作品タイトル不明
遺跡の秘密と咆哮と。
ウォーレンが大軍を派遣したのが功を成した。バッツとレオナードが率いる二つの部隊が別動隊として、彼が連れ去られたという方角へ向かうことが正式に許可、軍議でも決定される。
赤龍という存在への警戒のため、機動性の高い魔導兵器を用いつつ一同が馬を走らせた。数時間も経たぬうちに、港町ラウンドハートの方角からも多くの援軍が届く予定になっている。
――港町ラウンドハートからエレナの手紙が届いて半日と数時間が過ぎた頃。亜熱地帯は以前と比べ、いくらか冬の寒さにより静けさを纏った深夜。
吐息が白く染まるほどではなく、独特の湿気と深夜帯の涼しすぎる風が吹いた。
バッツが馬を止め口を開く。
「レオナード! どっかから龍の鳴き声とか聞こえてたりしねーか!?」
「するか馬鹿者ッ! そんな声が聞こえているなら、こうして落ち着いて探りなんて入れられるはずがないだろうッ!」
辺りは暗い湿地、木々ばかり。
馬に乗った騎士らは辺りを探りつつ情報共有に勤しみ、ある者は持って来た魔導兵器の整備に精を出す。
今回、一同が持ってきている魔導兵器はハイム戦争の際のような大きな魔石砲ではなく、馬二頭で引く小さな馬車のような形をしていた。横たわった丸太を思わせる金属の筒、太さは直径二メートルほどで、色は深海を思わせる濃い青だ。左右から気筒が数本ずつ天を仰ぎ、気筒から放たれる砲撃は小さくも、魔石砲の系譜を思わせる代物だった。
数にして数十門も運んできていたのだが、そのすべてが赤龍対策のものに他ならない。
「失礼いたします。クリム部隊長。魔導兵器はいずれも問題ありません。充填された魔石にも異常は見受けられませんでした」
整備士の一人がバッツの者に足を運んだ。
「あぁ、じゃあいつでも打てるように用意しといてくれ」
「はっ!」
すると、整備士が立ち去ったのを見てレオナードが言う。
「……それにしても、技術の進歩というのは凄まじいな。ハイム戦争の際にあの魔導兵器があれば、我らの騎士の犠牲も少なかったことだろう」
「そうだなー……本来の魔石砲に劣るとは言え、それでも相当な威力がある。開発の中枢にロランが関わってるってんだから、あいつもすげえってことよ」
「あぁ、確かにその通りだ――っと、ちょっと待ってろ」
バッツに整備士が報告に来たのと同じく、レオナードの下には馬に乗った騎士が足を運ぶ。
「フォルス部隊長。一つ、手掛かりらしい痕跡が残されておりました」
「ッ――ほ、本当か!?」
「はっ。我らのとは別の蹄の跡が発見されました。奥にある遺跡に向かっていると思われます」
「つまり奴らは遺跡にティグルを連れて……? しかし解せん、あんなところに逃げる意味があるのか? 隠れ家としてなら持ってこいだが……」
「敵の数はそう多くないかと。渇いた蹄の跡から察するに……となりますが」
「……バッツ、どうする?」
「一番嫌なのは敵に囲まれることだ。次点で指揮官の俺たちが殺されること、特に赤龍なんてのがこの近くに隠れてる可能性も高いしな」
だったらひとまず退避か? レオナードがそう尋ねようとした矢先。
「だけどな、父上の砦を襲撃したときの影響力を思えば、俺たちの戦力は足りてるはずだ。そうだな?」
と、彼は報告に来た騎士に確認を取った。騎士は十数秒ほど考え込む。口元に手を当て、馬上で何度か頷いて間違いが無いようにと反芻した。
やがて騎士は強く頷く。
「はっ。クリム部隊長が仰る通りです」
「ならいいんだ。そもそも、この地形ならこれ以上の戦力を投入することすら厳しい。木々を燃やし尽くして平地を増やせば別だろうけどな」
「重ねて仰る通りかと。これ以上の戦力となりますと、もはや一個人という戦力が無ければそう違いはございません」
「だってことよ、レオナード。ちなみにこの一個人って戦力に値するのは、アインの周辺の人物たちを思い浮べとけな」
素直に頷けず、騎士が苦笑してレオナードに俯いてみせる。
湿地帯のどこか不快な風に前髪を揺らされ、レオナードは胸の前で腕を組んだ。
「では攻撃を仕掛けるのだな?」
「そうなるな。一応、斥候の経験がある騎士に辺りを窺ってもらいたい、頼めるか?」
「はっ! では後ほど報告に参ります!」
それから数十分も経たぬうちに、二人が率いる騎士たちが進軍を開始する。
ティグル一人を救うためには多すぎる戦力か? 疑問符を抱く者が居なかったのは、赤龍という龍に対する警戒のためだった。
◇ ◇ ◇ ◇
以前、二人が足を運んだ時は薄暗いだけの空間だったことを覚えている。ただ今日は違って、ほぼ真っ暗の遺跡の中には皆の緊張感ばかりが空気に溶けていた。
謎の壁画も去ることながら、相変わらず、どうして建てられたのか目的が不明な遺跡には違いない。
じゃり、と石畳に付着した砂利を踏む音がいくつか響き渡る。
「誘い入れてるわけでもなさそうだけどよ、なんかこう、不用心してもいいってだけの余裕があるんだろうな」
「……む?」
「例えば俺が海龍だとしたら、海を泳ぐ小魚なんか気にするかってことだ」
「つまり我らのことは、いつでも倒せるとでも思っていると?」
「正しくは、いつ攻め入られても別に怖くないって感じじゃねえかな」
「どちらにせよ、いい気分はしないな」
遺跡の中に蔓延る静寂からは、辺りに生き物の気配すら感じさせない。闇に紛れ攻撃する敵に警戒していたが意味がなく、拍子抜けするほど何も無いのだ。
ただ、バッツは別にだからといって警戒していないわけじゃない。
「冒険者御用達の魔道具だ。レオナードも危なくなったらすぐに使えよ?」
「あぁ、分かってる」
そう言って彼が懐から取り出したこぶし大の水晶玉。以前、カイゼルがアインを試す際に使ったような、拘束の術などが保存された魔道具の一種だ。
赤龍が現れた際はこの遺跡を離脱し、外で逃げながら戦うよう皆に命じてある。
――ふと、二人の進行方向で騎士らが足を止めた。
「お静かに。人の声がします」
二人が口を閉じ耳を澄ますと、遺跡の最深部の方から女性の声が聞こえた。
距離があるせいか聞きづらい声だったが、一歩、更に一歩と近づいたところで鮮明に耳に届く。
「……私はこのままイシュタルに戻るわ。貴方たちはそのまま任務の続行を」
一目見るが見慣れない鎧、旧ハイム王国の鎧だとバッツがすぐに察した。
声の主が数人の騎士に命じてるのを、姿を隠しつつ眺める。
以前見かけた祭壇の手前にティグルは座らされていた。彼はおそらく後ろで両腕を縛られているのか、座り方がぎこちない。
また、彼を囲むように数人の騎士と、女性の声をあげたローブの者が一人だ。
「殿下もそろそろ、心変わりなさってくださいますと嬉しいのですが」
「ふざけるな……ッ! 何度も言うが、私は別に――」
ピクッとレオナードの眉が吊り上がる。
「ティグルだな。無事のようだ」
ほっと安堵し一同が攻め入る頃合いを見計らう。その間も、声の主はティグルに語り掛けつづける。
「私は殿下が世界の王となるべきと考えているのです。グリントを殺したあの男もいずれ同じ目に……」
「はは……はっはっはっはっはっ! 何を馬鹿なことを言うのかと思えば、カミラ……お前は現実を分かっていないのだな」
「……何を、でしょうか?」
声の主、カミラが苛立った様子で尋ね返した。バッツたちから顔は窺えないが、ティグルは彼女の額に青筋が浮かんでいるのを知って尚、彼女に現実を突きつける。
「アインを殺したいのだろうが、あの男をどうやって倒す? 単身で海龍を討伐するような英雄を、だ」
「何のため、私が赤龍という存在を手にしたと思っているのですか? それに、シャノン様が残された遺産もまだあるんです。やがて赤龍をも凌駕する龍の力も得られることでしょう」
「そりゃあいいな。私は立場上、多くの事をウォーレン殿から聞いている。少なくとも、アインを殺せるだけの戦力があるのなら、むしろ披露してもらいたいぐらいだが」
ティグルの台詞を聞いてバッツが「くくっ……」と漏らし、レオナードがほくそ笑む。二人の近くに立つ騎士らは呆気にとられつつ、二人と同じく笑みを浮かべた。
「ッ――何を言われようと私は成し遂げます。あの子と夫の無念を晴らし、 彼(アイン) が愛する女性たちを辱めねば気が収まりませんッ!」
「……はぁ」
大きな大きなため息を漏らしたティグル。彼のため息は、離れたところに居るバッツたちにも届く。
「それをアインの前で言うのはやめておいてくれ。悪いが、大陸ごと消されそうな怒りは勘弁願いたい」
「あら、殿下? 何を言うのかと思えば大陸ごと消すだなんて――」
「もう一度言おう。大陸ごと海の藻屑とされては敵わんからな、その台詞は言わないでくれると助かる」
「ッ……たかが王太子一人に、何ができるっていうのよぉおッ!」
「少なくとも言えるのは、アインは身体に、世界を滅ぼせるだけの力を秘めてるってだけのことだ。それだけを理解しておけばなんら問題はない」
呆れたのか、それとも疲れたのかティグルの言葉尻が雑だ。言い方が乱暴になり、そっぽを向き面倒くさそうに振舞う。
それから間もなく。
辺りの確認を終えたイシュタリカの騎士が合図を出し、一斉に中になだれ込む。あっという間にティグル、カミラの周りを囲い込むと、旧ハイム王国の騎士たちが剣を抜き構えた。
イシュタリカの騎士はティグルが人質にいるとあって、一定の距離を保ち、いつでも攻撃できるよう鋭い眼光を向ける。
「見張りもなしに雑談ってのは、随分と余裕があるじゃねえか」
すると、カミラに声をかけたのはバッツだ。
彼女は対する戦力を眺めると、「ふぅ」と息を吐いて言う。
「殿下、つづきはあちらの大陸でいたしましょう。ここは邪魔が入ってしまったようですから」
「できるものならな。どうやってこの包囲網を抜け出すというのだ?」
「あら……そう仰るということは、我らと共にいらしてくださるのですね?」
不敵に笑うカミラの意図が分からず、ティグルは彼女の強がりと考えた。しかし、カミラはおもむろに祭壇に近寄ると、懐から手のひらに乗るぐらいの石を取り出す。
表面が大理石を思わせる光沢で覆われ、青白い光を放つ、アインは何度か目にしたことのある素材だ。
「遺跡のことはエド殿から聞いていたんですよ。必要なのはあのダンジョンの素材と、高い魔力を持つ生物が近くに居ること。……ですので、シャノン様はこの遺跡を使わなかったと」
「あん? てめぇさっきから何を」
「それにしてもこの遺跡は気分が悪いわ。あの 第二王女(オリビア) ……どんな秘密を隠してるのかしら。本当に嫌な女……」
カミラは壁画のある方角に呟く。レオナードとバッツが以前、絵に写して報告をあげた例の壁画だ。
それを言った彼女の表情はどんよりと湿っぽく、精気が無くて近寄りがたい。しかし彼女は、すぐさまその表情を収めて言う。
「あぁ、見張りもなしに襲撃を受け入れたのは、私たちの身の安全が保障されていたからなの。だから……私たちはもう行くわ。貴方たちは龍の炎にでも焼かれなさい」
「てめぇ、急に何を言って――ッ!」
全て上手くいっている。カミラの言葉からその意思が伝わった。
彼女は手に取った石をそぅっと放り投げ、祭壇の上でカラン、コロンと渇いた硬い音を二度、三度とあげた。
やがて。
「なっ……カミラ、貴様何をッ!?」
目を見開いて驚いたティグル、そしてバッツやレオナードたちが言葉を失う。祭壇手前に居たティグルたちを中心に、地面から目もくらむような輝きが放たれ、円状の閃光が天を射抜かんとする勢いで石畳を貫いた。
皆の目が落ち着き、辺りを見渡した時にはすでにティグルたちの姿はない。
「いったい何が起こってるんだよ! レオナード!?」
「知らんッ! 私だって、あの光が収まったと思ったらティグルたちが居なくなって……」
「んなことは俺だって知ってんだよ!」
「だったらなぜ聞いたんだお前は……一先ず辺りを探すしか――」
と、レオナードが騎士に命じようとした刹那。
「お二方ッ! 何かが来ますッ! お下がりくださいッ!」
すぐ近くに居た騎士が声を上げた。祭壇の奥の壁から唸り声が響く。何かの気配、皆が嫌な気配としか思えない唸り声の後、耳を塞ぎたくなる轟音が遺跡そのものを揺らした。
正規騎士よりも早く、バッツがすぐさま大きな声で言う。
「全体、急いで遺跡の外に出ろッ! 一度この領域から撤退するぞッ!」
皆が走った。バッツの言葉を疑うことなく必死に走ったのだ。
ついさっきの眩い光のことを忘れ、一目散に遺跡の外に向かう。
祭壇が置かれた大広間から抜けて間もなく、祭壇の奥の壁が崩壊し落ちる瓦礫の音、それ以上に耳を刺す――龍の咆哮にレオナードが顔色を変えた。
バッツは彼を窘めるが如き、頼もしさを感じさせる手つきでレオナードの背中をドンッ! と叩いた。
「ほーら、おいでなさったな……急ぎ過ぎて転ぶんじゃねえぞ! お前を背負って逃げるなんて勘弁してくれよ!」
ニッと笑う余裕はどうしてだ? レオナードが飲み込んだ言葉とは対照的に、バッツの指先は自身にしか分からない程度に小さく震えをおびていた。
『グァ……ァァァァアアアア――ッ!』
背後の咆哮に誰一人として振り返らない。
立ち止るという愚策を、誰もが本能的に避けていたのだ。