作品タイトル不明
日記を読んで。
日記を見ると、それは彼が物心ついたであろう頃から書かれていたことが分かる。
年齢はあくまでも予想だが、七歳ぐらいだろうか。
「お父様とお母様が喧嘩をした。人が増えて賑やかになった――」
とりとめのないことから日記がはじまっていくと、
「ラビオラに何を贈ればいいのか分からない」
と、微笑ましい言葉が目に入る。
正直、つづきにも興味を引かれて居たアインだったが、これ以上先を見るのは辞めようと一度手を止める。
この日記は初代国王の思い出だ。
興味本位で見てもいいものではないと、今更ながら反省した。
しかし、アインはページの最後に書かれていた文字を読んで目を見開いた。
「……」
アインは時が止まったような錯覚に陥った。
雪が降りだし、手元に落ちた雪の粒が溶けたところで正気に戻る。
書かれていた文字を言葉に出して読む。
「森に行って『神様』に出会った」
あの初代国王マルクが、つい先日アインの夢にも出たあの女神――竜人に会ったのかと。
「約束した? 初代陛下が彼女と約束をした……?」
彼があったという女神が言ったと記載がある。
もしも初代国王が、彼女と会った事や彼女のことを誰にも言わなかったとき、何か一つだけ願い事を聞いてあげるというものだ。
ここで何を願ったのか気になったが、残念なことにその内容は書かれていない。
更にページをめくるが情報は無い。
代わりに一つイシュタリカにとって、歴史的な大きな転換点について書かれている日付があった。
「『彼女はとても頭がいい。お母様も驚くだけの提案をして、イシュタリカが更に良い国になれるようにと声を上げる。きっと彼女は最高の仲間になるはずだ』」
つづいて、
「『あいつはもう少し柔らかい態度になってくれていいと思う。嫌いじゃないけど』」
更に、
「『本を読んでばっかりのあいつと、やっと冗談混じりの会話が出来た。名前はないらしいけど、それじゃ呼び辛いから レン(、、) と呼んだ。命名はラビオラ』」
二つのことが同時進行しているが、アインには分かる。
この付近で赤狐が旧イシュタリカへ参入し、初代国王がウォーレンと友人関係になったのだと。
「『あいつは昨日、俺は鍛冶師だ! って言っていたのに今日は商人になっていた。もう一人のあいつは森の中から薬草を採ってきて、実験だと言って俺に飲ませた。苦かった』」
今のもまた情報が少ない。
しかし、前者の何かを演じているようなのがエドだろう。つまり後者がオズだと想像がつく。
「『多分、俺はレンの兄弟とそりが合わないんだと思う……』」
きっとその感覚は正しかった。
アインはしばらくページを進めた。
すると。
「『お父様たちのように俺も多くの人々を救いたい。今日がその旅立ちの日だ。ラビオラとレン、後は俺に賛同してくれたみんなとこの国を発つ』」
だが、その次のページが無い。
意図的に切り裂かれたのか、深々と日記が抉られた跡がある。アーシェの騒動までの詳細は残されておらず、アインは「ふぅ……」と残念そうに項垂れる。
以降は白紙がつづき、文字の一つも書かれていなかった。
初代国王が言う神という存在についても、それ以上の情報は望めないのかと諦めかけていた。
「え……?」
しかしアインは見つけてしまう。
白紙の最後、背表紙手前に初代国王の最後の言葉があった。
「『約束を果たそう。彼女は今際の際に立つ俺の前に来てそう言った』」
つづいて書かれていた文字を読み、アインは頬を引きつらせこめかみを掻く。
最期に初代国王が願ったことを知ってから『あの竜人め……』と、空を見上げて彼女に笑いかけた。
――翌朝、昨夜のパーティには居なかった友人たちが屋敷に足を運んだ。
客間に通され、アインは友人四人と共にソファに腰を下す。
軽めに祝われてからしばらく経つ。
四人のうち、ロランが思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
彼は満面の笑みで言う。
「飛空戦艦、なんとかなりそうだよ」
アインを含む皆が呆気にとられる中、彼は気にせずつづける。
「一隻だけ小さいのを造船する予定なんだけど、黒龍の鱗を薄く延ばして――――それで、後は既存の魔導兵器の技術を少しだけ――――後は――」
「分かった、分かったってロラン! 俺たちに言われても分からないから!」
アインが呆気に取られてから彼を止めると、
「あ、ご……ごめん! つい楽しくなっちゃって……」
「しっかし大したもんだなお前」
バッツが隣に座るロランを称賛した。
ソファに腰を下ろした計五人は、アインが上座に腰を下ろし、四人は二人ずつになって対面のソファに座っている。
バッツとロランの対面は、レオナードとティグルの二人だ。
「それでなんとかなりそうって、どんぐらいかかるんだ? 何年ぐらいかってとこで教えてくれよ」
「うーん、二年ぐらい?」
「お、おぉ……えらく早ぇじゃねえか……」
「アイン君が討伐した黒龍の素材が、それだけ優秀だったってことだよ。あれでこれまでの課題が一気に片付いたっていっても過言ではないしね」
ふむ、と前置きしてティグルが口を開く。
「しかしアインが乗船出来るのはしばらく後だろうな」
「え、ティグルそれってどういう意味?」
「当たり前だろうに。出来立ての技術に王太子を乗せられるはずがなかろう」
「あははは……そうなんだよね、だからアイン君が乗れるのはしばらく後だと思う。何か事故があったらって考えると、ボクじゃ何も責任とれないしさ。ボクの首なんかじゃ意味ないでしょ」
「そういうことだ。ロランの言葉は言い過ぎということもない。今やアインの価値に比例するほどの存在は居ないと言ってもいいのだから」
うんうんと、ティグルの隣ではレオナードが大きく頷いた。
バッツもまた同意しているが、一方でアインは残念だと言わばんばかりの顔を見せる。
だがアインには別の考えがある。
(墜落しそうになっても大丈夫だと思うけど)
思えば黒龍戦なんかは、アイン自身が宙を飛び交う戦いだったからだ。
とは言えこれを口にしても――というのはあり、アインは苦笑して黙り込む。
レオナードはここで思いつく。
「と、ところで殿下! 私とバッツは近々王都へ戻ります。騒動も落ち着きましたし」
彼はアインが飛空戦艦に乗りたい、と言い出す前に話題を変えた。
「ですが殿下は、いつまでシュトロムでの統治をなさるのでしょうか?」
「――明確な時期は決まってないけど、次の春には王都とシュトロムの間を往復することになるかも」
「つまり、シュトロムでの仕事は落ち着いてくると?」
「いや、というよりも別の仕事が入るって感じ」
何かあったのか? アインを除いた四人が小首をかしげる。
「あまり詳しくは言えないけど、お爺様の仕事を隣で手伝うことになるんだよ」
秘密だと、そんな前置きで言葉は決して多くない。
だが四人が事情を察するのは難しくなく、レオナードは歓喜のあまり身を震わせていた。
誰も口を開かないまま十数秒、バッツが「なるほどな」と口を開く。
「俺たちが思ってたよりも早いじゃねえか」
「それを言われたら、俺も同じ感想だったけどね」
「ただまぁ、悪い気はしねえな。こういっちゃ偉そうだけどよ、俺たち臣民からしてても、何一つ憂いらしいものはねぇ」
「――素直に嬉しいかな、それは」
すると、ロランが小さく微笑んだ。
「尚更、飛空戦艦には乗れなくなっちゃうね」
「なんとかならないかな?」
「ならないと思うし、みんながものすごい勢いで止めてくると思うよ」
皆が破顔して笑い声が響き渡る。
久しぶりの、友人皆が揃っての語らいは、空が暗くなるまでつづいた。