軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

動き出す世界

季節は巡る。人々が成長を止めようともそれは止まることは無い。

それはここ王立キングスランド学園でもそうだった。

アインが入学してから3年の月日が経った。アインは 一組(ファースト) から降格することなく、順調に学園生活を送っていた。

「でさ、俺言ってやったわけよ。お前ほんとナメクジみたいな筋肉してるんだなって」

「なにそれ? 貶(けな) してんの?」

「相変わらず殿下を相手に、失礼な話し方だなお前は。それとナメクジは全身がほとんど筋肉でできている。だから筋肉という意味で貶すのは意味が通らないぞ」

「は、はは……でもそこでナメクジが浮かぶあたりがどうかしてるよね」

日中のまだ日差しが弱くない頃。王立キングスランド学園にあるオープンテラスでは、数人の生徒が語り合っている。

彼らは決して授業をサボっている訳ではなく、授業は自由に参加することが許された者達だった。

頼んだ紅茶と少しの菓子をつまみながら、会話は盛り上がる。

ナメクジと唐突に口にした男はバッツ。見た目に似合わずインテリな部分があり、入試は文系を受けた。とはいえバッツの家系は代々イシュタリカで騎士を務めて来た男爵家であり、本人も剣術のほうが得意。文系の試験を受けた理由は、親からの教育の一環だったらしい。

貶してるのかと問いかけたのはアイン。この3年で体は大きく成長し、優しげな表情で魅力的だった彼は段々と男性の魅力も身についてきた。

アインを殿下と呼んだ男はレオナード。公爵家の跡取りで、内政に関しての高い知識を持つ。入学試験は文系科目で合格した。一年次から 一組(ファースト) に所属。

最後にロラン。彼はアインが入学した初日に話しかけた男だ。魔道具開発に関して高い知識を持ち、学園内だけでなくイシュタリカからも将来有望と高く評価されている。ロランだけ平民の生まれだった。

アインの年代は、彼ら4人だけが 一組(ファースト) を維持できていた。

その後彼らとしても会話をするメンバーが固定され、結果としてこの4人が学園ではいつもつるむ者達となっている。

「いやレオナードお前何言ってんだよ。あんな小さいんだから力も弱いんだぞ、馬鹿かお前」

「だから私はお前が筋肉がどうのと口にするから……いやいい、私が間違っていた……」

「……はぁ。バッツ頭いいのにどうして会話はこんなことに」

「え?レオナード……ナメクジって全身筋肉だったの?俺知らなかったんだけど」

アインはこうして自然体で絡める友人を得た。学園からこの報告を聞いたとき、シルヴァードを始めとした王族はもちろん、ロイドたちも大きく喜んでいた。

入学したときから3年が経ちアインも4年次となったことで、年齢で言えばもうすぐ11歳になる。アインは学園での試験も好成績を収め続け、組を降格することにはならなかった。そして城での鍛錬も続けたことにより、逞しく立派に成長している。

身長も伸び、今では同年代の平均身長より高くなっている。

「い、いえ殿下。別に殿下を貶したとかではなくてですねっ!バッツがどうにも頭が弱いというか」

「なぁアイン。なんか俺すごい貶されてる気がするんだ、なんていうかさっき俺がナメクジって言ってたときみたいに」

「"気がする"じゃないから安心しろ。されてるんだ」

「アイン様までそんな火に油を注ぐような……」

アインはこうして、このメンバーで集まって話をするのが楽しかった。

皆努力を怠らない人間たちなだけあり、メリハリは付けて集まっている。

三年が経ったことで、アインの学内での護衛は既にいない。なぜならディルが卒業してしまったからだ。

彼は今では城内で、騎士見習い兼アイン専属護衛見習いとして励んでいる。

複数人で集まっていること、そして貴族の家の者が数人そばにいることは安全で、シルヴァード達に取っては悪くない話だった。

「そういえばロラン。お前こないだ作った魔道具がまた評価されたらしいじゃん。やるな!」

「あ、あぁありがとうバッツ。たまたまうまくいったものだけどね、成功してよかったよ」

「謙遜するものではないロラン。その成果が国の目に留まっているのだから誇るべきだと思うが」

バッツがまた唐突に会話を変更する。次の話題はロランが作った魔道具についてだ。ロランが作った魔道具が、国の目に留まり高く評価された。

「すごいじゃんロラン。それじゃ 今度城(うち) に来るの?」

「いや開発局の人と学園で話をする機会を貰ったんだ。だからその先はどうなるかわからないかな」

「いずれ海結晶に替わるあらたな仕組みを作ってくれると信じてるぞロラン」

レオナードが言う通り、イシュタリカとしては海結晶の件は急務だ。

公爵家の跡取りとして育てられたレオナードは、海結晶の問題についても家でしっかりと教育されており、その重要性は良く理解していた。

エウロと取引をしているとはいえ、いつまでもという保証はない中その新しい開発は急務だった。

「さて。それじゃ俺はそろそろ訓練にでもいくかな」

暫く話をしていたため、それなりに時間が経っている。バッツはそろそろ訓練に行くといって席を立った。

「俺もちょっと工房に顔出すよ」

「私も図書館にでも行って、自習でもしようと思う。では殿下失礼いたしま……誰か来るな」

バッツに続いて、ロランとレオナードも席を立ちこの集まりは解散かと思われた。

そんな中レオナードがこちらに向かってくる人に気が付いた。

「あの格好。近衛騎士団だな、てことはアインに用じゃねえか?」

「念のためあの騎士がここに来るまでは待とう」

レオナードが念のため待とうと言ったのは、騎士の格好をしてアインを襲う者かという懸念があったからだ。

「うん。そうだね」

それにロランが返事をする。アインのそばに3人が立つ。

「失礼致しますアイン様。ロイド様からのご伝言があり、急遽学園まで足を運ばせていただいた次第でございます」

そう口にした後、彼はステータスカードを提示した。間違いなくイシュタリカの騎士と言うことが確認できたため、レオナード達3人もアインの後ろに下がる。

「ありがとう。それで内容は?」

「……機密となります」

その言葉を聞いて、レオナードたちはその場を立ち去ることにした。

「殿下。それでは失礼いたします」

「良き一日を、殿下」

「ではまた明日お会い致しましょう殿下」

レオナードに続いてバッツ、ロランが挨拶をする。城の騎士の前であったため、バッツもロランもアインを殿下と呼び口調を改めた。

「あぁ。じゃあまた明日」

彼ら3人が去ったのを確認し、騎士は伝令内容を語り始める。

「一頭、危険な魔物が現れました。それにクリス様がご対応に向かわれております。その魔物に関しての件でいくつかお話しすることがございますので、本日は城へと戻ってほしいとのことでございます」

不思議に思った、クリスが魔物の対応に向かうことがだ。クリスはイシュタリカでも指折りの実力者で、近衛騎士団副団長にしてオリビア専属の護衛、アインの護衛も時には担当している。

そんなクリスがわざわざ魔物の討伐に向かったと言われ、理解が追い付かない。

よく見てみると、伝言を伝えに来た騎士の表情も決して良くなかった。何かを我慢しているかのような表情をしており、いつもと違った何かが起きているのだと感じた。彼は危険な魔物とだけ口にした、その危険ということの度合いが、おそらくその一言には収まらないのだろう。

「……今から城に戻る。護衛を」

「はっ!」

学園の入り口にはほかにも複数の騎士がいた。伝言に来た騎士も待機していた騎士も、全員が近衛騎士の甲冑を身に着けている。

「迎えご苦労。これより城に戻る」

「「「はっ!」」」

騎士達に対する態度は王族としてのものとなってきたアイン。今のような不測の事態であるならば、この簡素な態度でよいことがありがたく思えた。

こんなときであろうとも、水列車が一番早く移動できるため皆で水列車に乗りホワイトローズ駅へと戻ってきた。

通常車両しかない水列車の中を、多くの近衛騎士とそれに守られるアインが乗った。そんな姿を見て、他の乗客たちとしてもいったい何が起こっているのか?と不思議に思っていた。

だが彼らの異様な空気に押され、声をかけることができる者は居なかった。

「馬車を」

「こちらにご用意しております」

「どうぞアイン様」

用意されていた馬車は、4頭の馬が引く特別製の馬車。普段アインが使っていた馬車よりも早く着くことができ、その馬車が用意されていることにも異様なものを感じたアイン。

「……あぁ、わかった。急ぎ出発を」

それを指摘する必要はない。まずは城に着かなければならないのだから。急ぎ足で馬車に乗り込んだアインは、出発を急かした。

そして近衛騎士達が馬に乗り、アインが乗った馬車を囲むようにして出発した。

いつもよりかなりの速度を出して走る馬車、そしてその周りを走るイシュタリカ近衛騎士団の騎士達。

その姿はいつもの和やかな王都の大通りにはとても似合わない姿だった。

アインは馬車の中で考えていた。危険な魔物とは何か?どこに向かったのか?そしてなんでクリスが出向く必要があったのかと。伝言の主はロイドだ、つまりロイドは城にいるということだろう。着いたらすぐにロイドに問いたださなければならない。

馬車の中で地団駄を踏み、城への到着を今か今かと待ち望むアイン。非情な事を言ってしまえば、騎士が討伐に向かったと聞いていただけならばここまで心配はしなかったかもしれない。

ずっと自分の護衛をしてくれて、訓練もつけてくれたクリス。一番身近な騎士だった彼女のことを、大切に思わないわけがなかった。

「急ぎにして失礼致します!アイン様、到着致しました!」

「ああ気にするな!私はこれより陛下の元へと向かう!」

「はっ!」

「我々も陛下がいらっしゃる場まで護衛致します!」

城に着いたことで、いつもと違いドアをノック無しで開いた騎士達。

咎められることではあったものの、騎士達も急いでくれていることがありがたい。

アインは急いでシルヴァードの待つ場所へと向かう、そこにはロイドもいるはずだから。

「殿下!お帰りなさいませ!」

「殿下!」

「お帰りなさいませ殿下!陛下は大会議室にいらっしゃいます!」

「あぁわかった。このまま向かわせてもらう」

城の中も騒々しかった、それでもアインが入城したことに気が付いた騎士に給仕たちは、一斉に頭を下げアインへと挨拶をする。

とはいえ彼らがもつ優雅さは、今日に限って言えば欠片もない。

それはアインも同じで、走るのに近い急ぎ足で大会議室へと向かっている。

付いてくる騎士達も同じく急いでたが、それを咎める者は一人もいなかった。

そして到着した大会議室は、外からわかるほど中では騒ぎになっているのが分かった。

だがそんなことは全く気にせず、アインはノックもせずに大会議室のドアを開ける。

すると一瞬で大会議室は静寂を取り戻した。

「……陛下。王太子アイン、ただいま帰城致しました」

「うむ。急な事ですまなかったな」

「いえお気になさらず、会議の最中申し訳ないですが、ご説明を頂けますか」

普段は決して見せることのないアインの姿、それは普段とは違い、一つの反論も許さぬと言わんばかりの強気な態度。

そのオーラはまさに王族の発する気配だった。

アインは会議室を見渡した。普段会議室にいるはずのないオリビアの姿が見えたことに、アインは違和感を覚える。オリビアは下を見て俯いたまま、アインのほうを見ることはない。

「すまぬ。皆は会議を続けていてくれ、アインはこちらに来なさい」

シルヴァードがアインを近くに呼び寄せた。傍には俯いたままのオリビア、そして普段と違った真剣な顔をしたウォーレンとロイドが控えている。

「ロイドさんの伝言を受けて戻りました。一体何が起こったのですか、危険な魔物とだけお伺いしましたが」

「私からご説明しましょうアイン様」

伝言をしていたロイドが、説明すると言って前に出る。

「海龍です。港町マグナ沖、沖と言っても近くに出現しています」

「……クリスさんが出る程のことなのか?」

数年が経った今では、アインはロイドに対してもこのように話しかけられるようになった。

とはいえ剣の師を務めた相手なせいか、どうにも"さん"という敬称をとるのはまだできていない。

「アインっ……アインっ……!クリスが、クリスが」

「お、お母様!?どうされたのですか!」

狼狽えたオリビア、最後に小さく小さく呟いた。クリスが死んじゃう……と。

「今のは……どういう意味だ!」

「アイン様。ロイド殿が続きをご説明致します」

傍にいたウォーレンがあくまでも冷静に、ロイドが続きを話すからと口にした。口にはしなかったが、落ち着けという意味だろう。

「海龍はおよそ100年毎に出現します。体は非常に大きく、プリンセスオリビアの半分近くもある巨体。そしてその巨体ですから力もとても強く、狂暴です。およそ100年程度の時間をかけて成長した後、襲って来くるのです」

「我がイシュタリカでは今までに何度も出現しております。その都度、大きな建造物や多くの被害を出してようやく討伐できていました。何人もの騎士と指揮官、そして船を犠牲にしてようやく討伐できていたのです」

「……危険なのはわかった。だが当時と比べたら大きく技術も発達しているはず。それなのに」

ロイドに続けて語りだしたウォーレンの説明。それを聞いてアインはまだ納得ができない。

なのにクリスが行かなければならないのか?そう口にしてしまいそうになった。

だがこれは口にしてはいけない。ほかの騎士達にも、家族がおり命があるのだ。

「……異常な事態です。我々としてもいくつかの軍用艦を出しました、ですが今回の海龍は……2頭いるのです」

ウォーレンが語った。それでオリビアが口にした事、クリスが死んじゃうという意味が理解できてしまったアイン。

純粋に倍になったという、単純な計算にはならないだろう。こちらが被害を受ける速度も倍になる、それを考えればどれほど難しいかと思った。

「ならなぜロイドさんはここにいるんだ!陛下の持つ専用艦もあるはずだ!それは出ているのか!」

「……ロイド殿は、ここから動くべきではありません。何か有事があった際に、城の守りが薄くなってしまいます。そして陛下の専用艦は確かに強力です。ですがあれを出すことはできません、海龍とは相性が悪すぎます。よくてただの固い的としかなりえません」

その返事を聞いて、アインは俯き口を噤む。何もできないのか?クリスが危険なときにただ城にいるだけなのか?そう自問自答する。

アインは王太子だ。王太子が死ぬわけにはいかない、国の未来だからこそそれは絶対に許されない。だがそれでもこの状況を許すことが出来なかった。

「クリスは風の魔法を高いレベルで使える騎士だ。だからこそ今回の事態には……彼女が自ら自分が向かうと我々に言ってくれたのだ。いや違うな、我々はその言葉に甘えたのだ」

シルヴァードが語ることは決して間違いではない。王としても間違った判断はしておらず、正しいことだろう。

ただ納得できるか、それが問題なだけだ。もちろんアインは全くと言っていいほど納得できていない。それが王族として必要な事と言われようとも、まだ若くクリスを大事に思っていたアインは、そのことに納得なんかできるわけがなかった。

「……マグナに向かいます。王族専用列車にて向かいます」

シルヴァードの方を向いてそう口にしたアイン、それを予想してたかのようなシルヴァードの顔は、それでも険しい。

「許可するわけがないのは、理解しているな?」

「それを分かっていて口にしています」

「アイン様。なりません、貴方様は王太子……万が一のことがあれば、そしてすでにアイン様の体はアイン様だけのものではございません」

ウォーレンがアインを落ち着かせようと話しかける。アインが考えたことは王族として、王太子として失格だろう。それでもアインはそれを止められない。

「私もです。何があってもマグナに行くのは止めて見せますからな」

「ロイドさん。でもここで黙ってるなんて俺にはできない。陛下……せめてマグナに行かせてください。許可を」

「もう一度言う。ならん」

マグナに行くだけだというが、それだけで止まるとは思えない。だからこそ危険なマグナへは向かわせるわけにはいかない。

「アイン。ダメ……アインまであんな危ない所になんて……っ!」

オリビアが目に涙を浮かべながら告げた。オリビアが涙を浮かべてまで口にしたその言葉、それはアインの心を強く圧迫したものの、それでもやはりただここでクリスを待つなんてアインには考えられなかった。

「オリビアがこうまで口にしておる。それだというのにアイン、お主は王太子という身でありながら、それでもマグナへと向かいたいと口にするか!」

シルヴァードが出す王の威厳。アインの体にその言葉は強く突き刺さり、どことなく空気がビシビシとぶつかってくるような錯覚を覚える。

「……はい。俺はそれでもマグナを目指します」

「そうか、わかった」

シルヴァードがわかったと口にしたことで、アインは少しの希望を抱いた。だがその瞬間、アインの意識は飛んでしまった。

「止めても無駄と言うことがな。……ロイド、嫌な役を任せたな」

「いえ。これが私の仕事ですからな」

「ごめんなさい、アイン……アイン……」

アインはロイドにより、意識を飛ばされた。止めても無駄だと言うことが分かったための力技だった。

会議室にいた者達もまさか力技を使うとは思ってもおらず、驚きを隠せない。

「はぁ。アインは優しく、そして仲間には強く情を抱くいい子だ。お主らもわかっておろう?」

「勿論です陛下。だからこそ私もこうなるかもと考えておりました」

「……ですな。だがアイン様は我らイシュタリカの未来と言えるお方。危険な所へ行かせるわけには行きませんからな。陛下、アイン様はお部屋にお連れすればよろしいので?」

「カティマが研究室にいる。地下の研究室でしばらく大人しくさせるのだ、カティマもさすがにアインを外に出すことはせぬだろう。カティマはそういった面はしっかりと理解しておる」

返事をし、頭を下げたロイドがカティマの研究室へと向かった。

アインはそこで暫くの間頭を冷やすことになる。

「目が覚めたかニャ?」

アインが目が覚めた場所、そこはよく入り浸っていたカティマの研究室だった。

今日に限って言えば、外から施錠されており出ることは容易ではない。

「……まさか力技に出られるとは」

「気分はどうかニャ」

「大丈夫。別になんともないかな、強いて言うなら頭の中がぐちゃぐちゃなぐらい」

「なら正常だから安心するといいニャ」

アインは体を起こす。横になっていた場所は研究室においてあるソファ、カティマが上質なソファを設置しているため寝心地は良い。

「ねぇ。一応聞くけど外に出してなんかくれないよね?」

「出さないニャ。仮に私が出すことを許しても、部屋からは出られないニャ」

「だよね、じゃあ完全に俺詰んだ?」

「一つだけあるっちゃあるニャ。ここで私を殺して、外の人間に錠を開けさせる。そしてここを出たら捕まらないように城を脱出して、駅を目指すのニャ」

「……なに馬鹿なこといってんのさ。てことはもう打つ手はないしってことか」

ここまでされてしまってはアインとしても打つ手は考えられなかった。

カティマに危害を加えるなんて考えたくもないし、錠を開けることも難しい。

「いや一個だけあるじゃん。暗黒騎士使って無理やり出ればいい」

「無理ニャ」

アインが思いついたのは暗黒騎士の力を使って扉を破壊すること、通常であればそれは問題ないことだったが、今日に限って言えばそれはできなかった。

「……ここまでやるなんて思わなかったニャ。この部屋は魔力使えないニャ。完全にデザインされた封印が用意されたニャ、こんな要塞を破れるならそれこそ魔王か、それに近い者の抵抗力といってもいいニャ……」

カティマが口にしたことを聞いて、再度打つ手が無くなったアイン。もう本当にやれることはないのか、これで完全に終わりなのか?クリスが無事に帰るのを待つことしかできない……それを思うと、頭がおかしくなりそうだった。

「カティマさんのお勧めはどうすること?」

「黙って待つことニャ。クリスが無事に帰るのを祈るのニャ」

「神にでも祈れってか」

アインは久しぶりに神について考えた、久しく考えていなかったのは否定できない。むしろ自分が転生したということすらあまり頭に浮かばなくなってきた今では、ガチャを引いて毒素分解なんてものを貰った時の事すら曖昧になることがある。

「はぁ……神様、幼・女神様。なにか知恵をお与えください」

期待はして居ないが、アインは祈った。彼女がアインを見ているのか、そんなことはアインにはわからない。でもやらないよりはいいか程度の安い気持ちだったものの、祈ってしまう。

「なんニャその祈り……祈る気ないニャ」

「いいんだよこれで。あの人ならこれでわかってくれるからさ」

「何言ってるのかわからないけど、まぁいいニャ。気が済むまでやるといいニャ」

「そうするよ」

そうして祈りを続けた。幼女、幼女……今何してるんだろ。まだあの風邪をひきそうな服を着てるのかな?あの白い場所にずっといると頭おかしくなりそうだけど。もうなってるのかな?なんて不敬な事ばかりをつい考えてしまう。

そう不敬な事ばかり思っていた中、一瞬時が止まったように感じた。

『部屋をよく見ろ。この愚か者め……』

そして空気は元に戻り、一瞬止まったかのように見えた空間が再度動き出した。

「うん……ありがとう神様」

「なんかいったかニャ?」

「いや何にも」

その声は幻聴なのか、それとも本当の声だったのか。そんなことはアインには理解できない。

でも間違いなくヒントだと思った。部屋をよく見ろ……なにかこの研究室に鍵となるものがあるのだろう。

その言葉に大きく感謝する。

「暇なら手伝うニャ。ほらアインが買ってきた魔石!これの研究ニャ!せっかくしばらく前に買った資料だってまだ翻訳できてないのニャ!まったく研究が進まないのニャー!」

カティマなりの気遣い。少しでも気がまぎれるようにと普段のような会話をした。

アインはそれに感謝した。だが感謝しただけでは話は終われなくなってしまった。

……見つけた。アインは見つけたのだ。神がくれたヒントから、一つの打開策となりえる物を。

「神様。ありがとう……まだ俺のことを見守っていてくれたんだな」

「ア、アイン?だから何を言ってるニャ?」

「いやなんでもないよ。そうだね手伝うよ」

「な、ならいいのニャ」

若干不可解に思ったものの、なんでもないと言われ会話を戻したカティマ。

アインはそのカティマのそばに行く。

「でもこの魔石さ、ほんとなんなのかわからないよね」

「そうなのニャ。だからこそ、この資料がカギとなるはずニャのに……まったく翻訳が進まないのニャ!」

アインが特に問題がないと判断したカティマは、例の高級な一冊を見ながらアインに愚痴る。

それを横に、アインは魔石の傍に行き封印のケースを開けた。

「カティマさん。ごめん」

「んー?なんニャー?」

本を見ながら返事をするカティマ。ごめんという言葉がなんなのかわからなかったカティマは適当に返事をする。

「っ……来、来たっ……!」

そして開封した魔石を吸収し始めるアイン。しばらく前に試した時と同じく、異様な勢いを感じる。

それに気が付いたカティマがアインのほうを向いてそれを咎めた。

「アインっ!何をしてるニャ!やめ、やめるニャ!」

前回同様、アインの手を箱に押し込んで魔石を封印しようとするカティマ。だが今回は封印のせいで暗黒騎士の幻想の手が出てこない代わりに、別のことが起きていた。

『動かないで……ね?』

魔石の声が部屋中に響いた、ここまでは前回と同様だった。だがカティマは動けなかった、魔法が使えないはずのこの研究室にいながら、カティマは足どころか指すらも動かせなくなった。まるで魔法で動きを封じられたかのように。

「なん、で……動けない、ニャ!?アインいったい何をしてるニャ!」

どこか優しいオーラに包まれたアイン。それはオリビアに似ているような、優しくも包容力にあふれた温かいものだった。

魔石を吸収するとき、味を感じるアインだったが今回は感じない。代わりにこの暖かな気持ちに包まれた。

まるで自分を守ってくれてるかのような母性的で、身をゆだねたくなるようなオーラ。

それをアインは吸い続けた。まるで赤子が母の母乳を吸うように、終わりが来るまでひたすらに吸い続ける。

「す、吸ってるニャっ?!アインその魔石を吸収してるのニャ!?や、やめるニャっ!」

「ごめんって言ったでしょ。カティマさん」

その制止を一切聞き入れず吸収を止めないアイン。どんどん魔石は色を失い、空魔石となっていく。

そしてとうとうその時はやってきた。

『ありがとう……』

どこからか声が聞こえた、優しい声だった。そのありがとうの意味は理解できなかった、だがアインはこちらこそありがとう。と心に思った。

その声を耳にした後、吸収を終えた魔石をテーブルに置いたアイン。

「終わったよカティマさん」

「終わったよじゃ……ない、ニャ!」

まだ体を動かすことができないカティマは、喋ることも難しいようで汗を浮かべながら反応する。

「あぁごめん。……よっと、これで大丈夫?」

「そんな簡単にって。あれ?もう動くニャ、アイン一体何をしたニャ!」

「俺もあんまりわかってないんだ。でも使い方は少し教えてもらった、だからもう大丈夫。俺はもう行くよ」

研究室をパリィインというガラスが割れたような音が響いた。カティマは何の音かと不思議に思ったが、アインが平然と扉を開けたことで理解した。アインはこの部屋の封印を内側から破壊した。その事実を知ってしまった。

「ア、アインこの部屋の封印を」

「ごめん壊しちゃった。俺が帰ってきたらさ、たぶん弁償できるから」

「どうして壊せたニャ……いや弁償って、何をいってるニャ!」

「だってさ、百年ぐらいにようやく出現する魔物なんて希少でしょ?だから帰ってきたらそれの素材で払うから。待っててね」

研究室から出て来たアインを見て、研究室の番をしていた騎士も腰を抜かしてしまった。それもそうだろう、カティマも口にしていたことだ。

魔王か、それに近い者の抵抗力でなければこの研究室の封印は破れないと。

それを破ったアイン。彼はなんの魔石を吸ったのか、カティマには一つも理解が追い付かなかった。

「さぁ行こう、港町マグナに」