作品タイトル不明
ベッカー子爵家の事情
「死んだ!? ルーカス・フォン・ベッカーが!?」
「はい。神学校側から、そのような知らせが届きました」
現在、ベッカー子爵夫人の侍女を務める、侍従の母から聞いたという。
全身の血の気がサーーーーーと引いたような感覚があり、視界がぐらりと歪んだ気がした。
ショックでくらくらしたものの、ここで倒れるわけにはいかなかった。
「ルーカスお坊ちゃまがどのようにして亡くなったか、という報告はなかったそうです」
ただ校内で想定外の事態が起こり、命を落としてしまった、という情報しか明かされなかったという。
「神学校側から、 弔慰金(ちょういきん) として、金貨四百枚が届けられたそうです」
先ほどルーカスの母君が言っていた、〝多額の金と引き換えに、あの子を喪ってしまった〟という言葉の意味を理解する。
「弔慰金が届くと旦那様は納得され、これ以上神学校に情報を求めないよう、奥様に命じたそうです」
「なっ!?」
ルーカスの母君は納得しておらず、神学校にも足を運んだものの、担任であるブラザー・マテオですら面会が叶わなかったらしい。
「奥様が神学校に行かれたことがバレて、旦那様は激怒されました。その日以降、奥様の外出は禁じられているそうです」
子を亡くした親の反応としては、ルーカスの母君の行動が正しい。
父親であるベッカー子爵の言動のほうが異常だろう。
「ベッカー子爵はその、どうしてそのようにルーカスの死を受け入れているのでしょうか?」
「もともと、旦那様のルーカスお坊ちゃまへの興味は薄かったように感じます」
父親であるベッカー子爵は爵位の 継承者(エア) である兄だけを重要視していたようだ。救いだったのは、母親であるベッカー子爵夫人は兄弟分け隔てることなく愛情を注いでいたことだという。
「上位貴族が言うことに逆らうことは、国家反逆と同等の意を示します」
ベッカー子爵が息子の死を深く嘆き、神学校側を責めることはありえないという。
神学校は王家の 管轄(かんかつ) で、上位貴族の寄付で成り立っている。そのため、神学校側の言うことに逆らうことは許されていないのだとか。
「その件に加えて、ベッカー子爵家は造船業が上手くいかず、傾きかけていました」
ここ数年、海賊が海域に出現し、思うままに勢力を伸ばしているという。
そのため、船を使って商売をしようと思う者がごっそりと減ったようだ。
「船が売れずに、資金繰りに困っていたのか」
「そのようです」
そんな中でふりかかってきた金貨四百枚は、ベッカー子爵にとって救いだったのかもしれない。
「弔慰金を受け取ってから、旦那様の羽振りが明らかによくなって……」
息子の喪中だというのに遊び回り、屋敷の調度品も買い換え、愛人を侍らしているという。
「奥様はそんな旦那様を咎める元気もなく、このままではあっという間に弔慰金を使い果たしてしまうでしょう」
その行く末は、 一家凋落(いっかちょうらく) なのかもしれない。
侍従は悲しげな様子で語る。
「ルーカスお坊ちゃまが亡くなった真実が明かされたら、旦那様の目が覚めるかもしれない。奥様も、元気を取り戻すかもしれない。そう思って、あなた方を屋敷に招き入れました」
「そうだったのだな」
ユリウスはます、彼に謝罪した。
「すまない。ルーカス・フォン・ベッカーについて情報を握っているというのは、正直に打ち明ければ口から出たでまかせだった」
あのままでは追い返されてしまう。そう判断したユリウスがついた嘘である。
従僕はそれとなくわかっていたのか、ゆっくり頷いた。
「ただ、彼が、彼らが突然姿を消してしまった騒動について調査している最中であることはたしかだ」
従僕の瞳に光が宿る。
「それは、本当なのですか!?」
「ああ」
ハンス、ルーカス、マクシミリアンが姿を消した件について、クラスメイト達にもまともに説明されずに今に至る。
そんな事情を語って聞かせる。
「ルーカスお坊ちゃまだけでなく、他にも一緒にいなくなったお方がいらっしゃるのですね」
「そうだ」
このあと、ハンスとマクシミリアンの屋敷も訪問する予定だと伝える。
「そうでありましたら、身内の方から話を聞くより、わたくしめのような使用人から話を聞いたほうがいいかもしれません」
すでに神学校から弔慰金を受け取り、 箝口令(かんこうれい) が敷かれているだろうとのこと。
「わかった。感謝する」
「いえ……」
従僕の瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「ルーカスお坊ちゃまは、ベッカー子爵の 予備(よび) として、ご両親の役に立てることに喜びを感じるようなお方でした」
神学校への入学を言い渡されたときも、腐らず素直に受け入れていたという。
「神学校へ入学する前も、 優等生(シュトレーバー) 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) になって、傾きかけている家を救うのだ、と話していたそうです」
優等生(シュトレーバー) に選ばれ 兄弟(ブリューダー) になったさいに実家に贈られる金貨百枚、 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) に関係が昇格したときに贈られる金貨三百枚――合計金貨四百枚あれば、実家を立て直せる。
「そのような結果を出したら、旦那様にも認められるはず。そんなふうに語っておられました……」
まさかルーカス自身の命と引き換えに、金貨四百枚が贈られるとは、本人も夢にも思っていなかったのだろう。
「事件のすべてを解明してほしい、などと我が儘は言いません。せめて、せめれルーカスお坊ちゃまの魂が、お身体が母君のもとに戻れますように、わたくしめは祈っております……!」
従僕は絞り出すような声で「どうかお願いします」と言って、頭を下げた。
ユリウスは「わかった」と言い、ルーカスに関わる情報を打ち明けてくれたことを感謝する。
その後、裏口からこっそり屋敷の外に出て、ベッカー子爵家をあとにしたのだった。
馬車に乗り込むも、頭の中がぐちゃぐちゃで、言葉を失ってしまう。
従僕が打ち明けてくれたことは、想定していた以上に壮絶だった。
ユリウスは深く何かを考え込んでいるように思える。
そうこうしている間に、二軒目の屋敷に到着する。
ハンスの実家だった。
守衛に金貨を握らせ、知っている情報はないかと訊ねる。
すると、ベッカー子爵家で聞いた話ほど詳しくなかったが、おおむね似たような事情を抱えているようだった。
ハンスの死については把握していないようだが、多額の金を受け取って、羽振りが急によくなったという。
弔慰金を受け取ったことに間違いはないだろう。
続けてマクシミリアンの実家も訪問する。
ここでも、屋敷に戻ろうとしていた使用人から話を聞いた。
マクシミリアンの両親は神学校相手に戦う姿勢をみせていたようだが、弔慰金が入ってくると手のひらを返すように大人しくなったという。
ハンス、ルーカス、マクシミリアンの三人は命を落としたということで間違いないようだった。
さすがに三件続けて、暗い話を聞いてしまったからか、疲れてしまった。
どこかで休もうにも、断食期間中なので飲食店はやっていない。
「帰りましょう」
「そうだな……。ああ、どこか寄りたい場所はあるか? まあ、断食期間中だから、そこまで店は開いていないが」
ここで、ルームメイトの四人にお土産を買いたいと思っていたことを思い出す。
「雑貨店はありますか?」
「ああ。少し歩くが、断食期間中も営業しているところを知っている。何か必要な品があるのか?」
パウウル、フィン、ヘィン、ホィンの三人にお土産を買いたいのだと打ち明けると、ユリウスは友達想いだと言ってくれた。
「断食期間中と同学年の生徒が行方不明になった事件が重なって、落ち込んでいるようでしたから」
「そうだな」
何か元気になれるような品物を買って帰ろう。
そんな話をしながら、ユリウスと共に雑貨店を目指したのだった。