかな怒気が入り混じった。

声にも力が入り、歴戦の大貴族としての迫力が漂う。

「ベイオルフは師を裏切り、師が持っていた商会を手中に収めました。当時、野心を持っていた部下をそそのかして乗っ取ったのです」

それを聞き、カティマは複雑な感情を抱いて腕を組んだ。

言いたいことがあったのだ。

「カティマ様はきっと、それも仕方のない事とお判りでしょう」

「んむ……残念ニャけど、そんな立場にあれば足を掬われたのは自己責任だニャ」

「儂もそう思います。ですが奴の手段が気に入らない。奴は師の良心を揺さぶり、卑劣と言うべき手段で会頭の座を奪い取ったのです」

「……ふむぅ」

手段を尋ねる気持ちは二人の心にはない。

きっと語る方も気分が悪いし、それを知れたところで大きな意味を成さないと、この時はそう思っていたからである。

「代替わりした後はグラーフさんが?」

「ええ、儂はベイオルフに負けたことは一度もありませぬ。とは言え、今の奴は随分と成長しているらしい。儂から見ても目を見張る成長を遂げているようです。黄金航路という名を冠するようになったのも最近ですぞ」

すると時計を見たグラーフ。

「おっと、そろそろ暇しなければなりません」

「ニャニャッ! 引き留めて悪かったのニャッ!」

「構いませんよ、儂も久しぶりに師の話が出来ましたから」

「最後に聞きたいのニャ。その師は今何をしてるニャ?」

「ご隠居なさっていると聞いてますぞ。――――では」

最後に深々と頭を下げ、遂に急ぎ足で立ち去っていく。

中々興味深い話が聞けたと思いながらも、アインは新たな疑問を思い返し、隣にいる 駄猫(カティマ) に顔を向ける。

「新聞にあった研究成果ってどうなの?」

「理論上は有り得なくないニャ。説明するのが地味にめんどいけど、魚を飼う時と似てるかもニャ」

「余計に分からん」

「まぁ聞くのニャ。魚ってのは棲む水が変わるとあっさり死んじゃうのが多いのニャ。だから愛好家たちは水を少しずつ混ぜ入れて慣らすわけなのニャ。これと似ている方法を交えて魔石内部の魔力を綺麗にするってわけニャ」

「技術的な話は気にしない方がいいってことか」

「こーんなに分厚い参考書を数十冊は読み漁ってくれるなら、もっと詳しく教えるニャ」

「……」

「しっかしアインも知るように、使い方を間違えたら人工魔王の実験と同じニャ。……だから私としてももう少し情報が欲しいニャー……やれやれ」

最後に肩をすくめてから木箱に紐を括り付ける。

使用人たちに任せず自分で運ぶあたり、収められているのはそれなりに重要な物のようだ。研究室にもあまり人を近づけさせないカティマらしい。

一人、アインは広間の上に広がるガラス越しの日光を見上げて。

片眼を閉じ、自らが抱いた興味を強く自覚したのだった。