作品タイトル不明
予想外の言葉
買い物を終えると、ユリウスはいち早く退店する。
外に出ると、激しく咳き込んでいた。店内が埃っぽかったので、これまで我慢していたのだろう。背後で店主が失礼な、と憤る。
一礼して退店しようとしたら、呼び止められる。
「アルヴィちゃんよ」
「は、はい?」
アルヴィちゃんとはいったい……? なんて思ったものの、店主の表情が真面目だったので背筋がピンと伸びる。
「ユリウス坊がこうして友達を連れてきたのは、今日が初めてだった。ずっと、孤独な目をしていて、居場所を求めるようにこの店を訪れていたのだ」
けれども今は違うという。
「アルヴィちゃんが傍にいるからだろう。あんな安心しきったようなユリウス坊を見たのは初めてだった」
それはユリウスが大人になったからではないのか。なんて思ったが、幼少期の彼を知る店主の言うことである。間違いないのだろう。
「これから先も、ずっと傍にいてやってくれ」
それはできない。私はオブリガシオン王国の者で、セシリアの騎士だから。
しかしながら、その言葉を口にすることはできなかった。
「頼んだぞ」
「はい」
できもしないのに、返事をしてしまった。
無責任にもほどがある。
けれども店主が酷く安堵したような表情を浮かべたので、これでよかったのだ、と思うことにした。
ユリウスが外から声をかけてくる。
私は再度店主に頭を下げ、この場をあとにしたのだった。
「リロ爺と何を話していたんだ?」
「ユリウスの子どもの頃の話を」
「また、しようもない話をして」
「そんなことありませんよ」
この先、いったいどれだけの期間、ユリウスと一緒に過ごせるのか。
ふと、考えてしまう。
いなくなったクラスメイトのことや、ラウル枢機卿についての調査のため、ユリウスと行動を共にし始めた。
一日中、傍にいるからか、彼の隣にいることが当たり前のようになっている。
さらに、一緒にいて心地よいとさえ感じている。
そう思えるのは、ユリウスが私に対して対等に接してくれるからだろう。
彼の気遣いに感謝しつつ、路地裏の道を歩いたのだった。
馬車に乗り込み、神学校へ戻ろうとしたのだが、途中で馬車が停まってしまった。
ユリウスが運転席へ繋がる窓から、御者に話しかける。
「おい、どうした?」
「事故が起きたようです」
断食期間中で馬車の往来も少なかったのだが、荷物を大量に積んだ二台の馬車が横転し、辺りに散乱。
片方は野菜を摘み、もう片方は豚や牛を運んでいたという。
地面に散らばった野菜を、豚や牛が食べ始めてしまい、収拾が付かない状況なのだとか。
そんなわけで、すぐに通ることができないらしい。
神学校はここから馬車で一時間以上かかる郊外にある。
歩いて帰るわけにはいかない。
ひたすら待つしかないのだろう。
しばし手持ち無沙汰な様子でいたユリウスだったが、何か思い出したようで、懐から何かを取りだす。
「これを、アルヴィにと思って」
差しだしてきたのは銀色の腕輪。
「これは――!」
私がいいなと思って見ていた物である。
「リロ爺の店で、見ていただろう?」
「え、ええ。しかし、どうして?」
「アルヴィに似合うと思ったから」
それだけでなく、入学式の日に助けてもらった礼がしたかったという。
「あの日は本当に助かった」
「しかし、このような立派なお品をいただくほどの働きをしたとは思えないのですが」
「そんなことはない。それに、感謝しているのは今回の件だけでなくて……」
覚えていないか? そうユリウスから聞かれるも、心当たりがまったくない。
「記憶にないか……」
ユリウスはがっかりしたような声色で言う。
入学式の日に彼を保険室に連れて行った件以外で、恩に感じるようなことはしていなかったはずだが……。
「まあ、いい。その腕輪は私の気持ちだから、受け取ってくれ」
そういうふうに言われてしまうと、受け取るしかない。
「本当に、よろしいのですか?」
「ああ。遠慮なく受け取ってほしい」
「ありがとうございます」
このような装身具をもらったのは初めてだ。
そう言うと、ユリウスは意外だと言う。
「これまで誰も、アルヴィに装身具をあげなかったのか?」
「ええ」
「婚約指輪は?」
「そのようなお相手は一度もおりませんでした」
セシリアは私にも早く結婚するように言ったものの、父から探すのに難航していると言われて今に至る。
女王陛下の騎士を務めるような風変わりの女を、誰も妻にも望んでいないのだろう。
「見る目がないな」
「そういうふうに言ってくれるのは、ユリウスくらいですよ」
顔合わせすら叶わず、あっという間に結婚適齢期が過ぎようとしている。
セシリアも途中から「あなたは結婚を諦めなさいな」なんて言っていたくらいだ。
「結婚したい、という気持ちはあるのか?」
「まあ、そう、ですね。実家の家族は賑やかで、仲がよかったものですから」
母も私の婚礼衣装の準備をしたい、と心待ちにしているのだ。
いつか母が用意してくれたドレスに袖を通さなければ、と思っている。
「そうか、結婚する意思はあったのか。よかった」
どうやらユリウスにも心配されていたらしい。
「アルヴィはどんな相手を結婚相手に望んでいる?」
「特に希望はないのですが、敢えて言うとしたら、私が私でいることを許してくれる人……でしょうか?」
「それならば、引く手あまただろう」
ユリウスの返答を聞いて、思わず遠い目をしてしまう。
引く手あまたならば、私は今頃既婚者だろう。
そんな話はいいとして。
ユリウスが贈ってくれた腕輪を装着してみよう。
かなり年数は経っているようだが、銀の輝きはまったく衰えていない。
きっと店主が丁寧に手入れを行っていたからだろう。
腕輪を嵌めてみると、驚くほど肌にしっくりくる。
「アルヴィ、よく似合っている」
「ありがとうございます」
月灯りを浴びると、守護の力を発揮するという。
とてもいい品を貰った。ユリウスに改めて感謝したのだった。
馬車の立ち往生は六時間も続いた。
途中、馬車から降りて休憩しなければならないくらい、道の整備が整わなかったのである。
神学校に帰ることができたのは、すっかり日が暮れるような時間帯だった。
門の前で馬車から降りて、徒歩で寮まで帰る。
辺りは真っ暗だったが、今晩は満月。
見上げた空には、少し赤みを帯びたように見えるまんまるの月がぽっかり浮かんでいた。
「どうした?」
「いえ、月が赤いな、と思いまして」
「ああ、あれは〝 血まみれの満月(ブルートローター・フォルモント) 〟と呼ばれる、年に一度見ることができる月だ」
「そうだったのですね」
どうしてだろうか。
少し背筋がぞくぞくしてしまう。
「早く戻りましょう」
「そうだな」
会話をしながら歩いていたが、ユリウスが突然立ち止まり、「なんだ?」と呟く。
「どうかしましたか?」
「いや、人の姿があったように思えて」
「こんな夜遅くにですか?」
「ああ」
ユリウスが指差す方向にいるようだが、夜目が利かないのでよく見えない。
「何か引きずっているように見えるのだが……」
「ブラザーですか?」
「いいや、あのシルエットは制服姿のようだ」
なんだか不審な行動に移ったようで、確認しに行くという。
「私も行きます」
「いいのか?」
「はい」
なんだか胸騒ぎがしてならない。
ユリウスを一人で行かせるわけにはいかないので、同行することとなった。