軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初日を終えて。

もしもクリスに尻尾があったのであれば。

それを見たかったのは、王都にある城の給仕ならば共通の認識のはずだ。

付け加えれば、そこに第二王女のオリビアが納まることだろう。

彼女が喜んだ騒動――冒険者とのひと騒動から少し経ち、アインはギルド長の仕事部屋へと足を運んでいた。

足を運ぶ際にはクリスがステータスカードを提示し、受付に通してもらったのだ。

また、この部屋に足を運んでからは、二人ともローブを脱いで姿をみせている。

「――例の二人組にはきつく申し付けておきますので」

「私が罰を与えたみたいなところあるから、それ以上は構わない」

考えるのは、祖父シルヴァードが口を酸っぱくして語る、信賞必罰の一言。

彼ら二人に罰が与えられるとするならば、アインから感じ取った恐怖で十分だろう。

と、アインは答えたのだ。

「格別の温情に感謝致します――ところで、明日には我々が王太子殿下の許にご挨拶に向かう予定でしたのに、急にどうなさったのですか?」

ギルド長は初老の男性だった。

短めの髪の毛をきちっとまとめ、口元のヒゲはまるで貴族のように整えられている。

真っ白なシャツの袖をまくり、細身ながらも逞しい筋肉を晒している。

そんな彼が、突然やってきたアインにおっかなびっくりと尋ねた。

「身分を隠してまで足を運んだのは、シュトロムの街並みを、そして、ギルドを一人の民としてみたかったからだ」

「なるほど……では早速、恥部となるところをお見せしてしまいましたな」

ははは。アインが苦笑いをしてみせた。

ついさっきの騒動は、クリスによる不穏当な反応もあったが、それ以前の行動もよろしくない。

また、その後の彼らの振る舞いにも問題があるのは事実。荒くれ者が多い冒険者とはいえ、すべてが見逃されるわけでもない。

「私の知り合いの冒険者は、落ち着きと余裕を持つ大人だった」

アインは暗に、マジョリカとカイゼルの二人をにおわせた。

すると、ギルド長は口を開き、

「恐らく、王太子殿下が仰っている方は一流の冒険者でしょう。彼らは知っているのです。姿かたちが力の証明ではない……ということを」

例えるならば、薔薇のように美しくとも棘を持つのだ。

下手に喧嘩を売って火傷するような真似はしないということだろう。

「……だから軽はずみな行動はとらないということか?」

「左様でございます。更にいえば、落ち着きや余裕をもっているのも、彼ら自身が経験した修羅場ゆえのことでしょうから」

ギルド長はハンカチで額の汗を拭い、肩を丸めてアインに答える。

随分と消極的過ぎる態度だが、相手が王太子ともなれば当然のことかもしれない。

媚びるように目を細め、ハンカチを持っていない手は固く握りしめられる。

「私自身、昔は冒険者として多くの場所を旅して回りました。その時から、若い冒険者というものは強がりたい者達でして……」

(……昔と変わらないのか)

彼ら冒険者は、一般論として言えば、一般的な市民よりも強い力を持つ。

でなくば、魔物が出没する地域で仕事なんてできやしない。

だが、そんな彼らが強気に出て、ついさっきのような態度をみせる。この事実に、アインは少しばかりの切なさを感じた。

「ギルド支部によっては、そこを拠点とする熟練した冒険者が居るものです。すると、若い冒険者は彼らに従うようになるのですが……」

なるほど。アインは納得した。

ようは、上下関係はある程度順守されるということだ。

このシュトロムという都市はまだ若い。だからこそ、そうした親分のような立場の冒険者が居ないのだろう。

アインは口元に手を当て、どうしたもんかと考えた。

(つまり、その親分みたいな存在がいればいい……ってことなんだけど)

何か考えはないだろうか、クリスに目線を送る。

だが彼女は、どうしましたか? と言わんばかりに、キョトンとした表情でアインをみるばかりだ。

そこに可愛らしさはあるが、アインが求めるような答えは一切ない。

少しの癒しを提供してもらった。という結論に至る。

「その件は少し考えてみる。いずれ、私の名で何か意見を送っても構わないか?」

「え、えぇ! 勿論でございます。むしろ、お手数をお掛けして申し訳ない次第で……」

「これぐらい構わない。陛下からシュトロムを任された者として、当然の義務だ」

っていっても、難しいな。アインは内心で呟いた。

一瞬考えてみたのは、カイゼルやマジョリカに手伝ってもらうこと。

彼らは一流の冒険者だった過去があり、その実績は十分だ。

しかし、すでに引退した彼らには新たな生活がある。それを思えば、軽率に頼むことはできない。

一番手っ取り早いのは、アインがこの冒険者ギルドの親分になること。

当然ながら、そんなことは許されるはずもない。

シュトロムにやってきて、早速の問題ということになる。

「――アイン様。そろそろ」

「ん? あぁ、わかった」

後ろに立つクリスに促され、アインは時計に目を向ける。

そろそろ帰るべき。そんな時間帯な事に気がつき、アインはおもむろに立ち上がる。

すると、ギルド長も慌てた様子で立ち上がった。

「ギルド長。急な訪問で迷惑をかけたな」

「滅相もございません――では、急いで馬車を呼びますので」

「あぁ、いや。構わない。私たちは街並みを見ながら帰るから、気にしないでくれ」

通常、貴族は自らの足で出歩くなんて稀なことだ。

アインの場合は王太子。貴族とは比べるものじゃないが、この返答は、ギルド長を驚かせる。

「では、ギルド長殿。王太子殿下への報告や連絡は、屋敷に使いを送っていただいて構いません。以降、王太子殿下が再度直に足を運ぶこともあるかと思いますが、その際は対応をよろしくお願い申し上げます」

クリスがこれからの連絡についてを口にした。

その間にアインはローブを羽織り、来たとき同様に頭を隠す。

「承知致しました。では、出口までお送りいたしましょう」

「悪いが、それも遠慮しておくよ。ギルド長が見送りでもすれば、私たちのことを訝しい目で見る者もいるだろうからな」

しかし、今更な部分もある。

アインはついさっき、冒険者二人を気絶させたばかりなのだから。

掲示板がある広間にでも出れば、恐らく目線を奪うことになる。

「今日は話を聞けて助かった。また今度連絡するよ」

「は……はっ! お気を付けてお帰り下さいませ……!」

同じくクリスもローブを羽織り、アインを先導してこの部屋を後にする。

すると、残されたギルド長は身体中から力を抜いて、椅子に深く腰掛けた。

いや……力を抜いたというよりは、力が抜けたというべきだろうか。

――アインとクリスが去ってから数分後。彼はようやく、口を開くことができたのだ。

「は……ははは……なるほど……あの方が海龍討伐の英雄にして、黒騎士の主。ハイムを落とし、初代陛下の再来と謳われる王太子」

アインが持つ異名を口から漏らすと、彼はハンカチで額と首筋の汗を拭った。

小刻みに呼吸を繰り返すと、テーブルに置かれた紅茶を一気に飲み干す。

ふと、手元を見てみれば、呼吸に負けじと、小さく震えを繰り返していたのが印象的だ。

「私も数多くの修羅場をくぐり抜けてきた……そんな自尊心があったのだが」

その自尊心はすでに消え去った。

自分より遥かに若いはずのアインを見て、彼は生物としての格の違いを感じ取った。

それはきっと、アインがついさっき、冒険者を威圧したばかりだからだろう。その名残がアインに残り、ギルド長はそれを感じた。

意図的に威圧された気はしなかった。つまり、ギルド長が勝手に力を感じ取ったという証明に他ならない。

「あの方なら、新たな風をイシュタリカに与えてくれるだろう」

◇ ◇ ◇

屋敷を出た時と比べ、完全に陽が沈んでいる。

街灯が街並みを優雅に照らし、食事処が賑わいをみせはじめた。

「アイン様。アイン様」

「んー? なに?」

中ではギルド長が力抜けていた頃。

アインとクリスの二人はギルドを出て、帰りの途についていた。

その最中、クリスがアインに声を掛けた。

「ギルド長と話してた時、どうして私の方に振り返ったんですか?」

「……あの時は確か、クリスに名案を求めてたはず」

結局、クリスが与えたのは癒しだったことを思い出す。

「ッ――あ、あの……もう遅いですよね?」

「遅いってことはないよ」

なにせ、その問題はまだ解決策を模索中だからだ。

「すぐにできるのは、やっぱり、巡回とかだと思いますよ」

「っていうと? 例えばどんなふうに?」

「近衛騎士だけじゃなくて、黒騎士の面々もお屋敷に居ますから、彼らが足を運ぶのが一番効果があると思います」

なるほどね。アインが深く頷いた。

近衛騎士や黒騎士であれば、そんじょそこらの冒険者には太刀打ちできない。

彼らの鎧姿をみれば、いくら冒険者であろうとも、軽はずみな行動はしないはずだ。

「さすがだね。それはいい案だと思う」

「あ、ありがとうございます……やった……!」

敢えて分かりやすい擬音を使えば、 ほわほわ(・・・・) とした笑顔をみせたクリス。

褒められたことで上機嫌になったのが一目見て分かる。

「帰ったら早速、クローネさんに相談しましょう!」

足取り軽く、クリスがアインの前を歩く。

一足飛びに進む彼女は、着ていたローブを大きく揺らした。

……すると、

「って、わわ……あ、危なかった……!」

風を浴び、ふわりとフードが舞い上がったのだ。

そうなれば、中に隠されたクリスの金髪が風に乗って広がり、彼女の顔と一緒に少しの間、姿をさらしてしまう。

もはや姿をみられても構わないのだが、ここまで隠してきた手前、なんとなく気恥ずかしさを募らせる。

「く、首の皮一枚繋がった感じでした……」

「いや。十分切り裂かれてたと思うよ」

「……意地悪言わないでください」

フードの中を晒してしまったのだから、首の皮一枚も何もない。

素直にそう答えてみるが、クリスは不貞腐れたように唇を尖らせる。

潤んだ唇は煽情的で、金糸のような髪の毛は、彼女の高貴さを引き立てる。

(なにせ、姫様だもんね)

半笑いを浮かべてクリスを眺めると、アインはシュトロムの夜空に目を向ける。

屋敷に引っ越して初日の晩御飯はなんだろうな。と、相変わらず食いしん坊な想いを馳せるのだった。